ラブライブ!サンシャイン!! Another 輝きの縁 作:伊崎ハヤテ
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くるっと回ってそこから思いっきりジャンプっと。そこからしゃがんで決めポーズからのウィンク!
私、Aqoursの堕天使ことヨハネは誰もいないホテルの搬入口で一人、ヒミツの特訓をしているの。少しでも良いダンスにして、見てくれた皆をヨハネの下僕、リトルデーモンなってもらうんだから!
でも流石にノドが乾いてきたわね。ちょっと休憩しましょうか。
「あっ、しまった……」
自販機でペットボトル買うの忘れちゃった。やっぱり堕天使のヨハネには不運がついて回るみたい。仕方ない、ホテルに戻って買うしかないわね。そんな時だった。ぴとっと首筋に冷たいモノが当てられた。
「きゃあああぁ!?」
いきなりのことに大声をあげてしまった。もう、一体誰なのよ? 振り返ると、にやりと笑う一人の男の子がいた。
「し、シドー!」
「よう、善子。朝練お疲れ様」
◇◇
案の定善子はおれの接近に気づいていなかったみたいだ。意外と可愛らしい悲鳴を聞いて思わず笑いが溢れた。
「どーゆーつもりよ!」
当然善子が食ってかかってきた。さて、ここまでの経緯を説明してやらなきゃな。
「いや珍しく朝早く起きて散歩してたら、お前が一人で練習してるのが見えてな。飲み物持ってなさそうだし、買ってきたってわけ」
「そ、そうだったの……」
「飲み物無くて困ってたんだろ? ちょっと休憩にしよーぜ」
おれの提案に応える様に善子はペットボトルを受け取った。
「リトルデーモンにしてはやるじゃない! もらっといてあげる!」
「誰がリトルデーモンか」
おれの言葉に善子は不敵に笑い、謎のポーズをとった。
「忘れたのシドー? あなたはこの堕天使ヨハネのカンパニー、リトルデーモンなのよ?」
「はいはい、そーだな善子」
「テキトーに受け流さないでー!! あと善子じゃなくてヨハネよ!」
駄々をこねる善子に、おれはため息をつきながら付き合ってやる為に心の奥底にあるスイッチを押すのだった。
「カッコ悪いとこ見せちゃったかもね」
二人で腰を降ろして給水していると、善子がペットボトルから口を離して呟いた。
「カッコ悪い? 何が?」
「一人で練習してる所。必死になってるの見られちゃって笑われるっていうか……」
善子は視線を落とし、落ち込んだ様子を見せる。朝の風が冷たくおれ達に吹きかける。
「じゃあ聞くけど、どうして善子は一人で練習してたんだ?」
「決まってるじゃない!」
そういうと彼女はすくっと立ち上がり、ポーズをとった。
「この世界の人間を、ヨハネのリトルデーモンにするためよ!」
要するにファンを増やしたいってことだなとおれは脳内で解釈すると、立ち上がった。
「その為に努力してる奴を、カッコ悪いとはおれは思わないぞ? むしろカッコいいことだと思う」
「カッコいい? ヨハネが?」
「あぁ。それこそ人一倍努力してるお前を笑う奴がいたらーー」
おれは右手を顔に当て、それっぽいポーズをとった。
「おれの右腕で灰燼と化してくれるわ!」
「シドー・・・」
善子の視線で少し恥ずかしくなったおれは姿勢を正し、彼女に向き合った。
「それにさ、カッコ悪いことだっておれ達に見せたっていいんだぜ?」
「え?」
「それが、仲間ってもんだろ」
そうだ。そうやって弱い所や出来ない所を見せ合って補い合う、それが仲間、チームってものだとおれは思うから。
「仲間・・・。ふふっ、それもそうね」
柔らかく笑う善子。飾らない彼女の笑顔はどこか魅力的だった。が、その笑顔はすぐ嘲笑へと変わった。
「それならもうヨハネはシドーのカッコ悪い所見てるわね。お風呂で湯当たりして膝枕してもらうとかね・・・」
あの時の情景が脳裏に蘇った。後頭部に感じる柔らかな膝の感触。そしてタオル一枚だった、善子の肌。顔が熱くなっているのを感じた。それを悟られ、冷やかす善子。
「ふふっ、顔が赤くなったー!」
「う、うるせー! そういうお前だっておれに裸見られて恥ずかしくないのかよ!」
おれの指摘に善子の顔も真っ赤になった。
「あ、あれはアナタが先に入ってたのが悪いんじゃない! 膝枕までされたくせに! 初めてだったんだから!」
「その言い方はやめろ! 色々誤解を生むから!」
なんて言い合っていると、互いに笑いがこみ上げてきた。
「なんかヨハネ達、もう前からカッコ悪い所見せっぱなしだったみたいね」
「そうだな。これからも互いにカッコ悪いとこ見せていこうや」
「そうね。でもそれ以上にカッコいいヨハネを見せてあげるんだから!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
「よし、もう少し頑張ってみるわー!」
そう言って善子が身体を伸ばした時だった。先ほどから吹き付けていた風に煽られて積まれた段ボールがぐらぐらとバランスを崩し始めた。そしてそれらは善子めがけて落ちてきていて。
「善子!」
おれの身体は自然と彼女へと突進していた。
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「善子!」
シドーが叫ぶと、ヨハネに向かって突進してきた。え? え? どうしたの?
戸惑っているとシドーはぎゅっと身体を抱きしめてきた。
「え、ちょ、シドー?」
どうしよう、まだわたし、心の準備がっ。
「掴まってろっ」
そう言ってシドーはわたしを抱いたまま反転した。そして次の瞬間彼の背中に落ちてくる段ボール。どうやら積んでた段ボールが風で崩れたみたいで。シドーはそれを必死に背中で受け止めてくれた。頭の後ろに当てられた右手が大きく感じた。
「無事か、善子・・・?」
段ボールの雪崩が終わると、シドーが声をかけてきた。
「え、ええ。アナタのお陰で・・・」
「よかった・・・」
そういって彼は抱擁を解いた。
「シドーもしかしてアナタ、崩れるあれからわたしを守ろうとしてくれたの?」
「まぁな。身体が勝手に動いちまったよ」
ふと彼の右手を見ると赤い線がついていた。そこから更に赤が流れていて。
「ちょっと! 血が出てるじゃないの!」
「あ、ホントだ。段ボールの断面で切ったみたいだ」
「もう、バカっ! ちょっと待ってなさい!」
わたしは救急箱を取りに、ホテルへと走った。
「これでよしっと」
包帯を巻き終えるとシドーはそれをまじまじと見ていた。
「何よ?」
「いや、意外にも包帯巻くの旨いなーって」
「よく腕に巻いたりしてたからね。自然と上手くなっちゃったのよ」
そう、堕天使のアイテムとして巻いていたこともあったな。今のヨハネには必要ないからやならなくなったけど。
「あー、おれも昔やってたなー。包帯」
「シドーも!?」
「まあな。これが解かれた時、おれの封印が!って感じにな」
苦笑いするとシドーは立ち上がった。
「ありがとな、善子」
「善子ゆーなっ」
わたしは堕天使ヨハネなんだからっ。
「そんなに自分の名前嫌いか?」
「だって、今時善子よ? 善い子って・・・」
「そうかぁ? おれは好きだけどな善子」
「ふーん・・・ってえぇ!?」
突然の告白にびっくりした。わたしの中の血が温度を上げているのを感じた。
「すすす、好きってどういう・・・」
「だってお前、優しいし、実は面倒見がいいし、本当に『善い子』だと思うぞ?」
「なんだ、そういう意味ね……」
『そういう意味』じゃなかったことに、ホッとするのと同時に少し寂しさを感じて、わたしは慌てて彼から少し離れた。
「き、気安いわねリトルデーモン! そんな言葉でこの堕天使のヨハネを口説けると思ったのかしら!?」
「い、いや口説くとかそんなつもりじゃ……」
「まあいいわ、今日はこの位で勘弁してあげる。次会う時こそ、アナタをこのヨハネのリトルデーモンにしてあげるんだから!」
シドーに背を向け、走り出した。どうしてだろう。シドーに「好き」って言われて心の臓の脈動を強く感じた。好きの意味が《名前》じゃなくて、《わたし》だったら良かったのにってほんの少し思ってしまった。
おかしな話ね。シドーを魅了して、リトルデーモンにしようって思って今まで動いてきたのに。気がついたら、このヨハネが、わたしが、シドーに魅了されてるなんてね。
頬の熱を感じながら、わたしは部屋への通路を走った。
あ、段ボールが崩れたこと、ホテルの人に言わなくちゃ。
急遽作った善子回でした。ドラマCDから彼女の優しさをちょこちょこ感じて、「絶対善子って彼女になったら甲斐甲斐しく世話を焼いてくれそうだな」と思いました。
まだどれくらい先にになるのか分からないけど、そんな善子との甘々な生活も書いていきたいですね。
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