ラブライブ!サンシャイン!! Another 輝きの縁 作:伊崎ハヤテ
36話 重なる手 重なる鼓動
合宿の地をホテル淡島に移して数日が経った頃。夕日がロビーに差し込み、美しい景色を見せてくれる。
そんな海を見ていると、ピアノの音が聞こえてきた。どこか聞いたことのある、優しい音。音の元へと足を運ぶと、ロビーにあったグランドピアノを梨子が弾いていた。目を瞑ってその旋律を味わっているように、弾く姿がとても魅力的に見えた。
弾き終えたのか、目を開けて鍵盤を見つめる梨子。おれは自然と拍手をしていた。
「あれ、紫堂くん」
「なかなかいい曲だな。それこないだ聞かせてくれたやつだろ?」
「うん。よくわかったね」
おれが覚えていたのが嬉しかったのか、微笑んでくれる梨子。
「ああ。あの曲、おれ好きだからさ」
「そう、なんだ……」
ちょっと頬を赤らめる梨子が可愛らしくて、その顔にドキッとした。
「う、嬉しいなぁ。紫堂くんに好きって言って貰えて……」
どうしてだろう、ドキドキが止まらない。そこから会話が続かないのでおれは別の話題を切り出すことにした。
「でも、ピアノ弾ける人ってスゴイよな。片手だけならまだしも、両手で違うことが出来るなんて。おれには到底出来そうにないなぁ」
「慣れちゃえば簡単だよ? やってみる?」
梨子が座ってた椅子から腰をずらしておれが座るスペースを作ってくれた。
「えー、出来るかなぁ……」
おれ、音楽は万年3だったから。不安に表情が曇ってしまう。
「わたしがメインで弾くから、紫堂くんはその音に合うと思った鍵盤を叩いてよ」
「そんな適当でいいのか?」
「大丈夫。いくよ――」
おれの心配を余所に、彼女は演奏を始めた。次々と流れていく旋律。おれは慌ててそれに合うであろう鍵盤を叩き始めた。彼女をガッカリさせたくなくて、必死だった。
「うふふ、その調子だよ♪」
梨子は優しく微笑んでくれている。おれの出す音に合わせてくれているのか、おれの出す音はそれほど不協和音と呼べるものにはならなかった。そして自然とおれの頬が緩み、笑顔に変わっていった。
「ふふっ」
「ははっ」
互いに笑い合い、演奏はより良いものへと変わっていく。ああ、音楽ってこんなに楽しいものだったんだな。何よりも、梨子と一緒に演奏するのが楽しくてたまらなかった。もっといい曲にしたくて、おれは少し無理をしすぎてしまった。だいぶ遠くの鍵盤を叩こうとしてしまい、彼女が叩こうとしていた鍵盤と重なってしまった。
『あっ……』
指だけでなく声が重なり、互いを見つめてしまう。彼女の顔は朱に染まり、重なった指から彼女の温もりが伝わってくる。
「ご、ごめん……」
「お、おれの方こそ。ちょっと冒険しすぎたみたいだ……」
互いに指を離し、視線を逸らしてしまう。ドキドキと心臓の音しか聞こえない。気を遣わせてしまったのか、梨子の方から話題を切り出してきた。
「そ、そうだ、紫堂くん。また曲の相談に乗って欲しいんだけど、いいかな?」
「お、また新曲? おれで良ければ力になるぞ。ピアノで弾くのか?」
「ううん、これの中にあるの」
そう言って彼女が出したのはウォークマンだった。片方を自分の耳に入れると、もう一方をおれに差し出してきた。
「これを、おれの耳に?」
「うん、そうだけど? そうしないと一緒に音楽聞けないでしょ?」
どうやら梨子は不思議に思っていないようだ。何も不思議に思うことはない。これはアイドル活動の一環なんだ。そう言い聞かせながらおれは渡されたイヤホンを耳にはめた。
流れてくる音楽はやっぱりうっとりするぐらい魅力的だったが、それ以上に今までにない梨子との距離感にドキドキしっぱなしだった。
椅子に置いた手も気のせいか近づいていて、あと少ししたら触れてしまいそうで。でも当の本人は目を瞑って音楽を聞いているせいで全く気づかない。そして、手と手がまた触れ合ってしまった。
「――っ!?」
身体中で心臓の鼓動とイヤホンから流れてくる旋律がシンクロして、新たなジャンルの音楽として聞こえてくる。彼女はなんともないのか?
「あの、梨子――」
彼女のに呼びかけようとするが、止まってしまった。目を瞑って音楽を聞いている彼女からは真剣さが伝わってくる。
そうだ、何をやってるんだおれは。こんなに真剣に取り組んでいる彼女に失礼だ。もっと意識して音楽を聞かないと。
そう思うも、重なった手のひらから彼女の温もりが伝わってきて、ドキドキが止まらない。そして音楽に合わせてきゅっと握ってきて、その度に心臓が大きく脈動する。彼女は真剣に取り組んでいるんだ、気にしない気にしない。そう心に言い聞かせ続けた。
曲も終盤になったのか、大きく盛り上がりを見せた。梨子もノリノリになってきたのか、頭を左右に振り始めた。
「――♪ ――♫」
軽くその旋律を口ずさむのが可愛らしくて、頬が緩んでしまう。おれが微笑んでいるうちにも彼女の揺れる頭の振りは大きくなり、とんっとおれの肩に彼女の肩が当たった。
それに驚いたのか瞼を開けて、おれと視線が重なってしまう。目線が重なった手に行き、どうやら自分がやっていたことを自覚したらしい。一気に顔が真っ赤になった。手から伝わる体温もかなり熱くなっていた。曲が終ったので、おれはドキドキしてることを悟られないように努めながらイヤホンを耳から抜いた。
「と、とてもいい曲だと思うぞ。おれから口出すことはないくらいに」
「そ、そう! さ、参考になったよ! ありがとう! それじゃわたし、部屋に戻るね!」
そう言うと梨子はそそくさと走り去ってしまった。残されたおれは左胸に手を当てた。まだバクバクしてる。そしてその脈動と共に先程の曲が脳裏を過ぎった。
「でも、いい曲だった、よな……?」
おれは一人呟いた。
●●
小走りにホテルの廊下を走る。ドキドキが止まらない。一度止まって大きく深呼吸した。
うわぁぁあ……。やっちゃったよぉ……。
イヤホンの片方を紫堂くんに渡して近い距離で聞いてたこと。手を重ねてたことと、音楽に夢中になって彼の肩にぶつかちゃったこと。そのこと一つ一つがわたしの体温を上昇させる。
深呼吸を繰り返し、何とか心を落ち着かせた。ふと視線が紫堂くんと重ねてしまった手に向いた。そういえばわたし、彼の手をぎゅっとしちゃった気がする。ドキドキと共に、あの時の感触が蘇る。特別大きいってわけじゃないけど、男の子特有の少し硬くてごつごつとした手。彼が異性なんだなって改めて意識してしまう。
指が重なったときも、肩に触れたときにも視線が重なって。その時の赤面した紫堂くん、ちょっと可愛かったかも。もしかしてわたしのこと、意識してくれてるのかな。
「梨子ちゃーん?」
「うわっ!?」
不意に声をかけられて驚きの声をあげてしまう。わたしの声に千歌ちゃんは目を丸くしている。
「どうしたの、そんなに大きな声出して?」
「な、なんでもないの! なんでも……。それより、何か用事でも?」
慌ててるのをあんまり意識させないように話題を変える。すると千歌ちゃんは思い出した様にわたしの手をとった。
「そうそう! 作曲したいから皆で打ち合わせしようと思って! 梨子ちゃんを探してたんだよ! 一緒にいこ!」
「う、うん!」
千歌ちゃんに引っ張られる形でわたしは歩き出す最中、紫堂くんの言葉が脳裏を過ぎった。
――あの曲、おれ好きだからさ――
すっごく嬉しかった。わたしの気持ちをこめたこの曲を、『好き』って言ってもらえた。それだけで心から何かが溢れてくるみたいで。今ならどんな曲でも作れる気がした。
「千歌ちゃん」
「んー?」
「いい曲を作ろうねっ!」
「おぉー! 梨子ちゃんが何時になくやる気満々だ! 何かいいことでもあったの」
「うふふ、まぁね。でも秘密♪」
「えー、教えてよー!」
「ダーメ♪」
「むぅー! 梨子ちゃんのいじわるー!」
なんて会話をしながらわたしたちはホテルの廊下を歩いていった。
ごめんね、千歌ちゃん。これは梨子だけの秘密なの。
そして紫堂くん、今はスクールアイドルとしての活動が忙しいけど、いつか必ず伝えます。わたしの『大好き』の気持ちを。
梨子ちゃん誕生日おめでとうございます! ってな感じで淡島ホテル編最初は梨子ちゃんでした。深夜に梨子ちゃんの誕生日だと知り、急ピッチで書いて完成させました。元から構成してたから間に合ってよかった。
もっと公式の可愛い梨子ちゃんのボイスが来ることを願っています。
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