ラブライブ!サンシャイン!! Another 輝きの縁   作:伊崎ハヤテ

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 泣きながら笑い合うくらいなら、笑い合いながら殺り合って欲しいと思う今日このごろ。
 女の子の泣き顔は俺の天敵なんだろうな。


30話 夜空はなんでも知ってるの?

 ワンツー、ワンツー、とダイヤさんの澄んだ声が練習場と化している駐車場に響く。おれはただぼーっとしながらそれを見つめている。おれの視線の先には、幼馴染の高海千歌の姿。おれはダンスとかを嗜んだことはないが、どことなく千歌の動きに違和感を覚えてていた。

「はい、お疲れ様でした」

 ダイヤさんの一声に皆集中力を解き、先ほどのダンスの出来を語り合う。

「だいぶ形になってきたよね」

「うん。あともうちょっとってとこだね」

「この舞が完成した時、観客皆はヨハネのリトルデーモンに……」

「ねぇねぇ、あそこのターンするとこでさ――」

 そう千歌が言いかけるが、すぐに口をつぐんでしまった。

「千歌さん?」

「う、ううん! 何でもないよ! さあもう一回やってみよーよ!」

 笑顔を見せる千歌に、どことなく不安を感じた。それは曜も同じなのか、おれに視線を向けていた。

 

 

「なんか様子がおかしいよね、千歌ちゃん」

 休憩の時間、曜がおれの隣でそう言った。

「あの時、千歌は何を言おうとしたんだろうな」

「私が聞いても、『何でもないよ』って言っちゃうし……」

 おれが腕を組んで考えていると、曜が黙っておれを見つめていた。その視線をおれは察した。

「おれか?」

「うん。櫂なら、千歌ちゃんの力になれると思うから」

 悔しいけどね、と付け足す曜。まあメンバーだからこそ言えない悩みってのもあるだろうしな。おれ、一応マネージャーだもんな。最悪憎まれ役も買ってでなきゃならんし。

「ま、やってみますかねぇ」

 おれは頭を掻きながら空を見上げた。

 

 

●●

 櫂にメールを送ると、私は周囲を見渡した。私たちは櫂を除いて全員同じ部屋で寝ている。でもここにいるのは8人。千歌ちゃんがいなかった。

「櫂、頼んだよ……」

「曜、眠れないの?」

 私の呟きが聞こえたのか、果南ちゃんが声をかけてきた。その声に釣られてか、皆上半身を起こしだした。

「ごめん、起こしちゃった?」

「ううん、私たちもなんだか眠れなかったから」

 そうだ、Aqoursの皆にも相談してみよう。私は千歌ちゃんの様子がおかしいことを説明した。

「千歌ちゃんの様子が……」

「やはり……」

 梨子ちゃんとダイヤさんが顔を見合わせる。

「もしかして皆、知ってたの?」

「んー、チカっちは隠し事出来そうにないタイプだからねー」

「ち、千歌さんどうしたんだろう……」

「心配ずら……」

「水臭いわね。このヨハネに悩みを打ち明ければいいのに……」

「善子ちゃんは相談相手には一番向いてないずら」

「なんでよ!」

 花丸ちゃんと善子ちゃんのやりとりを見て、頬が緩んだ。少し肩の荷が降りた気がする。そうだよね、こうやってちょっと苦しい時は悩みを打ち明けたっていいんだ。でも、千歌ちゃんの苦しみは私たちに打ち明けられないものかもしれなくて。力になれない自分がちょっとだけ悔しかった。

「大丈夫だよ、曜」

 果南ちゃんが私の肩に触れた。

「ここは、かいに任せよ? だからかいに真っ先に相談したんでしょ?」

「あ、バレてた?」

「もっとワタシ達も頼って欲しいけど、ここはYouと同じ位一緒にいるカイが適任でショ?」

「鞠莉さん……」

 そうだね。信じて待とう。私は窓の外の月を見つめた。

 

 

 

◇◇

 曜からのメールを見ておれは布団から起き上がり、部屋を出た。どうやら気がついたら千歌のヤツがいないらしい。

「さて、どこを探すか――ってここは千歌の家だったな」

 おれは苦笑すると歩き出した。

 

 襖から漏れる光に、人影が写る。あの部屋は千歌の部屋だ。

「入るぞー」

 一声かけてから襖を開けると千歌は自分の机に座り、パソコンの画面をじっと見続けていた。

「千歌?」

 声をかけても何の反応もない。集中しているみたいだ。今まで見たことのない彼女の顔を見て、少しどきりとした。それと同時に、不安に駆られた。千歌が、おれの知らないどこかに行ってしまいそうな気がして。

 とんとんと彼女の肩を叩いた。そして人差し指をぴんと尖らせてみる。

「ん? むぁ!」

 案の定振り返った千歌の頬が人差し指にむにっと突き当たった。おれは不安を拭い去る様に笑顔を向けた。

「ひっかかった」

「むぅ、櫂ちゃんのいじわるー」

 千歌が頬を膨らませて抗議の視線を向けてくる。よかった、いつもの千歌だ。

「何見てたんだ?」

 パソコンの画面を見ると、9人のスクールアイドルらしい女の子が踊っている動画だった。雪が降る街で踊る彼女達はなんとも儚げでありながら、存在感を強く放っている。ターンをしてからの表情の変化は、本当に高校生なのかと思わせるくらい魅力的だった。

「μ'sの動画。少しでも参考に出来ることないかなーって」

「みゅーず? 石鹸か何かか?」

「もーっ、櫂ちゃんまでそんなこと言うー! μ'sは千歌の憧れなの!」

 千歌はまたふくれっ面になっておれを睨んできた。

「悪い悪い。お、このセンターの子、なかなか可愛いな」

 おれがサイドテールの子を指差すと、千歌の表情は輝いた。

「でしょでしょ!? この人はね、高坂穂乃果ちゃんって言って、千歌の憧れなんだ!」

 目を爛々とさせる千歌に気圧される。それだけこのグループのことが好きなんだな。

 その時、おれの心臓がちくりとした。なんだ、これは? いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。

「それで憧れのμ'sを参考にって言うけど、どう参考にするんだ?」

 おれの質問に顔を曇らせ、パソコンを閉じる千歌。ちょっと無理をしたような笑顔を向けると、立ち上がった。

「櫂ちゃん、ちょっと休憩しよっか」

 

 連れだされたのは、練習していた駐車場。旅館の明かりも落ちて、星空が広がっている。月明かりだけが駐車場を照らしていて、そこに俺たちふたり、ぽつりと立っている。千歌は夜空を見上げ、呟きだした。

「何回もね、μ'sの踊りとか見て、私たちのにも取り込もうかなって言おうかと思ったんだ。でも――」

 苦笑いしてこちらを向いた。その笑顔はどことなく悲しげで、見ているおれの心臓がきゅっと傷んだ。

「言えなかったよ。本当にそれでいいのかって。μ'sに近づけるのが本当に正しいのかってよくわからなくって……。それと怖いんだ。皆にその案を却下されたらって……。ら、らしくないよねっ!」

 千歌は悩んでいたんだな。自分たちがより良くスクールアイドルになるにはμ'sを真似るのが本当に正しいのか。でも、μ'sは自分の憧れだから、それをメンバーに拒絶されるのが怖くて、こうして無理に笑おうとしているのか。

「まぁ、正しくはないかもな」

 おれの言葉がショックなのか、引きつった顔をしてしまう千歌。おれはそんな彼女の肩を掴む。

「お前は、お前はどこの誰だ?」

「わたしは……、Aqoursの高海千歌……」

「そうだ。お前はμ'sの高坂穂乃果じゃない。だから、μ'sを真似る必要なんてないんだ。千歌は千歌なりに、頑張ればいいんだよ」

「わたし、なりに?」

「そうさ。お前らAqoursにしか出来ないことをやればいいんだ」

「千歌たちにしか出来ないこと……」

「あぁ。おれは、千歌たちの輝きが見たい。誰かのを真似したものじゃなく、Aqoursにしか出来ない輝きが見たいんだ」

「櫂ちゃん……」

 潤んだ目でおれを見つめる千歌。そこにはもうさっきの曇りは見えなかった。

「それにさ、前に言ったろ。おれはお前らのマネージャーなんだぜ? 皆に言えないことがあったらおれに吐き出していいんだからな?」

「うん、ありがとう櫂ちゃん! 櫂ちゃんにはいっつもお見通しだね」

「お前は顔に出やすいしな。幼馴染だからな。何年やってると思って――」

「本当に、幼馴染だから……?」

 おれの言葉を千歌が遮った。気がつけば千歌はおれに身を寄せていて、視界いっぱいに彼女の顔が映る。幼馴染の瞳がゆらゆらと揺れていて、心臓がどきりと脈動した。千歌の三つ編みをすっと撫でた。千歌はびくんと反応して、頬を赤くしておれを見つめていた。その瞳におれは吸い込まれるように引きつけられて――

 

「……」

 

 ふとそこで我に返り、視線を別の方向に向ける。

「櫂ちゃん?」

 千歌は不思議そうに首を傾げている。おれは松の木を指差した。

「千歌、気のせいかあの松の木の下、影が動いてないか?」

「んん?」

 千歌も目を細めて松の木を見つめる。すると影達はゆらりと動いた。更に耳を澄ませば、オーディエンスの声も聞こえ始めた。

 

「ふ、二人の視線がこっち向いてるけど、大丈夫だよね?」

「と、とってもロマンチックだったね……」

「ほわぁ~、紫堂先輩ちょっとかっこよかったずら……」

「ち、千歌さんと、櫂先輩が……ルビィには刺激が強いよぉ」

「丑三つ時の、せ、接吻は魔力を高めるのに……、は、早くすればいいのに……」

「いいなぁ、あんなハグ、私もしてもらったことないなぁ」

「じゃあ果南、あとでやってもらえば?」

「し、静かに!! お二人に見つかってしまいますわ!」

「もう見つかってるんだけどなぁ?」

 おれの言葉に言葉を失う8人。千歌の方に視線を向けると、顔を赤くしながらぷるぷると震えていた。

「み、みんなのえっちー!! 黙って見てるなんて、ひどいよぉーー!!」

 そういって千歌は皆を追いかけ始めた。曜の「逃げろ~」という声に従い、皆逃げ始める。おれは彼女たちの追いかけっこを見ながら、さっきの千歌の言葉を思い出す。

 

《本当に、幼馴染だから……?》

 

 幼馴染だから、おれは千歌を気にしてたのだろうか。多分そのはずだ。でも、そう言い切れる自信が、今のおれにはなかった。

 おれは、本当に千歌を幼馴染として見ているのか?

 疑問を夜空に投げかけるが、返ってくるはずもなかった。

 

 

 ●●

 みんなを追いかけながら、さっきの櫂ちゃんとのことを思い出す。櫂ちゃんが皆を見つけなかったら、どうなってたんだろう? キ、キスとかしちゃってたのかな?

 そう考えただけで肌が熱くなった。違うもん。櫂ちゃんは千歌の曜ちゃんや果南ちゃんと同じ、大事な幼馴染だもん。

 

《本当に同じなの?》

 

 どこからか、そんな声が聞こえた気がした。足を止め、星空を見上げた。千歌は、櫂ちゃんのこと、幼馴染として見てるよね。そうだよね?

 そう星空に質問するけど、返ってくるわけもない。私がそこで足を止めていると、近くの電柱からひょっこりルビィちゃんが姿を現した。

「千歌さん……?」

 心配してくれてるのかな。それがちょっと嬉しくて、一気にルビィちゃんとの距離を詰めた。

「ルビィちゃんつっかまえたー!!」

「ピギぃ!?」

「よーし、この調子で皆捕まえちゃうぞー!!」

 私は解けない疑問を忘れたいかのようにがむしゃらに走りだした。

 

 その後、はしゃぎ過ぎだとお姉ちゃんたちに怒られるのは、また別の話。




 基本僕は、先代ことμ'sのメンバーを出す予定はありません。アニメでも序盤でけっこう出ていたみたいですが、そこにちょっとした違和感を感じてました。なんていうか、親の七光りじゃないけど、先代の威光を借りてるように感じてしまって。μ'sがいなくても、彼女たちは魅力的に出来るはずです。
 でも千歌ちゃんを語るには別。彼女のスクールアイドルへの憧れはμ'sから始まったから。憧れだから、その背中だけを追いかけるような愚行に走って欲しくない。今回は、いつかアニメでやるんじゃないかと危惧してる変に重いシリアスへのカウンターということで。


 後ろ向きな話は終わり。これで合宿編は終盤へと行きます。次回は王様ゲーム回をやろうかな。

 ご意見ご感想、そして特別企画のおたより、お待ちしてます。

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