ラブライブ!サンシャイン!! Another 輝きの縁 作:伊崎ハヤテ
ていうか書くか。
「やっぱいい湯だねぇ、ここは」
旅館の露天風呂で一人、そう呟いた。空のオレンジ色が温泉を染めて、まるでオレンジ風呂に入ってるみたい。
ここの旅館には男女合わせて二つ露天風呂があるのだが、運悪く一つが調整中らしく、今は残りの一つに入っている。客はいないし、入っても問題ないっしょと千歌の姉さんに言われたから、問題ないだろ、多分。
千歌達は練習を終えると曲の打ち合わせとかを始めてたみたいだし、入ってくることもないだろう。残念とか思ってはいない。思っては……、いない。
せっかくだし、一人だけの温泉を堪能するとしよう。
が、そんな一人の憩いの時間というのは長く続くわけもなく。がらりと脱衣所に続く扉が開かれた。おれがそちらへと視線を向けると、津島善子がおれを見つめていた。
「っ、きゃあぁぁぁ!!」
そして叫ばれた。まぁ、そうなるよね。
「ヨハネって本当に運がないわね」
「いや、本当にすまんかった」
おれ達は二人湯船に浸かりながらうなだれていた。互いの肌を意識してしまっているのか、視線を合わせづらい。おれは立ち上がり、温泉から出ようとした。
「おれ、もう出ようか?」
「別にいいわよ。誰か入ってるって確認しなかった私が悪いだけだし」
「そ、そうか? じゃあお言葉に甘えて……」
再び湯に浸かり、沈黙が訪れた。な、何か話題を……。
「作曲とかの打ち合わせがあるって聞いたけど、それはどうしたんだ?」
「ちゃんとしたわよ。でもすぐに解散したわ。元々ヨハネは作詞作曲担当じゃないし。みんな休憩してるんじゃないかしら?」
「そ、そうか……」
再び沈黙が訪れる。な、何か話す内容はないか?
話題を探そうと改めて善子を見る。しっとりと濡れた黒髪、スラっとした鼻。一言で言えば、『美人』だった。
「? どうしたのよ?」
おれの視線に気づいたのか、善子は不思議そうにおれを見つめ返してきた。おれを見つめる瞳がまた魅力的で、魅了されたかのように思っていることを口にしてしまう。
「いや、善子って黙っていれば美人だなって」
「っ!?」
その瞬間に彼女の頬が赤く染まった。って何を言ってるんだおれは!? おれが慌てて何も言えないでいると、善子はそれっぽいポーズをとった。
「よ、ようやくヨハネのミリョクに気づいたのね。これであなたはヨハネのリトルデーミョンに」
「デーミョン?」
「か、噛んだだけよ!」
噛んだことが恥ずかしかったのか、湯船に口をつけぶくぶくと泡立てる善子。それが可愛らしくて、思わず笑ってしまった。
「そういうことしなけりゃ可愛いんだがな」
「っ!? ま、またそういうこと言う……」
顔を赤らめる善子。またおれ、思ってたこと口にしちゃったのか。どうしてだろう。妙に身体が熱いし、心臓の鼓動が速い気がする。
「シドーも、わたしのアレは無くていいって思うの?」
顔を赤らめながらも善子は少し悲しそうな顔をして尋ねてきた。アレってヨハネとか言っちゃったりすることか。
「そういうの無しのほうが、いいのかなぁ……」
いつもの不敵な笑みを浮かべる彼女からは想像出来ない程弱々しくて。善子も一人の女の子なんだなって意識した。そんなこいつを悲しませたくなくって。おれは口を開いた。
「アイドルとしてどうか、なのかはわからん。これはおれ個人としての意見なんだが――」
今日のおれ、なんだか思ったことをすぐに口に出し過ぎだな。まぁ裸の付き合いということにしておこう。
「善子と、ヨハネと話してて、昔に封印してたあの頃のおれが蘇るようになった。お前に応じるおれを誰かに見られてるって思っただけで悪寒が走ったりもしたさ」
「やっぱり――」
「でも、最近はそうやって会話するのも楽しいかなって思えるようになった。なんて言うか、ちょっと童心に帰ったって言えばいいのかな」
「……」
「少なくとも、おれは嫌いじゃないぞ」
おれの言葉が嬉しかったのか、再びそれっぽいポーズをとる善子。
「やっぱりあなた、このヨハネのトリコになったのね」
「かもな。この調子でファンを、リトルデーモンを増やしていこうぜ」
「うん!」
その笑顔は、とっても魅力的で、おれの脳内はふわふわとしていた。ちょっと長湯し過ぎたかな。そろそろあがるか。そう思い立ち上がった時だった。
「あれ?」
「シドー?」
視界が歪み、善子の言葉にエコーがかかる。頭がぐわんぐわんと揺れ、立つことを困難とさせる。まずい、湯あたりか?
そう思うも身体はいうことを聞かず、意識が遠のく。おれを呼ぶ善子の声を聞きながら、おれの意識は途切れた。
「ん……?」
眼が覚めれば、オレンジ色に藍色が混じった空が見えた。空が見えるってことは、まだ風呂場か? 後頭部は床についておらず、枕のような何かがしかれていた。
「あ、起きたわね」
頭の上の方から声が聞こえた。視線をそっちに向けると、善子が優しそうな表情でおれを見つめていた。
「シドー、大丈夫? あなた急に倒れちゃったのよ」
「あぁ、どうやら湯あたりでもしちゃったみたいでな――」
ふと、その枕を見ると、それは肌色で、とても柔らかかった。っていうかこれ、善子の膝枕か!? そう意識した途端、心臓がドキドキした。
「っ、わりい、重かったよな。すぐに起き――」
起き上がろうとするが、うまく力が入らず頭を抱える。そんな俺を善子は自分の膝枕に横たわらせた。
「まだ無理しちゃだめよ。もう少しこうしてなさい」
桶から水を組んでおいたのか、そこにタオルを浸しておれの額にそれを乗っけてくれた。タオルの冷たさが、火照った頭部を癒やしてくれる。おれが礼を言うと、彼女はふっと笑った。
「着実にシドーもリトルデーモンの道を歩んでいるわね。ヨハネの不運をおすそ分けしちゃったわね」
「リトルデーモンの道、か。フッ、毎回善子の膝枕を堪能出来るんなら、それも悪くないな」
後遺症なのか、また思っていることをダイレクトに伝えてしまう。おれの言葉に顔を真っ赤にした善子はぴしりとおれの額をはたいた。
「ちょっ、調子に乗らないことねリトルデーモンっ! こ、こんなこと滅多にしてあげないんだから!」
「おう、それは残念だな」
「はじめて、だったんだから……」
顔を赤らめて小さく善子が呟いた。
「え?」
「何でもないわよっ」
もうヌルくなっていたのか、額のタオルを奪うともう一度水に付け直し、額に置いてくれた。
「ありがとな、善子」
「よっ、善子ゆーなっ」
再び額をはたかれる。それがどこかおかしくって、どちらからとも無く笑いがこみ上げる。
「ぷっ、あはは」
「ふっ、ぷくく……」
二人でひとしきり笑うと、おれは彼女を見つめていた。
「なあ善子。悪いけど、もう少しこのままでいいか?」
おれの言葉にぽっと頬を染める善子。そして一瞬微笑むと、それを不敵な笑みに変えた。
「ふ、仕方ないわね。この堕天使ヨハネの膝で、常世の眠りにつくがいいわ!」
それからおれ達は夕闇の空の下、二人だけの時間を過ごした。
残りの面々が風呂場へとやってきて、おれは湯船へ放り込まれ、再び湯あたりするのはまた別の話。
さて、僕がこの作品の連載を始めて一ヶ月弱経ちました。一ヶ月弱で29話連載と、前作(一年半連載で30話)を大きく上回ることになりました。まああっちよりも一話一話の文字数を大きく制限してるのも原因なんだけど。
というわけで30話突破(まだしてないけど)&お気に入り登録件数200突破企画を行いたいとおもいます。詳しくは活動報告で書くのでそちらも見て下さいね。
ご意見ご感想お待ちしてます。