ラブライブ!サンシャイン!! Another 輝きの縁 作:伊崎ハヤテ
10話 俺と彼女のリスタート
ブブブ、と突然俺のスマホが震えた。手に取り画面を見ると、『高海千歌』の文字。
「千歌?」
ちらと外を見る。外はもう真っ暗で、穏やかな風が流れている。
「あいつ……」
俺はため息を付いた。こんな時間にあいつが俺に用があるってことは、ちょっと思い詰めている時だ。俺は耳元にスマホのスピーカーを当てた。
「もしもし?」
『あ、櫂ちゃん? あのね……』
声からも少し元気がないことが解った。
「今から行く。ちょっと待ってろ」
『もう、家の前にいるよ』
その言葉に窓から下を見下ろした。そこにはスマホを片手に俺に手を振る千歌の姿。いつもは俺があいつの家の方まで行くのに。今日は変だった。
俺は首を傾げながら部屋を出た。
「ほらよ」
自販機から買ったオレンジジュースの缶を千歌にすっと渡す。
「ありがとう」
千歌はそれだけ言うと、缶を開けてくぴくぴと飲み始めた。中々切り出し辛いのか、本題に入ろうとしない。
「どうだ、スクールアイドル活動は」
俺が話題を振ってやると、彼女は嬉しそうに喋り始めた。
やっと桜内さんが参加してくれたこと。目をつけていた一年生ばかりか、果南ねえちゃんやダイヤさん、鞠莉さんまでもが参加してくれたこと。『Aqours』ってユニット名にしたこと。練習や曲作りで皆の凄さにびっくりしたこと。
「曜ちゃんや果南ちゃん、とっても体力あるんだ。ランニングではすぐ追いぬかれちゃうし」
メンバーの凄さを俺に説明していく千歌。まるで自分のことの様に説明していく。
「善子ちゃんや梨子ちゃんは歌が上手いし、花丸ちゃんやルビィちゃんはとっても可愛いし、ダイヤさんはとっても綺麗だし、鞠莉さんはダンスがとっても上手だし……」
徐々に千歌の声が小さくなっていく。視線を落としてただただ地面を見つめていた。
「わたし、なんにもないなーって思い知らされちゃった」
「コンプレックスを抱いたってわけか。他のメンツの凄いとこ見せつけられて自信が無くなったと」
俺の言葉にうん、とだけ言うとぽすっと俺の肩に頭を乗っけた。これは俺に甘えたいというサインだ。
「こーんな、なんにもない普通な私がリーダーやってていーのかなーって思っちゃって――」
「阿呆」
ぴしり、とその額を人差し指で弾いてやる。千歌はびっくりしたように額を抑えて俺を見つめる。
「だーからお前はばかちかと呼ばれるんだ」
「いたっ、痛いよぉ櫂ちゃん!!」
痛がる千歌を指差す。
「いいか、普通な女子高生はスクールアイドルやろうと考えて部活を立ち上げることなんかしねえよ。メンバー増やそうと一年生や先輩方、同級生にまで声なんかかけないさ」
ふと、千歌が以前話してくれた曜が一番最初に参加してくれた話を思い出した。今ならアイツの気持ちが何となく解る。
「そんなお前がやりたいって言ったことだから、曜はお前にのったんだ。お前がやりたいって言ったから俺は出来る範囲でお前らを手伝うって言ったんだ」
幼馴染だからってのもあるけど、そんな真っ直ぐな気持ちの千歌を支えたいって思ったんだ。
「そんなお前のやりたいって気持ちが伝わって、他の連中も参加したと俺は思うぞ。お前の誰にも負けないもの、お前にしかないもの、それは輝きたいって真っ直ぐな気持ちだと俺は思う」
「櫂ちゃん……」
目を潤ませ、俺を見つめる千歌。自分の言ったセリフが恥ずかしくて、ちょっとこそばゆい。ここは一つちょっと変わったアドバイスでもするか。
「千歌、そうやって自分が不利な状況になったときの対処法を教えてやるよ」
「対処法?」
「ああ。とっておきさ」
元は前やったゲームの受け売りだけど。こいつを励ますことが出来るんなら何だっていい。
「その不利な状況を全て言った後にこう言えばいい。魔法の言葉さ」
「魔法の言葉?」
「『それがどうした』ってな」
「それだけ?」
「ああ。それだけさ。それだけでも、少しは気が楽になるってもんさ」
ホントに~、と疑う千歌。よーしそれじゃあ試してみようじゃないか。
「いいか千歌、お前の他のメンバーはとても優れている。曜や果南ねえちゃんは体力はあるし、善子や桜内さんは歌が上手いけど――」
「それが、どうした?」
「もっと強く。ルビィちゃんや花丸ちゃんはとても可愛いし、ダイヤさんはとても綺麗だ。そして鞠莉さんはダンスが上手い。だが――」
「それがどうした」
さっきよりも強い返し。先ほどの自信を無くしてた千歌はもういない。
「こんなメンバーがいるんだ。千歌は、何も優れたことがないかも知れない。けど――」
「それがどうした!」
もっと大きな声で叫ぶ千歌。上出来だ。
「そうだ! その言葉、忘れんなよ?」
「うん! ありがとう、櫂ちゃん!」
えへへ、と笑う千歌。やっといつものこいつに戻った気がする。
「櫂ちゃんには、いつも甘えてばかりだね……」
少し申し訳無さそうに俺を見つめてくる。何を今更。
「俺はAqoursのメンバーでも何でもない。俺の前では甘えん坊のちかっちでいいんだよ」
俺がほら、と促すと、彼女は胸元に飛び込んできた。小さいころこいつが甘えに来た時はよくこうしてぎゅってしたもんだ。そうするといつも千歌は喜んでたっけ。
優しく背中をたたき、落ち着かせる。そして胸元から伝わる、女の子特有の柔らかさ。この間果南ねえちゃんのとこでハグして貰った時にも、千歌から後ろから抱きつかれたっけ。あの時とは違い、その柔らかさは俺の胸元にある。それを自覚した瞬間、ドキッと心臓が脈動するのを感じた。
千歌に悟られまいと優しく身を離した。
「もう遅くなるからもう帰りな」
「うん……」
そう返事する彼女の瞳はどことなく虚ろげだ。安心して眠くなっちゃったのかな。
「ったく、しょうがない妹分だな」
ほれ、と彼女に背中を向けると千歌はそこにのしかかった。俗に言うおんぶってやつだ。
それから俺は無言で夜の海沿いの道路を歩いた。明かりは空に輝く満月のみ。それと身体に焼き付いた千歌の家までの行き方を頼りに俺は歩みを進めた。後ろの柔らかな感触は考えないことにした。
「んぅ……?」
背中から聞こえる千歌の声。お目覚めのようだ。
「起きたか?」
「あれぇ、櫂ちゃん……ってご、ごめん!」
千歌は慌てて俺から離れる。
「私ったらつい安心して寝ちゃったみたい。もうここまで来たら平気だから!」
「そうか。道は暗いぞ。家まで送るぞ?」
「だいじょうぶ! 今日はありがと!」
そう言うと千歌は途中まで歩いていたが、突然走り去って行った。彼女の背中が小さくなる。それと同時にあまり意識していなかった彼女の柔らかさが名残惜しく身体を奔る。
「っ! こらっ!」
反応する身体を戒める為、俺は家までの道を全力疾走した。
●●
小さな揺れで、目が覚めた。瞼を開ければ景色が流れているのが見える。自分の足で歩いてない、足は抱えられたままだ。意識を背負ってくれている人に向ける。大きくて、それでいて懐かしい背中。
「んぅ……?」
声が漏れてしまった。私の声に反応したのかその背中の主が私に声をかけてくれた。
そっか、安心して寝ちゃったのか。それで櫂ちゃんはここまでおんぶしてくれたのか。
もう大丈夫、と背中から降りて一人で帰ることにした。彼は心配してくれたけど、だいじょうぶと行って別れることにした。
おんぶ、懐かしかったなぁ。嬉しさと共にさっき抱きしめられたことを思い出した。でも、胸元で櫂ちゃんの心臓の音、ばっくんばっくん早鐘みたいになってたな。なんでだろ?
疑問に思った瞬間、私は一つの答えが脳内を過ぎった。
――もしかして櫂ちゃん、私を女の子として意識してる?――
そう考えた瞬間、体温が一気に上昇した。その疑問を拭い去りたくて、家までの道を走る。
違うもん、櫂ちゃんは幼馴染で友達だ。
幼馴染、だよね?
前々から考えていた、アニメで来るかもしれない重すぎるシリアスへのカウンターも兼ねての回でした。
ここから千歌ちゃんと主人公は互いを異性として再認識したという、リスタート地点ということで。
『それがどうした』は私が感動を覚えたゲームからのセリフです。解る人は私とお友達。
ご意見ご感想、お待ちしてます。