捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
「ふぅ……」
小町からもらったタオルでざっと全身を拭き、ひと息つく。気持ちを落ち着けたことで、少しずつ色んな出来事がはっきりと思い出され、体に馴染んでくる。
そして、湧き上がる体の震えに従い、俺はベッドにダイブした。全然落ち着いてねえじゃん。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
枕を抱きしめ、ゴロゴロとベッドの上を転がる。
今考える事は一つ。
花陽の唇めっちゃ柔らかい!!!
え、マジで!?
何、あの柔らかさ!マシュマロ!?いや、花陽は白米好きだからお餅!?
唇に花陽の熱が残っている事を感じながら、恋人になったという事実を確認する。それは、言葉だけの関係ではなく、心と心の不思議なつながりで、目には見えないのに、確かなものだと自信が持てた。
『八幡さんが大好きです』
その甘い声を心に響かせながら、このまま幸せな眠りにおちていけそうだ。
……いかんいかん。脱いだ服を洗濯機に入れとかないと、小町に怒られちまう。落ち着けハチマン。
ウキウキな足取りで階段を降り、脱いだ服を片手に、ガラッと脱衣所のドアを開けた。
「え……?」
「…………」
時間が止まった……気がした。
落ち着いて、冷静に状況を判断する。
……あ、花陽だ。
うん、テンション上がりすぎて自分の世界に浸ってたわ-、っべーわ-。
花陽はきょとんとしている。まだ、現実が飲み込めていないようだ。ドアを開けたのが二人同時だったのか、まだ浴室と脱衣所の境目にいる。雨に濡れた髪が少し頬に貼りついているのが色っぽく、さらに細い首も滑らかな鎖骨も、まだ水滴が伝っていて、その行き先はあどけない顔立ちには不釣り合いな豊かな膨らみや、アイドルとして健康的に鍛え上げられたくびれや…………これ以上は未知すぎて、言葉にできない。うん、花陽に会えて本当によかった……言ってる場合じゃねえな。
ようやく状況を理解したのか、花陽の顔が赤くなり、ぷるぷる震え出す。
いや、わざとじゃないよ。わざとじゃない。ハチマン……ウソ……ツカナイ……。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
比企谷家に雷のような悲鳴が響き渡った。
*******
「本当に申し訳ございませんでした」
土下座。
今、俺は謝罪の王様を越え、謝罪の神様と化している。いや、冗談じゃなくマジで。
花陽は服を着て出てくるなり、リビングの端っこでちょこんと正座してしまった。その後ろ姿からは感情が見えないが、とりあえず耳は真っ赤だ。
もちろん、まだ一言も話してくれない。さらに言えば目も合わせてくれない。
床にもう一度額を付け、謝罪する。
「本当にごめん」
「…………」
無反応。やばいやばいやばい。恋人になったばかりなのに、はやくも最大のピンチ。ちなみに小町は呆れた顔で食事の準備をしている。
「今度、最高級の白米おごるから」
「し、知りません!」
こんな時でも、大好きな白米には反応するんだな。可愛い。だが、今はとにかく謝り続ける事に集中しよう。
「本当に悪かった」
「…………」
ちらりとこちらを窺っている。よく見ると、希望的観測かもしれないが、そんなに怒っていないようにも思える。
しかし、しっかり謝るべきなのは事実である。
「本当にすまなかった。何でも一つだけ言うこと聞くから……!」
「…………」
花陽は無言のままこちらを向き、正座を崩して女の子座りになった。
「……何でもって言いましたね」
「まあ、俺にできる事なら……」
「じゃ、じゃあ、責任……とってください」
「……せ、責任?」
俺が問い返そうとすると、花陽が耳元に顔を近づけてくる。シャワーを浴びたばかりだからか、シャンプーの香りが鼻腔をいつもより、幾分強く深く刺激してくる。
「私を……お嫁さんに、してくださいね?」
「……あ、ああ」
耳元から離れた花陽と、至近距離で見つめあい、しっかりとそのパーツの一つ一つを焼きつける。そして、今度は正面から近づいていくのを感じた。
「二人共、小町がいること忘れてない?リアクションに困るんだけど」
「…………」
「…………」
何ともいえない表情で、頬を真っ赤にした小町のジト目に、二人して謝りながら、食卓についた。