捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
「まったく……君という奴は何を考えているんだか……」
「…………」
あれからどうやって宿に帰ってきたのか、全然記憶にない。そもそも現実があやふやで、今、俺がいるのが宿なのかすら疑わしく思えてきそうだ。そのくらいに何もかもの輪郭がぼやけている。
ただ、とりあえずの現実を認識してみると、どうやらここは平塚先生の部屋らしい。帰ってきた俺を見た平塚先生が、慌てて自分の部屋へ連れて行き、宿から包帯やらをもらい、手当てをしてくれた……気がする。
「まあ、骨折などの心配はない。ただ少しの間、痛みはするがね」
「……うす」
「何があったかはあえて聞かないよ。ただ自分の事はもう少し大事にしたまえ」
言いながら、先生は俺の頭をくしゃっと撫でた。
「君の事を大事に思ってる人間は、君が思うより多いよ」
「…………」
言葉は返さず、頭を下げと部屋に戻った。
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部屋に戻ると、わかりきったことだが、葉山達は既に帰ってきていた。
俺の右手の包帯を見て、ぎょっとしていたが、お互いに言葉を交わす事はせず、あとは昨日と変わらぬ時間が流れた……なんて事はなく。
「八幡!その右手、どうしたの!?」
驚いた表情の戸塚が可愛らしく駆け寄ってきた。
「いや、転んだだけだよ」
俺は、不安そうな戸塚に苦笑いしながら、定位置の隅っこで、言い訳し続けていた。
そして、皆が寝静まってから、スマートフォンの画面を開く。
花陽からの着信はなかった。
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修学旅行最終日。
もう、帰るだけの日。適当なお土産を選び、購入したら、帰りの新幹線の時間を待つだけだ。
先程、海老名さんとすれ違った際に声をかけられたが、言葉が出てこないようだったので、俺の方からその場を離れた。
由比ヶ浜も俺の手を見て、すぐに俯いて離れていった。
俺は……ただ一人の事だけを考えていた。
右手の痛みの分だけ、強く、強く。
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家に着く頃には、すっかり空も暗くなっていた。
「お帰り-!……って何その手!?」
「転んだんだよ」
左手で小町の頭をぽんぽんとしてから、自分の部屋へ行く。少し眠りたかった。
荷物を置き、ベッドに体を投げ出すと、習慣的な動作で携帯の画面を開く。
花陽からメールが来ていた。
一呼吸置いて開く。
『こんばんは。今日帰って来るんですよね?お疲れさまです。もしよかったら、明日電話していいですか?』
「…………」
真っ暗な部屋に、ほんのりとした明かりを放ちながら、その文章は心を締めつけた。
ごめん、ごめん、ごめん…………。
嘘つきな臆病者は、大事な人はもちろん、自分すら傷つけるのが怖かった。