捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

70 / 129

  


ビー玉

 時間はいつも通りに流れ、止まることも急ぐこともしなかった。その間、俺の頭の中は何かでごちゃごちゃになっていた。

 そして、気がつけば告白当日……

 

「ね、ヒッキー。いよいよだね」

 

 期待に胸を膨らませた表情の由比ヶ浜が、ひょこっと隣に現れる。

 

「……何がだ?」

「もうっ、依頼の事だよ!」

「ああ。まあ、ぼちぼちな」

「うわっ、テキトー……」

「押して駄目なら諦めろって名言知らねーのかよ」

「言ってるのヒッキーだけだし……てゆーか、ヒッキー、修学旅行中ずっとぼーっとしてるし……」

「そうか?」

「そうだよ、恋煩いじゃあるまいし」

「…………」

「え?どうしたの?まさか……」

「お前……よく恋煩いなんて言葉を知ってたな」

「なっ!?バ、バカにすんなし!これでも女子高生だかんね!」

 

 この件は、由比ヶ浜に知られてはいけない。だからこそ海老名さんは、あんな遠回しな言い方をした。嘘をついて、取り繕える程器用じゃないから。

 今、頭の中にはある一つの方法が浮かんでいるが、一旦置いておく事にした。

 

 *******

 

「君には……頼みたくはなかった」

「お互い様だよ……馬鹿野郎」

 

 夕焼けが焦がす京都の街並みを眺めながら、悔しそうな顔をした葉山に背を向ける。この土壇場で舞い込んできた3つ目の依頼。葉山もまた藻掻いていた。己を変えられない弱さを憎んでいた。

 正直、葉山グループの事は興味ない。だが奴には、林間学校と文化祭の件で借りがある。リア充に借りを作るなど、ぼっちの沽券に関わる。

 ……やはり、先程から頭にちらついている方法を使うしかないようだ。決してこれがベストとは思わない。だが、俺にできるたった一つの冴えたやり方である事は間違いない。

 ふと花陽の顔が自然と脳内に浮かんでくる。いつものやわらかな笑顔を向けてくる。ここ最近はいつだってそうだ。だが今だけは、その安らぎから目をそらさなければならない。俺が今からやることは……。

 

 *******

 

 夕食後、奉仕部は二人の待ち合わせの30分前に集合する事になっていたので、緊張している戸部を横目に部屋を出る。

 

「あ、八幡。もう行くの?」

「ああ」

 

 同じ部屋の戸塚も、もちろん戸部の話は知っている。

 そして、俺が起こす行動は知らない。

 

「……大丈夫?ずっと顔暗いけど。具合悪いの?」

「いや……いつも通りだよ」

「そっか。じゃあ、いってらっしゃい」

「ああ」

 

 戸塚の気遣わしげな視線を背に受けながら、待ち合わせ場所へと急いだ。

 

 *******

 

 竹林の道。京都でも特に有名な観光スポットの一つ。夜はライトアップされて、儚く幻想的な光景に変わっている。そんな場所でこれから起こるイベントに、一つの結果が出ようとしている。

 雪ノ下と由比ヶ浜は俺に任せると言った。

 葉山も自分のグループの事後処理はするだろう。

 海老名さんはおそらく俺の意図に気づくはずだ。

 戸部の本気も確認した。

 あとは……

 深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。

 思い浮かべるな。思い浮かべるな。

 これはただの演技だ。

 一分もかからないくらいに小さな出来事だ。

 

「あ、来た!」

 

 由比ヶ浜の声ではっと気づいて前を向くと、戸部と海老名さんが向かい合っている。

 ここまで来たら、もう迷っている時間はない。俺は隠れていた茂みを飛び出し、戸部に並ぶ。

 突然の乱入に驚く戸部と、何の感情もない瞳で俺を見る海老名さん。さあ、あとは自分の頭の中の台本を読み上げるだけだ。

 

「ずっと……」

 

 何故かつっかえる。落ち着け。相模の時を思い出せ。

 

「前……から……」

 

 おかしい。美少女と話す時にはよく噛んでいたが、こういう場面では、淡々と言葉を並べていたのに。

 

「す……」

 

 さあ言え。終わらせろ。

 

「き……」

 

 『八幡さん』

 

「!」

 

 手足が震える。口の中がカラカラする。

 だが必死でこらえた。

 

「すき…………でした…………」

 

 何とか言葉を紡ぎ、海老名さんを目が合うと、はっとした表情になり、頭を下げてきた。

 

「ご、ごめんなさい。今は、誰とも付き合う気は無いから」

 

 らしくない口調で言い、らしくない速度でその場を離れていった。

 

「……いやー、ヒキタニ君、ないわー……ヒキタニ君?」

 

 戸部には何も言わず、ゆっくりと歩き出す。

 

「比企谷……?」

 

 葉山の隣も通り過ぎる。

 道の先に雪ノ下と由比ヶ浜がいる。雪ノ下は俺を睨んでいるが、俺が見返すと、どこか驚いたような表情になった。由比ヶ浜は俯いている。

 俺は二人の間を黙って歩いた。

 由比ヶ浜が袖を掴んできたが、静かに振りほどき、ただ歩く。

 背中にいくつかの視線を感じながら、誰もいない場所を探した。

 

 *******

 

 竹林の道を抜け、ひっそりとした夜空の下で頬を拭う。

 泣いてはいないようだ。

 だが泣きそうなくらいに表情が歪んでいる事だけ理解した。

 

「花陽」

 

 この場にいない大事な人の名を呟く。

 さっきの告白に気持ちはない。

 でも俺は……裏切ってしまったのだろうか。

 ガンッと鈍い音がする。

 気がつけば、コンクリートの壁を殴っていた。ここはどこだろう、なんて疑問もない。

 そしてそのまま、自分を殴るように壁を一定のリズムで殴っていた。

 ……今はただ、痛みが欲しかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。