捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
時間はいつも通りに流れ、止まることも急ぐこともしなかった。その間、俺の頭の中は何かでごちゃごちゃになっていた。
そして、気がつけば告白当日……
「ね、ヒッキー。いよいよだね」
期待に胸を膨らませた表情の由比ヶ浜が、ひょこっと隣に現れる。
「……何がだ?」
「もうっ、依頼の事だよ!」
「ああ。まあ、ぼちぼちな」
「うわっ、テキトー……」
「押して駄目なら諦めろって名言知らねーのかよ」
「言ってるのヒッキーだけだし……てゆーか、ヒッキー、修学旅行中ずっとぼーっとしてるし……」
「そうか?」
「そうだよ、恋煩いじゃあるまいし」
「…………」
「え?どうしたの?まさか……」
「お前……よく恋煩いなんて言葉を知ってたな」
「なっ!?バ、バカにすんなし!これでも女子高生だかんね!」
この件は、由比ヶ浜に知られてはいけない。だからこそ海老名さんは、あんな遠回しな言い方をした。嘘をついて、取り繕える程器用じゃないから。
今、頭の中にはある一つの方法が浮かんでいるが、一旦置いておく事にした。
*******
「君には……頼みたくはなかった」
「お互い様だよ……馬鹿野郎」
夕焼けが焦がす京都の街並みを眺めながら、悔しそうな顔をした葉山に背を向ける。この土壇場で舞い込んできた3つ目の依頼。葉山もまた藻掻いていた。己を変えられない弱さを憎んでいた。
正直、葉山グループの事は興味ない。だが奴には、林間学校と文化祭の件で借りがある。リア充に借りを作るなど、ぼっちの沽券に関わる。
……やはり、先程から頭にちらついている方法を使うしかないようだ。決してこれがベストとは思わない。だが、俺にできるたった一つの冴えたやり方である事は間違いない。
ふと花陽の顔が自然と脳内に浮かんでくる。いつものやわらかな笑顔を向けてくる。ここ最近はいつだってそうだ。だが今だけは、その安らぎから目をそらさなければならない。俺が今からやることは……。
*******
夕食後、奉仕部は二人の待ち合わせの30分前に集合する事になっていたので、緊張している戸部を横目に部屋を出る。
「あ、八幡。もう行くの?」
「ああ」
同じ部屋の戸塚も、もちろん戸部の話は知っている。
そして、俺が起こす行動は知らない。
「……大丈夫?ずっと顔暗いけど。具合悪いの?」
「いや……いつも通りだよ」
「そっか。じゃあ、いってらっしゃい」
「ああ」
戸塚の気遣わしげな視線を背に受けながら、待ち合わせ場所へと急いだ。
*******
竹林の道。京都でも特に有名な観光スポットの一つ。夜はライトアップされて、儚く幻想的な光景に変わっている。そんな場所でこれから起こるイベントに、一つの結果が出ようとしている。
雪ノ下と由比ヶ浜は俺に任せると言った。
葉山も自分のグループの事後処理はするだろう。
海老名さんはおそらく俺の意図に気づくはずだ。
戸部の本気も確認した。
あとは……
深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
思い浮かべるな。思い浮かべるな。
これはただの演技だ。
一分もかからないくらいに小さな出来事だ。
「あ、来た!」
由比ヶ浜の声ではっと気づいて前を向くと、戸部と海老名さんが向かい合っている。
ここまで来たら、もう迷っている時間はない。俺は隠れていた茂みを飛び出し、戸部に並ぶ。
突然の乱入に驚く戸部と、何の感情もない瞳で俺を見る海老名さん。さあ、あとは自分の頭の中の台本を読み上げるだけだ。
「ずっと……」
何故かつっかえる。落ち着け。相模の時を思い出せ。
「前……から……」
おかしい。美少女と話す時にはよく噛んでいたが、こういう場面では、淡々と言葉を並べていたのに。
「す……」
さあ言え。終わらせろ。
「き……」
『八幡さん』
「!」
手足が震える。口の中がカラカラする。
だが必死でこらえた。
「すき…………でした…………」
何とか言葉を紡ぎ、海老名さんを目が合うと、はっとした表情になり、頭を下げてきた。
「ご、ごめんなさい。今は、誰とも付き合う気は無いから」
らしくない口調で言い、らしくない速度でその場を離れていった。
「……いやー、ヒキタニ君、ないわー……ヒキタニ君?」
戸部には何も言わず、ゆっくりと歩き出す。
「比企谷……?」
葉山の隣も通り過ぎる。
道の先に雪ノ下と由比ヶ浜がいる。雪ノ下は俺を睨んでいるが、俺が見返すと、どこか驚いたような表情になった。由比ヶ浜は俯いている。
俺は二人の間を黙って歩いた。
由比ヶ浜が袖を掴んできたが、静かに振りほどき、ただ歩く。
背中にいくつかの視線を感じながら、誰もいない場所を探した。
*******
竹林の道を抜け、ひっそりとした夜空の下で頬を拭う。
泣いてはいないようだ。
だが泣きそうなくらいに表情が歪んでいる事だけ理解した。
「花陽」
この場にいない大事な人の名を呟く。
さっきの告白に気持ちはない。
でも俺は……裏切ってしまったのだろうか。
ガンッと鈍い音がする。
気がつけば、コンクリートの壁を殴っていた。ここはどこだろう、なんて疑問もない。
そしてそのまま、自分を殴るように壁を一定のリズムで殴っていた。
……今はただ、痛みが欲しかった。