捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
しばらくして、ファッションショーが開演した。客は9割以上女性なので、待ち時間には居心地の悪さを感じたが、煌びやかなライトと華やかな衣装に身を包んだモデルが出てくると、たちまち歓声でホール内が満たされ、ステージ以外のものが大して気にならなくなる。隣にいる小町もかなりハイテンションになっていた。
計算された足取り、仕草、表情で観客を魅了していくモデルを眺めている内に、割と早く時間は過ぎ、着々とプログラムを消化していることに気づく。やはりこういう場で見ると、現実離れした別の生き物に見える。べ、別に足に見とれてなんかいないんだからね!
そして、一旦照明が落ち、別の色をした明かりがステージを彩る。
それに導かれるように出てきたのは、戸塚と星空だ。
見た目はシンプルながらも、着ている者を鮮やかに彩るデザインは、星空の美少女っぷりも相まって、凄まじい相乗効果をもたらしていた。
そんな星空を、戸塚は丁寧に、堂々とエスコートしている。
観客からは黄色い声援が爆発した。
「凛ちゃーん!戸塚さーん!」
小町が2人に手をメガホンにして、音量MAXで2人に呼びかける。俺は声を出さない分、できるだけ大きめの拍手をした。
二人はそのままステージの先端まで歩き、立ち止まると、ゆっくり向かい合う。
戸塚は片膝をステージに着け、星空の手をとると、その手に口づけた。
「おぉーーーーーーーー♪」
小町が色めき立った声をあげる。
周りの女子もキャーキャー歓声を上げる。
仕方ねぇな。次は俺がタキシードを着て、ドレス姿の戸塚の手に……え、お呼びじゃない?
星空は普段見せることはないだろう、優雅な微笑みを見せて、再び戸塚のエスコートでステージ中央へと戻っていく。
戸塚が下手の方へはけていくと、μ,sのメンバーが上手から出てきた。花陽も他のメンバーと同じ衣装に着替えている。
それぞれのポジションにつき、会場がしんとなる。
数秒後、大音量の音楽が流れ、パフォーマンスが始まった。
一瞬だけ、花陽が弾けるような笑顔を向ける。
俺はただただ、普段見ることのできないスクールアイドルとしての花陽に見とれていた。
*******
あっという間にステージが終わり、俺は机と椅子だけの空き部屋で、一人待たされていた。小町は持ち前のコミュ力を発揮して、μ,sのメンバー達と控室で談笑しているところだ。
ここで待つように言ったのは戸塚と星空だが、要件はなんだろうか。
先程の熱が、まだ体を火照らせている事を確かめながら、ぼんやりと天井を見つめていた。
そこでコンコンというノック音が静寂を破る。
「……どうぞ」
返事をすると、無言のまま、ゆっくりとドアが開かれた。
「あの、八幡さん……」
「は、花陽?」
入ってきたのは花陽だが、その姿は俺を驚かせた。
「その恰好……」
「えーと、り、凛ちゃんが八幡さんに見せたらって……ど、どうですか?」
花陽はさっきまで凛が着ていたドレスを身に着けていた。その手にはブーケがある。
「な、なんか変な感じですよね。高校生で着る機会があるなんて思わなかったから……」
照れくさそうな上目遣いは、何か言葉を催促しているようだ。
「……すごく、いいと、思う」
「そ、そうですか……ありがとうございます……ぴゃあっ!」
気がつけば、体が勝手に動いていた。
俺は、花陽を…………思いきり抱きしめていた。
「は、はは、八幡さん?」
胸の辺りを花陽の吐息がくすぐる。
このすっぽりと収まるような小ささも、つぶれるようなやわらかさも、甘くとろけるような香りも、全てこの腕の中にあった。
「花陽……」
いっそこのまま一つになってしまえたら……
「は、八幡さん……く、苦しいです……」
花陽の言葉に我に返る。慌てて離れた。
「……わ、悪い」
「い、いえ……決して嫌じゃなくて……ただ……」
花陽が優しく胸に飛び込んできた。その白く細い腕がこっちの背中に回される。くりくりとした可愛い目が、至近距離で潤みながら俺の目を見つめていた。
「八幡さんだけなのはずるいです。私だって……」
最後の方はもごもごして聞こえなかったが、花陽が徐々に力強く抱きしめてきたので、気にならなくなった。
こっちも、今度は優しく抱きしめる。
二つの鼓動が並んで、不揃いな微笑ましいリズムを鳴らしている。その心地よさにいつまでも身を委ねていたかった。
今なら言える気がする。
「花陽…………その…………俺は…………」
「はい…………」
コンコンとノック音が聞こえた。
「入るわよ…………あなた達、何でストレッチなんかしてるの?」
絢瀬さんが怪訝そうな目を向けてくる。
「いや、これは、その、あれですよ、クールダウンを…………」
「そ、そそ、そうだよ、絵里ちゃん!運動したあとは、ちゃんと体をほぐさないと!」
二人して素晴らしい高速反応。インパルス!
「そ、そう……ドレス汚さないようにね」
「それより、その恰好どうしたんですか?」
絢瀬さんは何故かウエディングドレスに身を包んでいた。かなり似合っている。
「あ、これはさっき主催者の人にモデルを頼まれて……どう?」
絢瀬さんが顔を赤くして、もじもじしながら聞いてくる。危うく見とれそうになる美人っぷりに、俺は目を逸らしながら答えた。
「え、ええ……その、に、似合ってると思います」
「本当に!?ありがとう!!」
こっちにぴょんと跳ねてきて上目遣いになる。い、い、今、着地した時……胸……揺れた。しかも、そんな胸元開いたドレスで前かがみになったら、こっちが前かがみになっちゃう!
「……ハチマンサン」
……うん、何かやばい気がする。
恐る恐る振り返った。
花陽はにっこり笑っている。にっこにっこにー。
「ハチマンサン……ウレシソウデスネ」
ば、ばかな……スカウターが壊れんばかりの戦闘力だと……?
「い、いや……そんなことは……」
180度変わった空気に打つ手なし!
これまでご愛読ありがとうございました!
「……あのー」
死を覚悟した瞬間、開いた扉の陰から帽子を被った女の人がひょっこり顔を出している。
「絢瀬さん、そろそろ……」
「あ、はい」
「そちらの方は……」
「そこの小泉さんの……お友達です」
「……よかったらそこの2人にも協力していただけませんか?中々お似合いなので……」
「わかりました。頼んでみます」
何やら話し合っているようだが、早くしてほしい。こっちは命の綱渡りをしているのである。なんか色々タイミングが悪い。やはり俺の青春ラブコメはまちがっている!
「ねえ、あなた達」
絢瀬さんがこちらに顔を向ける。
「式場のパンフレットのモデルをやってくれない?」
突然の申し出に、俺と花陽は顔を見合わせた。