捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
「ここか……」
普段なら心ゆくまで惰眠を貪る秋の日曜日。しかし今日は花陽、というかμ,sがイベントに出演するイベント会場に小町と連れだって来ていた。先日連絡したアイツは、先に会場に到着して、星空以外のメンバーと合流する事になっている。
「そういや俺……花陽がステージに立つとこ見るの初めてだわ」
「そういえばそうだね!小町はこの前見れたけど」
俺は数学の補習をしてたんだよな。やっぱり数学をもっと……いや、やめておこう。何もかも変わる必要などない。それより今日、花陽がここで歌って踊るのか……。
「やべ、緊張してきた」
「お兄ちゃんが緊張してどうすんの……ほら行くよ」
小町に手を引かれ、宥められ、会場に連れて行かれた。俺としては通常運転だが情けなさすぎる。
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「あ、八幡さん!小町ちゃん!こっちです!」
多目的ホールの華やかな装飾をあしらったドアを開けると、学校の制服姿の花陽がたたたっと小走りで駆け寄ってくる。
「花陽ちゃーん!今日は小町も誘ってくれてありがとう!」
小町は手を大きくぶんぶん振って合図した。花陽はそれに対して、いつものやわらかい微笑みで応える。
「こちらこそ。来てくれてありがとう!楽しんでいってね」
「うす」
「八幡さん……私、今日は精一杯がんばりますから!」
「ああ、応援してる」
「はい♪」
花陽はやけにニコニコ笑顔だ。ステージで歌って踊るのがよほど好きなのだろう。
だがとりあえず本題に入らないといけない。
「そういや準備の方はどうなってる?……戸塚の」
「あ、はい、もう着替えてもらってます」
「そっか、じゃあ後は星空だな」
「はい!あ、二人共、私達の控室に案内します!」
忙しく動く人達を横目に、スタッフ専用の簡素で事務的な廊下を歩きながら、いつもより快活に動く花陽の後をついていった。こうして新たな一面が見れたのなら、日曜日に外に出た甲斐があるというものだ。
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花陽に続き、小町、俺の順で中へ入ると、そこには既に着替えを済ませたμ,sのメンバーがいる。ただ、修学旅行先に台風が直撃した為、帰れなくなった2年生はいない。よかった。園田さんにボコボコにされなくてすむ。
どう声をかけようか迷っていると、花陽が率先して話し始める。
「皆、紹介するね。比企谷八幡さんと、その妹の小町ちゃんだよ」
「どーもー♪比企谷小町でーす!前回のライブは見てたんですけど、こうしてお会いするのは、初めてだから、少し緊張しますね!」
「……どーも、こんにちは」
言葉とは裏腹に、全く緊張していない小町と、自己紹介の下手さと第一印象の悪さなら定評のある俺の紹介が終わると、西木野から声をかけられた。
「2人共、久しぶりね。今日はありがとう。凛の為に動いてくれて」
「俺が何かするわけじゃねーよ」
「出たっ!お兄ちゃんの捻デレ!」
捻デレ言うな。
「二人共、今日はよろしくな~♪」
関西弁と共に、東條さんがずいっと顔を寄せてくる。近い近い、近いって。
さらに今日の衣装は、ドレスを着るメンバー以外は、タキシードをアレンジしたような衣装なのだ。それ故に、タイトな着心地なのか、胸の辺りがきつそうな気がする。心配だ。いやー心配だ。し、心配してるだけよ?本当だよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。
「どこ見とるん♪」
「ひゃ、ひゃい!」
思わず噛んでしまった。東條さんは悪戯っぽい表情を浮かべながら、胸の下で腕を組む。俺は視線をそらし、口笛を吹き、ごまかし……
「むう……」
ごまかしきれませんでした。花陽さん、その黒いオーラやめてください。そろそろ覇気的な何かで、泡吹いて倒れそう。
「はあ、これだからゴミぃちゃんは……」
「まったく、これだから男は……」
小町と西木野から、ゴミを見るような目を向けられつつ、気持ちを落ち着ける。よし何か心で唱えよう、宇宙天地輿我力量……。
「あははっ!花陽ちゃんの彼氏、おもろいな~!ウチは東條希。よろしく~」
「ど、どーも」
東條さんはからからと笑う。花陽に渡した本といい、行動が読めない人だ。
「ちょっと!スクールアイドルがこんなところで彼氏とか口にするんじゃないわよ!」
怒り声で矢澤さんがずかずかと乱入してくる。
彼女はジト目で俺を見た。
「アンタが花陽の彼氏?」
「に、にこちゃん!」
花陽が慌てているが、特に意に介する風もなく、矢澤さんは俺と小町の前に来て、不敵に笑う。
「にっこにっこに~♪あなたのハートに矢澤にこに「き、今日は来てくれてありがとう!」ち、ちょっと最後までやらせなさいよ~!」
矢澤さんの自己紹介(?)の途中で、突然割って入った人物が、俺の手を握ってくる。ぴゃあっ!
「あの、私は絢瀬絵里!比企谷八幡君と妹の小町さんね。凛の件、本当に感謝してるわ!」
「あ、は、はい……」
絢瀬さんは、イメージと違う早口でまくしたてる。また近い近い。つーか、手握ったままなんですが。うん、柔らかい。しかも、いい香りが……。
「わあ……」
小町が何やら驚いている。いや、何とかしてくれよ。
「絵里……あなた何やってんのよ。ていうか、キャラ変わってない?」
「エリチ、かよちんから怒られるよ」
「え?や、やだ、私ったら!ご、ごめんね比企谷君!」
「い、いえ、別に……」
またもやサッと視線をそらす。だってまた胸に目がいきそうなんだもん!
「ハチマンサン?」
穏やかだが圧力のある声に、室内の空気が凍りつく。
「花陽、準備しなくていいのか?」
この事態を上手く切り抜けようと、なるべくクールに切り返す。
「まだ凛ちゃんが来てないから大丈夫です」
「はい」
「こんなかよちん……初めて見た」
「だから言ったでしょ?意外とやきもち焼きだって」
しばらく花陽からのお説教を受けた後、機嫌を直すのに必死になりました。
「こら~、アンタ達!無視するんじゃないわよ~!」
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