捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
どこか皮肉めいた独り言を呟き、あと5分くらいぼーっとしていようかと思った瞬間、勢いよく屋上のドアが開いた。
「は、花陽?」
本来ならいるはずのないその姿に、驚きを隠せなかった……それと先程のやりとりが聞かれていたかどうかが気になってしまう。
真っ直ぐに俺を見る花陽は唇をきゅっと強めに結んでいた。そして、微かに身体を震わせながらも、普段は穏やかな瞳に強い決意を滲ませていた。
「…………ます」
やがて、微かに動く唇からぽつぽつと声が漏れ聞こえる。
「花陽……?」
「八幡さんが傷ついてるじゃないですか!」
「!」
突然の大声に身体が竦む。花陽の怒鳴り声を聞くのは初めてだった。
いきなり過ぎて、上手い言い訳が出てこない。
「いや、俺は……別に……」
「じゃあ、何で……そんな悲しそうな声をしてるんですか?」
「…………」
「何で……そんな哀しそうな目をしてるんですか?」
「…………」
「誰も傷つかない世界なんて、完成してないじゃないですか…………」
「……いや、俺はあいつらの輪の中にいない。いつも……一人だから……」
「…………」
悲しそうに目を伏せた花陽は、静かな足取りで俺の隣へ来て、そっと腰を下ろした。
いつもの甘い香りに、少しずつ心が落ち着いていくのを感じると、花陽は再びこちらを見つめてきた。
「八幡さん」
左手にひんやりとした花陽の小さな手が重なる。指がじんわりと絡んでいった。
「八幡さんは……一人じゃありません」
優しく柔らかい、いつもの微笑みがそこにはあった。そして、その温かさは心の中の凝り固まった何かを、ほぐして溶かしていく。
「私は……八幡さんが悲しそうにしてると、悲しいです」
「…………」
「もちろん、小町ちゃんも、凛ちゃんも、戸塚先輩も、真姫ちゃんも、材木座先輩も……」
「…………」
「八幡さんのご両親も、私のお母さんだって……悲しくなるはずです」
「…………」
「だから……!」
「…………」
「もう、絶対に……一人ぼっちだなんて言わないでください」
「…………」
「すぐには変われないかもしれません。また、今日みたいな事があるかもしれません」
「…………」
「でも、私、八幡さんの隣にいます」
「…………」
「ちっちゃいし、強くないですけど……絶対隣にいます」
「…………」
「私じゃ…………だめですか?」
言葉が出てこない。唇が動かない。
何故か視界が滲まないようにするだけで精一杯だった。
だから俺は、返事の代わりに、小さな手を固く握りしめた。
「……ありがとう」
聞こえるか聞こえないかぐらいの呟き。花陽に届いたかはわからないが、彼女はこちらにもたれかかってきた。それに倣い、俺も花陽にもたれかかる。
甘い香りに包まれながら、先日の文化祭スローガン決めを思い出す。今まさに人と人とが支え合っている。俺は花陽に支えてもらっている。だが、寄りかかるだけの存在になりたくない。この温もりの分だけ、この優しい女の子に、いつか何かを返せるのだろうか。
体育館では、雪ノ下や由比ヶ浜がステージで称賛を浴びている。俺はそこには立てないし、観衆に入り混じり騒ぐ事もできない。今にも消え入りそうなちっぽけな存在だ。
でも、一人じゃない。それを花陽が教えてくれた。
絡まった手が、重なる温もりが、俺をこの冷たく乾いた世界へと繋ぎ止めていた。