捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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ウサギのバイク

 日に日に残暑が底をつき、秋が深まっていく頃、総武高校は文化祭を迎えた……うん、帰って寝たい。専業主夫を目指すこの俺が、こんな社畜じみた真似をする羽目になろうとは……。

 トラブルもあったが、何とか開会式を乗り切り、俺は文化祭の様子を写真に収めていた。時折不審人物に向けられるような目を向けられているのは、気のせいだと信じたい。信じる者は救われるのだ。

 

「おっにいちゃーん!」

 

 突然誰かに抱きつかれ、爽やかないい香りが弾ける。この匂いは小町か。うん、これはさすがにシスコン拗らせてますね。

 

「小町、どした?……おう」

 

 振り返ると、小町と星空と……柔らかく微笑む花陽がそこにいた。

 

「……来てたのか」

「サプライズでーす♪」

「にゃー!先輩の通ってる学校大きいにゃー!」

 

 星空は物珍しそうにキョロキョロしている。音ノ木坂学院も大きいと思うのだが、そこは隣の芝生は青い、という奴だろう。

 

「八幡さん……お久しぶりです」

 

 花陽がちょこんと前に出てくる。新学期が始まってからは、1度も会えていなかった。まあ、何となく毎日お互いに連絡を取り合っていたから、クラスメイトよりもずっとコミュニケーションは取れているが。

 

「ああ、久しぶり。元気か?」

「あ、はい。八幡さんも元気、ですか?」

「まあ、一応……」

 

 花陽の後ろから、小町と星空がその背中をぽんぽんおしている。

 

「あの……えと……よ、よ、よかったら、一緒に回れませんか?」

 

 こちらを上目遣いで向けられる子犬のようなくりくりした瞳に、危うくOKを出すところだったが……

 

「……悪い。今日は一日抜けられそうもない」

「そうですか……」

 

 伏せられた目に罪悪感を感じるが、すぐに笑顔になる。

 

「あ、そ、そうですよね!忙しいですよね!ごめんなさい!」

「いや、こっちも悪い。せっかく来てくれたのに悪いな」

「仕方ないか。でもお兄ちゃんが仕事だなんて……小町は嬉しいよ!」

「比企谷先輩ファイトにゃー!」

 ええい、騒ぐな。お兄ちゃん恥ずかしいだろ。

「じゃあ、八幡さん。これを…………」

 花陽がカバンからそこそこ大きな黒い包みを取り出す。

「これは……」

「お、お弁当です……」

「……ありがとな」

「ど、どういたしまして……えっと……」

「…………」

「…………」

 

 やばい。本気で照れくさい。ある程度のシチュエーションは経験してきたから、もうちょっとやそっとの事では動じないと思っていたが、そうでもないらしい。しかも、ここは学校だ。いつもより人目が……ああ、知らない奴らばかりでした。てへっ!

 それでも、美少女3人は目立つので、やはり注目は集まる。さすがに人だかりはできないが、チラ見する奴は多い。

 

「おい、見ろよ。アイツ……」

「だから何であのぼっちばかり……」

「誰か警察を……」

「隼八こそ至高……」

 

 ヒソヒソ話も聞こえてくる。

 おい、2番目の奴。お前、総武高の生徒か。だから俺がぼっちだと知ってたんですか。そうですか。

 おい、警察呼ぶな。あと変なカップリング布教すんな。

 

「まあ、ゆっくり楽しんでくれ。うちのクラスは戸塚が演劇の主役するから見ていけばいい」

「にゃ!?と、戸塚先輩にゃ!?」

「ああ、聞いてなかったのか?」

 

 おそらく、戸塚が恥ずかしがって黙っていたのだろう。なんて可愛い!……海老名さんの布教活動だけ警戒しておこう。

 

「凛ちゃん、楽しみだね!」

「終わったら、声かけようよ!」

「にゃ、にゃあ……」

 

 花陽と小町が星空に発破をかけている。程々にしといてやれよ。星空が猫可愛くなってんぞ。

 

「じゃ、俺は仕事に戻るわ。花陽、弁当ありがとな」

「あ、はい!頑張ってください!」

 花陽がぱあっと笑顔になる。思えば、花陽と総武高校で会う機会なんて、これが最初で最後だろう。そう考えると、一緒に回れないのはすごく惜しい気が…………何を柄にもない事を…………。

 俺は3人と別れ、仕事に戻った。

 

 *******

 

「ヒッキー、やっはろー」

 

 教室前に設けられた受付コーナーの席に座っていると、由比ヶ浜が隣に座ってきた。何やらウキウキしている。いや、いつもの事か。

 

「ヒッキー、お昼食べた?」

「いや、そういやそんな時間か」

 

 もう12時になろうとしている。花陽達は、1番最初の時間帯で見たのか、あれからはまだ1回も遭遇していない。

 

「何か持ってきたん?」

「ああ」

 

 先程、花陽から受け取った黒い大きめの包みを受け取る。

 もらった時はそこまで考えなかったが……………………人生初の女子からの弁当である。大事な事なので、もう一度言っておく。人生初の女子からの弁当である。男子からはあるのかとか言うな。あるわけねーし、欲しくもねーよ。

 

「ヒッキー、お弁当なんて珍しいね。自分で作ったとか?」

「いや、まあ、ぼちぼち」

「全く答えになってないし!」

 

 由比ヶ浜の声をスルーし、黒い包みから弁当を取り出すと……………………ばかでかいおにぎりが現れた!!

 

「ヒッキー、何、そのすごい大きなおにぎり…………」

「……俺はMAXコーヒーと同じくらいお米が好きなんだよ」

「初めて聞いたよ!これ、小町ちゃんが作ったの?」

「いや、まあ、ぼちぼち」

「だから答えになってないし!」

 

 こうして片やばかでかいおにぎり、片や味の染みていないらしいハニートーストを食べながら、文化祭は折り返し地点を通過していった。


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