捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女 作:ローリング・ビートル
それでは今回もよろしくお願いします。
「す、すごい人が多いです……」
「だな。よし今日はあきらめるか」
「だ、駄目です~!」
「ぐえっ!」
後ろから襟を掴まれ、首が絞まる。
赤面状態が落ち着いた花陽と共に、祭りの会場まで来たはいいが、人が秋葉原の3倍ぐらいいるので、俺のような静寂を好むぼっちは死んでしまいそうだ。ほら、そうこうしている内にこうやって目が死んで……これはデフォでした。てへっ。
「凛ちゃんと小町ちゃん…………大丈夫なんでしょうか」
花陽が心配そうに周囲を見回す。『無理に合流しなくていいよ』と言っていたが、やはり女子2人だけというのも心配になってくる。星空はスクールアイドルだし、小町は世界一可愛い。だが今は…………
「花陽…………暑くないか?」
「あ、だ、大丈夫です!」
花陽は苦笑いしながら言う。今、俺達はかなり密着した状態で歩いている。うっかりはぐれてしまわないように、花陽が俺の服の裾を掴んでいるのだが、さっきから左腕の辺りに柔らかな感触がして、落ち着かない。
「きゃっ!」
花陽が何かに躓き、俺の腕にしがみつく。
「ぴゃっ!」
俺が花陽みたいな声を上げてしまった。文字だけなのが幸いなくらいの気持ち悪さである。
「ご、ごめんなさい……」
「だ、大丈夫だにょ」
万乳引力のせいで噛んでしまった。さすが乳トン先生だぜ。てか何だよこれ。平塚先生や雪ノ下姉のような弾力ないが、触れたものを優しく癒やすような柔らかさ。薄々感づいていたごが、花陽は着やせする方なのかもしれない。
「八幡さん、そろそろ着きますよ」
「ひ、ひゃい!」
慌てて思考を振り払う。七夕の夜までゲスいぼっちとか…………。小町的にポイント低いどころではない。クールに行こう。偶然も運命も宿命も俺は信じな…………
「さあ、行きましょう!」
花陽が俺の腕から離れ、先導するように駆け出す。
…………べ、別に名残惜しくなんかないんだからね!
やっと着いたその場所には、短冊を結ぶ為の竹があり、既に沢山の人達の願いで溢れそうだった。つっても叶うのはごく一部だけどな。織姫も彦星もいちゃつくのに精一杯で他人の願いなど聞き入れている時間はない。
「えへへ、私毎年ここで願い事をしていくんですよ」
花陽は嬉しそうに短冊を係員から受け取り、戻ってくる。
「はいっ!八幡さん!」
いや、そんな満面の笑みで差し出されても……。
「いや、俺そういうのは……」
「だ、駄目……ですか?」
「あ、そういや今年は色々と願い事が……」
「はいっ!どうぞ!」
上目遣いって何であんなにずるいんだろう。まあいい、日常の些細な改善でも祈ろう。奉仕部の面々が俺に優しくなりますように、戸塚が女の子になりますように、平塚先生が早く結婚できますように、リア充が内輪ノリではなく内輪もめを見せてくれますように、せめて小町と同じくらい小遣いがもらえますように…………何だ、結構あるじゃん願い事。織姫も彦星もこんなささやかでピュアな願い事なら、明日には叶えてくれるだろう。
「八幡さん!お、終わりましたか?」
もう短冊を結んできたのか、花陽が小走りで竹の後から駆けてくる。どうやら花陽は無欲な子のようだ。
「待ってくれ、あと3つくらい」
「えっ?」
俺の短冊を覗き込んでくる。
「八幡さん……」
ジト目で見られる。初めて見せる表情にたじろいでしまった。
「も~、駄目です!もっと高校生らしい清らかなものにしてください!やり直しです!」
「いや、高校生らしいし清らかじゃん。他人の幸せもねがってるし……」
平塚先生の結婚とか戸塚の女体化とか……。
「た、確かにそうですけど……じゃ、じゃあ裏に八幡さんの将来の夢を……」
「専業主夫」
「む~」
お気に召さないようだ。しかし、非モテ三原則の一つに希望を持たないと明記されているし……。
「じゃあ、花陽は何かないか?」
「え?でも私さっき……」
「花陽は普段真面目にやってんだから、別にここで欲張ったってバチは当たんねーよ」
花陽に短冊を差し出す。どうしようか迷っているようだったが、やがて受け取った。
「す、すいません!後ろ向いててください!」
「へいへい」
大人しく従いながら、それなりに打ち解けてきた事に気づき、照れくさくなってきた。このまま月日を重ねていけば、この感覚にすら慣れていくのか……。いまいち現実味がない。
「お、終わりました。ありがとうございます!」
花陽はどう思っているのか。
「きれい……」
花火に見とれる横顔を見て、すぐに空を見上げる。やっと合流した小町達はすぐ手前にいる。あっけらかんとした態度がいつも通りすぎて、むしろホッとするレベルだ。今の八幡的にポイント高い。
夜空に何の痕跡も残さずに消えていく花火は、俺のような人間にも心震えるものがあった。何の痕跡も残さない辺りにシンパシーを感じるのか。
すると、左肩に重みを感じた。
「すいません。見えづらくて……」
「お、おう……」
花陽は俺の左肩を支えにして背伸びをしているようだ。左を向こうとしたら、予想以上に顔が近かったので、すぐに花火に目をやる。思考が働かないのには見て見ぬふりをした。
そして最後なのか、特大の花が破裂音と共に空に咲いた時……
「……」
「!」
左頬になにかが触れた。
その湿った温もりは一瞬で離れていく。
慌てて左を向くと、花陽は何事もないように花火に見とれていた。
心臓が高鳴り、息が詰まりそうになる。
今のは…………。
「きれいだったね~」
「すごかったにゃ~」
「そうだねー」
体から火照りがとれないまま、3人の後ろを歩く。
左頬に手をやると、まだそこに何か残っているように思えたが、やはり花火のように何の痕跡もなかった。
花陽と目が合っても普段通りすぎて、こっちが夢を見ているようだ。
「花陽ちゃんは何をお願いしたの?」
「えっ、わ、私?」
「かよちんのお願い聞きたいにゃ~!」
「ひ、秘密だよ…………でも…………」
言いよどみながらこちらをちらりと見ると、顔が真っ赤になった。
だがそれを感じさせない柔らかな微笑みを浮かべた。
「もう…………半分くらい、叶っちゃった」
人気がなくなったお祭りの会場で、短冊が夜風に吹かれていた。
『μ,sの皆や小町ちゃんや八幡さんとこれからも一緒に いれますように』
『もっと八幡さんの傍に行けますように』
二つの願いも頼りなく揺られていた。
読んでくれた方々、ありがとうございます!