捻くれた少年と恥ずかしがり屋の少女   作:ローリング・ビートル

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君だけを ♯2

 部屋に戻ると、ベッドに寝転んでスマホを弄っていた小町が顔を上げた。

「あ、お兄ちゃんおかえり」

「おう。親父と母ちゃんは?」

「二人でバーで飲んでくるんだって」

「そっか」

 まあ、たまには夫婦水入らずってやつか。せっかくだから、仲良くやってくれ。

「お兄ちゃんはどうだった?」

「…………さあな」

「ほうほう。どうやら甘いひとときを堪能したようですな」

 小町はからかうようにニヤニヤしている。萎んだ風船のように弛緩した空気が、先程とは違う意味合いで心地よい。さすが妹。こちらの心情をしっかり汲み取ってくれている。

「プレゼント渡せた?」

「いや、渡してない」

「おりょ?何で?」

「渡すのにちょうどいい日を思い出したんだよ」

「え?…………あ、そうか!」

 どうやら小町も気づいたようだ。渡す日も、渡す場所も一つしか考えられない事に。

 

 残りの滞在時間は家族とのんびり観光したり、μ,sのライブを観に行ったり、楽しく過ごす事ができた。家族で旅行なんて、もう二度と行くことはないと思っていたのだが……まあ、その、結構楽しかった。いつか自分が連れて行ってやりたいと思う。

 

 日本に戻ると、さっきまでアメリカにいた事が夢のように思える不思議な感覚がした。

「お兄ちゃん、花陽ちゃんと一緒にいなくていいの?」

「この後も用事があるんだと。それに、邪魔したくないしな」

「へえ、意外と気を使えるじゃん」

「意外とは余計だ……ん?」

 何か違和感を感じた。ぼっち時代の対人センサーはまだ健在のようだ。ビンビンに反応している。

 辺りを見回すと、同年代くらいの女子達がこちらを見ていた。だがもちろん俺を見ているわけではない。その様子は何かが来るのを待ちわびているみたいだ。

「なんか様子おかしいね」

「外タレでも来るのかしら?」

「…………」

 母ちゃんと親父もゲートを振り返る。そんな凄いのが乗ってたのか。後ろの方で寝ている花陽の寝顔を眺めにいくのに夢中になってて気づかなかったわー。いや可愛かったんだよ、本当に。あんまり眺めてたら園田さんに叱られたくらいだ。

「あ、来た!」

 女子の一人が色めきだった声を上げたのを合図に、他の女子達も歓声を上げ、飛び出す。

「お、あれが外タレ!……あれ?」

「どした?……は?」

 色紙やカメラを持った女子達にあっという間に囲まれたのは外タレではなく……μ,sだった。

 

「大丈夫だったか?」

「あはは……あんなにファンに囲まれる日が来るとは思いませんでした」

「それだけじゃないだろ。動画の再生数えらい事になってるぞ」

「みたいですね……」

 電話越しに、お互い苦笑いを交わす。さすがにあの場面で声をかけるわけにはいかなかったので、意味も無くこそこそして先に帰った。花陽は暗くなる頃に、ようやく家に着いたらしい。

「しばらく秋葉原ではデートできそうもねーな」

「うぅ……寂しいです」

 俺も寂しいが、今やμ,sの知名度は全国区だ。秋葉原、いや、人通りの多い場所で堂々とデートするのは避けた方がいい。

 だがμ,sは3月でその活動を終える。それが過ぎればほとぼりも冷めていくはずなので、そこまで深刻に悩む事もない。今気にするべきは……

「ライブ……やるんだろ?」

「……はい!」

「その……なんだ……前みたいに手伝えそうな事があったら言ってくれ」

「はい……ありがとうございます!」

 こうしてμ,sの本当の最後のライブが動き始めた。




 あと4、5話くらいで終わります。

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