その時の勢いでこの作品を書きました。
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突然だが私、薬研征彦(やげんゆきひこ)は「転生者」だ。
そう、転生者。
漫画や小説とかで登場する事故などで死んだり、それ以外の理由で異世界に輪廻転生をした人間。それが私だ。
前世の私は漫画やゲーム等のオタクな趣味があること以外、何の特徴もない三十代の会社員だった。
それがある日自宅で「Fate」を題材にしたソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」をプレイしていたらいきなり意識が遠くなり、次に気がつくと赤ん坊の姿となってこの世界に転生していたのだ。
転生してから数年が経ち、自分が「Fate」の世界の、しかも魔術師の家系に転生したと知った時は軽く絶望した。
何しろ「Fate」と言えば「聖杯戦争」。聖杯戦争といえばサーヴァントという存在になって現代に甦った過去の英雄達が戦い合い、その飛び火が聖杯戦争参加者、非参加者お構い無しに及んでくる最早天災とも言ってもいい人知を超えた戦いだ。
アニメやゲームで画面の向こうから見る分には楽しくて私も大ファンだったが、実際に巻き込まれるのは絶対に嫌だ。下手に巻き込まれでもしたら最悪、死ぬよりも悲惨な目に遭っても可笑しくない。
それに魔術師の家系というのも私の気を滅入らせた。Fate世界の魔術師というのは基本的に「自分の研究の為ならどんなことでもする」という人種で、研究の為に非人道的かつ危険極まりない実験をした結果自滅して、聖杯戦争の敗者並みに悲惨な最期を迎えるというパターンが多いからだ。
幸いにも私が転生した家はそんな無茶な研究はしていない、魔術師としては比較的穏やかな家であったが、それでもFate世界の魔術師というのは一般人よりも遥かに危険な立場であることは間違いないだろう。
以上の理由から私は、この世界に転生したことをしばらくの間後悔した後、自分の身は自分で守れるようにと魔術の修行に取り組んだ。正直な話、私の家の魔術は戦うための手段など皆無であったが、それでも私は何らかの形で自分を守る助けになると信じて魔術の修行に励んだ。
その甲斐もあって私は十歳の時に魔術の師であった父親を越え、十八歳になって高校を卒業するとすぐにイギリスにある魔術協会の総本山「時計塔」にと留学した。するとどうやら私は魔術師としてかなりの才能を持っていたようで、時計塔に留学するとすぐに様々な授業や実験で好成績を積み重ね、時計塔でも少しは名前が知られるようになった。
そして時計塔に留学して一年の時が経ち、私が「このまま危険な事は出来るだけ避けて、憧れのFate世界を一平凡な魔術師として適度に楽しみながら生きていけたらいいな」と思った時、そんな私の願いを粉々に打ち砕く運命の出会いが起こった。
「薬研征彦。貴方を『カルデア』のスタッフとしてスカウトするわ」
出会い頭にこちらを指差して言い放ったのは、私よりも何歳か歳上らしき気の強そうな銀髪の女性。私は彼女を知っていた。……それこそ前世の頃から。
オルガマリー・アニムスフィア。
私が前世で最後にプレイしていたソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」に登場する「人理継続保障機関カルデア」の所長。 そして時計塔を総べる十二人のロードの一角、アニムスフィア家当主でもある。
彼女を実際にこの目で見て私は自分がいくつもあるFate世界の中でも特にハードで結末が分からない「Fate/Grand Order」の世界に転生した事を悟り、絶望した。
……今日ほど絶望したのはこの世界に転生した時以来だよ。
その後私は結局ロード直々のスカウトを断る事が出来ず、カルデアのスタッフとなる事に。オルガマリー所長は最初、私をカルデアの実行部隊である四十八人のマスターにするつもりだったようだが冗談じゃない!
カルデアのマスターといったら「Fate/Grand Order」のプロローグで、オルガマリー所長の右腕とも言ってもいいカルデアの最古参メンバーでありながら、その正体は敵のスパイであるレフ・ライノールが起こした爆発事故によって主人公以外全員が死亡、あるいは仮死状態となってコールドスリープする運命が決定している。つまりカルデアのマスターになる事は自殺行為以外何物でもない。
え? レフ・ライノールが敵のスパイだと知っているなら今の内に何とかしろって? いや、無理無理。私も最初はオルガマリー所長やDr.ロマンにその事を相談しようと思ったんだけど、その度にレフ・ライノールが姿を現して私にだけ僅かに殺気がこもった視線を向けてくるからもう無理です。私も命が惜しいですから。
だから私は何とかオルガマリー所長を説得してマスターから「Dr.ロマン」の名前で慕われている(?)Dr.ロマ二・アーキマンの部下である医療スタッフにしてもらった。……この時、私は内心でガッツポーズを取ったのは内緒だ。
カルデアの医療スタッフならばマスターのように殺される心配はないし、人類の滅却に巻き込まれる事はない。後はついさっきこのカルデアにやって来たと連絡があった四十八人目のマスター、つまり「Fate/Grand Order」の主人公をロマン上司と一緒にサポートをして、彼に世界を救ってもらえばいい。
………そう思っていた時期が私にもありました。
しかし運命(Fate)の女神はそんなに甘くはありませんでした。
カルデアで初のレイシフト。これから起こる未来を知っている私が凄まじい罪悪感に襲われていると、やはりレイシフト現場でレフによる爆破テロが。
今頃は原作通り、主人公がマシュを助ける為にこの事故現場にやって来て、やがて稼働したレイシフト装置により別次元にと転移させられるだろう。……ここまでは予定通りだとは言え、とても心が痛む。私は、自分が助かる為に大勢の人間を見捨てた最低の人間だ。
何の償いにならないと思うがせめて生き残っている者達の救助だけでもしようと思ったその時、何かが飛んできて私の頭にぶつかった。怪我こそなかったがとても痛かった。
飛んできたものを手に取ってみると、それは金色に輝く金属製のカード。間違いなく「Fate/Grand Order」でよく見た一枚につき一回ガチャが引けるアイテム「呼符」である。
レイシフトをする直前にオルガマリー所長がマスター達に現地でサーヴァントを召喚する用にと配っていたのを見たので、恐らくは今の爆発でマスターの一人が持っていたのがここまで飛んできたのだろう。
この呼符、持っていると何だか嫌な予感がしてきたのでどこかに捨てようと思ったら、突然目の前が真っ白になって次の瞬間には火の海の中にいた。……ここってもしかしなくても「Fate/Grand Order」の序章の舞台「炎上汚染都市冬木」だよね?
どうやら稼働したレイシフト装置は主人公だけでなく私もマスターと認識して別次元にと転移させたようだ。
……いや、本当に勘弁してください。私はこうなるのが嫌で医療スタッフになったのに、何でこうなった。
そして私の不幸はそれだけにとどまらず、私が自分の身に起こった不幸に立ち尽くしていると、いつの間にか骸骨の姿をした敵に囲まれていた。……いや、本当に勘弁してください。
骸骨の敵に囲まれた私は考えるよりも先に手に持っていた呼符を使用していた。この時の私には呼符を使う以外に自分の身を守る手段がなかったのだ。
そして呼符を使った瞬間、「彼女」が現れた。
呼符から放たれた光が描く魔法陣から現れた「彼女」は、風のような……いや、むしろ電光のような速さで私を取り囲んでいた骸骨の敵達を撃破すると、私の前で思わず見惚れる程優雅な仕草で挨拶をしてきた。
「こんにちは、愛らしい魔術師さん。サーヴァント、セイバー……あら? あれ? 私、セイバーではなくて……まあ。 あの……源頼光と申します。大将として、いまだ至らない身ではありますが、どうかよろしくお願いしますね?」
こうして私は火の海と化した都市で、一人のサーヴァントと契約をした。
……だがそれでも言わせてもらう。
私はマスターではない! 私は医療スタッフだ!
……続く?