私は医療スタッフだ!   作:小狗丸

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今回も番外編で申し訳ありません。
次回からは本編をやります。
後、ルパンネタは一応、多分、今回で終わりです。


番外編「サーヴァント・ヤゲン3」

「私は医療スタッフだ! 過労死サーヴァントじゃないんだ〜!」

 

「毎回毎回、待たんかヤゲンーー!」

 

 カルデアの通路に二人の男の叫び声と怒声が響き渡る。先に聞こえた叫び声は白衣を羽織ったサーヴァントのヤゲンで、後に聞こえた怒声は真紅のコートを羽織ったサーヴァントのエルメロイ二世のものだった。

 

 ヤゲンとエルメロイ二世は必死な表情で通路を駆けており、通路ですれ違うカルデアのスタッフやサーヴァントはどこか面白がる目で二人を見送る。

 

 そう、今日はカルデアで三日に一度の割合で行われるヤゲンの脱走の日であった。

 

「よし! ギリギリセーフ! それじゃあ、あ〜ばよっ、とっつぁ〜ん!」

 

「はぁ……はぁ……。だ、誰がとっつぁん……だ……!」

 

 いつもの逃走劇の末、先にレイシフト装置がある部屋に辿り着いたヤゲンが別の時代にレイシフトした直後、エルメロイ二世が部屋に入ってくる。しかしここに来るまでに全力疾走して体力を使い果たしたエルメロイ二世は部屋に入ってすぐに膝をついた。

 

「く……! また逃げられたか。これで今日のクエストは私が出ることに……。全くヤゲンのヤツ、今日はライダークラスの素材収集の日なんだぞ。キャスタークラスの私の身にもなれ」

 

「それはヤゲンさんも同じじゃないかな?」

 

 膝をつきながらここにはいないヤゲンに恨み言を言うエルメロイ二世に赤毛の少年のサーヴァント、アレキサンダーが話しかける。

 

「ねぇ、先生? 前から気になっていたんだけど、何で先生はヤゲンさんと一緒に行かないの? 先生も現代の日本に行きたがってなかった?」

 

「……前に一度、ヤゲンの口車に乗せられて一緒にレイシフトしたことがある……」

 

 アレキサンダーに聞かれてエルメロイ二世は蚊の鳴くような声で話し始める。

 

「ヤゲンと一緒に現代の秋葉原にレイシフトした当初は良かった。ヤゲンは自由を満喫していたし、私は新作のゲームを買えたからな……。だがすぐにマスターの令呪で二人揃ってカルデアに連れ戻され、その後マスターは『二人は仲良しなんですね。じゃあ二人一緒にクエストに行きましょうか?』と言って私とヤゲンをいつも以上にハードスケジュールな、それこそ無間地獄もかくやといった素材収集に連れ回したんだ……」

 

「うわぁ……」

 

 その時の事を思い出したのか、最後辺りになると顔色を死人のように白くしながら話すエルメロイ二世に、アレキサンダーは同情した表情でやや引いた声を漏らした。

 

「それから私はヤゲンの口車に乗らない事にした。若干気の毒な気もしないでもないが、ヤゲンを捕まえてマスターにイケニエに捧げれば私の平穏は守られるからな」

 

「ふ〜ん……。でもまだ一度も捕まえたことないんだよね?」

 

「うぐっ!?」

 

 アレキサンダーの何気ない呟きにエルメロイ二世が痛い所を突かれたとばかりに胸に手を当てて呻き声を上げる。

 

「……ああ、そうだ。確かに私はヤゲンの脱走を一度も防げなかった。いつもいつもあと一歩といった所で逃げられてしまう……。それも全ては私の……はっ! そうだ!」

 

 膝をつきながら独り言を呟くように言うエルメロイ二世だったが、途中で何かを思いついたのか勢い良く立ち上がる。

 

「先生?」

 

「ふふ……。思いついたぞ……。あいつを、ヤゲンを捕まえる為の秘策をな……!」

 

 アレキサンダーが首を傾げながら聞くが、エルメロイ二世はそれを聞いておらずただ不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

 ※

 

 そして前回の脱走から三日後、ヤゲンはいつも通りにカルデアを脱走し、レイシフト装置がある部屋に向かっていた。

 

「ヤゲン殿、お待ちなされ! 御用だ! 御用だ! ですぞー!」

 

『御用だ! 御用だ!』

 

 通路を走るヤゲンをレオニダス一世と彼が宝具で呼び出したスパルタ兵達が追う。これもまたカルデアでお馴染みの風景であった。

 

「御用だって……レオニダス一世さんってば時代劇でも見たのか? しかしまいったな。まさかこんなに早く見つかるだなんて……ん? あれは」

 

 走りながら苦笑を浮かべるヤゲンは通路の先にある窓を見つけると、何のためらいもなくその窓に飛び込んだ。

 

 両腕を体の前で組んで体を丸め、全体重を窓にはめ込まれた窓ガラスにぶつけて破り、窓の向こうの地面に音も無く着地。

 

 まるでお手本のように鮮やかなガラス破り。これを見るだけでヤゲンがどれだけ脱走して、その度にガラス破りを行ったかが分かるだろう。

 

 ヤゲンが飛び込んだ窓の向こうは、照明が落とされている闇に包まれた空間だった。しかし……。

 

 バン! バン! バン!

 

 と、そんな音がするくらいの勢いで十数台の大型照明が一斉に光を放ち、闇を照らす。

 

「くっ!?」

 

「はぁーはっはっ! やっぱりここに来たか!」

 

 突然の光に襲われて苦しそうな声を上げるヤゲンに、光の向こうにいる何者かが声をかける。

 

「だ、誰ですか? エルメロイ二世さん?」

 

「そうだよ。他に誰がいるんだよ、馬鹿」

 

 ヤゲンが両腕で目を庇いながら尋ねると、光の向こうにいる人物、エルメロイ二世はゆっくりとした歩みで、己の宿敵である逃走犯の前に姿を現した。

 

「……? あの、エルメロイ二世さん? 何だか声が変じゃないですか……って!? え、エルメロイ二世さん? その姿は……!」

 

 ようやく視力が戻ってきたヤゲンは大型照明の前に立つエルメロイ二世に何かを言おうとしたが、その言葉は途中で驚きの声にと変わる。何故なら……。

 

「ふふん。この姿か? この姿はお前を捕まえる為の秘策さ、ヤゲン!」

 

 

 ヤゲンの視線の先にいたのは二十代のエルメロイ二世ではなく、その名前を名乗る前の魔術師見習いの少年、ウェイバー・ベルベットの姿だったからだ。

 

 

「……………」

 

「どうした? 驚いて声もでないか? だが、これでもう僕に死角はない。今度こそお前を捕まえてみせるぞ、ヤゲン!」

 

 予想外の光景にヤゲンが絶句し、そんな彼の姿を見たエルメロイ二世……いや、ウェイバーは自信に満ちた表情を浮かべ、「ビシィ!」といった擬音が聞こえてきそうな勢いで白衣を羽織ったキャスターを指差した。するとそれを見たヤゲンは思わず口を開いて叫んだ。

 

 

「……か、『体は子供、頭脳は大人! その名は名探偵ウェイバー!』」

 

 

「誰がだこの馬鹿!」

 

 いろんな意味で完全アウトなヤゲンの叫びにウェイバーも顔を真っ赤にして怒鳴り返す。

 

「確かに僕は推理小説とか好きだけど、名探偵って何だよ?」

 

「いえ、それほど的外れではないと思いますよ? エルメロイ二世さんって別の世界では探偵みたいなこともしていたじゃないですか? ほら、『ロード・エルメロイ二世の事件b……」

 

「そこまでにしろ馬鹿!」

 

 何だかメタな発言を言おうとしたヤゲンをウェイバーが再び怒鳴って止める。そこで白衣を羽織ったキャスターは先程言われた言葉を思い出した。

 

「そういえば……その姿は私を捕まえる為の秘策とか死角はないとか言っていましたけど、それってどういうことですか?」

 

「ん? ああ、その事か。簡単なことさ。ヤゲン、僕はお前が逃げる度に追いかけてきたが、いつもあと一歩のところで逃げられてきた」

 

「ええ、そうですね」

 

 どこか勿体ぶった調子で説明を始めるウェイバーにヤゲンが相づちを入れる。

 

「捕まえる為の策を入念に練り、他のサーヴァント達に協力をしてもらってもあと一歩のところで逃げられてしまう原因……それは僕自身の体力のなさだったんだ。僕は他のサーヴァント達に比べて『ちょっと』体力がない。それがいつも肝心なところで僕の足を引っ張っていたんだ」

 

 そこまで聞いてウェイバーが言わんとすることを正しく全て理解したヤゲンが口を開く。

 

「まさかその子供の姿になった理由って……」

 

「そうさ! この子供の頃の姿になったことで僕は体力を取り戻した! もう一度言うぞ。これでもう僕に死角はない。今度こそお前を捕まえてみせるぞ、ヤゲン!」

 

 そう言って再び「ビシィ!」といった擬音が聞こえてきそうな勢いで指差してくるウェイバーに、ヤゲンは思わず呟いた。

 

「………エルメロイ二世さん、いえ、今はウェイバー君ですか? 貴方って、変なところで抜けているんですね……」

 

「な、なんだとぅ!」

 

 ヤゲンの言葉にウェイバーが声を荒らげ、その隙をついて白衣を羽織ったキャスターが駆け出す。

 

「あっ!?」

 

「そこまで言うなら捕まえてみたらどうですか! 若くなって体力が満たされたウェイバー君!」

 

「待てぇ! ヤゲン!」

 

 ※

 

 結果から言えばヤゲンはウェイバーと彼が率いるサーヴァント達から逃げ切った。

 

 レイシフト装置がある部屋でレイシフト装置を作動させ、今にもレイシフトしようとするヤゲンの前で息を切らしたウェイバーが膝をつき。

 

「ぜぇ……! ぜぇ……! な、何でだ……! 何で、捕まえ、られないん、だ?」

 

「何でって……貴方、子供の頃から体力がないじゃないですか。大人の姿でも子供の姿でも大差ないでしょう?」

 

「……………!?」

 

 ヤゲンの言葉にウェイバーは今気づいたとばかりに驚愕の表情を浮かべ、それを見た白衣を羽織ったキャスターは呆れたようにため息をついた。

 

「どうやら気づいていなかったようですね。それじゃあ私はもう行きますね。あばよ、とっつぁん……じゃなかった。あばよ、探偵ボウズ」

 

「誰が探偵ボウズだ! 誰がぁ!」

 

 ウェイバーが怒声を上げると同時にレイシフト装置が作動し、ヤゲンの姿は光に包まれて消えていった。

 

 ※

 

「ああ、もう! また逃げられたぁ! 今回こそいけると思ったのにぃ!」

 

 カルデアの管制室でカルデアの所長であるオルガマリーがモニターの前で盛大に悔しがる。彼女の周りには同様に悔しがっている所員達がいて、その様子を見るに今回のヤゲンとウェイバーの逃走劇でウェイバーに賭け、負けてしまったようだ。

 

「賭け事は身を滅ぼす。私達も気をつけないといけませんね」

 

「先輩がそれを言うのはどうかと……」

 

 賭け事に負けて悔しがるオルガマリー達を見てカルデアで唯一のマスターである女性がそう言うが、隣でそれを聞いていたマシュは苦笑を浮かべる。ちなみにマスターの女性は大量のQPを両腕抱えていた。言わずもがな今回の賭け事で勝って得たものである。

 

「ちなみにマシュ? 今回の逃走劇のタイトルはなんですか?」

 

 マスターの女性に尋ねられてマシュはわずかに考えた後で口を開く。

 

「そうですね……。今回はシンプルに『ヤゲンVSウェイバー The REC.』というのはどうでしょうか?」

 

「……マシュって、中々攻めたセンスをしていますね」

 

「? よく分からないけどありがとうございます」


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