私は医療スタッフだ!   作:小狗丸

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今回はいつも以上に頼光さんが怖く、ジャンヌ・オルタが可哀想な回です。
頼光さんとジャンヌ・オルタのファンは見ない方がいいかもしれません。


27

 頼光さんの一言で凍りついたこの場で最初に動き出したのはジャンヌ・ダルクであった。

 

「彼女が作られたモノ? それは一体どういうことですか? 彼女は私の中にあった憎しみの心がサーヴァントになった、もう一人の私なのでは?」

 

「いいえ、違います。この者はもう一人の貴女などではありません」

 

 戸惑いながらも疑問を口にするジャンヌ・ダルクに頼光さんは「違う」と断言する。

 

 いや、その通りなんだけど、どうして分かったんですか? 頼光さん?

 

 気がつけば私だけでなくこの場にいる全員が、それこそ当のジャンヌ・オルタやジル・ド・レェすらも「ジャンヌ・ダルクとジャンヌ・オルタは同じ人物ではない」と言い出した頼光さんを疑問の目で見ていた。そしてこれらの視線を受けた頼光さんは、自分が今言った考えに至った理由について説明を始めた。

 

「私は生前、鬼を始めとする数多の人に害を為す怪異を討ってきました。その中には人の死霊や生霊から、あるいはそれ以外のモノから変じた怪異もいました。その経験から分かるのです」

 

 頼光さんはそこで言葉を切るとあまりに突然の事に言葉がないジャンヌ・オルタに視線を向ける。

 

「初めて戦った時から違和感を感じていましたが、こうして再び相対して確信しました。この者の気配は私達、人の魂より形作られたサーヴァントとは似ているようで違う。どちらかと言うと人の思念が変じた付喪神に近い」

 

 付喪神。人が長年使って来た道具に持ち主の思念が少し移り、擬似的な妖魔になったものだ。

 

 成る程。確かにここにいるジャンヌ・オルタはジル・ド・レェが聖杯に自分の持つ「復讐に燃えるジャンヌ・ダルク」のイメージを与えて作り出した存在だ。そういう意味ではジャンヌ・オルタは付喪神に近いものであろう。

 

 というか頼光さんってば最初からジャンヌ・オルタの秘密に気づいていたのかよ。流石スキル「神秘殺しA」持ちって言うか、日本で最も高名な退魔の武人。怪異に対する経験値とそれに裏打ちされた勘が半端ない。

 

「……っ! 黙って聞いていれば好き勝手に言って! 私が作られたモノ!? ツクモガミ!? 口からでまかせを言うのもいい加減にして!」

 

「いいえ、でまかせではありません。マスターも貴女が『違う』という事は最初から気づいていましたよ。ねぇ、マスター?」

 

 感情を爆発させて叫ぶジャンヌ・オルタに頼光さんは冷静に返すと次に私に話を振ってきた。え? 頼光さん、私知っていることに気づいていたの?

 

 頼光さんの発言のせいでこの場の視線が私に集まる。こうなると黙っている事はできないが、どう説明したらいいのだろう? 原作知識の事は当然言えないが、だからといって嘘付き焼き殺すガールこと清姫の前で適当な嘘を言うわけのもいかないので、実際にジャンヌ・オルタを目にした時感じた印象を言うことにしよう。

 

 ジャンヌ・オルタを初めて見た時、彼女がジャンヌ・ダルクに関係する存在だとはすぐに分かった。

 

 ワイバーンと狂化されたサーヴァントを従えてフランスの街を焼くジャンヌ・オルタは正に「今まで信じて心身を共に捧げた神と祖国に裏切られ、その末に復讐を誓った聖女」といった感じで、完璧な憎悪の化身に見えた。

 

 そう、あまりにも完璧な憎悪の化身。あまりにも完璧すぎて私は逆にそこに不自然さを覚えたのだ。

 

 頭のてっぺんから足のつま先にまでフランスへの憤怒で染まったジャンヌ・オルタはそれ以外の感情や記憶を知らない作り物に見えた。

 

 と、自分が感じた印象を語るとその場にいるほとんどの者が私を驚いた顔で見ており、頼光さんは満足そうに頷いて、ジル・ド・レェは体を震わせながらこちらを睨んでいた。正直怖い。それでジャンヌ・オルタはというと……。

 

「わ、私が……作り物? 憎しみの記憶以外持っていない……? そ、そんな筈は……でも、確かに……!?」

 

 私の言葉にジャンヌ・オルタはさっき頼光さんに向かって叫んだ威勢を嘘のように失くし顔色を真っ青にしていた。

 

「じ、ジル……。う、嘘よね……? こいつらが言っている事って嘘っぱちよね……? 私が作り物だなんて、そんな……」

 

 ジャンヌ・オルタは自分の唯一の味方であるジル・ド・レェに話しかける。その声は不安で震えており、今にも泣き出しそうに聞こえた。

 

「じゃ、ジャンヌ……。………」

 

 話しかけられたジル・ド・レェはジャンヌ・オルタの名を呼び何かを言おうとしたが何も言えず視線をそらしてしまった。

 

 そしてそんなジル・ド・レェの反応でジャンヌ・オルタは私達の言っている事が真実である事に気付いた。……気付いてしまった。

 

「ーーーーー!? う、あ……。うあああぁああぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 真実に気付いてしまったジャンヌ・オルタが悲鳴を上げる。その悲鳴はあまりにも悲痛で、ジャンヌ・ダルクだけでなく私を含めたその場にいた全ての者が見てはいられないと目を背けた。

 

 ……………たった一人を除いて。

 

「あああああぁぁあ………!」

 

 ジャンヌ・オルタの悲鳴が不意に途絶えた。何事かと私が彼女の方を見ると……。

 

 

 

 そこには頭部を失ったジャンヌ・オルタの身体と、刀を持った右腕を横に水平に構えた頼光さんの姿があった。

 

 

 

 …………………………え?

 

 あまりに突然の出来事にとっさに声が出なかった。それは他の者達も同様であった。

 

「多少気の毒な気もしないでもありませんが……ここは戦場。戦場でそのような隙を見せた己の迂闊さを呪いなさい」

 

 頼光さんが悲鳴を上げていたジャンヌ・オルタの首をはねたのは明白であった。頭部が光の粒子となって消えていくジャンヌ・オルタに頼光さんは冷たく言い放つ。

 

「さあ、マスター? それに皆さんも何を呆けているのですか? まだここには倒すべき敵がいるのですよ?」

 

 頼光さんは展開の早さに頭がついていかない私達にそう言うと、ジャンヌ・オルタが殺された事に呆然としているジル・ド・レェとワイバーンの群れに刀を向けて口を開いた。

 

「誅伐、執行」

 

 それがこの特異点の終わりを告げる合図だった。

 

 ※ ※ ※

 

「……ああ、薬研クン。お帰り……」

 

 特異点を修復し、聖杯を回収した私と頼光さんとアルジュナがカルデアに戻ると、青い顔をしたロマン上司が疲れた声で出迎えてくれた。

 

 頼光さんがジャンヌ・オルタを殺した後、全てがあっという間に終わった。

 

 ジャンヌ・オルタを目の前で失ったジル・ド・レェは何の抵抗も見せず頼光さんの一太刀を受けてこの世から去り、残ったワイバーンの群れはアルジュナを始めとするサーヴァントと人間の騎士達の手で一匹残らず狩り尽くされた。

 

 その様子は戦いではなく一方的な虐殺であり、ロマン上司が青い顔をしているのはその様子をモニター越しで見ていたからだろう。

 

 ロマン上司、久世君達は?

 

「ああ、久世クンだったらマシュ達を連れて自室に戻ったよ。やっぱりあの戦いがだいぶショックだったみたいだね」

 

 私が先にカルデアに戻った久世君の事を訊ねると、ロマン上司から予想通りの答えが返ってきた。……やっぱりそうだよなぁ。いくら久世君が最初に比べたら戦いを経験して成長したと言っても、あの後味が悪い戦いは堪えるよな。

 

 ……ロマン上司。私達は、これから特異点の探索に参加したとしても久世君達のサポートは最小限にして、場合によっては別行動を取りたいと思います。

 

「え? どうしてだい?」

 

 ロマン上司に聞かれ、私は久世君達と別行動を取る理由を頭の中で整理する。

 

 今回の特異点、私達が最初にジャンヌ・オルタと出会い、戦闘になったせいで私が知るゲームの歴史とは大きく違うものとなってしまった。その結果があのゲーム以上の人理崩壊の危機で、あのぐだぐだな最後だ。

 

 今回の件でよく分かった。やはり私は積極にゲームの主人公である久世君達に関わるべきではない。サポートをするにしても最小限にしておかないと私が知るゲームの流れとは大きくかけ離れて予測できない事態が起こる可能性がある。

 

 だから久世君達のサポートは最小限にしたいと申し出たのだがこんなこと言えないし、どうロマン上司を説得したらいいのかな?

 

「……久世クン達とは気が合いそうにないかい?」

 

 私がロマン上司をどう説得しようかと考えていると、当の本人が気まずそうに聞いてきた。……ああ、そうだな。せっかくだからその線で説得してみるか。

 

 ……気が合わないとはちょっと違いますね。久世君達の事は私も個人的に好ましいと思っています。ですけど戦いの点では私と久世君はやり方が違いすぎる。万が一私と久世君の意見の違いが出たら……最悪内部分裂をするかもしれません。

 

 

 私は自分が思った気持ちを正直にロマン上司に打ち明けた。

 

 ゲームをしていた時も思ったがやっぱり主人公である久世君は「普通の人間」というか「善人」であった。

 

 久世君はできることならば犠牲を出したくない。その上、敵であっても助けられるのであれば助けたいと思ってしまうお人好しだ。そんな彼のやり方はいかにも「主人公らしい」と思い好感を持てるのだが、私の目的達成の為には犠牲を出す事もやむなく、敵であれば容赦をしないというやり方とは大きく違う。

 

 お互いのやり方が正反対と言えるくらい違い、その上どちらもやり方を変えられそうにないとなると、余計なトラブルを避ける為に接触を最小限にするのが一番だろう。

 

「……うん。そうだね。薬研クン、君の言う通りかもしれない。……やっぱり薬研クンはこの中で一番魔術師らしいね」

 

 私の言葉に納得してくれたロマン上司だが、今更ですねロマン上司?

 

 私は医療スタッフだ。だが私は医療スタッフである前に目的の為ならば手段を選ばない魔術師だ。

 

 そして更に言えば、私は魔術師である前に死ぬことが何よりも恐ろしい臆病な転生者なのだ。




次回はサーヴァント召喚回で、オルレアン編の最後です。
……しかし自分で書いておいてなんですが、どうしてこんな展開になったのか?
オルレアン編を始めたばかりの時は「薬研が不本意ながらも仲間のサーヴァント達とこの時代の軍隊をまとめて、ジャンヌ・オルタ達と一大決戦」みたいな展開を考えていたのに、気がつけば第二シーズンのFate/Zero並みに酷い展開に……。
一体どうしてこうなった……!(血涙)

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