ザシュ!
頼光さんがジャンヌ・オルタの首をめがけて刀を振るった次の瞬間、刃が血肉を裂いて骨を断ち切る音が聞こえ、鮮血が宙を舞った。
しかし頼光さんの刀が切り落としたのはジャンヌ・オルタの首ではなく……。
「ぐ、うおぉぉぉ……!」
膝をついて苦悶の声をあげるジル・ド・レェの左腕であった。
頼光さんの刀がジャンヌ・オルタの首を切り落とす直前、ジル・ド・レェがとっさに彼女を庇い、自らの左腕と引き替えにその命を救ったのだ。
「あら? 身をていして女性を守るとは鬼にしては中々見上げた方ですね? しかしもう後がありませんよ」
左腕を失いながらも必死にジャンヌ・オルタを守ろうとするジル・ド・レェを見て頼光さんは感心したように言うが、その目と声音は非常に冷たい一切の情を取り除いたものであった。
「だ……! 黙れ黙れ黙れ! この匹婦めが! 私達が、ジャンヌが最期であるものか! ジャンヌ! ワイバーン達を!」
「え、ええ、そうね! ワイバーン達よ!」
『『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』』
頼光さんの静かな迫力に気圧されながらも叫ぶジル・ド・レェの言葉につられたジャンヌ・オルタの声に従い、上空を飛ぶ無数のワイバーン達が一斉にこちらに向かってくる。
ジャンヌ・オルタの奴、物量で一気に押し殺すつもりか。まあ、ファヴニールを失った彼女達にはもうそれしか有効な手がないからな。
「マスター。お願いします」
上空から襲いかかってきるワイバーンの大群を目にしても頼光さんは全く動じておらず、私の方に視線を向けてくる。その視線は私だったらこの状況を打開する方法を当然持っていると信じているものだった。
いや、止めてくださいよ、頼光さん。私は医療スタッフだ。今回はこの状況を打開する術を用意していますけど、私はどんな戦況でも対応できるキレ者軍師なんかじゃないんですからね?
私は内心でため息を吐くと、荷物の中から一つの水筒を取り出し、その中身を魔術で上空に飛ばした。するとこちらに向かって来ていたワイバーンの大群が一斉に進行方向を変え、私が上空に飛ばした水筒の中身に向かって行く。
「な、な、なぁ!?」
「ワイバーン達が!? 何なのよ、アレは?」
進行方向を変えていくワイバーンの大群を見てジル・ド・レェが目を飛び出さんばかりに見開き、ジャンヌ・オルタが驚愕の声を上げる。
あの水筒の中身は、日本の神話に登場する巨竜をも虜にした霊酒からアイディアを得て私が特別に調合していた魔術薬。効能は竜種の理性を一時的に低下させて引き寄せる香りを発生させるというものだ。
元々は対ファヴニール用に、それも「戦闘中に気をそらせたらラッキーかな?」程度のつもりで用意していた代物だけど、ファヴニールよりはるかに格下なワイバーンには効果バツグンのようでまさに入れ食い状態であった。
それにしても使う機会があって良かった。あの薬はこの特異点にレイシフトする前より用意していたもので、せっかく用意したのに使う機会がなかったら少し虚しいからね。
とにかく、これでワイバーン達は隙だらけだ。後は……アルジュナ。
「了解しました」
私の言葉に頷いたアルジュナは弓を構えて次々に青い光の矢を高速で放っていく。そして放たれた無数の青い光の矢は目や首や心臓等のワイバーン達の急所を貫いていき、ほんの数十秒で空を覆い尽くさんとしたワイバーンの大群はその半数以上を失った。
「「……………!」」
「どうやら、これで本当に後がなくなったようですね」
ワイバーンが次々といとも容易く撃ち落とされていく光景に揃って絶句しているジャンヌ・オルタとジル・ド・レェの二人に頼光さんが容赦なく現実を突きつける。するとそれが切っ掛けになったのかジャンヌ・オルタが頼光さんを怒りの目で睨み付けてきた。
「後がない後がないって、ふざけないで! 私はこんなことで諦めないし、負けたりもしない! フランスを滅ぼし、間違いを正す! この願いが達成されるまで私は決して諦めるものですか!」
「……あら?」
まるで血を吐くような、それこそ常人が聞いたら気圧されそうな呪詛を吐くジャンヌ・オルタ。しかしそれを正面からぶつけられた頼光さんはまったく気にしていないどころか、意外そうな、あるいは若干感心したような表情となって首を傾げて口を開いた。
そして次に頼光さんの口から出た言葉を聞いた時、私を始めとするこの場にいる全員が固まる事になる。
「あらあら。『作られたモノ』とはいえ、そこまで必死に己の役割を果たそうとするとは……正直見直しました」