私は医療スタッフだ!   作:小狗丸

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 ロマン上司からの連絡にあった高速でこちらに向かってきている多数の魔力反応と今まで感知したことがないくらい強大な魔力反応は、私が予測した通りワイバーンの群れと魔竜ファヴニールであった。

 

 ワイバーンの群れを率いる魔竜ファヴニールの姿が見えたとき、ジル・ド・レェを初めとする人間の騎士達は思わず悲鳴をあげ、サーヴァント達もその圧倒的な存在感に息をのんだ。しかしその中で私だけは安堵の息を吐いていた。

 

 確かにこうして現実で見る魔竜ファヴニールはゲーム同様に、いや、それ以上に強敵に見える。

 

 普段の私であればファヴニールの姿を見た時点で恐怖のあまり気を失っていたかもしれない。だが今の私は恐怖心より安心感の方が上回っていた。

 

 圧倒的な戦闘力に加えてワイバーンを産み出す能力を持つファヴニールは、ジャンヌ・オルタ達の切り札とも言える存在だ。それがここに来ているということはジャンヌ・オルタもサーヴァントのジル・ド・レェも逃げに徹するのを止めてここに来ているのだろう。

 

 正直な話、ジャンヌ・オルタ達が戦力を集中させて攻撃を仕掛けてくるよりも、逃げに徹しながらワイバーンをフランス各地に差し向けられる方が、人理が崩壊する危険性が高かったのだ。

 

 それにもしこの案が失敗してジャンヌ・オルタ達が現れなかったら、いよいよ本当にアルジュナの宝具でフランス全土を絨毯爆撃する最終手段の実行も考えなければいけなかった。

 

 その為、ジャンヌ・オルタ達が逃げに徹する原因である私は「もしかしたら私が原因で人理が崩壊するかもしれない」とか「フランスの人々に大きな被害を与えるかもしれない」といったプレッシャーを背負っていた。それがジャンヌ・オルタ達が作戦通りに現れたことで解放され、今の私は伝説の魔竜を前にしても穏やかな心でいられたのだ。

 

 いや、本当によかった。

 

 私は医療スタッフだ。二人のサーヴァントと契約をしていて少し魔術が得意だが、それを除けばどこにでもいる極々平凡な医療スタッフだ。

 

 そんな私に人理の崩壊やこの時代のフランスの命運なんてあまりにも荷が重すぎる。

 

「ほう……。流石ですね」

 

 私がファヴニールを場違いな安堵の表情で見ていると、突然アルジュナが感心したような目で私を見ながら呟いた。

 

 え? 何? 何が流石なの?

 

「あれほどの魔竜を前にすればかつて私が共に戦った英雄達ですらも恐れは禁じ得ないでしょう。しかしマスター、貴方は魔竜の姿を見ても恐れないどころか不敵な笑みすら浮かべている。その胆力から見てマスター、貴方は現代に現れた英雄のようだ。……フフッ。これは面白くなってきましたね」

 

 はいぃっ!? 一体何を言っているんだよアルジュナ! 面白くなんかないって!

 

 不敵な笑み? これは責任を回避することができた安堵の表情だからね?

 

 胆力? 私にそんなものはない。私はロマン上司やオルガマリー所長並のチキンハートの持ち主だからね?

 

 現代に現れた英雄? 私は医療スタッフだ。田舎に一つしかない診療所の医師のような平々凡々な医療スタッフだからね?

 

 私が内心でアルジュナにツッコミを入れまくっていると、久世君達を初めとする周囲の人達が驚いたような顔で私を見てくる。

 

 え? え? 何? 何でしょうか皆さん?

 

「先輩……」

 

「ああ……。薬研さんはあのドラゴンを見ても全く恐れず、戦おうとしている。だったら俺達だって……!」

 

「フォウ! フォーウ!」

 

 いや、ちょっと待って? マシュに久世君にフォウ、お待ちになって? ヤル気になるのは大変結構だけど、何でそこで私の名前を出すの?

 

 そう心の中でツッコミを入れていると、他のサーヴァントや人間の騎士達までもが私の名前を口に出しながら互いを鼓舞しあっていく。……って!

 

 止めて! 私をこの場で最も勇敢な人みたいに扱うのは止めて!

 

 違うから! 私はそんな勇敢な人とは違うから! 今頃になってファヴニールへの恐怖で体に震えが着た小心者ですから!

 

 私が今すぐ叫びたいのを我慢している内にワイバーンの群れを率いるファヴニールはこちらに近づいてきて、ある程度近づいたところで空中に制止した。そして山のような巨体のファヴニールの頭部に立つのはジャンヌ・オルタと全身に包帯を巻いてミイラ男と化したサーヴァントのジル・ド・レェだった。

 

 ……以前、ワイバーンから落下した時の怪我、治ってなかったんだな。

 

「あれがフランスを苦しめるもう一人の私……」

 

 こちら側にいるジャンヌ・ダルクがファヴニールの上に立っているジャンヌ・オルタを見て小さく呟く。

 

 さあ、ここからがジャンヌ・ダルクとジャンヌ・オルタ、二人の聖女の戦いだ。

 

「あの……」

 

「お久しぶりね。薬研征彦」

 

 何かを言おうとしたジャンヌ・ダルクの言葉を遮ってジャンヌ・オルタが氷のように冷たい声音で言い放つ。しかし彼女が言葉を向けたのは自分の宿敵であろうジャンヌ・ダルクではなく私であった。

 

 ……え? 何で私?

 

 これには私だけでなく他の皆も困惑しているのだが、ジャンヌ・オルタはそんなことお構いなしに言葉を続ける。

 

「薬研征彦……。貴方は私に色々な事を教えてくれたわね……。初めて会った時は私の配下をことごとく殺して絶望と恐怖を教えてくれて、そして今度はそこにいるもうひとりの私にフランスを救う真似事なんかさせて私に真の怒りというものを教えてくれた……」

 

 言葉を続けるごとにジャンヌ・オルタの体が少しずつ震え始める。……な、何だかヤバくない、この展開?

 

「心の傷を抉られるのが一体どれだけ辛くて頭にくるのかよく分かったわ。薬研征彦、これは貴方に出会わなかったらきっと分からなかったでしょうね。貴重な経験をさせてくれて本当にありがとう。……だから!」

 

 そこまで言うとジャンヌ・オルタは「ギン!」という擬音が聞こえてきそうな勢いで目蓋を開き、私に殺気のこもった視線を向けてきた。こ、恐い……。

 

「だからそのお礼に薬研征彦! 貴方はジャンヌ・ダルクよりも先に殺してあげる! その体を引き裂いて、煉獄の炎で灰も残さずに念入りに燃やし尽くしてあげるわ!」

 

 い、いかん! ジャンヌ・オルタさんってばこれ以上ないくらいにキレていらっしゃる。

 

 どうやら私の案は私が思った以上に効果がありすぎたようだ。まさかジャンヌ・オルタがジャンヌ・ダルクより先に私をロックオンするくらい怒り狂うとは完全に予想外だ。

 

 そして私は怒りに燃えるジャンヌ・オルタに気を取られ過ぎていて気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………」

 

 今の今までずっと沈んだ表情で俯いていた頼光さんがジャンヌ・オルタの言葉に反応して「ピクリ」と体を小さく震えさせたことを。


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