私は医療スタッフだ!   作:小狗丸

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番外編の「サーヴァント・ヤゲン」を書いていて面白かったことと、先日レンタルでルパン三世のDVDを見た事からこの話を思いつき、書いてみようと思いました。


番外編「サーヴァント・ヤゲン2」

 し、死ぬ……。死んでしまう……。過労死してしまう……。

 

 私、薬研征彦ことサーヴァント・ヤゲンはカルデアにある自室のベッドの上で寝転がりながら思わず呟いた。

 

 気がついたらサーヴァントになっていた……あるいは生前の薬研征彦であった記憶が強く表に出てきたあの日から早……もうどれくらいの日が経っただろうか? とにかくかなりの時間が経った。

 

 最近の私はブラック企業も真っ青な過酷な毎日を送っていた。

 

 現在私が契約しているマスターはクエストに行くときは必ず私かエルメロイ二世を連れていき、その割合は今までは半々であったのだが、最近ではエルメロイ二世が二で私が八となっている。……ちなみについ一時間前まで私は、マスターに百時間耐久再臨アイテム集めマラソンに参加(もちろん強制的に)させられた。

 

 それというのも全てはこんなもののせいだ……!

 

 私は懐から一枚のカードを取り出すと、そのカードに向けてありったけの呪詛を吐く。

 

 カードには、鮮やかな青色の液体が入った試験管の絵が描かれていた。

 

 このカードはただのカードではなく、サーヴァントが装備して効果を発揮する概念礼装だ。

 

 しかもこのカードは、マスターとサーヴァントの絆Lvが「5」を越えて「10」になった時に得られ、そのサーヴァントが装備したときに効果を発揮する「絆礼装」と呼ばれる概念礼装だった。……そう、私の絆礼装だ。

 

 マスターに散々クエストにつれ回されて気がつけば先日絆Lvが10になっていて、この礼装が私の前に現れたのだ。絆礼装が現れるまでに私がクエストに駆り出された回数は満天の夜空に輝く星々の数よりも多いのは間違いないだろう。

 

 絆礼装の効果は……いや、止めよう。あまりにも忌ま忌ましくて言葉にもしたくない。確かにゲームで「Fate/GrandOrder」をプレイしていた前前世では「こんな効果があったらいいな」と考えたことがあったが、何故それが私の絆礼装の効果になる?

 

 とにかく、この絆礼装のせいで私は今まで以上のハードスケジュールが組まれることになったのだ……!

 

 正直、こんな礼装、床に叩きつけてバラバラにしてやりたいのだが、そんな事をしてもどうせダ・ヴィンチちゃんに修復されてしまうのがオチだろう。

 

 しかしこのままでは本当に過労死は免れない。こうなれば……。

 

 ※

 

 カルデアの地下、そこには大規模な実験や行事の際に使用される多目的ホールがあった。

 

 現在使用される予定もなく、電力節約の為に照明落とされた多目的ホールは闇に包まれていた。しかし……。

 

 バン! バン! バン!

 

 と、そんな音がするくらいの勢いで十数台の大型照明が一斉に光を放ち、闇を照らす。その光の先にあったのは……。

 

「くっ!?」

 

 白衣を羽織ったキャスターのサーヴァント、ヤゲンの姿だった。

 

「見つけたぞヤゲン!」

 

 大型照明の隣で怒声を上げるのは深紅のローブを羽織ったキャスターのサーヴァント、エルメロイ二世であった。

 

「もう私を見つけるとは……流石はエルメロイ二世ですね」

 

「何を言っている! これで何度目だと思っている! いい加減お前の行動は読めているんだ!」

 

 苦笑を浮かべながら称賛の言葉を述べるヤゲンにエルメロイ二世が顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「そうですか。……ですけどハイそうですかと捕まるつもりはありませんよ!」

 

「待たんかヤゲン!」

 

 ヤゲンが多目的ホールを飛び出て通路を駆け、それをエルメロイ二世が追う。

 

 ヤゲンもエルメロイ二世も敏捷のランクは低いがそれでもサーヴァント。二人とも常人をはるかに上回る速度で白と紅の風となって通路を駆ける。

 

「待てと言っているだろうが! 大人しく捕まれ!」

 

「生憎、待てと言われて待つ馬鹿でも、捕まれと言われて捕まる馬鹿でもないのですよ! 私は!」

 

 足を止めることなく怒鳴るエルメロイ二世に、ヤゲンも足を止めることなく怒鳴り返す。逃げる方も追う方も必死の表情をしており、何故彼らがこの様な逃走劇を演じているかというと……。

 

「ヤゲン! ふざけるのも大概にしろ! クエストが嫌で脱走をするサーヴァントなんてお前くらいなものだぞ!」

 

「ふざけてなんていませんよ! あんな殺人的なスケジュールでクエストに出ていたら過労死するのは必然! ですから逃げるのは人……じゃなかった、サーヴァントとして当然の行動です!」

 

「お前がその当然の行動を行ったら、しわ寄せが私にくるのだぞ! お前がクエストから逃げたら私が代わりにクエストに強制参加なのだぞ!」

 

「そこをなんとか!」

 

「断る!」

 

 ……殺人的なスケジュールを組まれたクエストの押し付け合い、という非常にくだらない理由からであった。

 

「ええい! こうなったら!」

 

「そ、それは!?」

 

 エルメロイ二世が走りながら懐から小さな機械を取り出し、それを見たヤゲンが血相を変える。

 

「さあ、鬼ごっこを始めようか……!」

 

 ニヤリ、と目がすわったまま若干ヤバ気な笑みを浮かべたエルメロイ二世が機械を操作するとカルデアの通路に警報が鳴り響いた。

 

 ※

 

「……何、これ?」

 

 カルデアの所長であるオルガマリーは、カルデアの管制室で訳が分からないといった表情で呟く。

 

 オルガマリーの前にはカルデア内部の各所を監視しているモニターがあり、そのモニターにはエルメロイ二世を初めとする十数名のサーヴァント達に追われるヤゲンの姿が映っていた。モニターの映像を呆然と見つめるオルガマリーに、後ろにいたマシュが首を傾げながら訊ねる。

 

「おや? オルガマリー所長はこれを見るのは初めてでしたか?」

 

「初めても何も、何なのよこれは?」

 

「何って……見ての通り、クエストから逃げるヤゲンさんとそれを追うロード・エルメロイ二世の逃走劇ですが?」

 

「そんなのは見たら分かるわよ。私が聞きたいのはどうしてヤゲンがクエストから逃げるのかってことよ」

 

「ああ、その事ですか。……ええっと、ことの始まりは一月前、ヤゲンさんが絆礼装を取得したことなんです」

 

「絆礼装? 取得したサーヴァント以外、装備しても効果がでない専用の礼装よね?」

 

「はい。ちなみにこれがヤゲンさんの絆礼装のコピーとなります」

 

 そう言うとマシュはヤゲンの絆礼装のサンプル用のコピーを取り出し、それを受け取ったオルガマリーがヤゲンの絆礼装の情報を確認する。

 

 

 

[名称:霊子収束具現化薬

 効果:ヤゲン装備時のみ、自身がフィールドにいる間、敵を倒した際のアイテムドロップ率を大幅にアップ]

 

 

 

「この絆礼装を取得した途端、ヤゲンさんのクエスト参加率がほぼ百パーセントになり、ブラック企業も裸足で逃げ出すような過酷な毎日をついにヤゲンさんも限界になったようで一月前に『私は医療スタッフだ! 過労死サーヴァントじゃない!』と叫んでレイシフト装置を使って脱走をしたのです。するとヤゲンさんが逃げた穴埋めにロード・エルメロイ二世が駆り出されるようになり……」

 

「ヤゲンが逃げ出すとロード・エルメロイ二世がそれを追うようになった……ということね」

 

 マシュの言葉を先取りして納得したと頷いたオルガマリーであったが、そのかおは頭が痛いとばかりに歪んでいた。

 

「でも見たところあんなに大勢のサーヴァントもヤゲンを追っているみたいだし、ヤゲンの逃走劇もこれで終わりでしょ?」

 

「いいえ」

 

「え?」

 

 あれだけのサーヴァントに追われたらヤゲンもすぐに追い付かれると思ったオルガマリーだったが、そんな彼女の言葉をマシュは首を横に振って否定した。

 

「いいえ。終わりなんかじゃありません。むしろここからが逃走劇の『始まり』です」

 

 ※

 

 オルガマリーにすぐに捕まるだろうと予想されたヤゲンだったが、彼はありとあらゆる手を使って追跡してくるサーヴァント達から逃れ、目的地……レイシフト装置の元に向かっていた。

 

 

「そこまでですぞヤゲン殿! クエストから逃げようとするなどサーヴァン道不覚悟! ここは私とこの三百のスパルタ兵が決して通しは……ひぃっ!?」

 

「はいはい! どいてください、呪いますよ! 呪いますよー!」

 

『ひいぃ! オバケ怖いぃーーー!』

 

 レオニダス一世が宝具で三百のスパルタ兵を呼び出して通路を塞ぐと、ヤゲンはオバケのマスクを被ってレオニダス一世達を混乱させて突破する。

 

 

「シャアッ!」

 

「貴方に……痛みを」

 

「うおおっ!?」

 

「あ……全部避けた?」

 

「ほお……下手な暗殺者よりも身軽ですな」

 

 呪腕のハサンと静謐のハサンが何本もの投げナイフを投げると、ヤゲンは自身の敏捷値を超えた動きで見せて紙一重で避けていく。

 

 

「呪腕の! 静謐の! 何を感心している! ここは私が行く! 『妄想幻像』!」

 

「なんの! 『対英霊用睡眠薬』!」

 

「なっ! しまった……!」

 

 百の貌のハサンが宝具で無数の分身を呼び出して追いかけてくると、ヤゲンも自分の宝具を煙幕代わりに使用して百の貌のハサンとその後ろについて来ていた他のサーヴァント達の動きを止める。

 

 

「むっふっふ〜♩ タマモの狩りをお見せよう」

 

「ヤゲン殿! お覚悟を!」

 

「お断りします! これでも……くらいなさい!」

 

「むっ! あ、あれはまさかゴールデン猫缶なのか!?」

 

「あれは金時殿の写真!?」

 

 通路の曲がり角からタマモキャットと風魔小太郎が現れて捕まえようとすると、ヤゲンは懐から大量の猫缶と坂田金時のプロマイドを取り出してばら撒き、注意を逸らした隙に逃れていく。

 

 

 他にも様々なサーヴァント達がヤゲンを捕らえようとするが、その度にヤゲンは前前世の知識を使いサーヴァント達の弱点を突いて包囲網を突破していった。……原作知識の無駄遣いここに極まれりである。

 

 そしてヤゲンはついに目的地……レイシフト装置の部屋に辿り着くと、慣れた手つきでレイシフト装置を作動させる。ちなみに部屋で待ち伏せしていたサーヴァント達はすでに対英霊用睡眠薬で眠らされている。

 

「はぁ……はぁ……! や、ヤ〜ゲ〜ン〜!」

 

「おや、もう来ましたかエルメロイ二世。……ですがもう遅いですよ」

 

 全力疾走してきたせいか息も絶え絶えなエルメロイ二世が部屋に現れると同時にレイシフト装置が作動して、ヤゲンが勝利を確信した笑みを浮かべた。

 

「それでは……あ〜ばよっ、とっつぁん♩」

 

「誰がとっつぁんだ! 誰がぁ!」

 

 レイシフトをする直前にヤゲンがとある名作アニメの決まり台詞を言い、それにエルメロイ二世が顔を真っ赤にして怒鳴るが、すでにそこにヤゲンの姿はなかった。

 

 ※

 

「今回も中々見応えがある逃走劇でしたね? オルガマリー所長?」

 

「……今回もって、今までにも何回もやっているの? あの逃走劇?」

 

 管制室でヤゲンとエルメロイ二世の逃走劇を見ていたマシュが小さく拍手をしながらオルガマリーに言うと、彼女は何と言ったらいいか分からないといった表情で尋ねる。

 

「はい。一月前に最初の脱走をしてから三日に一度は脱走してますね」

 

 マシュの言葉にオルガマリーが信じられないといった顔をする。

 

「三日に一度って……そんなに脱走して誰も文句を言わないの?」

 

「いえ、それがカルデアのスタッフも他のサーヴァントの皆さんもヤゲンさんの逃走劇を賭け事の娯楽として楽しんでいるんです。……ロード・エルメロイ二世以外は」

 

 オルガマリーが周りを見回すと、マシュの言う通り管制室にいるスタッフ達がモニターの前で喜んだり悔しがったりしていた。どうやら喜んでいるのがヤゲンに賭けていた方で、悔しがったりしているのがエルメロイ二世に賭けていた方らしい。

 

「じゃあ彼女も賭けていたの?」

 

「ええ、先輩でしたら毎回賭けていますよ」

 

 オルガマリーとマシュの視線の先にはエルメロイ二世に賭けたスタッフに混じって地団駄を踏んでいる女性、このカルデアの唯一のマスターの姿があった。あの姿を見るに彼女もエルメロイ二世に賭けて負けてしまったようだ。

 

「……まったく。皆、何をやっているのよ」

 

「そう言わずにオルガマリー所長も今までのヤゲンさんの逃走劇の映像を見ませんか? どれも面白いですよ」

 

 痛む頭に手を当てるオルガマリーにマシュがそう提案する。

 

「今までの逃走劇の映像があるの?」

 

「はい。ちなみに私のオススメは、ヤゲンさんに買収……協力を頼まれた小次郎さんがヤゲンさんを逃がす為に他のサーヴァントの皆さんと戦った『燃えよ物干し竿』と、ヤゲンさんが現代の秋葉原に一人だけレイシフトしようとしたのを知ったロード・エルメロイ二世が怒り狂って鬼のようにヤゲンさんを追いかけた『秋葉原の財宝を追え』ですね」

 

「タイトルまであるの!?」

 

 マシュに告げられたタイトルにオルガマリーは「ガビン!」という擬音が聞こえそうなくらいに驚いた。


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