私は医療スタッフだ!   作:小狗丸

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 私がアルジュナを、久世君がセイバー・リリィとクー・フーリンを召喚した日から二日後。私は今、私の真の職場である医療スタッフが使う研究室にいた。

 

 そう、真の職場。私は医療スタッフだ。この平和に仕事ができるこの研究室こそが私がいるべき場所なのに、何故つい最近まで死亡フラグが満載の特異点にいたのか盛大に天に抗議したい。

 

 私がこの研究室にいる理由は、新たな特異点、すなわち「邪竜百年戦争オルレアン」に行く準備の為である。

 

 あの日、アルジュナ達を召喚した後、カルデアの生き残ったスタッフから「新しい特異点の反応が感知されて早ければ数日のうちに特異点の正確な座標が判明できる」という報告が上がった。そしてそれを聞いたロマン上司は私と久世君達にいつでも特異点に行けるように準備を整えてほしいと言ってきたのだ。

 

 そんなロマン上司の言葉に従って久世君とマシュは新しく仲間になったセイバー・リリィとクー・フーリンと一緒になって今も戦闘訓練をしており、私はこの研究室で魔術薬の調合をして前の特異点の冬木で消費した魔術薬の補充をしていた。私の魔術は魔術薬を使ったものがメインだから、こういう時間がある時に補充しておく必要があるからだ。

 

 ……それにしてもやっぱり私も次の特異点に行くのか。分かってはいるけれど、こうして事実に目を向けると根は一般人の私としては気が滅入る。

 

 …………………………行きたくないなぁ。

 

 まあ、それはともかく、私側の新サーヴァントのアルジュナは今、研究室の隅で椅子に座って本を読んでいた。最初は頼光さんが自分の父親であるインドラの化身であることに見ていて面白いくらい驚いていたが、今ではすっかり馴染んでいるようだった。

 

 いいことである。平和が一番。どうかこのままオルレアンの座標を特定する作業が長引いてこの平和な時間が続けばいいのにと思っていると、研究室に頼光さんが入ってきた。

 

「マスター。模擬戦をやりませんか?」

 

 ……………はい?

 

 私は最初、頼光さんが何を言ったのか理解できなかった。見ればアルジュナも首を傾げて彼女に視線を向けていた。

 

「実はここに来る途中で久世さん達の戦闘訓練を見たのですけど、皆さんとても真剣でそれでいて楽しそうで……。

 それを見ている時に久世さん達と模擬戦をしてみようと思ったのです。いい戦闘訓練にもなるし、久世さん達と交流が持てるし、それになによりマスターは昨日も今日もこの部屋にこもってばかりでしたからそろそろ体を動かした方がいいと思うのです。

 ですからマスター? 久世さん達と模擬戦をしに行きませんか?」

 

 嫌です。やりません。

 

 私は頼光さんに即答すると魔術薬の調合を再開した。

 

 全く冗談じゃない。何で人が平和な一時を噛み締めていたというのに、模擬戦とはいえサーヴァントを従えたマスターと戦わないといけないのだろうか?

 

 このカルデアにいる間はそういう物騒なことは絶対にやらな……ん?

 

「うっ、うっ………ひっく。うう……グスッ」

 

 何か音が聞こえてきたのでそちらを見ると、頼光さんが大粒の涙を流しながらこちらを見ていた……って!? ちょっと待ってくださいよ頼光さん! 何を泣いているんですか? 魔術薬の調合に集中していて目を合わせずに答えたことで泣いているんですか?

 

 ヒソ……。ヒソヒソ……。

 

 同じ研究室にいた数名のカルデアのスタッフが、涙を流す頼光さんと私を遠巻きに見ながら何か囁きあう。そして気のせいでなければ、彼らが私を見る目は明らかな軽蔑の目であった。

 

 ノオオオオオッ! 私の株が世界大恐慌並みに大暴落!?

 

 ※ ※ ※

 

 それから数分後。私は久世君達に模擬戦を申し込むために彼らがいる訓練室に向かっていた。

 

 その私の後ろにはまだぐずっている頼光さんが私の白衣を手でつまみながらついてきており、そして私の左横にはアルジュナが肩を並べて歩いていた。

 

「まさか父、インドラの化身である頼光殿があの様な女性であるとは知りませんでした……」

 

 私の横にいるアルジュナが、私にだけ聞こえる小声で言ってきた。うん。それには全くの同意見だ。

 

 ……この時私は、ここからでは表情が見えないアルジュナが、同情するような呆れているような複雑な表情をしているのが分かった。




次回で冬木編を終わりにする予定です。

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