ドヒュッ!
私がレフの話を聞いていると突然隣から強い風が吹いた。
「ギャアアアアッ!?」
あまりの風の強さに私が目を閉じると何やら聞き覚えのある声が聞こえてきて、何事かと目を開くとそこには……。
レフの体が縦に二つに切り裂かれていて、体の首から左側の部分が泣き別れていた。
……って! いやいや、ちょっと待って! 何でいきなりレフの体が真っ二つになってるの? 今の一瞬に何があったの?
「ふふふ……。あの妖魔、面白い事を言っていましたね?」
私が突然の出来事に我が目を疑っていると、隣で刀を振り抜いた体勢の頼光さんが目が全く笑っていない笑顔で呟く。
え? もしかして今のって頼光さんの仕業ですか? バスターアタックの一段目ですか?
「妖魔風情が私のマスターを殺す? じっくりと時間をかけて殺す? ……そう言いましたか?」
ゆらり……、ゆらり……と、ゆっくりした歩みで抜き身の刀を手にレフに近づいていく頼光さん。正直に言ってメチャクチャ恐いです。
どのくらい恐いかというと頼光さんの体から刺すような殺気が感じられ、彼女と一緒に前に出ていたマシュが盾を構えて後ずさって、その後ろにオルガマリー所長が隠れるくらいだ。ちょっとズルいですよ、オルガマリー所長。私もマシュの後ろにいれてください。
「こ、このバーサーカー「両腕と両足を引きちぎると言いましたか?」……め!?」
ザシュ! ガシュ!
レフが残った右足一本で立ちながら何かを言おうとしたがその時、一瞬で間合いを詰めた頼光さんによって残った右腕と右足を斬り裂かれて、レフの胴体が宙に舞った。そしてそんな状態のレフに頼光さんは更に刀を振るう(頼光さんが刀を振るう速度が速過ぎて光が弧を描いた風にしか見えなかったが)。
ビシュ!
「……? っ! が、があああああああああああああっ!?」
頭と胴体だけの状態となって宙を舞うレフの口から今まで聞いたことがない悲鳴が出て、そこで私は見た。と、言うより見てしまった。
レフの顔の右半分の皮膚が見事なまでに綺麗に紙一枚の薄さで斬り剥されている光景を。
「ぐがっ!?」
胴体の三分の一と両腕両足を失い芋虫のような姿となったレフが地面に落ちて短い悲鳴をあげる。人間ではないレフの傷口からは血が出ておらず、まるで肉で作られた人形を破壊している光景を見ているようで非常に不気味であった。
「全身の皮を剥ぐと言いましたか?」
地面に転がるレフの、右半分の皮膚を剥がされた顔に、頼光さんが先程と同じ目が笑っていない笑顔を浮かべながら刀を突きつける。その姿は頼光さんには大変申し訳ないが猟奇殺人鬼の殺害現場以外の何物でもなかった。
……というかコレってもしかしなくても、レフが言っていた私にする予定だった拷問を再現しているの? 頼光さんってば私が殺されそうに、拷問されそうになったから怒って、こんな神業と言える戦闘技術を駆使した残虐行為をしたの?
……………うん。頼光さんの気持ちはとても嬉しいし、頼もしいですよ? でもやっぱり恐いです。我がサーヴァントながらスッゴく恐い。
頼光さんの残虐行為に久世君にマシュにフォウ、そしてオルガマリー所長は顔を青くして震えているし、カルデアでこちらの様子を見ているロマン上司にいたっては……。
『僕は何も見てない。僕は何も見てない。僕は何も見てない。僕は……』
と、モニターから目を背けて両手で耳を塞ぎながら繰り返し呟いている姿が声だけで想像できた。
「それで次は……心臓と肺を除いた肉と内臓を少しずつ切り取ると言いましたか? ……あら?」
頼光さんがレフに更なる残虐行為を行おうと刀を振り上げたその時、突然大きな地震が起きた。……これはアルトリアの聖杯を手に入れたことで特異点の崩壊が始まったか?
「くっ!」
頼光さんの意識が地震に向かった一瞬の隙に、レフが空中に浮遊して彼女から逃れた。おお、流石はダルマ状態になっても魔神。空を飛ぶこともできるんだ。
「く、は……くはははははははっ! ざ、残念だったな! この程度では私は死なない! そう! 私は死なない! そして貴様達はこれから知る地獄と化した世界と残酷な未来に絶望するのだ!」
空に逃れたレフがさっきまでの頼光さんから受けた残虐行為を忘れようとするかのように高笑いをあげる。そしてそうしているうちにレフの体が少しずつ光となって消えていく。恐らくは自分の主であるソロモン王がいる次元にと帰ろうとしているのだろう。
ぶっちゃけて言うと今のうちに頼光さんにレフを矢で射ってもらったら後々楽になりそうな気がするのだが、今彼女はこの地震がただの地震ではないと気づいて私の身の回りを警戒していた。私が命令しても今からでは間に合わない。
「ああ、そうだ。薬研征彦……最後に貴様にいいことを教えてやろう」
体が半分くらい消えたところでレフは私を見ながら邪悪な笑みを浮かべる。いや、レフは私だけでなくオルガマリー所長にも視線を送っていた。……まさか。
「薬研征彦。貴様は私を監視してマリーとロマニを守ったつもりでいるようだが気づいているか? そこにいるマリーがすでに死んでいることを?」
「わ、私? 私が死んでいる……? ど、どういうことなの? レフ?」
レフの言葉にオルガマリー所長が信じられないといった表情となってレフを見上げる。やっぱりそうか。
「どういうこともそのままの意味だよ、マリー。レイシフト実験時の爆発……あれを行ったのは私でね。そしてその時に使った爆弾の一つは君の足元に設置してあったのさ。そして爆発で死んだ君は魂だけの存在となってこの次元にとレイシフトした。でなければ本来ならばマスター適性がなくてレイシフトできない君がここにいるはずがないだろう?」
「あ、ああ……」
「くく……」
自分がすでに死んでいると告げられてオルガマリー所長が絶望した表情となって俯き、それを見ながらレフが邪悪な笑みを深くする。
「まあ、信じる信じないは君の自由さ、マリー。では私はそろそろ退散させてもらうよ。君達の、特に薬研征彦、貴様の絶望した表情が見れないのが残念だよ。ハハハッ!」
言いたいことだけ言うとレフは高笑いをしながらその姿を完全に消した。命の危険は去ったわけだけど少し腹が立つな。……やっぱり駄目元で頼光さんに射ってもらったほうが良かったかな?
「薬研……」
私を呼ぶ声がしたので声がした方を見ると、さっきまで俯いていたオルガマリー所長がゆっくりと私に近づいてきていた。
オルガマリー所長の顔は死人のように白くなっていたが、それは仕方ないだろう。何しろ今まで一番信頼していたレフが実は人間ではなく、しかも自分を殺した存在だと知った今、彼女が心に受けた衝撃はかなりのもののはずだ。
「ねぇ、助けて薬研……。貴方、今まで何度も私達を助けてくれたじゃない……? だったら今回も私を助けてよ……! 私、死にたくない。死にたくないの……。お願い……薬研、助けてよぉ……!」
涙を流しながらオルガマリー所長は私に助けを求めてくる。気がつけば周りにいる頼光さんや久世君達も救いを求めるような目で私を見ていた。
全く止めてくださいよ。私は医療スタッフだ。バッドエンドをひっくり返してハッピーエンドにするヒーローみたいな役、私のがらじゃないんですよ。でもそうですね……。
私は上着のポケットからある薬の入った一本の試験管を取り出した。そしてそれを使って……。
※ ※ ※
特異点が崩壊する寸前、私達はロマニ上司の助けによってレイシフトをして元の時代のカルデアにと帰ってきた。
カルデアに帰ってこれたのは私と頼光さん、久世君にマシュとフォウの四人と一匹だけだった……。