エミヤを倒してから少しばかりの休憩を終えていよいよ大聖杯の所に行くとそこにいたのは、やはり原作の「Fate/Grand Order」と同じ黒く……いわゆるオルタ化したアルトリアだった。
アルトリアと言われて最初に思い浮かぶのは、彼女の宝具「エクスカリバー」なのだろう。
ゲームやアニメであのエクスカリバーを見た時は素直に格好いいと思っていた。
しかし今は違う。実際にこの目でエクスカリバーの発動を見た私は……。
「卑王鉄槌。極光は反転する。光を飲め! 約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!」
……ただひたすらに恐ろしかった。
いや、本当に恐いって! 剣から放たれる黒いビームとか原作知識で威力を知っている以前に本能が危険だって叫んでいるって!
「うう……!」
「ぬ、くっ……!」
「フォーウ! フォフォウ! キューウ!」
前方では宝具を展開してエクスカリバーから私達を守ってくれているマシュと彼女に魔力を送っている久世君が苦悶の声を上げ、そんな二人をフォウが懸命に応援していた。
頑張ってくれ、マシュと久世君! 君達が倒れると俺達全員、闇に飲まれてしまう!
「凄いですね。これが世に聞く騎士王の一撃……」
「チィッ! 相変わらず馬鹿みたいな威力をしてやがる!」
エクスカリバーの威力を目の当たりにして頼光さんとクー・フーリンが思わずといった調子で呟く。やはりこの二人から見てもエクスカリバーの威力は侮れないか……。
「盾の嬢ちゃんが踏ん張ってくれているがこのままじゃジリ貧だぜ! 何かいい案はねぇか?」
クー・フーリンがマシュの背中を見た後で、次にオルガマリー所長を見て現状の打開策を聞く。それにつられて私と頼光さんもオルガマリー所長を見ると……。
「だ、誰か助けてぇ……! 恐い……もう嫌ぁ……! 帰る……おうち帰るぅ……!」
……オルガマリー所長はこちらに背を向けて体育座りをしながら幼児退行していた。
そのあまりに残念な姿に私達が絶句しているとカルデアにいるロマン上司からの通信が聞こえてきた。
『まずい! あまりにも危機的な状況にただでさえ脆い所長の精神が遂に崩壊をしたか! というかここからモニターをしているボクも倒れそうなくらい恐かったり……! よ、よし! こういう時こそネットアイドル「マギ☆マリ」がどんな質問にも答えてくれる頼れる質問サイト「マギ☆マリの知恵袋」だ! もしもし、今ボクの仲間がアーサー王のエクスカリバーに……』
………。
……………。
…………………。
コイツら使えNEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!?
何コイツら!? 思わず時が止まるくらい役に立たないよ、この上司二人!
カルデアに来たばかりの久世君の方が百倍頼りになるよ!? いや、知っていたけどさ!
「……お、おい、薬研! 何かいい案はねぇか!?」
クー・フーリンがオルガマリー所長とロマン上司の事をなかったことにして私に聞いてくる。その気持ちはよく分かるけどいきなり聞かれても……そうですね、例えばこういうのはどうですか?
私がとっさに思いついた考えを口にすると、頼光さんとクー・フーリンはしばし考えた後、二人同時に頷いた。
「なるほどな。それでいくか」
「ええ、そうですね」
えっ!? それでいいんですか? 今言ったのは単なる思いつきで成功するかなんて分からない、っていうか失敗する確率の方が高いんですよ?
「いいんだよ、それで。確かに分の悪い賭けになるが、それでも勝算が僅かでもあれば上出来だ」
「私は貴方の刃ですもの。貴方が命じるのであれば私はどんな命令にも従いますよ、マスター」
クー・フーリンと頼光さんが穏やかだが確固たる覚悟を感じさせる笑みを私に向ける。……ああ、もう! そんな顔をされたら私も覚悟を決めるしかないじゃないですか。
全く。私は医療スタッフだ。こんなマスターのような役なんて私の管轄外なんですからね。
作戦が決まって私が覚悟を決めるとアルトリアのエクスカリバーによるビームの放出が終わり、それと同時に私は一本の試験管の中に入っている薬を魔術で霧にしてアルトリアにと放った。
「これは毒? ……いや、眠り薬か?」
御名答。今使ったのは私がこの世界に転生して魔術を習い始めた頃からずっと研究を続けてきた魔法薬だ。
もし万が一に聖杯戦争に巻き込まれた際に自分の身を守る為の、本当に万が一の保険。
人型の霊体、つまりサーヴァントのみに「鎮静」と「眠り」の効果を発揮するようにと呪詛を込めた眠りの魔法薬。名付けるなら「対英霊用睡眠薬試作版(スリーピング・サーヴァント・プロト)」と言ったところか。
「……ふん。何をするかと思えば。こんなもの、私には通用しない」
しかし眠りの霧となった薬に包まれてもアルトリアは何も影響を受けていないようで私を鼻で笑う。
まあ、それはそうでしょうね。私もそんな試作品が通用するとは最初から思っていませんよ。……それは効果が出たらラッキー程度の囮、目眩ましですよ。
「……何だと?」
「そういうこった! おら、行け! ウィッカーマン!」
私の言葉に怪訝な表情を浮かべるアルトリアに炎に包まれた巨大な藁人形、クー・フーリンの宝具のウィッカーマンが襲いかかる。ウィッカーマンはその炎に包まれた両腕を勢いよくアルトリアに向けて降り下ろすが、彼女はそれを見ても慌てることはなく、むしろ納得した表情となって頷いていた。
「……なるほど。眠りの霧を囮にキャスターの宝具で攻撃。……そしてこの宝具もまた『囮』か」
ザシュ! ギィン!
アルトリアは自身のスキル「魔力放出」によって剣に黒い魔力を纏わせるとそのままウィッカーマンの両腕を切り裂き、返す刀で横から奇襲を仕掛けた頼光さんの刀を受け止める。
「三段仕掛けの奇襲か。狙いは悪くない。……だが甘かったな」
刀を受け止めながら無表情に語るアルトリア。それに対して渾身の奇襲を防がれた頼光さんは……。
「あらあら、騎士王様は随分とせっかちなのですね。私達の攻めはまだ終わってませんよ?」
と、いつものような慈愛を感じさせる笑みを浮かべながら告げた。
「……何? それはどうい……!?」
ガガガガッ!
アルトリアが何かを言おうとした瞬間、横から疾風のような速度で飛んできた数本の矢が彼女の体を貫く。矢に貫かれたものの致命傷ではなかった騎士王が矢が飛んできた方を見ると、そこには「弓を構えた頼光さん」の姿があった。
「馬鹿な!? 同じサーヴァントが二人だと?」
「いいえ」
「二人ではありませんよ」
「………!?」
ザン! ドシュ!
予想外の出来事に驚くアルトリアの背中を「斧を持った頼光さん」と「薙刀を持った頼光さん」が同時に切り裂いた。
「がっ……!? い、一体……!!」
突然の傷みに流石のアルトリアも体から力が抜けて膝をつく。そこで彼女は見た。私の隣にいる「雷を纏った刀を構える頼光さん」の姿を。
宝具「牛王招雷・天網恢々」。
これが頼光さんの宝具。かつて彼女に付き従った坂田金時を初めとする四人の武人、四天王の武具を自身の分身と共に召喚し、敵に強力な多重攻撃を仕掛ける技。
私が頼光さんとクー・フーリンに提案した作戦は、単に私の魔術の後で二人の宝具を続けて発動させるというものだ。
この作戦に工夫があるとすればそれはただ一点。頼光さんの分身が攻撃する順番を少し変えたということだけ。クー・フーリンの宝具の後に「刀を持った頼光さんの分身」を一人だけで攻撃したことで、アルトリアにこちらの攻撃の回数とタイミングを誤認させたのだ。
「これで……終わりです!」
頼光さんの刀から紫電が放たれ、アルトリアは膝をついた体勢のまま雷に飲み込まれていった。