ガキィィン‼
洞窟内に刀と刀が激しくぶつかり合う金属音が響き渡った。
現在私達がいるのは大聖杯へと続く洞窟。そこで私達はセイバーの支配下にある一体のシャドウサーヴァントと戦っていた。
私達の隊列は一番前が頼光さんでその後ろがマシュ、更に後ろに私を初めとした他のメンバーという形だ。そして先程の金属音は先頭にいる頼光さんの刀の一撃をシャドウサーヴァントが両手に持った二本の刀で受け止めた音だった。
シャドウサーヴァントとの戦いは十分くらい前だが、あまりの戦闘の激しさに私としてはすでに何時間も経っている気分だった。そしてそれは私以外の全員も同じのはずだ。
今頼光さんと戦っているのは私が知っている前世のゲーム知識と同じ、シャドウサーヴァントと化したアーチャーのサーヴァント、エミヤであった。
エミヤはたった一人でこちらの三人のサーヴァントを相手にしていた。二本の刀で頼光さんの刀をさばきながら援護射撃と放たれたクー・フーリンの炎を斬り払い、僅かの隙をついて私達を守るマシュに向けて持っていた刀を投げつけて、新たな刀を虚空から取り出す。
単純なステータスで言えば頼光さんの方が圧倒的に上なのにエミヤの奴、その実戦で鍛えた剣術と投影魔術でステータスの差をカバーしている。流石はFate本家の主人公キャラの一人という事か。
「く……。一太刀一太刀が恐ろしく疾くて正確、しかも受ける度に腕が肩ごともっていかれそうな剛剣……! どうやら貴女はさぞ高名な剣士の様だな。貴女の様な剣士がバーサーカーとは悪い冗談だ」
「ふふっ。ありがとうございます。貴方のその愚直なまでの素直な太刀筋も中々見事ですよ」
「つーか冗談みたいなのはオメェも同じだろうが。弓ではなく剣で戦うアーチャーなんて聞いたことねぇぞ」
エミヤの言葉に頼光さんが微笑を浮かべて返し、クー・フーリンが苦々しい表情で言う。
「あと、その無数にある剣は一体何の手品だ? 砕かれた剣は十四、盾の嬢ちゃんに投げつけた剣は二十七。オメェ、一体何本の剣を隠し持ってやがる?」
「は、はい……。それにこちらに投げつけられた剣が全て全く同じなのも謎です……」
クー・フーリンの言葉にマシュは若干息を切らせながら同意する。
顔色を見るとマシュだけでなく、私以外の全員もエミヤの次々と剣を創り出す投影魔術が気になっているらしい。頼光さんも表面上はいつも通りだが、正体不明のエミヤの剣に「何か罠があるのでは?」という疑念を取り除けず、攻撃の際に最後の一歩を踏み出せないのが分かった。
原作知識を知る私が皆にエミヤの投影魔術の事を教えてもいいのだが、原作知識の事を知られるとまた何か厄介な事が起こりそうなので、私は最もらしい嘘でエミヤの能力を皆に教える事にした。
もしかしてあのサーヴァントは生前、有名な刀匠か鍛冶師だったのではないか? と、考える素振りをしながら言うと全員の視線が私に集まった。
サーヴァントの宝具は何も武器だけでなく特殊能力である場合もある。「魔力を使って剣を創り出す特殊能力」があのサーヴァントの宝具なのではないか? と、私が言うと皆は瞳に理解の光を宿してエミヤを見る。するとエミヤはどこか観念したような笑みを浮かべて口を開く。
「フ……。残念だが正解ではない。しかし『剣を創り出す能力』というのはほぼ正鵠を射ていると言っておこう。……やはりか」
そう言うとエミヤは何やら鋭い目になって私を見てきた。え? 一体何?
「彼女のような強力なバーサーカーを使役できる優秀な魔術師であり今の推理力……やはりこの中ではお前を最初に倒すのが最良のようだな」
ホワァァァーーーーーーーーツッッ!?
何で!? 一体どうしたらそんな考えが出るのエミヤさん!?
私は医療スタッフだ! 一億光年と百歩譲って医療スタッフも前線に出る必要があったとしても、このように敵に注目される必要はないはずだ。
今の説明だってアレだ。頼光さん達がエミヤの能力を知らないまま戦って万が一の隙をつかれるっていう最悪の事態を回避するための小心者の行動ですよ。
私はあれだ。戦闘の合間に主人公達の傷を治したり、アイテム(魔術薬)を渡したりするだけの地味ポジションのはずだ。決して主人公の行動を補佐する副リーダーや軍師みたいな華々しいポジションではない。
『………………っ!』
いや、皆さんやめてくれません? そんな「ばれてしまったか」みたいな真剣な表情になって、まるで私を守るように集まるのはやめてくれません?
いや、本当にやめてくれません!? そんなことをされたら余計にエミヤの意識を引くことに……え?
「フッ!」
私が皆に離れるように言おうとした時、突然エミヤが両手に持つ二本の刀を左右に投げる。投げられた二本の刀は高速で弧を描くように飛び、その行き先は……。
「まずい! 床に伏せろ!」
「薬研さん! 伏せてください!」
クー・フーリンとマシュが私に向かって叫ぶのは全くの同時にだった。私が床に伏せるとクー・フーリンが右から飛んでくる黒の剣を魔術の炎で吹き飛ばし、マシュが左から飛んでくる白の剣を手に持った大盾で弾き返した。
あ、危なかった……。もう少しで本当に殺されるところだった。ありがとうマシュとクー・フーリン。
「やはりそう易々と殺させてはくれない……ガッ!?」
奇襲が失敗に終わり苦笑を浮かべていたエミヤの胸から突然一本の刀が生えて、エミヤの表情が驚愕へと変わる。
何事かと私達が見るとエミヤの背後には、能面のような無表情となった頼光さんが彼を刀で貫いていた。
「ば、バーサーカー? まさか……今の、一瞬で……?」
「黙りなさい」
ザシュ!
頼光さんは口から血を吐きながら言うエミヤの言葉を遮ると、そのまま刀を振るってエミヤの胴体の半分を切り裂いた。
エミヤの敗北は誰が見ても明らかだった。いくらサーヴァントといっても心臓を貫かれて胴体の半分を切り裂かれては現界を保てるはずがない。
しかし頼光さんは更に刀を振るい、すでにこと切れて黒い霧となって虚空に溶けていくエミヤの体を何度も何度も執拗に切り裂いていく。無表情のまま刀を振るってエミヤをバラバラにする頼光さんの姿は非常に怖く、久世君もマシュもオルガマリー所長も声を出せず、フォウにいたっては尻尾を丸めていた。
それにしても頼光さん、怒っているのか? 一体どうして?
「何で怒っているのかって? そんなの決まってるだろ?」
いつの間にか思っていたことが口に出ていたらしく、それを聞いていたクー・フーリンが答えてくれた。
「薬研、お前さんが殺されかけたから頼光の姐さんはあそこまでキレたんだよ。……まったく。普段の会話で忘れていたがやっぱり頼光の姐さんはバーサーカーだよ」
クー・フーリンの言葉に私は深く頷いて同意した。
※ ※ ※
「ああっ! マスター、ご無事ですか!? どこにも怪我はありませんね!」
エミヤが完全に消滅し戦いが終わると、頼光さんが私に抱きついてきた。
「あのサーヴァントがマスターに攻撃された時、私は本当に肝を冷やしました! どうか危険なことはもうしないでくださいね」
頼光さんはよほど私の心配をしてくれていたのか、泣きながら言うと更に抱き締める力を強くする。
先程のエミヤの斬殺シーンがいまだに頭から別れない私は、胸に感じる感触も周りからの視線も気にならず、ただ頷いていた。
頼光さんは絶対に怒らせないでおこう。
私は頼光さんに抱き締められながら固く心に誓った。……そしてそう思ったのは私だけではないだろう。