私は医療スタッフだ!   作:小狗丸

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 カラン……。

 

 何か固いものが地面に転がる音が聞こえた。音がした方を見ると、頼光さんに瞬殺されたメドゥーサの遺体があった場所に、虹色に輝く星のような形をした石が一つ転がっていた。

 

 これって聖晶石? 3つ使うことで一回だけガチャが引けるあの聖晶石だよね?

 

 地面に落ちていた聖晶石を手にとって間近で見ると、それはやはり私が記憶している聖晶石であった。

 

 懐かしいなぁ……。前世で「Fate/Grand Order」を遊んでいた頃はガチャを引くために必死になって聖晶石を集めたんだよなぁ……。

 

 課金したり、課金したり、課金したりして集めた大量の聖晶石を十連ガチャに注ぎ込んで……それでろくな成果が出なかった時は本当に悲しかった。

 

 うん。本当に、それこそ忌々しいくらいに懐かしいよなぁぁ………!

 

『それは……さっきのサーヴァントの霊核の欠片かな? サーヴァント程じゃないけど、それもかなりのエネルギーを秘めているね。それが三個か四個くらいあれば新しいサーヴァントを呼び出せると思うよ』

 

 私が聖晶石を眺めながら前世の辛い過去を思い出して心の中で血涙を流しているとロマン上司からの通信が来た。やはりこの世界でも聖晶石の効果は同じか。

 

 そして私の考えが正しければこの聖晶石は、私が以前より研究をしていて完成が間近の「アレ」の完成に必要不可欠なものとなるだろう。そう考えた私はオルガマリー所長に聖晶石を預からせてくれと頼むと、彼女は私の言葉に首を傾げる。

 

「聖晶石を? 一体何に使うつも……」

 

 ガキィン!

 

 オルガマリー所長の言葉を遮るように突然、金属音が響いた。私達が金属音が聞こえた方を見ると、何やら険しい表情をした頼光さんが刀を振り抜いており、彼女の足元には二つに分かれた短刀が転がっていた。

 

 え? え? 一体何があったんですか、頼光さん?

 

「ククッ……。不意ヲ突イタツモリデアッタガ、ソウウマクハイカヌカ……」

 

 頼光さんが睨み付けている先の空間に、右腕だけが異常に長い異形の人影が現れた。そしてそれに続くように建物の影から、背中に大量の武器を背負った人影も現れる。

 

 あれは、シャドウサーヴァントになった呪腕のハサンと武蔵坊弁慶? ……しまったな。そういえばメドゥーサのシャドウサーヴァントと戦った後に、この二人と戦うイベントがあったっけ。

 

「マシュさんはマスター達を守ってください!」

 

「は、はい!」

 

 頼光さんはマシュに私達の護衛を頼むと、自分は手に持っていた弓を構えて二体のシャドウサーヴァントに無数の矢を放った。

 

 頼光さんの放つ矢は相変わらず物凄い速度と数で、人間であれば一本の矢も避けることができず即座に死亡だろうが、相手は頼光さんと同じサーヴァント。呪腕のハサンはその身軽な動きを活かして、武蔵坊弁慶は両手に持った薙刀で防御をして、多少のダメージを負いながらも徐々にこちらに近づいてくる。

 

「ちょっと! あいつらこっちに来るわよ!?」

 

 こちらに近づいてくる二体のシャドウサーヴァントを見てオルガマリー所長が半泣きの形相で叫ぶ。私も人の事は言えないけど、本当にこの人ってメンタル面弱いよな? ロマン上司といい勝負なんじゃないか?

 

 しかしオルガマリー所長が言う事ももっともだ。このままあの二体のシャドウサーヴァントがこれ以上こちらに来られたら厄介だな。

 

 ……………仕方がないな。

 

 私は覚悟を決めると頼光さんを援護すべく「魔術」を使う準備を始める事にした。

 

 魔術とはイメージだ。

 

 これは全ての魔術師が最初に教わる言葉である。

 

 魔術師は自分にのみ通用するイメージをもって身体の中に眠っている魔術を使う為の擬似神経「魔術回路」を起動させ、自分を「人間」から「魔術という奇跡を発現させる装置」にと切り換える。

 

 私の魔術回路を起動させる為のイメージは「病」。

 

 人間は体温が四十二度を超えると死に至る。その一歩手前の重い病魔に身体を蝕まれるイメージ。

 

 身体には耐え難い熱と絶え間無い鈍痛が、頭には一瞬でも気を抜けば意識を失ってしまいそうな不快感が宿るイメージ。

 

 身体の内側から来る逃げ場のない苦しみに精神が悲鳴を上げて救いを求めたその瞬間、

 

 

 

 私の魔術回路が起動する。

 

 

 

 魔術回路が起動するのと同時にそれまでの感覚が「反転」する。病魔に蝕まれるイメージで悲鳴を上げていた身体はこれ以上ない爽快感に包まれ、不快感に襲われていた頭は十時間熟睡したように意識が澄みきっていた。

 

 魔術回路を起動するまでにかかった時間は一秒八……まあ、上出来か。とにかくこれで魔術を使う準備はできた。

 

 私は上着のポケットから二本の試験管を取り出すと、中に入っている薬を魔術で霧にして頼光さんの元に飛ばし、彼女に「その霧を、薬を吸って下さい」と言う。

 

「………? ……………!?」

 

 頼光さんは最初、どういう事か分からない表情だったが霧となった薬を吸った途端表情を驚きに変え、同時に彼女の魔力が増大したのが分かった。よし、上手くいったようだな。

 

「これなら……いきます!」

 

「ヌッ!? グッ! グオオオオッ!」

 

 頼光さんがそう言うと彼女が放つ矢の速度が上がり、今まで薙刀で防御をしていた武蔵坊弁慶は防御が間に合わなくなって瞬く間に全身に矢を生やして絶命した。これで残りは呪腕のハサンだけ……いや、もう終わりか。

 

 私はいつの間にか遥か上空に跳んだ頼光さんを見て、この戦いの勝利を確信した。

 

「ナッ!? ランサー殿! ッ! シマ……!」

 

「いざ、御免!」

 

 武蔵坊弁慶が倒された事に呪腕のハサンは一瞬だけ気を取られ、その一瞬の隙に上空に跳んだ頼光さんは雷光を纏わせた太刀を振り下ろし、シャドウサーヴァントは彼女の太刀より放たれた雷光に飲み込まれて消滅した。

 

『………二体のシャドウサーヴァントの反応消失。凄いな……。頼光さんは当然凄いけど、初戦闘でサーヴァントの援護を完璧に行った薬研クンも凄いよ。それが薬研家の魔術……「魔術薬」の効能なんだね』

 

 カルデアからこちらの戦闘をモニターしていたロマン上司が頼光さんと私が使った薬を賞賛する。

 

 薬研家の薬研とは薬をつくる為の器具のこと。つまり薬研家は魔術の力を秘めた薬、魔術薬をつくる事に長けた家ということである。

 

 さっき私が頼光さんに使用したのは私が調合した魔術薬で、効能は一時的に魔力を増大させるのと反応速度を上昇させるものだ。効果時間は短いがその代わりとして副作用が皆無であるという自信作だ。

 

 元々は敵に襲われた際の非常時に自分自身に使う予定のものだったが、頼光さんにも効果があったようだな。

 

「へぇ……。中々いいモン持ってるじゃねえか」

 

 息絶えた呪腕のハサンと武蔵坊弁慶の身体が完全に消滅して地面に二個の聖昌石が転がるのと同時に、新たな杖を持った人影が私達の前に現れた。このタイミングで現れる人影となると……やっぱりあの人か。

 

『……え? ああっ!? しまった! 頼光さんと薬研クンの戦いが凄すぎて忘れていた! 新しいサーヴァント反応が近づいてきてたんだった!』

 

「ちょっとロマン! ちゃんと仕事をしなさいよ!」

 

「Dr.ロマン……」

 

「それはちょっと……」

 

「フォーウ……」

 

 ロマン上司のあまりにも残念な叫びにオルガマリー所長、マシュ、久世君、フォウが呆れたような怒ったようなコメントをする。……残念ですけどこれはフォローできませんよ、ロマン上司。

 

「ははっ! まあ、仕方がないさ。さっきの戦いは俺から見ても見事なものだったからな。……そこの美人さん、かなり高位のサーヴァントと見た」

 

 私達の会話を聞いていた杖を持った人影は、そう私達に言いながら姿の詳細が分かる距離まで近づいてきた。そうして見えた人影の正体は私の予想通りの人物であった。

 

 青のローブを羽織った長身の魔術師。この「炎上汚染都市」で主人公達の味方となってくれるキャスターのサーヴァント、クー・フーリンであった。

 

「……ふむ。高位のサーヴァントを従えていて、魔術回路の量も質も一流と言ってもいい……」

 

 何やら私を見ながら小声でつぶやくキャスターさん。……あの、何で私を見ているのですか? 貴方が見るべきは向こう(久世君)の方でしょう?

 

「それで薬の魔術師さん、お前さんがこの一団の頭かい?」

 

 いいえ、違います。私は医療スタッフだ。

 

 私は、私の顔を見ながら訳の分からない事を言うキャスターのクー・フーリンに即答した。


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