背後に佇む三日月と   作:303

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来宮静間③

 

 

「静間、おまえシューターやめたらどうだ?」

 

 

 

紫煙を燻らせ、自らの師が発した言葉。来宮静間は、一瞬何を言われたのか理解ができなかった。

 

 

 

ボーダー、その存在が公になって間を置かずに入隊してから1年余り。

二宮匡貴、加古望といった才能が注目を集める中で、サイドエフェクトを持ちながらも未だに伸び悩む自分に嫌気がさし、相談した結果の返答だった。

 

「林藤さん、才能も、努力も、俺には足りないとは常々思っています、ですが開口一番やめろとは」

 

あんまりではないか

そう来宮が続けようとしたところを師、林藤匠が遮る。

 

「スマンスマン、言い方が悪かったな、何も引退しろとかそんなんじゃないから安心しろ、スタイルを変えてみないかって話さ」

 

飄々とした彼の言葉に疑問符を浮かべる。

 

「アタッカーやスナイパーに転向しろと?」

 

「いいや、もっと大雑把だな」

 

「大雑把、ですか?」

 

来宮には、ますます意味がわからない。

そんな弟子の様子に林藤は思案する。

 

「……おまえは、なまじ見ていられる時間が長いからな、シューターの理想像ってやつを再現したいがために、いつも思考をめぐらせてる、そうだろ?」

 

「はい、それに近づけるために、模索しているんですが」

 

いまいちパッとしない、可もなく不可もない、所謂器用貧乏と化しているのが現状だった。

 

「それだよ」

 

我が意を得たりとばかりに、林藤が続ける。

 

「おまえのそんなところが、どうにも窮屈に見えて仕方なくてな」

 

「窮屈ですか」

 

辛そうでも、苦しそうでもなく、窮屈そう。なんとなくこの人らしい見方だと感じた。

 

「ポジションも何も関係ない、好きなトリガーを好きなように使ってみろ」

 

林藤が楽し気な笑みを浮かべる。

 

 

 

「遊べよ、静間」

 

 

 

その言葉を最後に、視界が白く溶けていった。

 

 

 

 

 

 

不思議な程軽く瞼が持ち上がり、馴染みのない天井が目の前を埋め尽くす。

 

「お目覚めのようね」

 

気品を感じさせる独特の声音。それに身を起こしてみれば、加古がダイニングから顔を出した。

 

「…………そうでした、チャーハンをいただいたんでしたか」

 

「そうよ、おかわりを口にしていきなり突っ伏したんだから驚いたわよ?」

 

言葉の割に変わらぬ彼女を目に、来宮は深い溜息を吐いた。

彼を猛烈な後悔が襲う。一杯目の絶品の味に安易に勧められるまま、二杯目を口にした自分が恨めしい。味が自己主張を繰り返し衝突し合い、舌の上を蹂躙していく感覚の強烈さが蘇り、意識をとばすその破壊力に顔を顰める。

そしてふと思い出す。

 

「米屋さんと黒江さんは?」

 

「二人なら、食事の後またランク戦にいったわ」

 

米屋と黒江が無事だったことに、とりあえず胸をなでおろす。

 

「なんて物を出すんですか」

 

ささやかな憂さ晴らしの悪態。

 

「チョコ麻婆チャーハンよ」

 

「いや、そうじゃなくてですね、てか本当になんてモノ出すんですか!?」

 

見た目が普通なだけに、その正体は些か衝撃的すぎた。

 

「好奇心には抗わない主義なの」

 

キラリと輝く笑みを向けられ、来宮はただ項垂れる。八割は絶品なのだ。それを作るだけの腕と味覚、戦闘でも遺憾なく発揮される審美眼、ほぼ確信犯だった。

 

「あ、そうそう、そろそろ付き添いの娘が来る頃よ」

 

ふと、加古が思い出したように言葉にする。

 

「付き添いですか?」

 

夢といい、今といい、疑問符を浮かべる機会が多いと、内心呟く。

 

「ええ、倒れさせちゃったお詫びにね、連絡しておいたのよ」

 

彼女がウィンクして見せたそのタイミングで、作戦室の扉が開く。

 

 

 

「キノさ〜ん、生きてる〜?」

 

 

 

聞き慣れた緩やかな口調と共に、国近がヒョコリと顔を覗かせた。

 

 

 

 

 

 

「すいません、お邪魔しました」

 

「かまわないわ、あなたならいつでも歓迎よ、もちろん柚宇ちゃんもね」

 

「はい、またきますね〜」

 

入り口で挨拶を交わし二人がそこを後にする。

 

「加古さん、お疲れ様です」.

 

その背中を見送ると、後ろから声をかけられる。

 

「あら、お帰りなさい、双葉」

 

「今回は、あまり勧誘しないんですね」

 

振り返り小さな部下へ体を向ければ、そんな疑問を黒江が口にする。

 

「無理よ」

 

呟く表情が硬さを帯びる。

 

「え?」

 

隊長のその様子に思わず聞き返す。

 

「昼間のあれは挨拶代わり、私達だけじゃない、彼を引き込むことのできる部隊は、まずないわ」

 

「どこの隊もですか?」

 

「ええ。可能性としては影浦隊だけれど、一度太刀川隊を抜けた以上、ないでしょうね」

 

それになにより、そう言って彼女は続けた。

 

 

 

「あの執着が、彼を三門に縛り付けるもの」

 

 

無機質な廊下に、その一言がやけに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

軽快なリズムを刻み、暮れなずむ街を五両編成の車両が走る。

その車内で、来宮と国近は隣り合って席に着き、雑談に興じる。

 

「キノさんが倒れたって聞いておどろいたんだよ〜」

 

「いや、申し訳ない、ご心配おかけしました」

 

「チャーハンのワードで、アッ、ハイ、てなったんだけどね〜」

 

「察しですか、まあ、死ぬのは味覚だけですからねぇ」

 

周囲を気遣い、会話は自然と声を潜めたものになった。囁くような声量が互いの耳をくすぐる。

 

「……でも本当、なんにもなくてよかったよ」

 

ぽつりと零れた言葉がチクリと刺さる。原因は馬鹿馬鹿しくとも、心配させたのは事実だった。

 

「ありがとうございます」

 

来宮の礼に国近が目をパチクリさせる。

 

「心配してくれて、ですよ」

 

謝るよりも、感謝を伝えた方が喜ばれるだろうか?そう考えての一言だった。

 

「照れくさいですな〜、ちょっと大袈裟だよぉ?」

 

頬を赤らめて笑う彼女に、来宮はかぶりを振る。

 

「そんなことありません、心配してくれる人がいる、それってけっこうホッとするんですよ?」

 

柔らかな表情の彼を見て、国近が笑みを深める。

 

「そっか」

 

なんとなく会話が途切れ、車両の刻むリズムが耳を打つ。それに合わせるように国近が、コクリ、コクリと船を漕ぎ始めた。

 

「寝不足ですか?」

 

「う〜、お昼寝はしたんだけどね〜」

 

普段に増して間延びした声。

 

「寝ていても構いませんよ?着いたら起こしますから」

 

来宮の言葉に、しかし彼女は愚図るようにかぶりを振り、それに思わず苦笑いする。

 

「幼子じゃないんですから」

 

「……なんだかねぇ……もったいなくってぇ」

 

「もったいないって、何が減るわけでもないんですから」

 

 

 

「…………減るんだよ?」

 

 

 

呟いて国近が来宮を見つめる。眠気のためか、はたまた別の理由か、潤んだ瞳がやけに澄んで見えた。

 

 

 

「有限なの、私も、あなたも、時の中に在るのなら、それらは全て有限なの、だから少しでも、あなたといたいの」

 

 

 

不意打ちにトクリと心臓が加速する。

しかしハタと思いあたり、彼は困った笑みを浮かべた。

 

 

「トキアギトの迷宮、ラストダンジョンでのヒロインですよね?」

 

「ありゃりゃ〜、バレちゃったか〜」

 

目を瞬かせて国近がフニャリと笑う。

 

「先週、一緒に周回させられましたからね、ほら、観念して寝てください」

 

「…………コー、サンです、むねんなりぃ〜」

 

最後までネタを挟み、早々に寝息を立て始めた。

 

「まったく」

 

溜息を零す、一瞬期待した自分が少し恥ずかしい。

 

 

ゴトン

 

 

やや強く車両が揺れる。トサリと軽い音を立て、国近の頭が肩に乗った。

ほんの僅かにあった距離がなくなり、あどけない寝顔を間近に晒され、来宮は思わず固まる。

 

「…………まったく、無防備すぎますよ」

 

ゆっくりと息を吐き、硬直を解いた彼は、零した言葉とは裏腹に微笑む。

肩に温もりを感じながら、夕陽を望む車窓へと眼を向ける。

 

 

一面を染め上げる鮮やかな茜色に、来宮は穏やかに目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 


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