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鋭い風切りの音を来宮は背後に聞き、片膝を着くことで弧月の一閃を回避する。
さらに間を置かず切り返される刃を眼前にシールドを展開して受け止め、それごと弧月をアステロイドの掌底で打ち砕いた。
「っぐぅ」
黒江が衝撃に呻き、たたらを踏む。
立ち上がる動作と共に、来宮の左足がスッと前に滑り出す。足払いを思い出し、咄嗟に身構えるがそれはフェイント。下に意識を向けた瞬間、得物を作り直していた右手が掴まれ、変則の一本背負で宙へと投げ飛ばされる。
来宮が徐ろに構えをとった。落下に合わせて打ち抜くつもりだろうか?そう思考を巡らせて、黒江も1つカードを切る。
「韋駄天」
小さな身体に紫電を纏い、稲妻を連想する速度と軌道で来宮と交差、彼の右腕が切り落とされる。
「ハズした」
そう、今の一撃は決して当たりではない。韋駄天の速度は回避さえ難しい。胴体を真っ二つに割るはずの一振りだった。それを彼も理解しているのだろう。片腕の相手は、落ち着きはらった表情を崩さずに、黒江のことを静かに見据える。
「シンプルかつ強力なトリガーですね、真正面から腕を落とされるのは久しぶりです」
「よく言いますね、目で追える速度ではないんですけど」
「それを追えるようになるのが、俺のサイドエフェクトですから」
「…………つくづく規格外」
黒江が呆れ気味に溜息を吐き、でもと続ける。
「それでさえ躱し切れない、なら、次は当てます」
少女の強気な物言いに来宮は無言、受けて立つと言わんばかりに再度構えををとった。
それに応えるように黒江も居合いに似た構えをとり、一歩踏み出す。
その場で弧月が抜き放たれ、飛来したのは旋空、伸びる斬撃だった。
来宮は韋駄天に備えたことで一瞬反応が遅れるが、加速した感覚によって難なく宙へと身を躱す。残った左手に青白い球体を作り出したのを見てとって、黒江が動いた。
「韋駄天」
その言葉をキーに再び紫電を纏う。設定する軌道は、来宮の周囲をやや広く取り巻き交差するもの。グラスホッパーが間に合ってもダメージは入る。そう確信して高速斬撃を起動させた。
ボッボボッボ
直後にノッキングする鈍い破裂音が鳴り、高速機動が解かれる。
仕掛けたはずの黒江。そのトリオン体に無数の穴が穿たれ、来宮は無傷で着地する。
いったい何がと、彼女が視線を巡らせれば、空中に僅かに漂うアステロイドの残弾を見て、低速の散弾に自ら突っ込んだことを悟った。
『トリオン体活動限界、ベイルアウト』
ボスンとマットに落ちると同時に、ブースのディスプレイから来宮の声が届く。
『いくら強力であれ、それが単純であるなら対応策もまた単純、そのトリガーに大切なのはタイミングです、これで終わりにしますか?それとも「やります」
食い気味の返答。
「分かりました、まあ偉そうに言っても、俺も右腕もってかれちゃいましたし」
勉強会と行きましょうか
その言葉に黒江も頷く。
「はい、お願いします」
2人の模擬戦は暫く続いた。
*
「どうぞ、ココアでよかったですか?」
「あ、はい、ありがとうございます」
来宮は自販機で購入したココアを黒江に差し出し、彼女がお礼とともに受け取る。
「すみません、奢っていただいて」
「いえいえ、ここは年長者が持つところです」
ぺこりと頭を下げる彼女を手で制し、来宮が笑みで答えた。
「この光景、今日はよく見るなぁ」
独り言ちた米屋が歩み寄る。
「米屋さんのもありますよ」
「おっ、マジすか、やりー」
彼が微糖のコーヒーを受け取りニヘラと笑うのを横目に、来宮も同じものを購入して口をつける。
「いい時間ですね」
ランク戦室に設けられた時計を見やり、来宮がつぶやく。
「あー、腹減ってきたと思ったらそんな時間すか」
「日曜の食事時、空いてるお店もそうないでしょうし、ふむ、どうしますかね」
「あっ、それなら大丈夫です」
思案する男性陣に黒江が声をかける。2人が彼女に顔を向けた。
「黒江、どっかアテがあんのか?」
「はい、ちょうど来る頃かと」
「来る?いったい誰が……」
黒江の言葉に米屋が疑問符を浮かべる。
一連の会話を聴き、来宮は1人苦笑いを零した。このシュチュエーション。目の前の少女、そして自分がいるとくれば、あの人だろう。
「あら?少し遅かったかしら?」
背後から気品のある女性の声。それに振り返れば、予想どおりの人物がいた。
「お久しぶりです、加古さん」
「お久しぶりね、来宮くん、双葉があなたと模擬戦をするって聞いて見に来たのだけれど、間に合わなかったみたいね」
「すみません。あたしがあまり粘れなくて」
「気にすることないわ、彼とやれば私でも分が悪いもの」
黒江がシュンとして会話に加わり、そんな彼女の頭に手をのせて加古が笑みを向けた。
「この子、どうだったかしら?」
加古の問いに来宮は口元に手をあてる。思考は数瞬。
「トリオンはそこそこ、動きを見るに身体能力は上々、トリガーの扱いにも順応していますし根も素直です。これからの伸びも期待できます。あなたが隊に引き入れるだけの才能はありますね」
「そう、それはなによりね」
加古が意味深な眼差しを向けてくる。
釘は刺しておきますか。
「いくら優秀で素直な子がいても、俺が加古隊に所属することはありませんからね?」
「そう言うと思ったわ」
来宮の言葉に動じずに返す。自信に満ちた笑みの横に星が見えたのは気のせいに違いない。
「あー、お取り込み中悪いんすけど」
今まで蚊帳の外だった米屋が手を挙げる。視線が集まった所で黒江に確認を取った。
「メシの話で誰が来るって言うのは加古さんで間違いないんだな?」
「はい、そうですが?」
嘘であってほしい。そんな思いが冷や汗とともに滲み出るようだった。そんな望みも即座に消え去り、追い打ちとばかりに本人が頷いた。
「ああ、ちょうどお昼時なのね、分かったわ、自慢のチャーハンをご馳走するわね」
とびきりの笑顔。
米屋と来宮の頬が引き攣る。確率2割とはいえ、そんな心臓に悪い食事は出来れば避けたかった2人だった。