背後に佇む三日月と   作:303

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黒江双葉①

ランク戦室に足を踏み入れた黒江双葉は、普段と異なるざわつきに辺りを見回す。

 

「あれ、A級の米屋先輩だよな?」

 

側にいたC級隊員の会話が彼女の耳に入る。

 

「てか相手誰だよ、槍がほとんど当たらねーじゃん!」

 

「来宮さんよ、ほら元太刀川隊の」

 

「ああ、太刀川さんと出水先輩についてけなくてやめたっていう?」

 

「んなテキトーな噂真に受けんなよ、アレを捌く時点で来宮って人もバケモンだろ」

 

 

黒江もよく知る米屋の名前に、フロアの大型モニターを見上げた。

 

米屋が槍を構えるのに対して、来宮と呼ばれたロングコートの青年が無手で踏み込む。

 

「スコーピオンかな?」

 

自由に出し入れ変形が出来る軽量のブレード、その使い手と予想したが、あっさりと裏切られることとなる。

来宮はあろう事か、なんの武装も展開せずに槍の間合いに飛び込んだ。

黒江が無茶と思ったのも束の間、当の本人は次々と刺突を回避していく。さらにもう一歩踏み込むと引き戻される槍の持ち手を掴み取り、そのまま左手で掌底を叩き込む動きを見せた。

トリオン体に素手なんて馬鹿なと、黒江が思ったまさにそのタイミングだった。

 

 

掌が触れる瞬間、トリオンの光が迸り、米屋の胴が消し飛んだ。

 

 

「……何よそれ」

 

 

自分の呟きが、間の抜けたものに聞こえた。

 

 

「掌からトリオンの光……シューター?……!」

 

先程の光景を反芻し、ハタと思い出す。自分達を率いる隊長が再三勧誘した、アタッカーの間合いで戦う異質のシューター。それが彼、来宮静間だった。

 

 

 

 

 

 

「いやー、負けたのに奢ってもらって、悪いっすね〜」

 

「いえいえ、こういうのは年長者が持つものですから」

 

30戦もの戦闘を終えて、来宮と米屋の2人は缶コーヒー片手に席に着く。目を向けたモニターには22−8の表示、来宮の圧勝だった。

 

「まいったなー、幻踊が擦りもしねーし、知覚感覚加速でしたっけ?ずるくないっすか?」

 

「使える物は使ってこそです。それに、良いことばかりでもないんですよ?」

 

「例えば?」

 

愚痴をこぼす米屋の問いに、肩を竦めて来宮が続けた。

 

「このサイドエフェクトは、平たく言えば世界をスローモーションで感じとる能力です。そこまではいいですか?」

 

「まあ、そう聞いてますね」

 

「この能力を使うとその特性上脳が疲労します。意識の集中でオンオフが効くんですがね、そこが問題なんです」

 

「オンオフ効くのが問題っすか?寧ろ逆じゃ?」

 

「過度の疲労を避けるため、オンオフを繰り返す。高速道路から降りると車は遅く感じます。逆もまた然りです。ようはその繰り返しになるんですよ」

 

あー、と米屋は察して声を漏らし、来宮が頷く。

 

「ええ。体感速度に振り回されるので、戦闘中は切り替えなんてとてもできません。常時集中しっ放しですね」

 

「…………なるほど、それはしんどい」

 

ただでさえ集中する戦闘時、その中でさらに集中を強いられる副作用。息の詰まるその能力に、米屋は乾いた笑いを浮かべた。それを横目に来宮はコーヒーを一口含む。

 

 

 

「米屋先輩」

 

 

 

澄んだソプラノが耳に入る。

聞き慣れぬ声に顔を向けると、薄い色合いの髪を二つ結びにした少女が、2人に歩み寄ってきた。

 

「よお、黒江」

 

「どうも」

 

米屋が気の抜けた笑みで声を掛ければ、黒江と呼ばれた彼女もぺこりと頭を下げる。幼さを残す姿とは裏腹に、仕草から落ち着いた印象を受ける。

 

「米屋さん、彼女をご存知で?」

 

「ん?、あー、来宮さんシフト組みまくってるし、何気に今が初対面っすね、まず自己紹介だな」

 

「あ、ですね」

 

来宮の様子に納得した米屋が黒江に促し、彼女もそれに頷いた。

 

「加古隊所属の黒江双葉です、よろしくお願いします」

 

「これはご丁寧に、ソロ隊員、来宮静間です、こちらこそよろしくお願いします、黒江さん」

 

「あ、えっと、あたしの方が全然年下ですし……」

 

どう見ても年上の相手からの丁寧な対応。それに戸惑う黒江に助け船を出す。

 

「気にしないでください、俺はこれが素ですから、ね、米屋さん」

 

「あー、この人、俺より上だけどこんな感じだからなぁ、言う通り気にするだけ損だぜ?」

 

諦めが滲み出る米屋の言葉に、黒江は素直に従う。

 

「分かりました」

 

落ち着きを取り戻した彼女に、来宮が一つ問いかけた。

 

「こちらには何か用事が?」

 

「バトんならつきあうぜ?」

 

「こらこら、後輩まで獲物にしないでください」

 

便乗してニヤリと提案する米屋を嗜める。

 

「いえ、それで構いません」

 

そんなやり取りに黒江は静かに答えて、来宮に視線を向ける。

 

「来宮さん、あたしと模擬戦やりませんか?」

 

きょとんとした来宮が、思わず彼女を見返した。

 

「来宮さん、黒江のやつ、けっこー強いっすよ?」

 

横からの米屋の言葉に感心し、ほう、と声を漏らす。ボーダーきっての槍の妙手。その彼の評価だ、確かなのだろう。

来宮の表情が、普段の落ち着きはらったそれになり、改めて黒江へ視線を向けた。彼女の表情はいたって平静、その目にほんの僅かに好奇心が見え隠れする。

 

覗かせた年相応な部分にクスリと笑うと、手元のコーヒーを飲み干し、ロングコートを軽く払う。

 

 

 

「分かりました。受けて立ちましょう」

 

 

 

穏やかな声音で応えて、彼は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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