背後に佇む三日月と   作:303

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米屋陽介①

ボーダー本部。その中の無機質な廊下を歩くこと約数分。ロングコート調の隊服を靡かせ、太刀川慶は自らが率いる隊の作戦室へたどり着く。

 

 

 

「おっ、来宮か?」

 

扉が開くと、最近訪れる機会の減った元部下が、いつもより整頓されたソファに横たわっていた。

かけた声への返答はない。どうやら寝ているらしい。

ふと隅に置かれた蟹型の時計に眼をやると、液晶は0:24を表示していた。

 

「徹ゲー強制参加、第1犠牲者ってとこだな」

 

独り言ちて、オペレータールームへ顔を覗かせれば、予想どおりの2人がゲームに興じていた。

 

「よお出水、国近、盛り上がってんなぁ」

 

「お疲れ太刀川さん」

 

「おかえり〜、太刀川さん、防衛任務お疲れさま〜」

 

2人が画面を注視しつつ挨拶を返す。国近の目元がやや赤い。プレイ中のソフトから、ソファに沈んだ人物にまた懲りずに挑んだらしい。

 

「はい、きまり〜」

 

「ちょっ、確殺コンボとか!?」

 

『You win』

 

アッサリ勝ちを決めた国近が、太刀川へコントローラーを寄越す。

 

「太刀川さん、ちょっとだけよろしくね〜」

 

「んあ?」

 

訳もわからぬままそれを受け取ると、引っ張り出した毛布を手に、国近はいそいそとソファへと足を向ける。

 

「……偶にじれったくなるんだよねー、あの2人」

 

出水が国近の背中を見やりそう零す。

 

「なにがどーしてだ?」

 

口にした太刀川の様子に、こういう所も残念だなと苦笑いをして、彼はソファの方を示した。

 

「あれ見ればわかりますって」

 

その言葉に倣い、太刀川はそちらへ視線を向けた。

 

 

 

毛布を抱えた国近は、それをそっと来宮へかける。

普段はしないであろうその行動に、彼女自身で違和感を感じ、しかし、この人なのだから別にいいかと、よく分からない納得をする。

 

「きれいだよねぇ」

 

掠れる様な小さな呟き。

 

自分の漏らした言葉にも気付かないまま、ジッと彼の観察を続ける。

ミディアムヘアの黒髪は、癖など一つもなく、部屋の明かりを仄かにはじくほど艶やかで、そこから覗く顔立ちは中性的。眠っているせいだろうか?普段の落ち着きが抜け落ちて、ほんの少しだけ幼く見える。

 

彼の髪に、彼女の指先がそっと触れた。

 

サラリとした心地よい手触りに、思わずトロンと表情が綻ぶ。

 

「今日は、ありがとうね」

 

自分と男の子を庇ったスラリとした背中。文句を漏らしつつ、困った様な笑みでゲームに付き合う横顔。それらを思い出しながら、返事のないお礼を一つ紡ぐ。

言葉に反応するように、不意に来宮が身じろぎをした。国近の肩がビクリと跳ねる。

 

「…………起こしちゃったかな?」

 

囁く問いかけに返されるのは、微かに聞こえる寝息だけで、国近はホッと息を吐いた。

 

 

 

「ね?」

 

出水の声に、あー、と間延びした声を漏らし、太刀川が続ける。

 

「国近のやつ、あんなだったか?」

 

「いや、わりと最近だったと思うよ、ほら、来宮さんが隊抜けた辺りから、あの人限定で偶に甲斐甲斐しくなるんだよねー柚宇さん」

 

気づかなった事実に太刀川は頬を掻く。

 

「食う、寝る、ゲームのあの国近が片思いとはなぁ〜」

 

「いやいや、逆だって太刀川さん」

 

「……なに?」

 

思わず部下に聞き返す。それに乾いた笑いを浮かべて隊長に答えた。

 

「少なくとも柚宇さんのあれは自覚がない、むしろ来宮さんのほうがいろいろ気にかけてる感じだね」

 

「マジか!」

 

「来宮さんはみんなに優しいけど、柚宇さんには輪を掛けてだからなー。自覚してくれるまで見守るね、あの人は」

 

「なぁ、出水」

 

「なに?太刀川さん」

 

微妙な空気が2人に流れる。

 

「…………自覚すると思うか?」

 

「…………見てる側としてはしてほしいかなーと」

 

そこへ問題の人物が戻って来る。

 

「およ?2人ともどうしたの〜?」

 

小首を傾げる国近に、2人は苦笑いで返すしかなかった。

 

 

 

「すいません、朝までソファを占領してしまって」

 

「無理言ったこっちが悪いんだし気にしないよ〜。それに用事あるんでしょ〜?」

 

明る日曜日の朝。眼を覚ました来宮は国近と言葉を交わす。

 

「槍バカの呼び出しでしょ、偶には無視してもいいんじゃないですか?」

 

「いやいや、米屋さんに悪いですよ」

 

「ま、休みは好きに過ごすのがいいだろ」

 

出水と太刀川も顔を出すが、3人とも眼を瞬かせている。どう見ても徹ゲー明けの様子に苦笑いして作戦室を後にした。

 

 

ラウンジで朝食を済ませ、隊服へ換装した来宮はランク戦室に顔を覗かせる。

 

「おーい、来宮さん、こっちこっちー」

 

するとカチューシャをした少年、米屋陽介がそれ目敏く見つけて呼び寄せる。

 

「さすがに早いっすね、来宮さん」

 

「そう言う米屋さんも早いじゃないですか」

 

「そりゃもちろん、久々にバトれるんだから待ちきれませんて」

 

「…………本当に好きですね、模擬戦」

 

ニンマリと笑顔を向ける米屋、その相変わらずのバトルジャンキー振りにやや呆れる。

 

「米屋さんはどのブースに?」

 

「俺は253で、弧月の9671、来宮さんは?」

 

「俺は、303にしましょうかね。アステロイドの10992です。始めましょう」

 

「リョーカイ」

 

言葉を交わした2人は互いにブースに入り、市街地を再現したステージへ転送される。

 

『個人ランク戦30本勝負 開始』

 

 

模擬戦の幕が上がる。

 

 

 

相対した2人が同時に構える。

米屋は右手に槍を持ち、来宮は無手のまま半身になる。機先を制するための数秒の膠着、弾かれるように踏み込んだのは米屋だった。

 

槍の一突きが空を切り裂き、一直線に来宮の首元へ迫る。来宮はわざと体を右へ振り、スローの視界で槍がグニャリと曲がる様を確認した上で、すぐさま左へ切り返しながら踏み込み掌底打ちを放った。

互いの攻撃が外れたことを確認するや、来宮はトリオンキューブを握り消して一歩下がり、米屋は槍を引き戻して連撃をくりだす。

怒涛の突きを前に、来宮は余裕を崩さない。迫る穂先を加速した知覚と感覚を駆使してユラユラと避け、それが無理となれば、手の甲で持ち手の先端を打ち軌道を逸らす。

幾度となく繰り返される突きの嵐に、不意に綻びができた。

 

すかさず来宮が足払いで米屋を崩し、間髪入れず掌底を打ち降ろす。

 

「終わりです」

 

確信を持った来宮の言葉。

 

「……と思うじゃん?」

 

返ってきたのは挑発的な笑み、

米屋の体の影から左腕が突き出され、その先には2本目の短槍が閃く。

 

「グラスホッパー」

 

鋭い突きがコートの胸を穿つ直前、グラスホッパーがその隙間に現れ、来宮自身を真上に打ち上げることで一撃を逃れた。

 

「逃がすかよ!旋空」

 

米屋が跳ね起き、追撃に伸びる斬撃を振るおうとしたそのときだった。

 

 

 

 

ドドドドッ

 

 

 

 

「は?」

 

 

真下から四肢をアステロイドに撃ち抜かれ、訳も分からぬまま崩れ落ちる。

 

グラスホッパーと同時に仕掛けた置き弾だった。

 

混乱から抜けきるその前に、アステロイドの掌底が米屋に突き刺さる。

 

 

弾けたトリオンの光が、胴を貫いて地を穿った。

 

 

 

 

 


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