ランク戦室のスクリーンには、それぞれの戦闘が映し出されている。
スコーピオンで斬りかかる相手を弧月で迎え撃つ一幕。ガンナー同士が場所を変え、タイミングを計り撃ち合う銃撃戦。
仮想空間で行われるとはいえ、その臨場感は、下手なアクション映画よりもよほど見応えがある物ばかりだ。
そんな数々の戦闘の中で、一際目を惹く一戦があった。
闇夜の市街地。その空から、追尾弾が緩やかな曲線を描いて降り注ぐ。そこへ下方から別の追尾弾が溢れるように放たれた。
無数の光線は中間でぶつかり爆ぜ合い、花火の様な光景を生み出した。
撃ち合いの続く中で弾数で上回り、相手の発射点に降るのは出水の追尾弾だろう。しかし、被弾した様子は見られない……。
遮蔽物を巧みに利用し、加古は凌ぎ切ったようだ。
「さすがはトップクラスのシューター、ド派手だねぇ」
周囲の隊員達がざわめくなか、国近は緩やかに呟いた。
画面上の弾幕がせめぎ合うその真下。一人の青年が、ダークブルーのコートを揺らして駆ける。
その姿を見て、彼女は思わず目を細める。そして、じっとそのまま画面を眺め続けた。
*
『加古さん、やっぱり少しづつ詰めてきてるね』
『ええ、その様ですね』
内部通話により、出水と来宮は言葉を交わす。
前者は光弾を放ちながら、後者は敵陣へと踏み込みながらも淡々と情報を擦り合わせる。
『範囲攻撃はこっちに分があるし、釣り出してミドルかクロスで各個撃破ってところかな?』
来宮は小さく頷く。
『ですね、黒江さんもレーダーから消えてますし。選択肢が絞られる分、以前よりはマシでしょう。だからこそ、こちらも敢えて乗った訳ですし……』
前回のチーム戦は、かつてのA級ランク戦。こちらは主力のアタッカーが、あちらは戦術の幅を広げるトラッパーがそれぞれ不在。限られる戦術の中で、確実な勝ち筋を模索する。
『!……っ』
その最中、出水が通信越しに息を詰める。
『公平さん……!』
『あー、こっちに黒江が来た。このままこっちで抑えとくから、加古さん任せていい?』
自らを使った陽動。その用い方は、どうやら予想とは違ったらしい。いつもと異なる展開に、若干の戸惑いを滲ませて出水が言う。
来宮は相手に頷き言葉を返す。
『分かりました。こちらは加古さんにこのまま仕掛けます。出水さん、くれぐれも無理はなさらないように』
『了解、黒江は機動力あるし、前掛かりにならないようにしとくよ』
通信を終えてそれぞれに意識を切り替える。
そのタイミングで、来宮にも変化が襲う。
家屋を飛び越え、山形に光弾が降り注ぐ。
一つ一つは小さく威力も低そうなものの、そのサイズに反比例して弾数が多い。
「シールド」
回避は困難と判断して、ドーム状のシールドを展開。弾丸の雨をやり過ごす。
数秒ほどでほぼ全てを防ぎ切り、シールド全体に亀裂が走ったとき、引き伸ばされた聴覚が電子的な音を拾った。
即座に音源へと振り向く。
長髪を靡かせ、右腕を振り抜こうとする加古が、来宮の眼前に現れていた。
テレポーター……!
僅かな驚きを呑み込み、表情は変えない。
彼女の右手に閃く光刃。それがシールドを砕いて迫る。刀身の腹を左の手刀で叩き逸らし、反撃のために一歩踏み込む。
「あら?……いいのかしら?」
不敵な笑みに添えられた言葉。
直後に右方の家屋から、数十発のハウンドが飛び出す。来宮は置き弾の射線からグラスホッパーで一足に離脱。誘導半径からギリギリで逃がれるが、代わりにそこは加古の距離だ。
「ハウンド」
泡沫を思わせる独特の待機形態から、追撃の弾丸が放たれる。
「グラスホッパー」
可能な限り弾丸を引きつけ、持ち前の機動力で置き去りにして再度踏み込む。それを目に加古も負けじと次弾を繰り出せば、来宮もアステロイドの散弾で数割を相殺。弾幕に穴を開けてそこへ跳び込む。
画面に映されるのは、自在に疾る追尾弾と、それを掻い潜る立体の高速機動。そのせめぎ合い。
息もつかせぬ華やかな攻防は、ランク戦室の隊員達を、一層惹きつけていった。
*
「ありがと、お陰で私たちも楽しかったわ」
「いえいえ、こちらこそ、有意義な時間でした」
ボーダー特有の無機質な廊下。そこで満面の笑みで加古が感謝を口にし、来宮が穏やかに言葉を返す。
「夕食には少し早いけれど、せっかくだし、ウチの作戦室にどう?」
感謝に続くその提案に、来宮はゆるりとかぶりを振った。
「先日ご馳走になったばかりですから、今回は俺に奢らせてください」
「そう?……それじゃあお言葉に甘えるわね」
苦笑いで返答した彼に、小首を傾げて加古も応える。
彼女の視界の外で、出水と国近が小さく喜んだ。来宮は、本人には黙っておこうと内心で呟く。
「5人かぁ……キノさん、お店はどかにしよっか〜」
国近の質問に、口元に手を当て数瞬思案する。
「寿寿苑はいかがでしょうか?」
「……お、いいねぇ焼き肉!」
出水が表情を緩めて頷くが、加古が疑問符を浮かべる。
「あら?女子3人にガッツリ系を勧めるの?」
「お嫌いでしたか?」
「いいえ、私は嫌いじゃないわ」
らしい返しを目に苦笑いを浮かべ、それにと来宮が付け足す。
「最近は、チーズやパクチーといった、女性向けの系統もメニューに追加されていた筈ですから、そのあたりも問題はないかと」
強運で知られる店は、流行りにも乗り強かに営業しているらしい。
「わたしもOKだよ〜。黒江ちゃんはどう?」
「はい、大丈夫です」
国近の緩い問い掛けに、黒江は淡々と頷いた。
「では、今日の打ち上げと参りましょうか」
否定が無いことを確認し、悪戯っぽく来宮が言う。
そうして彼が歩き出せば、4人もその後に続く。
明日への英気を養うべく、5人は街へと繰り出した。