これ以上こねくり回すと中身が崩れそうだったので、そうなる前に投下です。
柚宇ちゃんはさ、好きな人とかいたりしないの?
そんなことをクラスメイトの女子に聞かれたのは、この日の昼休みのことだった。
彼女からすれば唐突な言葉。
国近柚宇は、そんな質問にコテンと首を傾げる。
「?、またまた急なハナシだね〜」
どうしたの?と彼女が問えば、明らさまなため息が一つ。
なぜだか呆れられてしまう。
「……まさか、本気で言ってる?」
クラスメイトは訝しむように眉をひそめ、低めた声音で質問を重ねる。
その言葉に、コクリと一つ頷いた。
その仕草に返されるのは、さらに盛大なため息。
「まったく、この娘ときたら……」
「…………なんだか今ちゃんみたいだね〜」
「そんな答え聞かされたら、結花ちゃんだって他の女子だってみんなおんなじだってば!」
よくわからないまま茶化してみれば、ピシャリと言葉尻に噛み付かれた。勢いのまま、彼女は国近に告げる。
「もうすぐバレンタインでしょ!」
チョコをあげたい相手はいないの?
そう問われ、ああ、と間の抜けた声が零れる。
「…………そういえば、そうだったねぇ〜」
普段の眠たげな目を僅かに開けて、呑気な調子で国近は返した。
*
「渡したいひとか〜」
翌る日のとある寝室に、緩い声がポツリと零れた。
国近は、宙に溶けた言葉を反芻する。
「……う〜む」
気の抜けるような唸りを一つ。
部屋の沈黙に耳を傾けながら、ポスリとベットに身を投げた。
昨日の帰り道。彼女はクラスメイトの言葉を切っ掛けに、スルーしていた街並みに目を向けてみた。
コンビニ、広告、期間限定のお菓子のパッケージ。ソーシャルゲームのクエスト等……。
最後の例はともかく、街のいたるところに、バレンタインの要素がちりばめられていた。
食う、寝る、ゲーム。そんな流れで生活を送る彼女には、毎年他人ごとのように感じられていたイベント。
どこかソワソワした同年代の女子、一喜一憂する男子。 幸せそうに、照れ臭そうに、そんな雰囲気で歩くカップル。
気にも留めなかったはずのそれらが、1度引っかかると、途端にそうはいかなくなった。
「誰に、かぁ……」
再び呟き、ぽけっと天井を眺めてみる。
数十秒か、数分か…………。白い壁紙に透けて浮かぶのは、いつも見上げる黒髪の彼。
口の形だけが、その名前をそろりとなぞった。
気恥ずかしさから音にはならない。
嫌いじゃないけど、どんな好きかがわからないなぁ
キュッとパーカーの胸元を掴み、国近は内心で呟きを零す。
恋愛経験など殆どない。
一度だけ、幼少の頃にあったそれは、単なる憧れにすぎなかったのだし。
……わからない。わからないのだけれども、強いて誰かに作るのであれば……。
「やっぱり、キノさんかなぁ……」
声に出せれば、彼女の内にストリとおちた。
苗字も、名前も、あの人を呼ぶにはなんだかむず痒い。
「っ……んしょ」
ゆったりと起き上がり、彼女はググッとのびをする。
「よぉし、せっかくだし、作ってあげようではないか〜」
意識して出した緩い口調。それに自身で気づかぬフリをし、国近は部屋を後にした。
*
料理本、ネットのレシピとその他諸々。
あれやこれやと引っ張り出す。
凝ったもの、小綺麗なものは見つかるものの、そのどれもが彼女のレベルでは尻込みするものばかりで、国近はどうするべきかと小首を傾げた。
料理上手の加古などならば話は別だろう。しかし、国近はそのレベルには到底及ばない。当然それだけ選択肢も狭まる。
「……うーん、ぶなんにいくべきなのかなぁ」
彼のことだ、多少の失敗は笑って許してくれるだろう。けれども、やるからにはきちんとしたものを贈りたい。
いくつかの案を思い浮かべ、パステルカラーのメモ帳に書き出してみる。
結局、ある程度のもので妥協した。
それでも少し背伸びをしたのは否めないが、そこは彼女の意地だろう。
材料を揃えて、国近は作業に取り掛かる。
ぎこちない手つきでチョコを刻み、湯煎をし、おっかなびっくりに型に流す。
どう渡そう?
どんな顔をするんだろう?
いつもの穏やかな表情?それとも、趣味の時の子供っぽい笑顔?
ちょくちょく思考が横に逸れる。
些細なことさえ浮かび上がり、それらがぐるぐると巡っていく。
…………案の定、何度か危うくミスをしかけた。らしくもなく慌ててしまい、普段のマイペースは見る影もない。
アレだけは絶対に内緒にしよう……!
本題からはややズレた小さな決意。それを固めて、彼女は改めて作業に集中していく。
そうしてできた完成品。それにキレイに包装を施せば、自分にしては上手くできたと、国近はひとつ頷いた。
*
コツリコツリと無機質な廊下に靴音が響く。
自身のそれを聞きながら、来宮静間は、思考を巡らせる。
弟子との鍛錬、玉狛の彼らの今後。 やや俯き、口元に手を添え歩調が緩まる。
「尊さんと修さんのマッチアップも、そろそろありですかね……」
来宮は独り言ちる。
実力の近づきつつある二人だ。互いにいい刺激になるだろうと、一人納得して頷いた。
思考に区切りをつけ、視線を前に戻した時だった。
見慣れた赤茶の髪が視界に入る。
どこか落ち着かない雰囲気。はてと思い、声をかける。
「ユウさん、どうしました?」
彼の声に、国近の肩が小さく跳ねた。あっと微かな声が零れる。
「…………キノさん、おつかれ〜」
零れた声から何秒か
間を置きこちらを呼ぶ彼女は、相変わらずのパーカー姿。
ほんの一瞬、緊張した表情が見えたが、声音同様、緩やかなものにスルリと変わる。
そんな国近の様子に疑問符を浮かべれば、トタトタと、彼女は彼へと駆け寄った。
「……ほい、ど〜ぞ〜」
カバンからいそいそと取り出し、両手で差し出されたそれに、来宮は僅かに驚きを漏らす。
「……これは」
赤い包装と艶やかなリボン。仄かに香る甘い匂い。
「いつも、お世話になってるからね〜」
そのお礼だよと、戸惑う来宮にそう返す。
「ハッピーバレンタイン、キノさん」
ほんの少しだけ上擦った言葉。それに添えて、柔らかな笑みを向けられる。
「…………ありがとうございます」
チョコを受け取り、一言感謝を返した彼は、照れくさそうな笑みを浮かべた。