背後に佇む三日月と   作:303

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気の早すぎるバレンタインネタ。

これ以上こねくり回すと中身が崩れそうだったので、そうなる前に投下です。






番外編:チョコと三日月

 

 

 

 

柚宇ちゃんはさ、好きな人とかいたりしないの?

 

 

 

 

そんなことをクラスメイトの女子に聞かれたのは、この日の昼休みのことだった。

 

 

彼女からすれば唐突な言葉。

 

国近柚宇は、そんな質問にコテンと首を傾げる。

 

 

「?、またまた急なハナシだね〜」

 

 どうしたの?と彼女が問えば、明らさまなため息が一つ。

 

 なぜだか呆れられてしまう。

 

「……まさか、本気で言ってる?」

 

クラスメイトは訝しむように眉をひそめ、低めた声音で質問を重ねる。

 

 その言葉に、コクリと一つ頷いた。

 

 

 その仕草に返されるのは、さらに盛大なため息。

 

「まったく、この娘ときたら……」

 

「…………なんだか今ちゃんみたいだね〜」

 

「そんな答え聞かされたら、結花ちゃんだって他の女子だってみんなおんなじだってば!」

 

 

 よくわからないまま茶化してみれば、ピシャリと言葉尻に噛み付かれた。勢いのまま、彼女は国近に告げる。

 

「もうすぐバレンタインでしょ!」

 

チョコをあげたい相手はいないの?

 

そう問われ、ああ、と間の抜けた声が零れる。

 

 

 

 

 

「…………そういえば、そうだったねぇ〜」

 

普段の眠たげな目を僅かに開けて、呑気な調子で国近は返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「渡したいひとか〜」

 

 

 翌る日のとある寝室に、緩い声がポツリと零れた。

 

 

 国近は、宙に溶けた言葉を反芻する。

 

「……う〜む」

 

気の抜けるような唸りを一つ。

 

部屋の沈黙に耳を傾けながら、ポスリとベットに身を投げた。

 

昨日の帰り道。彼女はクラスメイトの言葉を切っ掛けに、スルーしていた街並みに目を向けてみた。

 

コンビニ、広告、期間限定のお菓子のパッケージ。ソーシャルゲームのクエスト等……。

最後の例はともかく、街のいたるところに、バレンタインの要素がちりばめられていた。

 

 食う、寝る、ゲーム。そんな流れで生活を送る彼女には、毎年他人ごとのように感じられていたイベント。

 どこかソワソワした同年代の女子、一喜一憂する男子。 幸せそうに、照れ臭そうに、そんな雰囲気で歩くカップル。

 気にも留めなかったはずのそれらが、1度引っかかると、途端にそうはいかなくなった。

 

 

「誰に、かぁ……」

 

 再び呟き、ぽけっと天井を眺めてみる。

 

 数十秒か、数分か…………。白い壁紙に透けて浮かぶのは、いつも見上げる黒髪の彼。

 

 

 

 

 口の形だけが、その名前をそろりとなぞった。

 

 

 

 気恥ずかしさから音にはならない。

 

 

 

嫌いじゃないけど、どんな好きかがわからないなぁ

 

 

 キュッとパーカーの胸元を掴み、国近は内心で呟きを零す。

 

 恋愛経験など殆どない。

一度だけ、幼少の頃にあったそれは、単なる憧れにすぎなかったのだし。

 

……わからない。わからないのだけれども、強いて誰かに作るのであれば……。

 

 

 

「やっぱり、キノさんかなぁ……」

 

 声に出せれば、彼女の内にストリとおちた。

 

 

 

 苗字も、名前も、あの人を呼ぶにはなんだかむず痒い。

 

「っ……んしょ」

 

ゆったりと起き上がり、彼女はググッとのびをする。

 

 

「よぉし、せっかくだし、作ってあげようではないか〜」

 

 

 意識して出した緩い口調。それに自身で気づかぬフリをし、国近は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 料理本、ネットのレシピとその他諸々。

 あれやこれやと引っ張り出す。

 

 凝ったもの、小綺麗なものは見つかるものの、そのどれもが彼女のレベルでは尻込みするものばかりで、国近はどうするべきかと小首を傾げた。

 

料理上手の加古などならば話は別だろう。しかし、国近はそのレベルには到底及ばない。当然それだけ選択肢も狭まる。

 

「……うーん、ぶなんにいくべきなのかなぁ」

 

 彼のことだ、多少の失敗は笑って許してくれるだろう。けれども、やるからにはきちんとしたものを贈りたい。

 

 いくつかの案を思い浮かべ、パステルカラーのメモ帳に書き出してみる。

結局、ある程度のもので妥協した。

 

 それでも少し背伸びをしたのは否めないが、そこは彼女の意地だろう。

 

材料を揃えて、国近は作業に取り掛かる。

 

 

 

 ぎこちない手つきでチョコを刻み、湯煎をし、おっかなびっくりに型に流す。

 

 

 

どう渡そう?

 

どんな顔をするんだろう?

 

いつもの穏やかな表情?それとも、趣味の時の子供っぽい笑顔?

 

ちょくちょく思考が横に逸れる。

 

些細なことさえ浮かび上がり、それらがぐるぐると巡っていく。

…………案の定、何度か危うくミスをしかけた。らしくもなく慌ててしまい、普段のマイペースは見る影もない。

 

 

アレだけは絶対に内緒にしよう……!

 

 

本題からはややズレた小さな決意。それを固めて、彼女は改めて作業に集中していく。

 

 

 

 

 そうしてできた完成品。それにキレイに包装を施せば、自分にしては上手くできたと、国近はひとつ頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 コツリコツリと無機質な廊下に靴音が響く。

 

 自身のそれを聞きながら、来宮静間は、思考を巡らせる。

 

 弟子との鍛錬、玉狛の彼らの今後。 やや俯き、口元に手を添え歩調が緩まる。

 

「尊さんと修さんのマッチアップも、そろそろありですかね……」

 

来宮は独り言ちる。

実力の近づきつつある二人だ。互いにいい刺激になるだろうと、一人納得して頷いた。

 

 

 

 

 

 

思考に区切りをつけ、視線を前に戻した時だった。

 

見慣れた赤茶の髪が視界に入る。

 

どこか落ち着かない雰囲気。はてと思い、声をかける。

 

 

「ユウさん、どうしました?」

 

 彼の声に、国近の肩が小さく跳ねた。あっと微かな声が零れる。

 

 

 

「…………キノさん、おつかれ〜」

 

 

 

 

 零れた声から何秒か

 

 間を置きこちらを呼ぶ彼女は、相変わらずのパーカー姿。

 

 ほんの一瞬、緊張した表情が見えたが、声音同様、緩やかなものにスルリと変わる。

 

そんな国近の様子に疑問符を浮かべれば、トタトタと、彼女は彼へと駆け寄った。

 

 

「……ほい、ど〜ぞ〜」

 

 

 カバンからいそいそと取り出し、両手で差し出されたそれに、来宮は僅かに驚きを漏らす。

 

 

「……これは」

 

 

 

 赤い包装と艶やかなリボン。仄かに香る甘い匂い。

 

 

 

「いつも、お世話になってるからね〜」

 

そのお礼だよと、戸惑う来宮にそう返す。

 

 

 

 

「ハッピーバレンタイン、キノさん」

 

 

 

 

 ほんの少しだけ上擦った言葉。それに添えて、柔らかな笑みを向けられる。

 

 

 

 

 

 

「…………ありがとうございます」

 

 

 

 

 チョコを受け取り、一言感謝を返した彼は、照れくさそうな笑みを浮かべた。

 

 

 


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