敵兵を狩らんとするラービット。直後、巨大な砲弾に半身を撃ち砕かれ、その個体からの情報が途切れた。
ブラックトリガーに比肩する大火力は、しかし、雛鳥の放った物であるらしい。
幼い
映像から砲撃の主を目にした印象は、その一言に尽きた。
若輩なりに幾人もの兵を目にしてきた。
見た目よりも歳を重ねている可能性もなくはないのだろうが、仮にそうだとしても、自分が蝶の盾を賜った時よりも下ではないだろうか?
そこまで思考を巡らせれば、隊長から作戦の変更が言い渡される。
僅かな間目を閉じ、そしてまた開く。
考えたところで無意味なことだ。
アレがどんな人間であれ、莫大なトリオンを有していることは間違いない。ならば、それを祖国の礎に変えるのが、使命を課せられた我々の必然だ。
「戦闘、開始です」
ミラの言葉を耳に、師の後に続きゲートを潜る。
金の雛鳥を捕らえるため、ヒュースは戦場へと踏み込んだ。
*
黒いゲートの消えた後には、無骨なトリオン兵ではなく、2人の人間が静かに降り立つ。
「いやはや…………やはり子供を攫うというのは、少々気が重くなりますな」
「これが我々の任務です。ヴィザ翁」
柔和な表情をした白髪の老人と、冷淡な眼をした有角の少年。2人は言葉を交わしつつ、視線を雨取へと向ける。
少年、ヒュースのマントから覗く左手が、黒い竜の鱗の様な装甲を纏う。それに続き、鎖の様に摩擦音を鳴らし、黒の欠片がその背から溢れる。
「……新型に次は、角つきですか」
彼らの姿を目に来宮が呟き、三雲の傍にレプリカの子機が顔を出す。
『もはや疑問の余地はないな。敵はアフトクラトルで間違いない』
角に酷似した受容体。トリオンの量を増加させ、その質にまで変化を及ぼすそれは、対象の戦闘能力を飛躍的に引き上げると聞かされた。
「気をつけてください! あいつらの角は……」
「角でトリオンを強化した怪人なんでしょ?
焦り口に出す三雲を遮り、小南がいつもの調子で答える。
「無傷の新型が1体残ってる。あれが絡むと面倒だ……来宮」
木崎の呼びかけに顔を向ける。
「1分やる。片付けられるな?」
彼の指示に来宮は頷く。
「ええ、もとより俺の取り残しですから」
「C級のカバーは俺と京介がやる。気にせずいけ」
「了解です」
言うが早いか、来宮は一足跳びに標的へ向かう。その背中を見送り、木崎がさらに指示を出す。
「後方の守りも踏まえて、まず銃の間合いで様子を見る。来宮が戻り次第、あいつの撹乱に合わせて崩すぞ……片割れの杖持ちにも注意しろ」
「了解」
「了解」
彼の言葉に、小南と烏丸が同時に答える。
それに呼応する様に、ヒュースの繰る黒片の群れが、玉狛第一へと放たれた。
「エスクード」
烏丸が地に掌をつければ、飾り気のない防壁が迫り出す。
壁に打ち負けた鋭利な欠片は、バチバチと砕け散っていく。
射撃が止み、烏丸と木崎がエスクードの影から身を踊らせる。双方抱えた銃で撃ち返す。
対して、ヒュースは流動させた欠片を集合させ、多角形の盾を作り出す。
角度によって受け流された弾丸は、宙に散る欠片で器用に跳弾を繰り返し、そのまま3人へ反射される。壁を躱した三方からの反撃。焦らず飛び退いた3人は、一つ一つを分析していく。
「かなり細かく動きますね。撃って壊れる感じもないすし、弾はやめときますか?」
「いや、カケラの射程が思ったより短い。接近戦を誘っている可能性もある」
「狙撃が手っ取り早いけど、この距離じゃあそれも無理よ?」
「この距離でもやりようはある。小南、おまえの一撃に繋げるぞ」
木崎の言葉に小南が頷く。
「わかったわ」
答えると同時に、彼女は大きく敵陣へ踏み込む。
*
警戒区域南部。そこでもまた、戦局に新たな動きが出る。
周囲の新型の掃討にあたっていた嵐山隊。順調に目的を遂行する彼等の前にゲートが現れ、そこから大柄の男が地に降り立つ。
ズシリと重い着地音、周囲見渡す好戦的な眼。
その男、ランバネインの瞳が、嵐山、時枝、木虎を捕らえる。
「なんだ、たったの3人か?」
言葉だけを掬い取るなら、そこに浮かぶのは侮りと落胆。
けれども嵐山は、より一層彼への警戒度を高くする。部下2人もそれは変わらない。
『充、木虎』
内部通話。隊長からの呼びかけに2人は頷く。
「……いや、油断は良くないな」
呟く敵の戦意は、欠片も萎えを見せない。むしろ3人の隙を見せまいとするの様子に、口角を吊り上げ野生的な笑みまで見せる。
「ラービットを狩る手際もなかなか……ここは1人ずつ、丁寧に仕留めていくとしよう……!」
言葉とともに、マントの下から両手が露わになる。一瞬スパークを発したそこが、機械的な様相に変化した。
掌の発射口と思しき箇所に、トリオンの光が集約される。
直後、二条の閃光が撃ちだされた。
「……っ!?」
紙一重で回避した射撃。その威力に息を呑んだのはだれだったか……。
背にした建物を粉砕し、3人の視界を爆煙が包み込む。
『2人とも無事か……!』
嵐山の声に焦りが滲む。
『わたしは無事です』
『……左腕がやられましたが、それだけです。おれもまだやれます』
木虎と時枝が順に応え、ホッと一つ息を漏らした。
これほどの威力を誇る射撃なら、次弾を放つにはある程度のインターバルがあるはずだ。
思考する嵐山の耳に、放電に似た異音が届く。
まさかとそちらに視線を向ける。
煙の隙間から覗く様に彼の瞳へ映り込んだのは、左腕を長い砲身へと変じた相手の姿。
連射ができるのか……!
明らかな追撃の姿勢。予想と異なる事実に驚愕が浮かぶ。
銃口が向けられ、その砲身の横から、数珠繋ぎに光球が連なる。
わずかな膠着を突き破り、鋭い銃声が廃墟に響いた。