宙で巨体をくねらせ、3体のイルガーが本部へ迫る。
基地外壁からは数十もの砲身が迫り出し、けたたましい咆哮が響く。
鯨にも似た敵へ向け、次々に砲弾を浴びせていくが、黒煙を上げ墜ちていくのはたったの1体。
市民、ボーダー問わず、空を見上げる多くの人々に、つい先ほどの光景が過ぎる。
あれだけの爆発。もし、あんなものを二度も受ければ……。
最悪の結果を想像し、誰かが目を背けたその時だった。
鳴り響いたのは、高く澄んだ金属音。
二条の剣閃から一拍の後、イルガーの巨躯が4つに割れた。
切り崩された残骸は、後続の個体に降りかかり、目的を果たすことなくその身を炸裂させる。
『慶! おまえの相手は新型だ。斬れるだけ斬って来い』
「了解、了解」
爆風を背に、宙で納刀した太刀川慶は、通信越しの忍田の声に応じる。
「さっさと片付けて、昼飯の続きだ」
呟きと同時に、グラスホッパーを起動し跳躍。
次の獲物に向け、彼は駆ける。
*
「流石太刀川さん、戦闘なら頼りになるねぇ」
撃ち出したアステロイドによって、前方に群がるモールモッドを一掃した出水が口にする。
「!……普通のトリガーで、自爆モードのイルガーを斬って堕としたのか……すごいな」
目の当たりにした光景。それを成した武器。
出水を背にバンダーを蹴り倒しつつ、空閑が驚きの声を漏らす。
見上げた視線のその先には、外装の一部が剥がれた本部がある。
「へぇ。向こう側から見ても、ウチの隊長はやっぱすごいのか?」
その反応に、出水が興味深いといった風に問う。
言葉の間も、分割した弾丸を繰ることは忘れない。3体のバトを両攻撃のハウンドで撃ち落とせば、それを米屋が突き仕留めた。
そんな 2人に目をやり、空閑が答える。
「ああ、アレってめちゃくちゃ頑丈だからね」
向こう側のブレードはいくつか知っている。しかし、そのどれを振るったとしても、あの芸当は容易くはないだろう。
アタッカー1位。
迅と渡り合い、一時は来宮の手綱を握っていた人物。その実力を改めて知る。
「おれのときは、引きずり堕としたかな。その方が手っ取り早い……」
「いや、……おいおい」
「あー、コッチとしちゃあ、あのデカブツを引きずり落とせる方が、よっぽどショウゲキテキだよな」
淡々とした彼の言葉に、出水が呆れ、米屋は素直に感想を漏らす。
空閑が太刀川に抱いた感情。それに近いものを、こんどは2人が空閑に向ける。
本人の力量もあるのだろうが、やはりブラックトリガーは規格外だ。
「まあ、なんにせよ、太刀川さんも新型狩りに動くっぽいし、ひとまずなんとかなりそうだな。……おれらも目の前のを片付けようぜ」
「だな」
「了解」
出水の声に、米屋と空閑も気を取り直す。迫る敵影に2人が一息に踏み込んだ。
「バイパー」
その後を追い、そして飛び越し、無数の光弾が先んじて食いつく。
「おお……こんどは曲がる弾……!こっちのトリガーは面白いな」
「おい、間違えて当てんなよ、弾バカ」
「誰が弾バカだ槍バカ。真面目にやらねーと空閑に全部掻っ攫われるぞ」
3人は着実に敵を減らす。軽口とは裏腹に。各々の目に油断はない。
*
市街地の一角、警戒区域からやや離れたそこで、2人の少女が一息つく。
時折、戦闘による地響きが鼓膜を揺らしす。
「うわー、音ヤバい。さっき本部の方超光ってたし、だいじょぶかね、これ」
夏目出穂が表情を顰める。
親友の様子に雨取は、ふと手にしたレプリカの子機に目を落とす。
「大丈夫だよ」
その声音に夏目が顔を向け、雨取が続ける。
「修くんに遊真くん。それに来宮さんや正隊員の人たちが戦ってくれてるんだから」
意気込むように、自身で頷く。
「私たちは、私たちにできることをしよう」
「もうけっこうやってるよー」
チカ子はマジメだね〜
そう漏らした夏目にクスリと笑う。
なんだかんだと言ってはいても、結局付き合ってくれるのが彼女だ。
親友のそんな一面に感謝しつつ、両手の拳をキュッと握る。
自らの言葉そのままに、一つ一つ、やれることをやっていこう。
1人ではなくなった。友達がチームメイトになり、師匠ができて戦う術を学んだ。
じっと隠れるだけが、今の選択肢ではないのだから。
「ネイバーだ!!」
叫び声に、雨取の思考が切られる。
「出穂ちゃん!」
「ヤッバ!いこうチカ子!」
僅かなやり取り。直後にともに走り出す。
そうかからずに、市民に迫るバムスターが視界に入った。
C級に戦闘はできない。でも……!
震えを払い、走る足に力を込める。
最も逃げ遅れたうちの、小さな男の子を雨取が、女の子を夏目がそれぞれ抱える。塀の上で頑として動かなかったらしい猫が、なぜか夏目の頭に飛び乗ったが、それを気にする暇はない。
「あーもー!突破されちゃってるじゃん!」
出穂の悪態を耳に、そのまま走る。
トリオンの体は生身の何倍ものスタミナを発揮し、追いすがるバムスターとの距離を保つが、一般市民はそうはいかない。このままでは他の避難者に追いついてしまう。
焦る雨取たちと、不意に3人のC級がすれ違う。
「酉の陣、
思わず2人が振り向けば、さながらアニメの一幕のように、そんな掛け声が聞こえてきた。
弧月を帯びたアタッカーが、バムスターの傍を嘲笑うように駆け抜け、目の前の獲物に当然単眼が向けられる。
視野が狭まり、そうしてできた死角から、残る2人のシューターがハウンドを放ち、そのほぼ全てが敵の目を射抜いた。
黒煙を上げ、バムスターの巨体が倒れる。
「……やれやれ、C級は戦闘禁止とか、言ってる場合じゃねーぜ……!」
シューター、甲田が得意顔で告げた。
その背後で、ガバリと残骸の口が開く。
「…………え?」
零れるのは間の抜けた声。
彼の視界に、這い出したラービットが映り込んだ。
それの顎門が開き、閃光が迸る
ドォッ
苛烈な砲撃が、C級達へと襲いかかった