背後に佇む三日月と   作:303

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大規模侵攻❺

宙で巨体をくねらせ、3体のイルガーが本部へ迫る。

 

 

基地外壁からは数十もの砲身が迫り出し、けたたましい咆哮が響く。

鯨にも似た敵へ向け、次々に砲弾を浴びせていくが、黒煙を上げ墜ちていくのはたったの1体。

 

市民、ボーダー問わず、空を見上げる多くの人々に、つい先ほどの光景が過ぎる。

 

あれだけの爆発。もし、あんなものを二度も受ければ……。

 

最悪の結果を想像し、誰かが目を背けたその時だった。

 

 

 

 

鳴り響いたのは、高く澄んだ金属音。

 

 

 

 

二条の剣閃から一拍の後、イルガーの巨躯が4つに割れた。

切り崩された残骸は、後続の個体に降りかかり、目的を果たすことなくその身を炸裂させる。

 

 

『慶! おまえの相手は新型だ。斬れるだけ斬って来い』

 

「了解、了解」

 

爆風を背に、宙で納刀した太刀川慶は、通信越しの忍田の声に応じる。

 

「さっさと片付けて、昼飯の続きだ」

 

呟きと同時に、グラスホッパーを起動し跳躍。

 

次の獲物に向け、彼は駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

「流石太刀川さん、戦闘なら頼りになるねぇ」

 

撃ち出したアステロイドによって、前方に群がるモールモッドを一掃した出水が口にする。

 

「!……普通のトリガーで、自爆モードのイルガーを斬って堕としたのか……すごいな」

 

目の当たりにした光景。それを成した武器。

出水を背にバンダーを蹴り倒しつつ、空閑が驚きの声を漏らす。

見上げた視線のその先には、外装の一部が剥がれた本部がある。

 

「へぇ。向こう側から見ても、ウチの隊長はやっぱすごいのか?」

 

その反応に、出水が興味深いといった風に問う。

言葉の間も、分割した弾丸を繰ることは忘れない。3体のバトを両攻撃のハウンドで撃ち落とせば、それを米屋が突き仕留めた。

そんな 2人に目をやり、空閑が答える。

 

「ああ、アレってめちゃくちゃ頑丈だからね」

 

向こう側のブレードはいくつか知っている。しかし、そのどれを振るったとしても、あの芸当は容易くはないだろう。

 

アタッカー1位。

迅と渡り合い、一時は来宮の手綱を握っていた人物。その実力を改めて知る。

 

「おれのときは、引きずり堕としたかな。その方が手っ取り早い……」

 

「いや、……おいおい」

 

「あー、コッチとしちゃあ、あのデカブツを引きずり落とせる方が、よっぽどショウゲキテキだよな」

 

淡々とした彼の言葉に、出水が呆れ、米屋は素直に感想を漏らす。

空閑が太刀川に抱いた感情。それに近いものを、こんどは2人が空閑に向ける。

本人の力量もあるのだろうが、やはりブラックトリガーは規格外だ。

 

「まあ、なんにせよ、太刀川さんも新型狩りに動くっぽいし、ひとまずなんとかなりそうだな。……おれらも目の前のを片付けようぜ」

 

「だな」

 

「了解」

 

出水の声に、米屋と空閑も気を取り直す。迫る敵影に2人が一息に踏み込んだ。

 

「バイパー」

 

その後を追い、そして飛び越し、無数の光弾が先んじて食いつく。

 

「おお……こんどは曲がる弾……!こっちのトリガーは面白いな」

 

「おい、間違えて当てんなよ、弾バカ」

 

「誰が弾バカだ槍バカ。真面目にやらねーと空閑に全部掻っ攫われるぞ」

 

3人は着実に敵を減らす。軽口とは裏腹に。各々の目に油断はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

市街地の一角、警戒区域からやや離れたそこで、2人の少女が一息つく。

 

時折、戦闘による地響きが鼓膜を揺らしす。

 

「うわー、音ヤバい。さっき本部の方超光ってたし、だいじょぶかね、これ」

 

夏目出穂が表情を顰める。

親友の様子に雨取は、ふと手にしたレプリカの子機に目を落とす。

 

「大丈夫だよ」

 

その声音に夏目が顔を向け、雨取が続ける。

 

「修くんに遊真くん。それに来宮さんや正隊員の人たちが戦ってくれてるんだから」

 

意気込むように、自身で頷く。

 

「私たちは、私たちにできることをしよう」

 

「もうけっこうやってるよー」

 

チカ子はマジメだね〜

 

そう漏らした夏目にクスリと笑う。

 

なんだかんだと言ってはいても、結局付き合ってくれるのが彼女だ。

親友のそんな一面に感謝しつつ、両手の拳をキュッと握る。

 

自らの言葉そのままに、一つ一つ、やれることをやっていこう。

 

1人ではなくなった。友達がチームメイトになり、師匠ができて戦う術を学んだ。

じっと隠れるだけが、今の選択肢ではないのだから。

 

 

 

 

 

「ネイバーだ!!」

 

 

 

叫び声に、雨取の思考が切られる。

 

「出穂ちゃん!」

 

「ヤッバ!いこうチカ子!」

 

僅かなやり取り。直後にともに走り出す。

そうかからずに、市民に迫るバムスターが視界に入った。

 

C級に戦闘はできない。でも……!

 

震えを払い、走る足に力を込める。

最も逃げ遅れたうちの、小さな男の子を雨取が、女の子を夏目がそれぞれ抱える。塀の上で頑として動かなかったらしい猫が、なぜか夏目の頭に飛び乗ったが、それを気にする暇はない。

 

「あーもー!突破されちゃってるじゃん!」

 

出穂の悪態を耳に、そのまま走る。

 

トリオンの体は生身の何倍ものスタミナを発揮し、追いすがるバムスターとの距離を保つが、一般市民はそうはいかない。このままでは他の避難者に追いついてしまう。

 

焦る雨取たちと、不意に3人のC級がすれ違う。

 

 

「酉の陣、輝く鳥(ヴィゾフニル)!!」

 

 

思わず2人が振り向けば、さながらアニメの一幕のように、そんな掛け声が聞こえてきた。

 

弧月を帯びたアタッカーが、バムスターの傍を嘲笑うように駆け抜け、目の前の獲物に当然単眼が向けられる。

視野が狭まり、そうしてできた死角から、残る2人のシューターがハウンドを放ち、そのほぼ全てが敵の目を射抜いた。

 

黒煙を上げ、バムスターの巨体が倒れる。

 

「……やれやれ、C級は戦闘禁止とか、言ってる場合じゃねーぜ……!」

 

シューター、甲田が得意顔で告げた。

 

 

 

 

 

その背後で、ガバリと残骸の口が開く。

 

 

「…………え?」

 

零れるのは間の抜けた声。

 

彼の視界に、這い出したラービットが映り込んだ。

 

 

 

それの顎門が開き、閃光が迸る

 

 

 

 

ドォッ

 

 

 

 

苛烈な砲撃が、C級達へと襲いかかった

 

 

 

 

 


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