来宮は、迫る拳の圧力を感じ、半ば反射的に自らの集中力を引き上げる。
灰色の瞳に光が灯る。
加速する知覚と感覚が、止まりそうなほどにまで、流れる時を引き延ばす。
回避、反撃。それらでは動作が間に合わない。
防御。シールドなどたやすく割れるだろう。
それならば
刹那に巡った思考を切り上げ、キィンと澄んだ音を鳴らして、グラスホッパーを起動。無機質の拳と自身の鼻先。その数センチの隙間に光のプレートを割り込ませた。
ゴォオン
重い衝撃音が鳴り響く。
跳ね返された新手は、自らの一撃に比例した勢いで、背にしたビルへと叩きつけられた。
近すぎる距離が開けたことで、来宮の視界に、新手の全容が漸く収まる。
壁に深くめり込んだそれは、白色の人型に近いフォルム。トリオン兵としては小さな体躯は、3メートルに届くかどうかといったところだろうか?
「……新型ですか」
瞳を元の色に冷ましつつ、淡々と呟きを零せば、そこへ一つ通信が入る。
『キノさん、無事!?』
焦りの滲む国近の声。
「ええ、こちらは無傷です。寸前の警告、助かりました」
『よかった〜。間に合わないかと思ったよぉ……』
来宮の言葉に、国近はホッと息を吐く。続く彼女の言葉が、普段より少し弱々しい。ギリギリの警告に気が咎めたのだろう。
「警戒不足は俺もおあいこですよ。それに、反省会には少々早いかと」
落ち着き払った来宮の返答。
後半おどけた彼の声音に、国近の顔から陰りが抜ける。
『ん、そうだね』
表情を綻ばせ、彼女がはっきり頷けば、2人で次の行動に移る。
「初撃で強度を見ます。ユウさん、映像からダメージの解析を」
『了解だよ』
国近の返答の直後。来宮は地を踏み鳴らして、新型へと距離を詰める。瞬く間に磔の敵の眼前まで迫り、彼はそのまま追撃を仕掛ける。
「アステロイド」
名称とともに、鞭のように右腕を振り抜けば、同時に新型が両腕を交差。至近距離から叩きつけた散弾は、その硬い装甲に大部分が阻まれた。
新型が一連の攻防で外壁から抜け出し、お返しとばかりに剛腕を振るう。対して来宮は加速させた感覚を駆使し、スルスルと襲いくる連打を回避していく。
『両腕と頭はガチガチだねぇ。ほかもそれなりに堅いけど、そこ二つと比べればだいぶ柔らかいよ』
『頭部の装甲が背部にも連なってますね。そこも攻撃は通らないかと』
『だね』
通話越しの流れるようなやり取り。そこから続けて来宮が踏み込む。
新型が好きにさせまいと、荒々しい横薙ぎを繰り出すが、来宮は身を沈み込ませて掻い潜った。
「……大振りが過ぎます」
淡々とした呟きとともに、やや上向きに、アステロイド掌底を打ち込む。
迸るトリオンが白い体躯をカチ上げ、決定的な隙を作る。
「……打ち抜くなら腹部です」
その言葉に応え、黒い影が躍り出る。
「
来宮の横をすり抜けた空閑が、強化を重ねた一撃を放つ。
苛烈な蹴りが腹部の装甲を容易く砕き、ゴトリと崩れた新型は、そのまま機能を停止させた。
*
「空閑!来宮さん!」
奇襲を退けた空閑と来宮に、三雲が声をかけ駆け寄る。
「空閑!ブラックトリガーは……」
「出し惜しみしてられん状況だからな。こいつに時間を取られてたら、他のトリオン兵がチカたちの方にいくだろ?」
「それは……!」
「カードを切らせてしまったのは、俺の警戒が不足していたせいもあります。こちらの落ち度です」
『うん。わたしもチョット気を抜きすぎたね』
すまなそうにする来宮と国近に、そんなと三雲が首を振る。
「ぼくの方こそ、何もできなくて……」
目まぐるしい展開を前に、見ていることしかできなかった。
力の無さを感じ気落ちする三雲に、来宮がゆるりとかぶりを振る。
「僅かな綻びで傾きかねないのが実戦です。時には攻撃に参加しないことも、選択肢の一つですよ?」
構えを見せつつ、明確な隙ができるまで堪え続ける彼の姿は、来宮視界にも入っていた。
「そうでしょうか?」
疑問を浮かべる三雲に頷く。無理に撃ち込まないのは寧ろ好印象だった。
そんな来宮の様子に、三雲が少し表情を緩め、新型の残骸へと目を向ける。
「……それにしてもこのトリオン兵、手強かったですね」
「ええ、同じ戦闘型にしても、モールモッドとは段違いの性能ですね」
冷や汗を流す三雲に、来宮が同意する。先ほどの戦闘を鑑みて、A級以上のスペックがあるのは間違いない。雑多な人形兵と言うには度が過ぎた。
『いや、そのトリオン兵は捕獲型だ』
考察する来宮達へ、機械的な響きの、けれども思慮深さの滲む声が届く。
声の出所に目を向ければ、不意に空閑の左腕から、黒い物体が分離する。
「レプリカさん……!」
『お〜、レプリカ先生、お久しぶりだね〜』
『しばらくだな。シズマ、クニチカ』
レプリカ。数週間ほど前、空閑が自分のお目付役だと紹介した彼に、来宮が問う。
「捕獲型と言うのは本当なのですか?」
『ああ、間違いないだろう。かつてアフトクラトルで開発中だった、捕獲用のトリオン兵。ラービットに特徴が合致する』
『……あれ?捕獲は大型の役目じゃなかったっけ?』
『役目は同じだが、ターゲットが違う』
画面の前で国近が首を傾げれば、レプリカがそう返して続ける。
『ラービットは、トリガー使いを捕らえるためのトリオン兵だ』
その言葉に、来宮が目を見張り、国近と三雲が息を呑んだ。
*
「おいおい……もうラービットが仕留められたぞ」
仄暗い空間に驚嘆の声が漏れる。
独特な内装の船内には、有角の男女5人と、落ち着き払った翁が1人。それぞれが、目の前に映し出される戦況を眺める。
「いやはやこれは……
「ハッ、いちいち騒ぐことじゃねえよ。ラービットはまだプレーン体だろが」
敵の練度に対し、赤髪が発した驚きに、落ち着き払った翁が頷く。
その左隣から黒髪の男が、大袈裟だと鼻で笑い飛ばすが、赤髪がいやいやと否定する。
「分散の手にも掛かる様子がない。今回の敵はなかなかに手強いぞ」
そんな3人のやり取りを一瞥し、少年が指示を仰ぐ。
「我々も出撃致しますか?ハイレイン隊長」
「いや、慌てることはない」
ハイレインと呼ばれた男は、映像を見て冷静に言葉を紡ぐ。
「お前たちが出るのは、
語る彼の無感動な瞳。その内には、来宮の姿が映り込んでいた。
大変遅くなり申し訳ありません。
最初に書き上げた文章が余りにくどいため書き直し、結果1300字ほど削れました。
うん。読みやすいわけがない(~_~;)