夕暮れの三門市。その市街地の一角で、通信越しの会話が交わされる。
「はい、先ほど言ったとおりモールモッドが4体、被害の方は、住宅の一部損壊が2軒、幼児1名が転倒して軽傷、以上ですね」
『そうか、住民からの苦情等は?』
落ち着いた声音で忍田真史は問いかけ、来宮が返答する。
「それもひとまずは問題ないですね。自分が駆けつけられたおかげで、迅速にイレギュラーに対応したと捉えてもらえたようで。それからユウさ、いや、国近さんが追いついて住民の誘導をこなしてくれたのも効いてますね」
『慶のところのオペレーターだったな、しかし……』
「ああ、護身用トリガーですね、アレ。スーツ姿に変わってましたし、トリオン体なら追いついてもなんら不思議ではありません。緊急時でしたから勘弁してやってください」
『安心してくれ。今回は、その判断が1人の犠牲を防いだのだからな。来宮、君も非番にご苦労だった、ゆっくり休んでくれ』
「いえ、本部長もお疲れ様です。それでは失礼します」
柔らかみを帯びた労いの言葉。それを受け、上司にもまた労いを送り、来宮は通話を終えた。
「キノさんも終わったみたいだね〜」
国近からの緩やかな声。
背中越しのそれに振り返れば、オペレーター姿の彼女が佇んでいた。
「そちらは?」
「うん。男の子ならお母さんが迎えに来てくれたから、問題なしだよ〜」
「なら良かったです」
「……ただねぇ」
「ただ?」
言葉と共に、彼女にしては珍しく、困ったような笑みを浮かべた。来宮が先を促す。
「助けたのはキノさんなのに、何度もお礼言われるのはまいっちゃったよ」
そう言って気まずそうに眉を下げる。そんな彼女の額へ、トスリとひとつ手刀を落とした。
「あうっ、なにをする〜」
「惚けたことを言うからですよ」
「失敬な、わたしはマジメなんだよ〜」
そう言うことではなくてと、彼が続けた。
「いいですか?、あのタイミングでユウさんが飛び込まなければ、あの子はただでは済まなかった。2撃目に俺が間に合うこともなかったんです」
「最後に間に合ったんだから、キノさんのお手柄だよね?」
「違います」
「ほぇ?」
ピシャリと否定された国近は、首を傾げる。
「男の子を助けたのは、紛れもなくユウさんです。遅れて俺があなたを助けたんですから、今回は間違いなく、ユウさんのお手柄ですよ」
「……本当に?」
「嘘をついてどうするんですか。そんな顔、らしくないですよ」
なおも不安気にする彼女に苦笑いを零し、その茶髪をクシャリと撫でる。
はじめはビクリと緊張した国近だったが、次第に力が抜けて、フニャリとした笑みを浮かべた。
自分が恥ずかしくなり、普通恥ずかしがるのは逆の立場ではないかと、内心でツッコミつつ、来宮は手を下ろして思考を切り替える。
「というか、何時までその格好ですか?」
「そんな君も、隊服のままではないかね〜?」
一呼吸おいてクスリと笑い合い、2人は換装を解き、本部へ足を向ける。
「ご褒美に、何かゲームのお相手でもしましょうか?」
「おお、いいですな〜。なら徹ゲーを所望する」
「あっ、それ以外でお願いします」
「む〜、ケチだね〜。ならレースゲーならどう?」
「それなら了解です」
「やたっ、ではそれでいこ〜」
たわいもない会話は暫く続いた。
*
「ちょっとだけ待っててね〜。少しきれいにするから〜」
A級1位太刀川隊作戦室。そこの入口までやってきたところで、国近はそう切り出した。
「いや、別に見慣れてますし、構いませんよ?」
「ほうほう、わたしの好意をムゲにするかねぇ?デキンにしてもいいのだよ?」
「いえいえ、滅相もない。どうぞお好きなように」
「わかればいいのだよ、わかれば」
茶番を挟み、彼女は作戦室に消える。
どう時間を潰そうかと考え、首に下げた一眼レフに目をやり、次いでポケットのスマホを確認した。
「せっかくですし、画像の整理と行きますかね」
来宮は独り言ちて壁に寄りかかり、USBのケーブルを小ぶりなリュックから取り出して作業へ移った。
*
どれくらい時間が経ったろうか、粗方ファイル内の整理を終えて、見直しに移る。
「キミ」
望ヶ丘公園の日付が1日入れ違っていた。すぐにドラックして入れ替える。
「おい、キミ」
スクロールしていくが、他に間違えはなさそうだ。どうやらあの画像だけらしい。
「おい、キミだよキミッ、カメラを持った黒髪のキミ」
そんな声に来宮が顔を上げると、見覚えのあるコートに身を包んだ、見覚えのない人物が此方を睨んでいた。隊服に着せられている感全開の容姿。微塵も迫力がない。
「えっと、俺ですかね?」
「ほかに誰がいるんだい、まったく、A級1位であるこのボクを無視するとは」
撫でつけられた髪の一房を指ですき、これ見よがしに溜息を吐く。彼はA級1位と言ったろうか?自分の古巣にこんな人物は居なかった筈だがと、来宮は思考に耽る。
「キミ、A級1位の部屋の前でなにをしてるんだい?」
それもすぐに、この謎の人物に遮られる。
「ユウさんに待つように頼まれまして、時間を潰してたんです」
「ユウさん!国近先輩のことか?キミの名前は?」
「来宮静間です」
「キノミヤ……シズマ……?何処かで聞いたような、しかし」
考えこむ素振りを見せ、謎の人物はさらに続ける。
「キミB級?C級?」
「A級ですが?」
「A級!?っどこの所属だい?」
なぜか驚きながらも追求を重ねる謎の人物に面食らうが、内心におさめてそれに答える。
「いや、俺ソロなんですよね」
「A級とはいえ、フラフラとソロでいるような輩が国近先輩と接点を持つこと自体疑わしい」
そう呟くと、急に来宮を押し返し始めた。
「は?え?」
「今すぐ立ち去りたまえ!」
声を荒げ、なおも押し返えそうとする相手に目を白黒させていると、聞き覚えのある怒声が響く。
「なにしてくれてんだ唯我あぁぁ!」
ズドムッ
「ぶへらぁっ!?」
出水公平の渾身の跳び蹴りが炸裂し、謎の人物改め唯我は、廊下を滑り動きを止めた。
「すみません来宮さん、このバカが迷惑かけて」
「あ〜、公平さん、何というか、俺の後釜ってことでいいんですかね?彼は?」
謝る後輩にとりあえず聞いてみる。
「いいえ、ただのお荷物です」
身も蓋もない答えが返ってきた。
「非道い!いきなり跳び蹴りしたうえに、お荷物なんてっ」
「やかましい、事実だろうが」
予想外にコミカルなやり取りに苦笑いしていると、作戦室の扉が開いた。お目当の人物が顔を出す。
「お待たせ〜、?、どしたどした〜?なにをもめとるのかね〜?」
「いや、俺にもさっぱりで」
どうにも要領を得ないやり取りに困惑しているのだと話せば、出水と唯我も此方を向く。
「柚宇さん、またこのバカがね」
「国近先輩!ボクは無実なんです!」
「ほうほう、ふーん」
分かっているのかいないのか、そう言葉にした国近が来宮へ振り返る。
「キノさん、年長者らしくなんか言ってよ〜」
「え、そこで俺に振ります?」
「そうだ、国近先輩!彼と知り合いというのは本当なんですか!」
来宮よりも反応を示した唯我。それに彼女は小首を傾げ、言ってなかったかと思い返し、来宮を彼に紹介した。
「この人は来宮静間さん。太刀川隊創設メンバーの1人にして、ボーダー唯一のクロスレンジシューターだよ〜」
「へ?」
ポカンとした唯我と何故か自慢気な国近。2人の表情が、いやに対照的に見えた。