背後に佇む三日月と   作:303

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林藤匠①

三門の街並みを再現した仮想空間。

玉狛支部の第一訓練室に形成された風景は、とても紛い物とは感じられない。その相変わらずの精巧さは、模擬戦により現実味を持たせてくれる。

そんな場所に、コツリと一つ足音が響いた。

やたらと響いた自らの靴音を気にもせず、林藤匠は右手のタバコをひと吸する。

軽く吐き出した紫煙が宙へ上り、左手はポケットに入れたまま眼鏡越しにそれを眺める。

ミリタリー調のコートを纏った彼の姿は、どこまでも自然体だった。

 

静寂の中、不意にくぐもった異音を林藤は耳にする。

判断に時間はいらない。積み重ね、磨いてきた経験則が咄嗟に身体を動かし、バックステップで後方へ跳ぶ。

直後に左方の壁が砕け、無数の弾丸が林藤の先程までいた場所を横切り塀を貫く。

それを見て彼は、タバコを咥え空けた右手を弾丸の発射点へと突き出す。それと同時に、彼の両傍に光のキューブが作り上げられる。そのサイズは来宮のそれより一回りほど大きい。

 

 

 

ズガァアン

 

 

 

 

けたたましい破砕音が木霊した。

 

音の出所は、次の挙動に移ろうとした林藤の背面。

肩越しに目を向ければ、僅かに目を見開き、右の掌底を放った状態の来宮の姿があった。

彼の周囲に、役目を果たしたシールドの破片が舞い散る。

 

 

「なんちゃって……だったか?」

 

林藤が惚けた口調でとある射手を真似る。同時に来宮の左右を挟む塀を突き破り、お返しとばかりに置き弾が殺到する。

 

「公平さんですか?似てませんよ、林藤さん」

 

「そりゃ、似せる気もないからなぁ」

 

ツッコミを入れつつ来宮が跳び退く。相手がやむなく距離を取るのに合わせ、言葉を返しながら林藤もまた距離を稼ぐ。

自らの間合いに持ち込もうとする動き。当然、それを見逃す来宮ではない。そうはさせまいとすぐさま踏み込む。

 

「エスクード」

 

体重を乗せ、アスファルトを蹴ろうとした右足。その真下から玉狛のエンブレムが刻まれたバリケードが迫り出し、勢いのまま来宮を宙へ突き上げた。

 

「……!」

 

自分の意図せぬ跳躍に崩れるバランス。来宮が空中で身体を捻り、体制を整える。

その様子を眺めつつ、林藤は語りかける。

 

「グラスホッパー、シールド、アステロイド。小技、大技も入れれば、今のおまえなら対策は選り取り見取りだ……」

耳に滑り込む言葉に、来宮が眼を向ける。

灰色の瞳に、照準するかのように手をかざす師の姿が映り込んだ。

 

 

 

 

 

「静間、()()()をどう捌く?」

 

 

 

 

 

ニヤリと笑い、弟子へと問いを投げ掛けて、林藤匠が攻勢に出た。

 

 

 

 

 

 

 

久々の師弟の模擬戦。玉狛支部のリビングで、端末に映るその戦績に目を通す。来宮は小さく息を吐いた。

 

「勝率三割五分…………嘆けばいいのか、喜べばいいのか、判断に悩みますね」

 

「なんだよ、そこは素直に喜んでいいと思うぞ?」

 

対面のソファに座る林藤が言う。紫煙を燻らす彼は、相変わらず飄々としたものだ。

 

「4年間最前線に身を置いて、これというのは……」

 

対して来宮が眉を顰めれば、林藤はカラカラと笑う。

 

「ははは、たかだか4年で詰められる差なら、俺の経験はなんだって話だろ?」

 

林藤の返しに、それもそうかと来宮は頬を掻く。表情は普段の落ち着き払ったそれに戻り、一拍置いて苦笑いが浮かぶ。

 

「自身の驕りを確認できたのは、収穫ですかね?」

 

「そう自虐するなよ」

 

弟子の素直な、しかし気の早い自己評価に、こんどは林藤が苦笑いを浮かべた。

 

「体術による崩し、アステロイドの掌底。自分だけのスタイルをおまえは形にして、確かに今まで磨いてきたんだ。自分で思う以上に、おまえは成長してるよ」

 

「そうでしょうか?」

 

来宮の言葉に、ああと頷く。

 

「それにおまえなら、さっきの戦闘でもそれなりに気付くことがあったろ?」

 

そう続けた林藤が徐に立ち上がる。

 

「小休止終了。そんじゃあ弟子よ、復習がてら、後半戦といこうじゃないか」

 

芝居がかった林藤の口調。それに来宮はクスリと笑う。

 

「了解です。師匠」

 

戯けたやり取りを師弟で交わし、再び訓練室へと足を向ける。

 

2人の鍛錬はさらに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほ〜、後半戦はどんなかんじだったの?』

 

 

翌日。国近との防衛任務中、前日の模擬戦が話題に上がった。

仕留めた敵の残骸の上。そこで来宮が国近へと返す。

 

「……勝率がさらに一割、後半に消し飛ばされましたね」

 

『あちゃ〜、でもキノさん、ちゃんと対策したんだよね?』

 

「ええ、見落とし等、気づいた点は対応策を練りました。

ただ……」

 

『ただ?』

 

首を傾げた国近が、濁した来宮の先を促す。

 

「林藤さんも、調子を上げてきまして」

 

『……前半戦のアレで全開じゃないんだ?』

 

数瞬の間。我に返ったように緩やかな声が届く。彼女の様子に来宮は乾いた笑いを漏らし、補足を入れた。

 

「林藤さんは、ここ最近エンジニア方面に力を注いでいましたから、その影響でしょうね」

 

鍛錬は欠かさなくとも、その内容はそれなりでしかなかったのだろう。前半との技の冴えの違いが、それを確かに物語っていた。

 

『ナルホドナルホド。でも平均で三割か〜、野球だったらダイケントウなのにね〜』

 

「打率ならともかく、戦闘での勝率ですからね。実践で七割負けの目を抱えるのは、さすがに笑えません」

 

国近の返しに苦笑いを零せば、彼女はけど、と問いかける。

 

『シュウカクはあったんでしょ?』

 

それに来宮が静かに頷く。

散々負けたが、だからこそ得るものが多くあった。勝ちに慣れ、漫然といるよりは遥かに良い。

 

いつも見慣れた落ち着いた雰囲気。画面越しの頼もしい彼の様子に、国近はフニャリと笑みを浮かべる。

 

『準備バンタンだね』

 

「ええ。惑星国家が過ぎ去るまで、通達によれば約10日。後はそれを凌ぐだけです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街に鈍い音が木霊するのは、そんなやり取りの直後のことだった。

 

 

 

1月20日。

 

三門の空に暗雲が現れ、無数の門が口を開く。

 

 

 

 


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