1月8日。ボーダー本部、講堂。
広い壇上、重厚に仕立てられたエンブレムがそのバックに掲げられ、それが場の雰囲気を引き締める。
辺りには、やや緊張した面持ちの少年少女達が、思い思いに開式の時を待つ。
C級を示す白を基調とした隊服の一団のその中で、黒に紺、それぞれの色の隊服に袖を通す少年、空閑遊真と三雲修、そして他と同様の白い隊服姿の雨取千佳の姿があった。
フー、と深呼吸を一つ。自らの胸元に手を当てて、三雲が強張った表情で一言漏らした。
「なんだか緊張してきた……」
「なんでだよ、オサムはもう入隊してるじゃん」
呆れる空閑は対照的に落ち着いている。
「おれたちの分の緊張まで吸い取るなよ、オサムはどこまでも面倒見の鬼だな」
「いや、まて空閑、ぼくは人の緊張まで吸収できないからな?」
イラストにでも描き出せば、おそらく三の目に3の口。
空閑のひたすら緩い表情からの一言に、三雲が冷や汗をかきながらツッコミを入れる。傍で眺めていた雨取が、思わず小さな笑いを漏らす。
くだらない一連のやり取り。三雲と雨取から、程よく肩の力が抜けた。
「よし、確認するぞ」
三雲の声に2人が頷く。
「C級の空閑と千佳はまず、B級を目指す」
「おれたちがB級に上がったら、3人でチームを組んでA級を目指す」
空閑が先を引き継げば、三雲が再び言葉を続ける。
「A級になったら、遠征部隊の選抜試験を受けて……」
「
目標は、掲げた雨取本人が口にし、三雲が最後に一言締める。
「よし、今日がその第一歩だ!」
程なくして、入隊式が執り行われる。
*
「我々は、君たちの入隊を歓迎する」
低い声が講堂に響く。
本部長、忍田真史の落ち着いた声音に、C級隊員となる面々は耳を傾ける。
「君たちは本日、C級隊員、つまり訓練生として入隊するが、三門市の、そして人類の未来は君たちの双肩に掛かっている、日々研鑽し、正隊員を目指してほしい」
一旦言葉を切り、忍田が視線を巡らせる。
人類の未来。
些か重い言葉に浮き足立つ入隊者たち。初々しい彼らに、敬礼と共に言葉を贈った。
「君たちと共に、戦える日を待っている」
私からは以上だと締めくくり、嵐山隊に説明を一任した旨を伝えて壇上を降りる。代わって嵐山隊の4人が姿を見せた。
ボーダーの顔たる嵐山隊。
言わずと知れた三門のヒーローの登場に、ピンと張った空気が弛緩し、ざわめきが広がっていく。
「さて」
嵐山の爽やかな声に視線が集まる。トーンダウンするC級隊員たちを見てとり、彼はそのまま入隊指導の説明へと移っていった。
*
「三雲くん」
嵐山に倣い、訓練室へ足を向ける最中、凛とした声が三雲にかけられる。
「……木虎」
振り向いた先には、赤の隊服を纏う木虎の姿があった。
「なぜあなたがここにいるの?このあいだのイレギュラーゲート、あの一件でB級になったはずでしょ?」
生真面目な表情そのままに彼女が問う。
迅さんから聞いてるかも知れないけど、そう前置きして三雲が答える。
「ぼくは玉狛へ移るから、その転属の手続きと、それから空閑の付き添いだよ」
「おっ、キトラひさしぶり」
三雲を挟んで隣から、付き添いの彼よりもリラックスした声がかかる。
「おれ、ボーダーに入ったから、これからよろしくな」
あまりにあっけらかんとした空閑の様子。迅から聞かされた
端々で見られた常識に欠けた行動。トリガーを元々向こうの物だと断じる言動。
改めて思い返せば、そうした雰囲気があったのは確かだったと、木虎は思考を巡らせる。
「ねえ」
「ッ!……何かしら?」
不意にかかる張本人の声。やむなく頭を切り替えて応じる。
「おれ、なるべく早くB級に上がりたいんだけどさ、なんかいい方法ない?」
「簡単よ」
「訓練全てで満点を取り、その上でランク戦を勝ち続ける、そんなところですね」
彼女の声に、新たに続く穏やかな声。
敬語の外れない独特の口調。3人が振り向けば、予想通りの人物がいた。
「どうも、おはようございます、皆さん」
濃青色の隊服を纏う来宮。彼は黒髪から覗く目を緩め、片手を上げて三雲たちへと歩み寄る。
「どうも、おはようございます、シズマさん」
自分を真似る空閑の口調に、来宮はクスリと笑う。
「来宮さん、あの…………」
そこへ生真面目な声音が割って入る。
「すみません木虎さん。あなた方を見つけた時に、ちょうど遊真さんの質問が耳に入りまして、つい」
「つい、で私のセリフを取らないでもらえますか?」
木虎は思わずジト目となる。
「…………以後、気を付けることとします」
不機嫌な彼女に、笑みを苦いものに変えて来宮が返した。
「来宮さんは、どうしてこちらに?」
その様子をよそに、三雲が来宮へ尋ねれば、彼は表情を戻して口を開く。
「あなた方の様子を見に」
「来宮さんが、ぼくたちの?」
「正確には、遊真さんと千佳さんをですかね」
「む、おれとチカをか?」
首を傾げた空閑に頷く。
「玉狛第二の皆さんには、最近何かとお相手して頂いてますからね。初日を見届けるくらいはしなければと思いまして」
お邪魔でしょうか?
そう戯けてみせる来宮。
「い、いやっ、そんなことはっ、とんでもないです!」
「これはこれは、ごていねいに、もうしわけない」
三雲が慌ててかぶりを振り、空閑がペコリと頭を下げる。
冗談ですよ。 真に受け、素直過ぎる反応をする彼らにそう返す。
もっとも後者に関しては、理解していたようではあるが。
「3人とも!最初の訓練が始まるわよ」
木虎に促され、3人は会話を切り上げた。
*
無機質ないくつかの空間。そのそれぞれに戦闘音が鳴り響く。
ある者は拳銃で、またある者は太刀で、各々に武器を携え、やや小型のバムスターへと1人向かって行った。
ブースの外では、空閑を含めたC級隊員たちが順番を待っている。
「……今は、この様な形式なわけですか」
その光景に独り言ちたのは来宮だ。
現ボーダー最初期の彼は、現在のカリキュラムとはまた違ったそれに取り組んでいた。
「私のときには、いきなりこれでしたね」
「ぼくの時もです……」
木虎は淡々と、三雲はなぜか緊張した面持ちで来宮に応える。
2人の返答を聴きつつ訓練を眺め、一つ来宮が頷いた。
「いきなりすぎるとは思わないでもありませんが、なるほど、これは……」
納得した彼の先を木虎が続ける。
「ええ、これで大体わかります、向いてるかどうかが」
「内容を見るに、1分を切れば良い方でしょうか?」
「初めてならそうですね、来宮さんはともかく、あなたの時は何秒かかったの?三雲くん」
「いや、ぼくの時は……」
会話の最中。歯切れの悪い三雲を遮り、唐突に場がざわつく。
『2号室終了、記録58秒』
他の訓練生から称賛を受け、記録を出した少年は気取った様に片手を上げる。
時間切れの失格。
目の前の訓練生に対して、自分のなんて情けないことか。
三雲は自らの結果を思い起こし、その散々な内容に顔色を悪くした。
「修さん」
「え?はい!」
来宮の声に引き戻される。
「いよいよですよ」
彼が指し示すのは05と表記された部屋。その内には、標的と対峙する空閑の姿があった。
*
『5号室用意』
音声を聞き、空閑が気負いなく肩を回す。
『始め!』
鼓膜を音が揺らす。
染み付いた経験が、新たに学び始めた技術が、瞬間に身体を弾き出した。
それは瞬きの一瞬。
跳躍と共に、霞む速度で右を振り抜いた。
巨体の正面がパキリと割れ、着地に先んじて崩れ落ちる。
ズズゥン
『…………れっ、0.6秒!?』
鈍い地響きが部屋を揺らし、続くアナウンスに驚愕が滲む。
「よし、どんどんいこうか」
圧倒的な記録を叩き出し、しかし空閑は、なんでもないようにニヤリと笑った。