背後に佇む三日月と   作:303

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空閑遊真③

1月8日。ボーダー本部、講堂。

 

広い壇上、重厚に仕立てられたエンブレムがそのバックに掲げられ、それが場の雰囲気を引き締める。

 

辺りには、やや緊張した面持ちの少年少女達が、思い思いに開式の時を待つ。

C級を示す白を基調とした隊服の一団のその中で、黒に紺、それぞれの色の隊服に袖を通す少年、空閑遊真と三雲修、そして他と同様の白い隊服姿の雨取千佳の姿があった。

 

フー、と深呼吸を一つ。自らの胸元に手を当てて、三雲が強張った表情で一言漏らした。

 

「なんだか緊張してきた……」

 

「なんでだよ、オサムはもう入隊してるじゃん」

 

呆れる空閑は対照的に落ち着いている。

 

「おれたちの分の緊張まで吸い取るなよ、オサムはどこまでも面倒見の鬼だな」

 

「いや、まて空閑、ぼくは人の緊張まで吸収できないからな?」

 

イラストにでも描き出せば、おそらく三の目に3の口。

空閑のひたすら緩い表情からの一言に、三雲が冷や汗をかきながらツッコミを入れる。傍で眺めていた雨取が、思わず小さな笑いを漏らす。

くだらない一連のやり取り。三雲と雨取から、程よく肩の力が抜けた。

 

「よし、確認するぞ」

 

三雲の声に2人が頷く。

 

「C級の空閑と千佳はまず、B級を目指す」

 

「おれたちがB級に上がったら、3人でチームを組んでA級を目指す」

 

空閑が先を引き継げば、三雲が再び言葉を続ける。

 

「A級になったら、遠征部隊の選抜試験を受けて……」

 

近界民(ネイバー)の世界に、さらわれた兄さんと友達を捜しに行く」

 

目標は、掲げた雨取本人が口にし、三雲が最後に一言締める。

 

「よし、今日がその第一歩だ!」

 

程なくして、入隊式が執り行われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「我々は、君たちの入隊を歓迎する」

 

低い声が講堂に響く。

本部長、忍田真史の落ち着いた声音に、C級隊員となる面々は耳を傾ける。

 

「君たちは本日、C級隊員、つまり訓練生として入隊するが、三門市の、そして人類の未来は君たちの双肩に掛かっている、日々研鑽し、正隊員を目指してほしい」

 

一旦言葉を切り、忍田が視線を巡らせる。

人類の未来。

些か重い言葉に浮き足立つ入隊者たち。初々しい彼らに、敬礼と共に言葉を贈った。

 

 

「君たちと共に、戦える日を待っている」

 

 

私からは以上だと締めくくり、嵐山隊に説明を一任した旨を伝えて壇上を降りる。代わって嵐山隊の4人が姿を見せた。

 

ボーダーの顔たる嵐山隊。

言わずと知れた三門のヒーローの登場に、ピンと張った空気が弛緩し、ざわめきが広がっていく。

 

「さて」

 

嵐山の爽やかな声に視線が集まる。トーンダウンするC級隊員たちを見てとり、彼はそのまま入隊指導の説明へと移っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「三雲くん」

 

嵐山に倣い、訓練室へ足を向ける最中、凛とした声が三雲にかけられる。

 

「……木虎」

 

振り向いた先には、赤の隊服を纏う木虎の姿があった。

 

「なぜあなたがここにいるの?このあいだのイレギュラーゲート、あの一件でB級になったはずでしょ?」

 

生真面目な表情そのままに彼女が問う。

迅さんから聞いてるかも知れないけど、そう前置きして三雲が答える。

 

「ぼくは玉狛へ移るから、その転属の手続きと、それから空閑の付き添いだよ」

 

「おっ、キトラひさしぶり」

 

三雲を挟んで隣から、付き添いの彼よりもリラックスした声がかかる。

 

「おれ、ボーダーに入ったから、これからよろしくな」

 

あまりにあっけらかんとした空閑の様子。迅から聞かされた近界民(ネイバー)が、こうも身近にあった事実にほんの僅かに顔を顰めた。

 

端々で見られた常識に欠けた行動。トリガーを元々向こうの物だと断じる言動。

改めて思い返せば、そうした雰囲気があったのは確かだったと、木虎は思考を巡らせる。

 

「ねえ」

 

「ッ!……何かしら?」

 

不意にかかる張本人の声。やむなく頭を切り替えて応じる。

 

「おれ、なるべく早くB級に上がりたいんだけどさ、なんかいい方法ない?」

 

「簡単よ」

 

 

 

 

 

「訓練全てで満点を取り、その上でランク戦を勝ち続ける、そんなところですね」

 

 

 

 

 

彼女の声に、新たに続く穏やかな声。

敬語の外れない独特の口調。3人が振り向けば、予想通りの人物がいた。

 

「どうも、おはようございます、皆さん」

 

濃青色の隊服を纏う来宮。彼は黒髪から覗く目を緩め、片手を上げて三雲たちへと歩み寄る。

 

「どうも、おはようございます、シズマさん」

 

自分を真似る空閑の口調に、来宮はクスリと笑う。

 

「来宮さん、あの…………」

 

そこへ生真面目な声音が割って入る。

 

「すみません木虎さん。あなた方を見つけた時に、ちょうど遊真さんの質問が耳に入りまして、つい」

 

「つい、で私のセリフを取らないでもらえますか?」

 

木虎は思わずジト目となる。

 

「…………以後、気を付けることとします」

 

不機嫌な彼女に、笑みを苦いものに変えて来宮が返した。

 

「来宮さんは、どうしてこちらに?」

 

その様子をよそに、三雲が来宮へ尋ねれば、彼は表情を戻して口を開く。

 

「あなた方の様子を見に」

 

「来宮さんが、ぼくたちの?」

 

「正確には、遊真さんと千佳さんをですかね」

 

「む、おれとチカをか?」

 

首を傾げた空閑に頷く。

 

「玉狛第二の皆さんには、最近何かとお相手して頂いてますからね。初日を見届けるくらいはしなければと思いまして」

 

お邪魔でしょうか?

 

そう戯けてみせる来宮。

 

「い、いやっ、そんなことはっ、とんでもないです!」

 

「これはこれは、ごていねいに、もうしわけない」

 

三雲が慌ててかぶりを振り、空閑がペコリと頭を下げる。

冗談ですよ。 真に受け、素直過ぎる反応をする彼らにそう返す。

もっとも後者に関しては、理解していたようではあるが。

 

「3人とも!最初の訓練が始まるわよ」

 

木虎に促され、3人は会話を切り上げた。

 

 

 

 

無機質ないくつかの空間。そのそれぞれに戦闘音が鳴り響く。

ある者は拳銃で、またある者は太刀で、各々に武器を携え、やや小型のバムスターへと1人向かって行った。

ブースの外では、空閑を含めたC級隊員たちが順番を待っている。

 

「……今は、この様な形式なわけですか」

 

その光景に独り言ちたのは来宮だ。

現ボーダー最初期の彼は、現在のカリキュラムとはまた違ったそれに取り組んでいた。

 

「私のときには、いきなりこれでしたね」

 

「ぼくの時もです……」

 

木虎は淡々と、三雲はなぜか緊張した面持ちで来宮に応える。

2人の返答を聴きつつ訓練を眺め、一つ来宮が頷いた。

 

「いきなりすぎるとは思わないでもありませんが、なるほど、これは……」

 

納得した彼の先を木虎が続ける。

 

「ええ、これで大体わかります、向いてるかどうかが」

 

「内容を見るに、1分を切れば良い方でしょうか?」

 

「初めてならそうですね、来宮さんはともかく、あなたの時は何秒かかったの?三雲くん」

 

「いや、ぼくの時は……」

 

会話の最中。歯切れの悪い三雲を遮り、唐突に場がざわつく。

 

『2号室終了、記録58秒』

 

他の訓練生から称賛を受け、記録を出した少年は気取った様に片手を上げる。

 

時間切れの失格。

 

目の前の訓練生に対して、自分のなんて情けないことか。

三雲は自らの結果を思い起こし、その散々な内容に顔色を悪くした。

 

「修さん」

 

「え?はい!」

 

来宮の声に引き戻される。

 

「いよいよですよ」

 

 

 

彼が指し示すのは05と表記された部屋。その内には、標的と対峙する空閑の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『5号室用意』

 

音声を聞き、空閑が気負いなく肩を回す。

 

『始め!』

 

鼓膜を音が揺らす。

染み付いた経験が、新たに学び始めた技術が、瞬間に身体を弾き出した。

 

それは瞬きの一瞬。

 

跳躍と共に、霞む速度で右を振り抜いた。

 

巨体の正面がパキリと割れ、着地に先んじて崩れ落ちる。

 

 

 

 

ズズゥン

 

 

 

 

『…………れっ、0.6秒!?』

 

 

 

 

 

鈍い地響きが部屋を揺らし、続くアナウンスに驚愕が滲む。

 

 

 

「よし、どんどんいこうか」

 

 

 

圧倒的な記録を叩き出し、しかし空閑は、なんでもないようにニヤリと笑った。

 

 

 

 

 


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