背後に佇む三日月と   作:303

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話数にして20。ようやくサブタイトルに太刀川隊が揃う。


太刀川慶①

長大な剣閃が雑居ビルを薙ぐ。

 

泣き別れとなった上部が、夜の街を模した仮想空間に、鈍い倒壊音を響かせた。

立ち昇る土煙りから、濃青色のロングコートを纏った青年が飛び出す。

その青年、来宮がトッ、と電柱を踏み跳べば、またもビルを裂いて剣閃が彼に襲い来る。

 

「グラスホッパー」

 

来宮が呟き、瞬間矢のように自らを弾き飛ばす。

 

上下に分かたれ、倒れゆくビルの隙間を潜り抜ける。直後に彼の視界に飛び込むのは、同じくグラスホッパーで迫る、黒のロングコート姿。

太刀川慶は、ニヤリと口角をつり上げて、両手の弧月を鋭く振るう。

好戦的な感情を体現したような苛烈な斬撃。対する来宮は半球状のシールドで二刀を受け止める。

 

空中での停滞は数瞬。

 

ギシリと軋み、ひび割れる盾。それを来宮は淡々と眺め、不意に背に隠した右腕を鞭のように振り抜いた。

 

「マジか!」

 

咄嗟に太刀川が刀を引く。

間を置かずにグラスホッパーで真上へ跳べば、盾に叩きつけられたのは、無数の散弾。

 

直前まで押し合っていたそれを文字通り粉砕した光景に、彼は浮かべた笑みをさらに深める。

重力に引かれ、落下し始める来宮を見下ろす太刀川。そんな彼を灰色の瞳が見返してくる。

対照的に抜け落ちた表情。底冷えするようなプレッシャーが、視線と共に一瞬伝わる。

 

「「グラスホッパー」」

 

突撃のタイミングは同時。

 

この一戦何度目かの跳躍、何度目かの交差。その瞬間、刀を手にした双腕が振るわれ、放たれる掌底からは、トリオンの光が迸る。

上下を入れ替えたそれぞれの視界の端に、3つの影が映り込んだ。

 

来宮の右の手足が、太刀川の右腕が、闇夜の街並みへと吸い込まれていった。

 

突撃と同様、隣り合うビルの屋上に同時に2人が着地する。

一拍間を置き、双方が構え直す。左前の半身で鋒を向ける太刀川に対し、左膝を立て無手のまま来宮が見据える。

 

「…………そうこなくっちゃなぁ」

 

失せた右腕を一瞥し、太刀川が楽し気な呟きを漏らす。

ヒリつくような緊張感。否が応でも彼の心は高揚する。

 

「……相も変わらず、好きですねぇ、慶さんは」

 

些か行き過ぎたその様子に、来宮が呆れを滲ませる。

 

「そりゃあな、ここまでオレとやれるのはそういないからな」

 

「46000ポイントが、11000ポイントをつかまえて何を言うんですか」

 

数字の上での差は5倍近い。格下を相手に何を言うのか。そんな来宮の言葉に、逆に太刀川が呆れて返す。

 

「それを言うならこっちのセリフだ。小南の双月とノーマルトリガーで対等に渡り合う、そんな奴が何いってんだよ?」

 

「……これは手厳しい」

 

至極真っ当な指摘に来宮が詰まる。顔にはいつもの苦笑いが浮かぶ。

現役アタッカー最古参の少女。彼女が上とは思わないが、それでも自分と近い位置にいると疑わない太刀川だ。それと互角に戦ってみせる目の前の彼の評価も、自ずと相応のものとなる。

 

僅かな思考の間に、相手の表情は再び冷め、会話が途切れる。

 

来宮が、直後にフッと息を吐いた。

短く鋭い吐息に続き、両の瞼を静かに閉じる。

 

一見無防備なその仕草に、しかし、太刀川は踏み込みはしない。

 

知覚感覚加速。

かつて部下だったが故によく知るサイドエフェクト。五感とその伝達全てを加速させるその能力は、菊地原程ではなくとも、聴覚でこちらを捉えることができたはずだ。

 

こちらから仕掛けるのは不味い、ならばどうするか?

答えは単純、向こうが仕掛けるのを待てば良い。

 

後の先で刈り取ってやる。

 

次に来るであろう攻撃。唯一無二の彼だけの技。真向勝負の燃える展開は、太刀川慶の大好物だ。

 

やがて再現された夜風さえ止み、煩いほどの静寂が訪れる。

 

 

 

 

 

 

重反射(カタパルト)

 

 

 

 

 

沈黙を破り紡がれる名称。見開かれた瞳が光を帯びた。

 

 

そう思った瞬間には、来宮の姿が掻き消え、正方形の波紋だけが残される。

 

 

ゴォッ

 

 

加速の余波に大気が唸る。

弧月を振り切った太刀川の背後に、左手を突き出した来宮が姿を現わした。

 

「…………カタパルト、次こそ破ってやる」

 

太刀川の脇腹に大穴が穿たれ、白煙が吹き出す。

 

 

『戦闘体活動限界、緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

「嫌味ですか?まったく」

 

ため息とともに言葉が零れた。

緊急脱出(ベイルアウト)の軌跡を見やり、困ったように来宮は笑う。彼の首筋にも刀傷が刻まれ、そこから身体がひび割れていく。

 

 

『伝達系切断、緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

一条の光が空に昇り、今回の模擬戦は幕引きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太刀川隊作戦室。そのマットから起き上がり、来宮が溜息を吐く。

 

「…………また、磨きがかかりましたね」

 

自分のとっておき、それにさえカウンターを合わさられる始末に、俯き乾いた笑いが漏れる。

 

「おつかれだね〜、キノさん」

 

労いの言葉をかけたのは国近だ。

緩やかな声音に顔を上げれば、部隊仕様のパーカーを着た彼女の姿が目に入る。

 

両手で持ったマグカップをそろりと来宮へ差し出した。

 

「ほい、ど〜ぞ〜」

 

「カプチーノですか、ありがとうございます」

 

受け取り、好みのそれに顔を綻ばせる。そうして2人でソファのある部屋に足を向ければ、先に離脱した隊の主が、一足先に寛いでいた。

 

「お〜、来宮、これ飲んだらもうワンセットやろうぜ」

 

開口一番、コーヒー片手にバトルジャンキー然とした言動。来宮と国近が揃って苦笑いを浮かべる。

 

「待った待った、太刀川さん」

 

そこへ隊長の対面に座る出水が待ったをかけた。やれやれと表情に出した彼が続ける。

 

「この後おれ達は防衛任務でしょ?また30戦なんてしたら遅刻するって」

 

ただでさえ朝の忙しい時間の前。日のはじめから後ろのシフトを狂わせるハメになる。

 

「ああ、そういやそうだったな、トリオン兵で我慢するか〜」

 

気の抜けるような緩い声音。

戦闘中とはかけ離れた雰囲気は、まるで別人のようだ。

 

そんな一言から約6秒。後ろ髪を引かれるように、太刀川がまた口を開く。

 

「…………どっかの隊に代わってもらえないか?」

 

「「「無理ですって」」」

 

惚けた一言に、隊長へ部下達からの総ツッコミが入る。

 

模擬戦ひとつ。たったそれだけのために、防衛任務をドタキャンするなど聞いたことがない。

 

「そうでなくとも、どのみち俺に予定があるのでお預けですよ?」

 

「予定?」

 

困ったような来宮の笑み。再び浮かべた表情、それに添えられた言葉。太刀川がはてと首を傾げる。

 

「ん、いよいよ今日だもんね」

 

国近がカレンダーに目をやれば、納得してひとり頷いた。

 

 

 

 

 

今日は1月8日、ボーダー隊員正式入隊日。 彼らの戦いが始まる日。

 

 

 

 

 

 

 

 


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