背後に佇む三日月と   作:303

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空閑遊真②

アンダーリムを掛け、白地に青のラインの入ったジャージ姿の少年は、ランニングを終えて玉狛の玄関を潜る。

 

 

「…………お、お疲れ様でしたぁ」

 

少年、三雲修が手近なソファにドサリと背中を預ける。口から魂でも抜けるのではと思えるほどのその疲労具合に、続いて入ってきた小柄な少女、雨取千佳がスポーツドリンクを差し出し彼を労う。

 

「お疲れ様、修くん」

 

「……千佳、た、助かる」

 

「千佳、修、クールダウンはしておけよ、月並みだが、午後の訓練に疲れを引きずらないようにな」

 

「はい」

 

「わかりました、レイジさん」

 

レイジと呼ばれた落ち着いた雰囲気を纏った青年、ランニングに引率していた彼の言葉に2人は頷き、ふと辺りを見回して三雲が疑問符を浮かべる。

 

「レイジさん、空閑や宇佐美先輩はどこに?烏丸先輩はバイト、小南先輩と陽太郎は買い物だとは聞いてますけど」

 

「そういえば、たしかにそうだね」

 

普段ならリビングでお菓子を片手に寛いでいる組み合わせ、それが今は見当たらない。

 

「2人なら、トレーニングルームだろう」

 

親指でそこを示してレイジが続ける。

 

「参考になるかはともかく、面白いものが見られるはずだ」

 

行ってみるといい。

 

 

そう勧められ、疑問符を浮かべた2人はトレーニングルームへ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

風を切り、小さな体躯から軽快に剣撃が繰り出される。

上下左右から途切れることなく振るわれる刃は、しかし相手の青年を切り裂くには至らない。

涼し気な灰色の瞳が刃を追う。集中し、加速した感覚は攻撃の軌道を逃すことなく捉えて、身体はそれに従い紙一重で剣撃を避ていく。

 

「ぜんぜん当たらん、チカクカンカクカソクだっけ?舌噛みそうなサイドエフェクトだね」

 

「言いやすさは兎も角、それなりに有用ですよ?正面からの攻撃なら大抵はご覧の通りですから」

 

「ふむ、やっかいだな」

 

攻防の最中の軽口、どこか楽し気な雰囲気は、真剣勝負というより遊びに興じるそれだ。

 

「ん?」

 

腕を振るいながら空閑が器用に首を傾げる。

 

「どうしました?」

 

これまた器用に剣を躱しながら来宮が先を促す。

 

「いや、目だけじゃなくて五感全部加速するんだよね?なんで聞き取れんの?」

 

当然の疑問。聴こえる音さえスロー再生されるはずだ。

 

「最初は聞き取れませんでしたよ?徐々に加速の度合いを上げながら、その都度通常との差を聴き比べて、耳で覚えていったんです」

 

あの頃は指示が聞けなかった。周囲との連携がまともに取れなかった過去の苦労に苦笑いを浮かべる。

 

「さすが副作用、どっかしらで苦労するね」

 

「妙に実感がこもってますね?」

 

「まぁ、いろいろあるもんで、っね!」

 

空閑の言葉と共に、避けられぬ軌道を右手の刃が辿る。来宮はそれに欠片も動揺を見せない。左手の甲で軽く剣の腹を押し逸らした。

 

体制が僅かに崩れ、隙が生まれる。

 

瞬間、ダークブルーのロングコートが、空閑の視界一面を埋めた。

唸るように強烈な回し蹴り。それが左から空閑の側頭部に迫る。これまでの十数戦から予測した動き。焦ることなく腰を落として回避し右手のスコーピオンを振るおうとするが、それをさせる来宮ではない。

 

翻るコートの影から、アステロイドのキューブが顔を出した。

 

「ぅおっと」

 

振り出した腕の勢いを殺さずに、身を投げ出すように散弾のカウンターを回避。床に着いた両手に力を込めれば、そのままバク転から体制を立て直して相手を見据える。

 

一瞬の停滞。

 

ドッと地を踏み鳴らし来宮が距離を潰す。

左手からキューブを保持した掌底が放たれ、空閑は首を僅かにずらして躱し、引き戻される左手を切り落とした。

 

宙を舞う腕。その掌にあるはずのキューブがない。

 

「ッ!」

 

左はフェイク。空閑が咄嗟に飛び退こうとするがすでに遅い。

 

 

 

ズドン

 

 

 

叩き込まれる右の一撃。今度こそ放たれたアステロイドの掌底に、空閑の胴が吹き飛んだ。

 

「残念、こちらが本命です」

 

「やっぱりやるね、シズマさん」

 

勝ち誇るでもなく、落ち着きはらって告げる来宮。そんな彼に、空閑は楽し気な笑みを向けた。

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

無機質な音声を最後に、ひとまず模擬戦の幕は閉じる。

 

 

 

 

 

「あの、空閑が…………!」

 

三雲は雨取と連れ立って目にした模擬戦の結果に息を呑む。その顔には幾条かの冷や汗が伝っている。

 

トリオン兵を歯牙にも掛けない疾さ。ブラックトリガーを使用したとはいえ、A級三輪隊を1人でしのぎきる技量。

師である小南に連敗を記しているとは聞いても、彼自身の強さに未だ疑いもなければ、敵う相手もそういないと考えていた。

それを簡単に、それも異質ながらも空閑と同じ土俵の接近戦で打ち破って見せた人物に、三雲は驚きを隠せなかった。隣の雨取も同様に驚きをみせている。

 

 

「すごいでしょ〜、うちのキノさんは」

 

 

 

不意に緩やかな声がかけられ2人は振り返る。

見れば宇佐美と並びディスプレイを眺めていた人物が歩み寄っていた。

緩く跳ねた赤茶の髪に眠た気な顔つき、先ほどの声音によく似合っている。

 

「あっ……えっと」

 

「すみません、あなたは?」

 

言葉に詰まる雨取を見て三雲が問う。

 

「国近先輩、修くんも千佳ちゃんも驚いてるから」

 

そこへ宇佐美も会話に加わり助け船を出す。

 

「ビックリさせてごめんね〜、自己紹介がまだだったよね」

 

一つ頷けばニヘラと笑みを浮かべて彼女が名乗る。

 

「わたしは国近柚宇、太刀川隊でオペレーターやってまーす」

 

出された部隊の名に、三雲が何度目かわからない驚きを見せる。

 

「太刀川隊!A級1位の、迅さんのライバルだったっていうあの!?」

 

「おー、よく知っとるね〜」

 

「このあいだ宇佐美先輩から聞きました」

 

「さすが宇佐美ちゃん、情報提供早いねぇ」

 

後輩に感心すれば、その横で本人がキラリとメガネを光らせる。

 

「スコーピオンの説明で、2人の逸話をちょろっとね」

 

少し得意気な宇佐美を横目に三雲と雨取が気を取り直し、それぞれ名乗る。

 

「B級の三雲修です、よろしくお願いします」

 

「C級の、雨取千佳です、よろしくお願いします」

 

「ミクモくんにアマトリちゃんだね、よろしくね〜」

 

互いに挨拶を終え、そういえば、そう前置きして三雲が口を開いた。

 

「国近先輩がA級1位ってことは、空閑と戦った人もそうなんですか?」

 

「そうだね〜、あのひとはね……」

 

 

 

 

 

「ユウさん、自己紹介なら、俺自身にさせてください」

 

 

落ち着きはらった声が届く。国近の言葉を遮り、来宮がブースから顔を出した。

 

「あっ、キノさん、おつかれ〜」

 

国近の労いに、彼が片手を上げ応える。

その横の空閑に気づき、チームメイトも労いの言葉をかけた。

 

「空閑!」

 

「遊真くん、お疲れさま」

 

「オサム、チカ、そっちもおつかれ」

 

返す空閑の表情は緩い。

 

 

 

「あなたがたが、遊真さんのチームメイトでしたね?」

 

そこへかけられる先ほどの声。聞き慣れないそれに、少年と少女は身を硬くする。

 

初々しい様子にクスリと笑みを零し、来宮がゆったりと歩み出た。

 

「初めまして、本部所属A級ソロ、来宮静間といいます」

 

 

どうぞよろしくお願いします。

 

 

穏やかな表情で、右手が2人へ差し出される。

 

 

 

 

 

玉狛第二。 物語の鍵を握る彼らと、来宮静間は邂逅を果たした。

 

 

 

 

 

 




執筆中の予測変換。一回も入力した事がないのにアマトリの候補にアマトリチャーナが表示される。

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