立花響の中の人   作:数多 命

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皆(?)大好き(?)『天下の往来独り占め作戦』ですよ。


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(・・・・師匠も、任務中はこんな気分なのかな)

 

ピリピリと、感じないはずの痛みを肌に覚えながら。

了子の運転する車内で周囲を警戒しつつ、響は一人思う。

ほどよい緊張感の中、『天下の往来独り占め作戦』は順調に進んでいるように見えた。

ハイスピードで流れる景色。

警察による交通規制で一般車両はいないため、人目を気にせず飛ばし放題である。

コントロールできる程度のトップスピードを維持したまま、目的地までたどり着ければいいのだが。

そうは問屋がおろしてくれない。

海を横断する道路に差し掛かったとき、変化は起こった。

突如黒煙が上がったと思うと、道路の一部が崩れ去る。

 

「―――――ッ!」

「ゎ・・・・!」

 

咄嗟に了子がハンドルを切ったため、響とデュランダルが乗っている車両は落ちずにすんだ。

バイクで並走していた翼も、瓦礫を伝って渡るという大技を見せて無事。

だが、回避が間に合わなかった車が一台、海に落下してしまう。

 

「っあ・・・・」

「大丈夫よ、うちのエージェントはあれくらいで倒れたりしないわ」

 

思わず声を上げた響を安心させるように、了子が語りかけた。

響も、後続を気にする余裕が無いと分かっているようだ。

表情は優れなかったが、了子に対ししっかり頷いて答える。

 

「よっし、じゃあしっかり掴まっててね響ちゃん!」

 

重い空気を払拭するべく、了子は溌剌と声を上げる。

 

「あたしのドラテクは凶暴よ?」

 

すごんだ次の瞬間には、車が大きく蛇行した。

あけていた窓から放り出されそうになった響は、何とかドアにしがみついて体勢を保つ。

一行はそのまま市街地へ。

早朝だというのに人の気配がしないのは、恐らく一般人に何らかの理由をつけて退避してもらっているのだろう。

その分こちらは動きやすくて助かる。

ふと、マンホールが動いて。

蓋を盛大に吹き飛ばし、ノイズの噴水が湧き上がる。

束の間直進していた車は、再び蛇行を開始。

 

『地下だ!敵は地下の下水道を通って襲撃してきている!』

 

通信の弦十郎に言われるまでも無い。

何度も上がるノイズの噴水。

とうとう巻き込まれ、護衛車が何台も吹き飛ばされる。

横転した車から危なげながらも這い出てくるエージェント達に、響は安堵のため息をつく。

 

『聞こえるか!?そのまままっすぐ行けば、薬品工場の敷地内に入る!二人には、そこに飛び込んでもらいたい!!』

「えぇ!?」

「そこで爆発でも起これば、いくらデュランダルでも木っ端微塵よ!?」

 

緊迫した雰囲気の中、弦十郎から耳を疑うような指示が来た。

響は思わず素っ頓狂な声をあげ、了子もまた前から意識を逸らさないまま問いかける。

 

『敵の狙いがデュランダルの確保なら、あえて危険地帯に飛び込んで攻め手を封じるって寸法だ!』

「勝算はあるの!?」

 

すると弦十郎は、自信たっぷりに答えた。

 

『―――――思い付きを数字で語れるものかよッ!!』

 

瞬間、車が思い切り加速する。

ぐわんと揺れる車内。

響が頭をぶつけたが、了子に謝る余裕なんて無かった。

ハリウッドのような空中浮遊の後、件の工場地帯に飛び込む車。

頭をさする響は、タンクの上に佇む銀色を見つけて。

 

「Balwisyall Nescell ガングニールトローンッ!!!!」

 

即座に唱える。

若干音程を無視する形となったが、ガングニールは無事認証してくれたようだ。

後ろのデュランダルをケースごと引ったくり、ベルトを引き千切って了子を抱きかかえ。

フロントガラスをぶち破って、飛び込んできたノイズを回避した。

無人の車は壁に衝突し、哀れ爆発四散と相成ったが。

守るべきものを両方守れたため、響は短く息を吐いた。

 

「あーあ、まだローンが残ってるのにぃー」

 

炎に包まれる愛車を見て、がっくり肩を落とす了子。

 

「ご、ごめんなさい」

「ふふ、まあ、ノイズが相手ならしょうがないか」

 

恐縮して頭を下げた響に、打って変わって明るい声で話しかけた。

と、二人の後ろで物音。

振り向けば、射殺さんばかりの目で、ネフシュタンが睨みつけている。

 

「ッ了子さんはデュランダルを持って下がってください!」

「はいはーい、命預けたわよ」

 

細腕には幾ばくか重たいケースを抱えて、了子は数歩下がった。

拳を構えて、ネフシュタンと対峙する響。

 

「司!櫻井女史!二人とも無事だったか!」

 

マンホールからのノイズをあらかた駆逐し終えた翼も合流。

まだまだ油断ならないが、勝利への布石は整ったと見るべきだろう。

 

「・・・・は」

 

構えた二人を見据え、ネフシュタンが嗤った。

 

「二対一だからと、調子付くんじゃねえぞッ!!!」

 

腰の杖を抜き放ち、大量のノイズを召喚。

目の前の壁に臆することなく。

目配せして笑いあった翼と響は、強く踏み込んで突撃した。

拳と刃が、ノイズを蹂躙する。

斬った側から、殴った側から絶命していくノイズ達。

翼の技が、響の力が。

以前とは全く違う、きっちりとしたかみ合いを見せて、強力なコンビネーションを産んでいる。

響が一度退く、ちょうど翼の隣に立つ。

交差する視線。

響は頷き、前に出て紫電を迸らせる。

 

「 未来のッ!! 先へえええぇ――――――ッ!!! 」

 

高らかに歌い上げながら、デビュー戦で見せた突撃を発動。

ノイズをごっそり減らしながら、勢いそのままにネフシュタンに殴りかかる。

 

「・・・・ッちぃ!」

 

鞭を振るい、拳を受け止めるネフシュタン。

どうやら攻撃は響、了子およびデュランダルの防衛は翼と、役割分担したらしい。

前回と同じく、攻防の合間にノイズを追加しているものの。

歴戦の戦士たる翼にかかれば、焼け石に水状態だった。

 

(それだけじゃねぇ・・・・)

 

響のストレートを避けて、目を細める。

 

(こいつの動き、前と全然違う!)

 

ラリアットをしゃがんで回避。

続くボディブローを鞭で受け止め、バネのようにしならせて弾き飛ばす。

――――先の戦いでも、響は十分な強さを発揮していた。

しかし今回は少し消極的になったというか、賢い動きになったというか。

今もそうだ。

わざと作った隙に、簡単に引っかからない。

以前の彼女なら、罠と承知した上で突っ込んできたというのに。

 

(さすがに死にかけりゃ考えも変えるってか、クソッ!)

 

蹴りを鞭で絡めとり、振り回して近くの小さいタンクに叩きつける。

あっという間に炎に包まれるタンク。

だが、響がこの程度で倒れないだろうことをネフシュタンは悟っていた。

 

「ぶっは!げっほぃごっほ・・・・!」

 

案の定、こげたりむせたりしていたものの、炎を振り払って飛び出してくる響。

顔の煤をおざなりに拭うと、大きく呼吸して仕切りなおした。

 

「・・・・あのーさ」

「あ?」

 

だが、構えを取った後。

眉をひそめながら口を開く。

 

「君、何でこんなことしてんの?」

「・・・・答える義理はねぇよ、つか何だ急に」

「いやぁ」

 

怪訝な顔のネフシュタンに、響きは構えを崩さないまま苦笑いを浮かべて。

 

「そういえば君の目的とか、全然知らなかったなぁって思って」

「バカだろおめぇ」

「即答!?」

 

この場に似つかわしくない敵意の欠片も無い顔に、即効で悪態が叩き込まれた。

 

「ひどいよぉ」

「お前がおかしいんだっつの!そんなん知ってどうするんだよ!」

 

鞭を地面に叩きつけて、思いっきり怒鳴るネフシュタン。

臆したわけではないが、勢いに押されて仰け反った響は、乾いた笑みを浮かべた。

 

「あははは、いやね?わたしがレアものだから狙うっていうのは分かるんだよ?だけど、持ってったあとどうするつもりなのかなって思って」

 

瞬間、瞳から茶目っ気が消える。

口元に笑みは浮かべたまま、瞳だけに戦意を燈してネフシュタンを睨む。

 

「・・・・」

 

ネフシュタンもまた、単なる道楽で聞いているわけではないと悟ったようだ。

歯を向いた口を閉じ、静かに響を睨む。

沈黙は、迂闊にしゃべれないということ。

つまるところ、彼女に指示を出している存在がいることを雄弁に語っていた。

 

「・・・・別に無理して話さなくてもいいよ」

 

響もそれを察したのだろう。

崩した構えを直しながら、穏やかに続ける。

 

「だけど、何の理由も無く戦うなんて、それじゃあ獣みたいじゃない」

 

強く強く、握られる拳。

 

「わたしもあなたも、人間だ。届く届かないはひとまず置いといてさ、きちんと言葉にしておくのも、大切なんじゃないかな?」

「・・・・!」

 

一理あると、思ったのだろう。

バイザーの下の目が、明らかに見開かれた。

 

「まあ、話し合いで済むんなら、こんなことにゃなってないんだろうけどねぇ」

 

ネフシュタンの動揺など露知らず、響はからから笑って締めくくった。

 

「で、どうする?このまま戦う?それとも話してから戦う?」

 

全身に戦意を戻しつつ、不適に問いかける響。

ネフシュタンもまた、慌てて構えなおしながら思案する。

目の前のこいつの言うこともまた一理ある。

・・・・自分の『目的』に犠牲が付き物なのは、重々承知している。

それでも、少しでもその犠牲を少なくしたいと考えるのは、彼女の言うような『人間』だからだろうか。

 

「ぁ、あたしは・・・・ッ!」

 

思わず、言葉を紡ぎかけて。

背後の輝きに、弾かれたように振り向いた。

 

「こ、これは・・・・!?」

「ッ櫻井女史!離れてください!」

 

了子の手元に、朝日のような光が迸っている。

最後のノイズを切り捨てた翼が、半ば突き飛ばす形でデュランダルのケースを引き離した。

 

「まさか、起動しようと・・・・!?」

「何で!?だって、完全聖異物の起動には・・・・!」

 

響は呆然と呟いたネフシュタンに反応し、反論する。

完全聖異物は、原初の力を発揮し、誰でも扱える代わりに。

起動させるために大量のフォニックゲインが必要となる。

もちろん、シンフォギア装者一人では到底賄えない。

それこそ、ライブ会場などの人が集まる場所でも無い限り、起動させることなど不可能だとされていた。

 

「いや・・・・!」

 

しかし、ネフシュタンは心当たりがあったようで。

まず響に、続けて後ろに了子を庇う翼に視線を滑らせる。

一番最初に聖遺物を起動させた翼と、シンフォギアとの融合体である響。

指折りのフォニックゲインの持ち主と、いまだ未知数の可能性を秘めている存在。

そんな『質の良い歌』を、至近距離でいっぺんに受けていたのなら。

この状況にも一応の納得が行くというものだ。

 

「ぁ・・・・!」

 

やがて、ケースが爆ぜる。

未だ黄金の輝きに包まれながら飛び出してきたのは、一振りの西洋剣。

 

「あれが、デュランダル・・・・」

 

今度は響が呆然と呟いた。

ネフシュタンはこれを好機と判断し、一気に駆け出す。

前回は響にしてやられ、結果として『治療』と言う名の『お仕置き』を施されたばかりだ。

次にも控えているだろう任務を考えると、これ以上の失敗=『お仕置き』は勘弁願いたかった。

加えて、負けてばかりと言うのも実に癪だ。

 

「おおおおおおおおおおッ!!!」

 

故にネフシュタンは大きく飛び上がり、必死に手を伸ばす。

だが、後少しで指先に触れるというところで。

青い閃光が、横槍を入れてきた。

 

「―――――ッ」

 

思わず防御。

血気迫る目で見下ろせば、大剣を振り下ろした翼がこちらを見据えている。

噛み締めた奥歯が、ぎりりと嫌な音を立てた。

 

「させるかああああああッ!!!!」

 

案の定、背中に衝撃。

響が咆哮と共にネフシュタンを突き飛ばす。

誰もが固唾を呑んで見守る中、伸ばされた手がデュランダルをしっかり掴んで。

 

 

 

――――――世界が反転した

 

 

 

「――――――ガ」

 

抵抗すら許されず、意識が黒に溺れる。

闇に塗りつぶされる。

墜落するように着地した響は、見る見る黒に染まっていく。

 

「司!?おい、司!!」

 

沈黙を保った響。

翼の呼び声に反応して、ゆっくり振り返る。

ぎらつく赤い目に、理性は残っていなかった。

 

「ヴオオ■■■■■■■■■■■■ォォォオオオ■■■■■■■■■■■■■■■■■■オオオオ■■■■ォォ――――――――ッ!!!!!!!!」

 

獣の咆哮が、大地を揺らす。

ビリビリと肌を侵食するプレッシャーに、翼は脂汗を流す。

対話は、期待しないほうがよさそうだった。

 

「・・・・逃げてください、櫻井女史」

「出来ないって言いたいところだけど、呑気なこといってらんないわね」

 

暗に『自分が引き受ける』という翼の進言に、了子は素直に頷いた。

実際、今の響から非戦闘員を守りながら戦うなど、不可能と思われたからだ。

警戒しながら一歩・二歩後ずさり、次の瞬間踵を返して駆け出した。

 

「グオオオ■■■■■■■■■■■■オオオオ■■■■ォォ――――――――ッ!!」

 

逃がすものかと、咆哮を上げる響。

思ったとおり、この場の全てを標的と定めたようだ。

 

「目を覚ませ!司ぁ!!」

 

刀を構え、飛び出す翼。

刃が閃き、響に迫る。

響は短く唸り声を上げて、デュランダルを振った。

刹那、金色の太刀風が吹きぬけ、翼を吹き飛ばした。

追撃を加えようとした顔面に、一撃。

ネフシュタンが、肩で息をしながら立っていた。

 

「ザマァねえな!獣になりたくないって言ってた奴が、獣に成り果ててやがる!!」

 

鞭を構えて、次をチャージする。

 

「さっきまで講釈垂れてたアホはどこにいったんだぁ!?人間サマよぉ!!」

 

獰猛に笑って、挑発。

それにより、次のターゲットが決まったようだった。

 

「オオ■■オ・・・・!」

 

短く唸り声を上げ、突撃。

乱暴に刃を振り下ろす。

一度防御しようとしたネフシュタンは、威力を目の当たりにして無理だと判断。

瞬時に回避に切り替えて、受け流す。

蹴りを胴体に突き刺して突き放し、距離を取る。

剣を持っているとは言え、得物ありの戦いは不慣れらしい。

バカみたいな威力であることを覗けば、動きは全くの素人。

そうと分かれば、怖くない。

と、

 

「はぁッ!!!」

 

にらみ合っている横合いから、翼が乱入してきた。

響に一太刀浴びせて飛びのくと、ネフシュタンの隣に着地する。

 

「おんやぁ?どういう心変わりだ?」

「・・・・三つ巴が手間なだけよ」

 

意地悪く笑うネフシュタンに素っ気無く答えると、突きの形に構えた。

 

「■■■■ォォ■■■■■■■■■ォォォオオオ■■■■■■■ォォ■■■■■■■オオオオ■■■■ォォ――――――――ッ!!」

 

関係ないといわんばかりに咆哮を上げて、響は再び突撃。

左右に散開した翼とネフシュタンは、左右から同時に攻撃。

鞭が片腕を封じ、刃がデュランダルと鍔競り合う。

 

「っだぁッ!!!」

「そオオォ――らッ!!!」

 

響が競り負けて大きく体勢を崩したタイミングで、ネフシュタンが鞭を振り回し。

標的を、先ほどよりも大きなコンテナに叩き付けた。

 

「おい・・・・」

「勘弁してくれって、あっちをやらなきゃこっちがやられる」

 

ねめつける翼に対し、肩をすくめてにやりと笑うネフシュタン。

正直デュランダルと響の安否が気にかかるところだが、相手は完全聖遺物の暴走体。

ネフシュタンの言うとおり、安易に手を抜けないのも事実だった。

ふと、視界の隅に何か入ったことに気づき、目をやる。

逃げたはずの了子が、何だか愉しそうにこちらを凝視していた。

考古学の研究者として、完全聖異物がそろっているこの状況は実に知的好奇心がくすぐられるのだろう。

 

「櫻井女史・・・・」

 

それなりに長い付き合いのため、学者がどういった気質のものか多少は理解していたが。

命の危険がある状態ではやめてほしいと、ため息をつくのだった。

刹那。

ズドン、と重々しい音を立てて、燃えていたタンクが吹き飛んだ。

飛んで来たタンクを翼が切り捨てると。

切り口の向こう側に、デュランダルを振り上げている響がいて。

 

「ガアアァァ■■■■ァァァアアアアアアア■■■■■■アアアア――――――ッ!!!!!」

 

手元の黄金を、解き放った。

耳を襲う轟音、高速で流れていく風景。

 

「ぁ、が・・・・!?」

 

別のタンクに叩きつけられてやっと、目の前の瓦礫の山と、自分がやられたことに気づくのだった。

隣からは、ネフシュタンのうめき声も聞こえる。

 

「翼ちゃん!!」

「・・・・さ、くらぃ・・・・じぉ・・・・!」

 

身を案じて叫ぶ了子に向け、今度こそ逃げるように言う翼。

だが、背中を強く打ちつけた所為で上手く声が出ない。

そして、最悪の事態が起こる。

 

「ゴ■ルル・・・・!」

 

大声を出したからだろう。

振り向いた響の目には、しっかり了子が捕らえられている。

 

「ふぃっ・・・・に、逃げ・・・・!」

 

次の瞬間には、響が飛び出していた。

翼も、ネフシュタンも間に合わない。

 

「・・・・ッ」

 

小さく舌打ちした『彼女』は、止むを得ないと手を動かしかけて。

了子は、気がつくと宙に待っていた。

 

「――――は」

 

攻撃されたとか、そうではない。

痛みは感じないし、自分の鼓動も感じるので死んだというわけでもないらしい。

何が起こっていると、上を見上げて。

仮面をかぶった男の存在に気づいた。

了子を抱き上げ宙に留まる、白い装いの彼は。

ゆっくり下降してタンクの上に着地する。

 

「あなたは・・・・!?」

「てめぇ、何モンだ!?」

 

了子とほぼ同時に、ネフシュタンが怒鳴って問いかける。

乱入者は束の間沈黙を保つと、静かに口を開いた。

 

「――――そちらに勝たれては、困る者だ」

 

言うなり手をかざす男。

新手を睨む響の周囲に、頂点部分が円になった三角の陣が幾つも展開する。

それらは中央から鎖を吐き出すと、瞬く間に響を拘束。

縛り上げて、動きを封じ込めた。

 

「――――」

 

対象の拘束を確認した男は、タンクから飛び降りると。

手に空色の光を溜める。

そして目にも留まらぬ速さで肉薄し、唸り声を上げる響の胴体に埋め込むように押し当てて。

一拍、沈黙したと思ったら。

 

「うぉっと!?」

「わ、た・・・・!?」

 

地面を揺らし、大気を震わせ。

重い重い衝撃波を打ち込んだ。

 

「・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・は、っ・・・・・・・・・!!」

 

響はデュランダルを手放し、一気に黒から解放される。

肺の空気を全て吐き出した彼女は、虚ろな目で数回呼吸を繰り返し。

やがて、静かに意識を手放したのだった。

 

「な、なんつー・・・・!」

 

・・・・圧倒的だった。

翼とネフシュタンの二人がかりでも苦戦した相手を、たったの一撃で沈黙せしめたのだ。

武装が解除された響を、ゆっくり横たわらせた男は、翼とネフシュタン、それから了子を見渡す。

仮面越しとは言え、視線を向けられて身構える一同。

だが特に何もする気はなかったのか、大きく跳躍すると、そのまま離脱してしまった。

 

「・・・・ぁ・・・・つ、司!!」

 

今しがたの鮮やかな手際に驚きはしたものの、響が攻撃されたことに変わりは無い。

痛みを殺し、慌てて立ち上がった翼が駆け寄り、その安否を確かめる。

響は、こちらの心配などどこ吹く風と言いたげに、穏やかに寝息を立てていた。

特に目立った傷も見受けられない。

少なくとも、余命僅かというような性急な状態ではないことに、翼は安堵のため息をついた。

ネフシュタンはいつの間にか撤退してしまったようだ。

辺りを見回しても、気配は感じられなかった。

 

「翼ちゃん!響ちゃんは!?」

「あ、はい。特に目立った傷は無いようです、もうぐっすりです」

「そう・・・・」

 

タンクから降りて駆け寄ってきた了子も、ほっと息を吐く。

 

「それにしても、さっきの人は一体なんだったのかしら?お礼言いそびれちゃった」

「私にも判断しかねます・・・・ただ、味方であることを願うしか・・・・」

 

ネフシュタンに続いて現れた第三者。

誰が見ても強者と分かるかの人物が、敵に回れば、どれほど苦戦するか。

先行きに不安を覚えながら、翼は自信なさげに答える。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「ん、及第点はあげていいかな」

 

現場から程近い建物。

一連の攻防を見終えた女性は、独りごちる。

途中から暴走したが、あれは不可抗力だろうと判断。

教え子が、学んだことをしっかり生かしていることに満足しながら、たばこを咥えて火をつける。

朝の清々しい青空に紫煙を燻らせた彼女は、ふと背後の気配に気づいた。

振り向けば、色とりどりの敵、敵、敵。

 

「ああ、そういえばあの(つるぎ)ちゃん、護衛対象との合流を最優先してたっけ」

 

防人として、出現したノイズを全て片づけないのはいかがなものかと思ったが。

目的を見失わない姿勢は好感が持てると、『死の群れ』を見渡す。

 

「ま、いっか。立ち見の代金ってことで、ここは引き受けてあげましょう」

 

女性がいるのは、現場と人口密集地の中間地点。

実際放っておけないのも事実だった。

ずるりと這い出た『得物』を取り、手馴れた様子で取り回して構える。

 

「―――――さあ、蹂躙してあげる」

 

たばこを踏み潰し、不適に笑った。




強さがラスボスだから、別に間違ったことは言ってないもん(震え声

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