あ、未来さんおめでとうございました!(
「響・・・・!」
現場から遠く離れたビル。
愛機をライフルに変形させ隙をうかがっていたティアナは、苦い顔をした。
たった今腕を食われた響は、膝から崩れ落ちて項垂れている。
左腕の夥しい出血が痛々しく、叶うことならすぐにでも援護射撃をしたいところだった。
――――しかし。
ちらりと、周囲へ視線をめぐらせる。
ティアナの上空をちらちら飛び交う、無数の飛行型。
恐らく叶あたりに読まれていたのだろう。
響がダメージを負うと同時に、周囲を包囲されたのだった。
(一発でも撃ち込もうなら、即座にこちらも狙い撃たれる・・・・!)
頼れといっておきながら、ノイズが出た途端無力に成り下がる。
そんな自分に嫌気が差して、ティアナは思わず舌を打った。
と、
「《ティーアナ》」
「《ッせんせ、じゃなくて、隊長!?》」
思っても見なかった人物からの通信に、ティアナは肩を跳ね上げる。
「《そっちに向かってる最中、状況はどう?》」
「《すみません、意気揚々と出ておいて、何の役にも立てず・・・・》」
「《はは、ノイズ相手ならどうしようもないさね》」
相変わらず真面目な一番弟子に苦笑いを零した遥は、『それよりも』と切り替える。
「《ノイズは気にしなくていい。こちらが合図をしたら、あの眼鏡をぶち抜け》」
「《ッ、アイマム》」
現状唯一ノイズに対抗できる御仁の援護とくれば、これ以上に心強いことはない。
気を取り直したティアナは、再びスコープを覗き込んで、
「―――――」
見えた現場に、絶句する。
◆ ◆ ◆
「ヒャハァッ!!やった!パクついたァッ!!!!」
左腕の切り株を押さえ、膝をつく響を見下ろして。
ウェルは狂気じみた声で狂喜する。
ネフィリムは口元から血を零れさせながら咀嚼し、飲み込んだ途端。
その体を更に大きく変化させた。
溢れんばかりの力に咆哮したネフィリムは、更なる力を求めようと。
その視線を、
「くっそ!そこどけええええええッ!」
「司!!っぐ、邪魔をするな!マリア!」
「悪いけど、これが私の役目なの」
ノイズの群れに手一杯なクリスと、渡り合っているものの中々マリアを突破できない翼。
ノイズを従えたマリアは、どうあっても道を譲る気は無いらしい。
すぐ目の前にあるのに届かないもどかしさに、翼は奥歯を噛み締める。
と、
「ああああああああううううううううぅぅぅ・・・・・ぐうううううるるるるるるる・・・・・!」
聞こえていた響の悲鳴に、変化。
痛みに悶える苦悶の声から、どこか荒々しい唸り声。
マリアも気になったのか、翼達と一緒に振り向いて。
「ッガアアアア■■■■■■■■■アアアア■■アア■■■■アアアア■■■アアア!!!!!!」
刹那、大気ごと揺さぶるような咆哮が鳴り渡った。
あまりの衝撃に身を庇っていた面々は、それぞれ腕をどかすなり目を開けるなりして。
真っ黒い中に、赤い目を爛々と光らせる響に、息を呑んだ。
「暴走、だと・・・・!?」
「なんてこった・・・・っおい!バカッ!しっかりしろォ!!」
「グルルルルル・・・・!」
仲間の声には目もくれず、ただ敵であるネフィリムを睨むのみ。
やがて、辛抱ならんと低く構えた響は、
「■■■オオオ■■■■■■■■■オオオオ■■■オオオ■■■■■■ッッ!!!」
再び咆哮を上げて、突撃した。
何を小癪なと同じく咆えたネフィリムも、鉤爪を叩きつけようとして。
響の
「バカな、左腕!?」
「再生したというの?こんな短時間で・・・・!?」
戦い続けながらも驚愕する翼とマリアの横合いで、響の猛攻は続く。
ネフィリムの胴体を何度も何度も執拗に殴り続けて怯ませると、黒い影を凝縮。
手にした突撃槍を、その胸部へ深く突き立てる。
もちろん突き刺すだけに留まらず、そのままずらして引き裂いた。
露になった中身の中心には、鈍く脈打つ心臓が。
「や、やめろ!!そいつは世界を救う鍵なんだぞォッ!!?」
「ガアアアア■■■■アア■■■■ッ!!」
ウェルの悲鳴を無視した響は、躊躇わず引っつかみ。
あろう事か引き千切って抉り出した。
「あああああああああああああああああああああああッッ!!!!?」
ネフィリムの悲鳴に呼応するように、ウェルもまた悲鳴を上げる。
その声が癪に障ったのだろう。
ぐずぐずと体を崩壊させていくネフィリムの傍で、心臓を投げ捨てた響がウェルを見た。
ウェルは爛々と輝く目に射抜かれ、情けなく尻餅をつくしかない。
「ッ、まずい・・・・!」
「待て!マリ、っぐ!」
響の狙いがウェルに移ったことを察したマリアは、翼の足を拘束魔法で引っ掛けて足止め。
雄叫びを上げて飛びかかろうとする響へ向け、斬撃を飛ばそうとして。
割り込んできた刃に、阻まれた。
「――――!?」
「・・・・ッ」
同じ色の目に移りこむ、間抜けな自分の顔。
「ぶっへッ!?」
「ガァウ!?」
ウェル達のほうにも変化。
何かが顔面に当たったウェルは大きく仰け反り、響もまた乱入してきた何者かに踏みつけられた。
倒れたウェルを庇うように、待機していた叶も参入してきたのが見える。
だが、今のマリアにとっては実に些細なことだった。
「そ、ん・・・・・何で・・・・!?」
マリアのカトラスと迫り合うのは、細くも力強いレイピア。
携えているのは、今まさに相対しているのは。
忘れはしない、忘れるはずも無い。
死んだ、はずの。
「セレ、ナ・・・・・!?」
「・・・・久しぶりだね、マリア姉さん」
弾きあう。
動揺にややよろめきながら後退したマリアと向き合うのは、セレナ。
翼達もミッドチルダで世話になった、遥の部下。
野盗のような格好であるマリアに対して、凛とした騎士のようなバリアジャケットを纏っていた。
「・・・・・ちぃと趣味悪いんじゃねぇか?姉貴」
「あれに関しては無実を主張するわ。確かに似てるなとは思ったけど、それだって任命した後だったし」
「だったら運が悪いってレベルじゃねぇな、オイ・・・・」
マリアと近しい叶も、彼女の妹については聞いていたのだろう。
突き刺すような目を向ければ、遥は肩をすくめた。
「ッガアアアアアアアア!!」
と、遥の体勢がぐらついた。
踏みつけて捉まえていた響が、解放しろといわんばかりにもがいている。
暴走していなくても抵抗する人はするだろうが、今の状態を考えれば決して想像に難くなかった。
そんな愛弟子を見下ろして、遥はまいったなとため息。
即座に慣れた手つきで槍を取り回し、魔力を込めて、
「――――
「ぐがァッ!?」
その胸を、背中から一突き。
貫かれると同時に、吹き飛ぶように黒が霧散して。
色が戻った響は、虚ろに宙を見つめた後。
やがて眠るように気を失った。
「司!」
「大丈夫だよ、リンカーコアを直接叩いただけ」
マリアから目を離さないまま、セレナは思わず駆け寄りそうになる翼達を諌めた。
すぐに気を取り直した遥は、一度閉じた目を開いて、真正面から叶を見据える。
「こういうの、感動の再会って言うらしいわね」
「雰囲気もクソもあったもんじゃねぇけどな」
やや粗暴な口調ではあるが、双子なりに通じるところはあるらしい。
片や役人、片や犯罪者と対極の立ち居位置にいる二人だが、不思議と剣呑な空気はなかった。
束の間、黙した読み合いが続いて。
「・・・・ねえ、今日はこの辺にして帰ってくれたりしない?こんな『狭い場所』で、あんたとやりあいたくないんだけど」
「同感だな」
ふと、遥がそんな目を見張るような提案をすれば。
意外にも叶は同意を答えた。
「姉貴相手とくりゃ、帰るほうが懸命だ」
「そんな!カナタ!!」
当然ながら、マリアは抗議の声を出す。
無理も無い。
死んだとばかり思っていた妹が、生きて目の前にいる。
すぐにでも詳細を根掘り葉掘り聞きたいところなのだろう。
「俺だって久々の姉妹の会話ってやつをさせてやりてぇが、今日は諦めた方がいい。お前、もうそれ以上戦えねぇだろ」
「・・・・ッ」
弟子の動揺なんてとっくに読み取っていた師の言葉に、図星を突かれたマリアは押し黙る。
「仮にこれ以上戦ったとしても、連中には腕のいい狙撃手が控えてる。加えて、防人嬢ちゃんもまだまだやる気と来た」
叶は、ティアナが控えているであろう方向を見据えながら、淡々と言葉を告げていく。
「それ以前に、お前が万全だろうと、逆立ちしたってこのおねーさまにゃ敵わねぇよ」
「よく分かってるじゃない、さっすが我が弟」
ニヒルな姉の笑みへ、叶は睨みを一瞥向けた。
「《ネフィリムは惜しいが、ドクターだけでも確保できりゃどうとでもなる。何より見逃してもらえるってんだ、遠慮なく帰宅させてもらおうじゃねぇか》」
「《・・・・・・分かった》」
念話に切り替えられた言葉に、マリアも何とか納得したらしい。
翼達からは、やや長い沈黙の後でこっくり頷いたのが見えた。
「んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なく帰ぇるぜ」
「おう、帰れ帰れ」
しっし!と手をひらひらさせて、遥はウェルを担いで去っていく叶を見送った。
一方のマリアは、どこか名残惜しそうに、それでいてまだ納得の行かない難しい顔でセレナを見つめ続けて。
やがて、踵を返して飛び立つ。
「・・・・・またね、姉さん」
去り際、そんな呟きが聞こえたので振り向いてみると。
どこか泣きそうな顔で見送る、妹の姿が見えた。