立花響の中の人   作:数多 命

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書きたい事詰め込んだらこんなことになりました。


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「あっはははははははははは!はははははははははははッ!!!」

 

鈍く、派手な殴打の音が。

鋭く、透き通る嗤い声が。

地下鉄のホームに、連続して木霊する。

放った蹴りは暴風に、突き出す拳は(いかづち)に。

炭を垂らしたように黒く染まった彼女は今、小型の嵐となっていた。

圧倒的な攻撃力でノイズを早々に駆逐しているのは良いものの、周辺に物的被害をもたらしているのはいただけない。

 

「あーあ、脆い脆い・・・・」

 

もはや引きつったレベルの笑みを浮かべて、残った少ない群れを見る。

 

「こーんなに弱い連中が・・・・こんなに大したこと無い連中が・・・・」

 

ふらっと、体を傾ける。

瞬きの内に、前列にいたノイズに肉薄する。

 

「未来の笑顔、奪ってんじゃねーよ」

 

腕を振り上げたと思ったら、人型ノイズの上半身が消えた。

第三者から見れば、そうとしか見えなかった。

なんでもない動作のはずなのに、人智を超えた速度で繰り出された。

生物的に危機を感じたのか、機械的に不利と判断したのか。

一番後方にいた葡萄のような人型が、自らの一部を切り離しながら逃げ出す。

転がった一部からは新たなノイズが召喚され、足止めをせんと立ちはだかる。

 

「――――――は」

 

対する響は取るに足らないと一笑し、プラズマを纏って突撃する。

壁としての役割すら果たせずに、塵と消えるノイズ達。

次はお前の番だと、葡萄型に目を付ける。

一つ覚えのように体を切り離す葡萄型。

愚か者めと響が殴りつけた刹那。

閃光と共に、激しく爆ぜた。

 

「うわ、った・・・・!」

 

不意打ちに対処できず、尻餅をつく。

至近距離で爆発を浴びたお陰か、幾分か冷静になったようだった。

 

「うっわ・・・・」

 

『正気に戻った』目で周囲を見渡し、惨状に苦い顔をする。

 

(正直やりすぎた、ってか途中から記憶が曖昧なんだけど・・・・あーあ、こりゃ師匠に折檻されても文句言えないなぁ)

「って、呑気してる場合じゃないって!!」

 

頭を乱暴にかいたところで、我に返る。

上方からの光に気づいて見上げれば、先ほどの爆発で出来たらしい大穴が。

その壁を伝って逃げていく、葡萄型の姿も見える。

 

「待てコラ!!」

 

正気であろうとなかろうと、みすみす逃がすつもりは無い。

自身も壁を足場に飛び上がり、地上に出る。

幸い奴の足は人並みのようだ。

まだ視認できる距離にいる。

追撃しようと、響が構えた瞬間。

再び頭上の光に気づいて、咄嗟に振り向いた。

間髪入れずに背後が爆ぜる。

元のほうに向き直れば、葡萄型があわれにも真っ二つになっているところだった。

相変わらずの容赦なさに口元を引きつらせながら、響は降り立った人物と向き合う。

 

「・・・・・すみません、翼さん。助かりました」

 

勤めて柔和に笑いかけるも、冷たい視線を溶かすには不十分だったようだ。

かたくなに認めたくないという意思を込めて、翼はただじっと睨みつけるのみ。

何となくむっとなった響の脳裏。

 

―――――時には誰かとぶつかり合うことも大切だよ

 

師の友人の言葉が、天啓のように過ぎった。

 

―――――そうしないと伝わらないことも、世の中にはたっくさんあるから

 

今よりももっともっと未熟だった響に取って、その言葉はとても勉強になったものだ。

言った本人自身が、まさにその方法で竹馬の友を得ていたのだから、なおさらだった。

現実に意識を戻す。

未だに翼に敵意を向けられている。

口元を引き締め、射抜くような視線を真っ向から見つめ返して、

 

「―――――翼さん!」

 

大声には届かないものの、それなりに大きな声で話しかけられるのが予想外だったのか。

翼の眉が、かすかに反応する。

 

「わたしにだって、守りたいものがあります!これだけは譲れないっていう『信念』があります!」

 

―――――今更何の話だ。

そんな絶対零度の態度に負けないよう、響は一層声を張り上げる。

 

「だから・・・・っ」

 

言いかけて、はたと気づいた。

このまま勢い任せにぶつかって、果たしていいのだろうか。

この力は『師匠達が扱うもの』とは違う、一歩間違えれば人を殺しかねない力。

もしも加減が出来ずに、目の前のこの人を殺めてしまったら・・・・。

過ぎってしまった考えが、次の言葉を中断させてしまった。

不自然に黙り込んだ響に続きを促したのは。

弦十郎を始めとした二課スタッフでも、目の前の翼でもなく。

 

「―――――だからぁ?んでどうするんだよ?えぇ?」

 

どちらにも該当しない、第三者の声だった。

弾かれたように振り向けば、暗がりから誰かが歩いてきているのが見える。

街灯の下に、現れたのは。

 

「ネフシュタンの、鎧・・・・!!」

「それって確か・・・・」

 

驚愕する翼に同調し、響もまた目を見開く。

あの鎧に関しては、少し聞いていた。

二年前のあの日に奪われた、二課が保有していた完全聖異物。

響や翼が纏うような欠片ではない、原初の力を現代まで留めている聖遺物。

もちろん、シンフォギアなど足元にも及ばないスペックを誇っている。

 

「へぇ?そんな顔するってことは、この鎧の出自を知ってるってことでいいんだな?」

「・・・・私の不始末で奪われたものを、忘れるものか」

 

身を固くする響とは対照的に、翼は覇気を纏って踏み出す。

 

「何より、私の不手際で失った命を!忘れるものかッ!!!」

 

少女らしからぬ咆哮を上げ、ネフシュタンに突っ込もうとして。

 

「ちょちょちょちょちょ!!翼さんストップストップ!!」

 

響に腰をホールドされた。

 

「貴様何を・・・・!?」

「人間相手に殺る気満々になってどうするんですか!?殺しはさすがにまずいでしょ!!」

 

彼女が言っているのは、至極正論だ。

そもそも二課の相手はノイズ。

時には人間を相手にすることもあるだろうが、さすがに殺しはご法度だった。

今の翼は、人斬りもいいところな修羅めいた形相。

苦手な部分はあるものの、しかし一歩でも間違えば道を踏み外しそうな雰囲気の彼女を、どうしてもほっとけない。

加えて口には出来なかったが、未知の相手に無策で突っ込むという無謀さを諌める意味合いもある。

もっとも、

 

「「戦場(いくさば)で何をバカなことをッ!!!」」

 

激昂した翼とっては、火に油を注ぐ行為だったが。

ちょうど怒鳴りつけたタイミングが、ネフシュタンとかちあった。

 

「むしろあなたと気が合いそうね」

「それじゃあ仲良くじゃれあうかい!?」

 

響を置いてけぼりにし、獰猛に笑いあって。

二人は駆け出した。

 

「つ、翼さん!」

「そうら!腰抜けはこいつらの相手でもしてなァ!!」

 

味方の安否を気遣う響に対し、ネフシュタンは腰から何かを取り出す。

一見すれば弓のようにも見えるそれの水晶部分から、レーザーが打ち出されて。

翡翠の光から、ノイズが姿を現す。

 

「まさか、ノイズを操って・・・・!?」

 

コミュニケーションが取れないはずの相手を、いとも簡単に指揮していることに驚くも。

動き出した連中を相手に、すぐさま構えを取る。

今更ノイズ相手に遅れを取るつもりは無いが、いかんせん数が多い。

さらに時折『おかわり』が来るというおまけつき。

翼との剣戟の合間を縫ってやっていることから、ネフシュタンを纏っている少女自身も相当強いのだろう。

 

(早く加勢したいのに・・・・!)

 

人型にラリアットを叩き込み、さあ次だと振り返った途端。

 

「どあぁ!?わっぶ何だコレぶえぇ!?」

 

妙に粘ついた液体を、頭からぶっ掛けられた。

しかも液体の癖に変に頑丈らしく、響の動きを封じ込める。

誰だこんなマニアックなことをやらかす奴はと、響が上を見上げると。

頭が鳥のようになっている、ひょろっとしたノイズに取り囲まれていた。

元から拘束が目的だったのか、近づいて炭にするようなことはしないようだ。

だが、今の響にとっては邪魔以外の何者でも無い。

アームドギアが、武器が無いことがここで仇となり、手詰まりの状態となってしまった。

 

(アームドギアがあれば・・・・いや、無いものねだりしてもしょうがない・・・・!!)

 

どうにか身をよじって脱出を試みるも、時間が経つにつれ粘液は強度を増していく。

放電も考えたが、翼へのフレンドリファイアも考えると、使用は憚られた。

しかし、もたついている間にも、翼はじわじわと追い込まれていく。

いつもとは違う、感情に従った力任せの戦い方をしているのもあるのだろう。

ネフシュタンのペースに、完全に乗せられている。

 

「あっぐ・・・・!」

「翼さん!!」

 

とうとう、体勢を大きく崩された。

何度も地面をバウンドし、吹き飛ばされていく翼の体。

植え込みの木に衝突して止まり、痛みに顔が歪む。

 

「のぼせあがるな人気者ォッ!!この場の主役と勘違いしているなら教えてやる!!」

「が、ぁ・・・・!?」

 

悠々と歩み寄ったネフシュタンは、翼の腹を蹴り飛ばして、

 

「あたしの目的は、ハナっからあいつをかっさらうことだッ!!」

 

親指を響に向けた。

狙いだと宣言された響は、目を見開いた。

そして瞬時に苦い顔をする。

 

(なんてこった、ご指名だよ・・・・!)

 

世界で初めての適合者である翼ではなく、響狙いだということ。

それ即ち、彼女が世にも珍しい『融合症例』だというのを知っていることだ。

二課のスタッフしか把握していないはずの事実を、明らかに外部の人間であるネフシュタンが把握している。

つまりこの状況は、どこかから情報が漏れたことを示していた。

 

「初戦からそこそこやるような期待のルーキーみたいだったが、結局はひよっこだな。動きを止めれば怖かねぇ」

 

引きとめようとする翼の手を軽く避けて、今度は響に近寄ってくる。

 

「さあ、観念してついてこい」

「・・・・ッ」

 

手を伸ばしつつ歩いてくるネフシュタン。

自分の勝利を確信しているようで、背後の翼には目もくれない。

再び抵抗を試みる響は、見た。

ボロボロの体を立ち上がらせようとする、彼女の姿を。

必死に強がりながらも、どこか泣き出しそうな顔を。

 

「――――――」

 

濁った思考が、クリアになる。

視界が冴える、頭が冴える。

走馬灯のように今までを想起して、『友人の得意技』を思いついた。

 

「いいねぇ、話の分かる奴は嫌いじゃない」

 

構えは脱力。

ネフシュタンが何か言っているが、反応する義理は無い。

足先から下半身へ、下半身から上半身へ。

 

「・・・・何を考えてる」

 

さすがに相手も、こちらの企みを察したらしい。

一旦足を止めて鋭く睨む。

だが、一歩遅かった。

 

「・・・・ッ」

 

刹那。

目を見開いた響は、回転の加速を利用して拳を押し出す。

衝撃波がまっすぐ伸びて、ネフシュタンに襲い掛かる。

ノイズの炭のシャワーをバックに、拘束から解放された響。

手刀を突き出し、拳を引き絞って構える。

戦意を感じ取ったネフシュタンは、盛大にため息をついた。

 

「・・・・できるだけ無傷でって注文受けてんだけどなぁ」

 

鋼鉄の鞭を構え、笑う。

 

「抵抗するんじゃぁ、しょーがねえよなァーッ!?」

 

ジャラリと振り回して、叩き付けた。

ステップで避けた響は、大きく踏み込んで肉薄。

体を傾けて避けられるも、鼻先を掠めた拳にネフシュタンは冷や汗をかく。

鞭を振って引き離し、距離を取る。

 

「そおらくらえッ!!」

 

切っ先にエネルギーを溜めて放つ、『NIRVANA GEDON』が響を襲う。

響は慌てることなく拳を握り、あろうことか真正面から殴りつけた。

エネルギーとプラズマがぶつかり合い、一拍置いて爆ぜる。

衝撃波に一度踏みとどまるも、すぐに立て直して再び突撃。

低い姿勢から、顎目掛けて蹴り。

避けられるのは想定内なので、足が伸びきるや否や振り下ろして追撃。

頭を狙った一撃は右腕で防がれ、そのまま流れるように空いた左腕で引っつかまれる。

 

「おらぁッ!!」

「ぅおっと・・・・!」

 

思いっきり放り投げられたところに、ダメ押しの『NIRVANA GEDON』。

今度は直撃し、響が煙に包まれる。

攻防を見守っていた翼は、思わず声を上げるも。

直後に煙から飛び出てきた響を見て、ほっと息をついた。

所々焦げたり煤けていたりしたが、五体の満足をおざなりに確認して、再び突撃した。

 

「っち・・・・!」

 

響が全く怯まないのが気に入らないのか、ネフシュタンは小さく舌打ち。

飛び掛ってくる彼女に向け、再び鞭を振るった。

響は体を捻って避け、右ストレート。

引き寄せた鞭でいなされ、蹴りがわき腹に突き刺さる。

防御も出来ず、もろにダメージを受けてしまった。

地面をきりもみしながら転がっていく。

街灯に体を打ちつけ、肺の空気を吐き出す。

束の間呼吸が出来ず、苦しそうに咳き込む響。

 

「ったく・・・・手間取らせやがって・・・・!!」

 

標的がやっと動かなくなったのを確信したネフシュタンは、忌々しげに口元を歪めた。

舌打ちやらため息やらは、苦悶の声を聞いたことで幾分か下がったらしい。

しかし疲労は溜まっていたようで、やはり盛大にため息をつくのだった。

自分が身に纏っているものが、後ろでへばっている出来損ないや、目の前で蹲っているひよっこの組織と因縁があることくらい分かっている。

これの奪還が、彼らの悲願の一つであることも。

増援に来られても面倒だ。

故に、早々に響を回収しようとして、

 

「・・・・ッ!?」

 

体が動かないことに気づいた。

今自分を縛れるようなアイテムはない。

と、いうことは。

背後。

動けないながらも振り向いて、目を見開く。

 

「てめぇ・・・・!!」

 

響と同じくダウンしているはずの翼が、刀を深く突き立てていた。

その技は聞き及んでいる。

彼女の付き人が得意とする、現代に残る忍法の一つ『影縫い』。

名前のとおり、影が地面にしっかり縫いとめられていた。

 

「こ、の・・・・死にぞこないがぁッ!!!」

 

罵声を上げるものの、体の自由が利かない今ではただの虚勢だ。

ひとしきりネフシュタンを睨んだ翼は、次に響に目を向ける。

 

「何をしているの!?守るだの信念だの言っておいてその様!?」

 

呼吸が落ち着いたらしい響が、木を支えにゆっくり立ち上がっている。

 

「譲れないものがあると言うのならッ!まずはそれだけの気概を見せてみなさいッ!!!」

 

俯いたままの響。

瞬間、力強く拳を握って。

 

「・・・・・は」

 

足音は三つ。

時間は一瞬。

浮かぶ汗が見えるほど、接近した響は。

 

「――――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 

力の限り、ネフシュタンを殴り飛ばした。

直後に翼が拘束を解いたため、響以上にきりもみしながら吹っ飛んでいった。

そして噴水にぶつかってやっと制止し、そのまま土煙に包まれて沈黙する。

 

「翼さん、傷は?」

「痛みなど殺せる、お前の方はどうなんだ」

「師匠のお陰で丈夫ですから、倒したきゃ三倍は持ってこいって話ですよ!」

 

正直打撲のダメージは全身にきていたが、骨は折れていないようなので大丈夫だろうと自己完結した。

調子を整えるように腕を回す一方で、珍しく翼が加勢してくれたことに気づく。

今までの彼女の対応を考えると、いつも通り『自分でやれ』のような態度を取るはずだが・・・・。

首を傾げつつも、奪われたという『ネフシュタンの鎧』が相手なのだし。

なりふり構っていられないと思ったのかもしれないと、響は一人納得した。

一方。

翼もまた、自分が加勢したことに内心驚いていた。

奏のことを忘れ、ガングニールを我が物顔で振るっている少女。

しかし何故か、先ほどだけは。

彼女が連れ去られそうになったとき、また失うかもしれないという恐怖に支配されかけていたとき。

目が合った途端、爆発的に火を燈した瞳を見て。

何ともいえない安心感を覚えてしまったのだ。

 

(情け無い・・・・新入りにすがるなど、防人として余りにも情けなさ過ぎる)

 

はぁ、とため息をついた時だった。

 

「翼さん!!」

 

突如、横薙ぎに突き飛ばされる。

何事かと視線を巡らせた先、何かが煌いた。

刹那、鞭が鋭く伸ばされてきて。

 

「ぐ、っは・・・・!」

 

響の土手っ腹を貫いた。

上手く事態を飲み込めない翼は、血を吐き出す響を見上げるしか出来ない。

 

「くっそ、欠片共が・・・・手間取らせやがって・・・・!」

 

鎧が所々砕けた、ボロボロの姿だったが。

ネフシュタンは今度こそ響を無力化できたと、大きく息を吐く。

 

「やっと捕まえたぞ、やんちゃ野郎が・・・・!」

「き、貴様!!」

 

やっと再起動した翼が、刀を構えなおそうとして。

 

「・・・・ああ、そうだね」

 

獰猛に釣りあがる、口元。

 

「捕まえたぁ・・・・!」

 

がっしり鞭を掴んだ響は、これ見よがしに紫電を迸らせる。

やっと勝ちを得たと思っていたネフシュタンは、この後に何が起こるかを察する・・・・!

 

「そうら奢りだッ!!遠慮なく持ってけえええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!!!」

 

翼と幾分か離れているのをいいことに、遠慮ナシに放電。

響の目論見どおり、人が触れれば無事ですまない威力の電撃が。

あっというまに鞭を伝って、ネフシュタンを襲った。

 

「ぎがあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!?」

 

車で駆け付けた弦十郎と了子が見守る前で、逃げられなかったネフシュタンがもろに電流を浴びる。

しかし食いしばって悲鳴を飲み込んだネフシュタンは、しびれる腕を何とか制御してもう片方の鞭を振るう。

再び放たれる『NIRVANA GEDON』。

同じく動けない響など、ただの的に他ならなかった。

 

「ぐぁ・・・・!」

 

直撃を受けた響。

勢いで鞭が抜け、大量に出血する。

ネフシュタンは血を振り払いながら、自身の周囲を攻撃。

向かってきていた翼と弦十郎を足止めして、煙の中に消えていった。

邪魔な土煙を振り払い、周囲を注意深く見回す翼。

すぐに敵の姿が無いことを悟り、悔しげに顔を歪ませる。

 

「響ちゃん!響ちゃん、しっかり!!」

 

そんな歪んだ顔も、了子の悲痛な声で成りを潜めた。

我に返って振り返った先、響が血溜まりに沈んでいる。

ガングニールが、真っ赤に染まっている。

 

「――――――」

 

息が止まった。

 

「・・・・・・ぁ」

「翼?」

 

弦十郎が訝しげに見てくる。

止まらない、震えが止まらない。

だって。

了子に抱えられ、ぐったりしている様は。

『あの時』の奏と、同じ。

 

「ぉ、おい!!」

 

刀を取り落としながら、駆け寄る。

近づいて分かる、その傷の深さ。

すっかり血が抜けた肌は、陶磁器のように不健康な色に成り果て。

ただただかすかに上下している胴体だけが、辛うじて生きていることを証明していた。

 

「おい、しっかりしろ!死ぬな!」

「つ、翼ちゃん落ち着いて・・・・!」

「だって!!!」

 

明らかに平常心ではない彼女を落ち着かせようと、了子が肩に手を置くも。

今の翼にはあまり効き目が無いようだった。

そんな二人を制止するように、下から何かが伸びてくる。

響の手だった。

虚ろな目にも、しっかり光を燈している。

その手を握ろうと、翼が手を差し出すと。

まるで阻むように、プラズマが迸る。

威嚇とも取れる展開に、翼が動揺していると。

響は力無く、申し訳なさそうに微笑んだ。

そして意を決したように口元を結ぶと、プラズマの勢いを調節して。

傷口に、押し当てる。

 

「ぐうううううううう・・・・・!」

 

生ものが焼ける音、漂う嫌な臭い。

響は鈍い悲鳴を上げながらも、歯を食いしばって耐える。

やがて、傷を焼き終えた彼女は、束の間息を止めた後。

どっと吐き出すように、呼吸を再開したのだった。

 

「響くん!何て無茶を・・・・!」

 

呆然とする翼の背を叩いて現実に引き戻しつつ、悲痛な顔で響を見下ろす弦十郎。

対する彼女は再び力無くはにかんで、翼に手を伸ばした。

温もりが抜けた、ひやっとした指が頬をなぞる。

ここで初めて、翼は自分が泣いていることに気づいた。

一瞬でも油断すれば消えてしまいそうなその手を握ると。

響は消え入りそうな声で、しかし安心させるように、呟いた。

 

「――――――泣かないで」

「・・・・ぇ」

 

それっきり、響は動かなくなってしまった。

眠るように目を閉じて、静かに息を吐く。

段々力を失う冷たい手に、翼の胸中は荒れ始める。

ネフシュタンに手も足も出なかった状況。

目の前でぐったりとする『ガングニール』。

自分の不手際。

 

「・・・・・ぁ・・・・・・ぁあ・・・・・・・!」

 

同じだった。

何もかもが、残酷なくらいに。

二年前の焼き増しのようだった。

 

「・・・・き、救護班は・・・・・救護班はまだなんですか!?」

 

かすかに残った温もりを守るように握り締めて、弦十郎と了子に詰め寄る。

 

「翼」

「急がせて下さい!!このままじゃ、この子がッ!!」

 

普段の落ち着いた雰囲気など彼方へ投げ飛ばし、翼はほぼ錯乱した声で喚く。

 

「お願いよ!死なないで!一人にしないでぇ!!―――ッ!!!!!」

 

縋るように叫んだのは、果たしてどちらの名前か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、ほっとけないとこまで似なくて良いのに・・・・師弟そろってしょうがない」

 

一匹の猫が、小さくため息をつく。




このビッキーのレベルは60代後半くらい。
低くはないけど理不尽ってほどじゃないくらいの強さ。

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