立花響の中の人   作:数多 命

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前話投稿後。
プロットを確認してみたら、広げた風呂敷の規模に軽く絶望してしまったので、急遽練り直しました。
よって、『三騎士』やら『ヴィヴィオのパパさん』やらはなかったことになってしまっています。
私の至らなさにより、読者の皆々様には大変なご迷惑をおかけしますが。
何卒、拙作をお見守りくださいますようお願い申し上げます。


38ページ目

「――――――あのエースオブエースの故郷に、そんな危険生物が」

 

ティアナから話を聞いた捜査官は、信じられないと目を見開いた。

元々『管理外第97世界』こと地球は、魔法の無い世界として知られていたのだ。

そこから連想して、魔法を始めとした超常的存在がないと思い込んでいたのなら、驚くのも無理は無い。

 

「炎や電気と言った『熱』を用いずに炭を生成、しかも人体からとなると、『ノイズ』の可能性も出てきます」

「失礼」

 

こっくり頷いたティアナに、途中から話を聞いていた別の捜査官が手を上げた。

 

「確かに『特異災害』のことをご存知なら、その可能性を考えるのも無理は無いでしょう。ですが、あれらは管理外97以外での観測はされていないはずです」

 

『少なくとも、管理局による観測が始まってからは』、と。

ノイズについて知っていたらしい彼は、そう付け加える。

否定や嫉妬からの意地などではなく、結論を急いて誤ったほうへ行かないための意見。

事件を解決したいと、真摯に望むからこその発言だった。

 

「問題はそこなんです」

 

ティアナも、彼の気持ちを十分汲み取った上で、頷く。

 

「地球固有の特異災害が、何故今になってミッドに現れたのか・・・・そこがどうも引っかかっているんです」

 

遥からの情報に寄れば、ノイズを居のままに操る手段は実在する。

だがそのためのアイテムは、現地の組織によって厳重に管理されているはずなのだ。

妹弟子の響や、恩師であり上司でもある遥が、一定以上の信頼を置いている人々。

特に遥は、常時無様を晒すような間抜けに力を貸さないことから、相手がそれなりの実力を持っていることは明白。

故に、『手段』が簡単に奪取されたとは考えにくかった。

 

(この辺りは、師匠に確認を取ってみないと)

 

思考にふけっていたティアナは、一人頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、コールブランドさん」

「ごきげんよー!」

 

未来達一行が校舎内を歩いていると、St.ヒルデの生徒に遭遇した。

二人とも大きな楽器を抱えていることから、どうやら吹奏楽部らしい。

 

「その人達は?見ない制服だよね?」

 

ユーフォニアムを抱えた生徒が、珍しそうに未来とクリスを見つめる。

隣のトロンボーンを抱えた生徒も、何度も頷いていた。

二人ともリボンの色が同じことから、マシュと同じ学年のようだ。

 

「立花先輩のご学友です。ここを見学されたいということで、今案内をしていました」

「え、タチバナって、あのタチバナ!?」

「やだ、うっそー!」

 

未来が挨拶するよりも早く。

生徒達は身を乗り出し、黄色い声ではしゃいだ。

ヴィヴィオ達のべた褒め具合から何となく察してはいたが、想像以上に響は人気者だったようだ。

 

「っていうか、先輩帰ってきてるの!?」

「ええ、ランクの昇格試験を受けるために戻っていらっしゃるんです」

 

戸惑う未来の代わりにアインハルトが答えると、また黄色い声が沸きあがった。

 

「なんつーか、ここんとこ驚いてばっかだな」

 

半ば呆れたクリスの声に、未来は黙って頷く。

 

「あの!そっちのタチバナ先輩って、どんなですか!?」

「やっぱりクールでカッコイイですか!?」

「えっ?」

 

すっかり興奮した生徒達が、そろって未来に詰め寄った。

別に話すこと自体はやぶさかでもないが、彼女らが口走った『クールでカッコイイ』というフレーズにまた戸惑ってしまう。

だって未来が知っている響は、太陽みたいに明るくて、あったかくて。

傍にいるだけで元気をくれるような人なのだから。

 

「・・・・端的に言うなら『バカ』だな」

「えっ?」

 

そんな未来をフォローしたのは、意外なことにクリスだった。

気だるげに出てきた思っても見なかった答えに、今度は生徒達がぎょっとなる。

 

「スキンシップ激しいし、考えているように見えて結局力技で解決するし、理想論語りまくるし」

「あ、あの」

「けど」

 

不安げな一同を安心させるように、語気を強めて一旦区切る。

 

「言ったことはきちんと実行するし、出来ないならできないで、やれることを死ぬ気で成し遂げるし・・・・なんだ」

 

自分でも何を言いたいか、上手く表現できなくなってしまったのか。

どこか照れくさそうに頭をかきながら、しかし清々しい笑みを浮かべる。

 

「背中くらいは、預けてやってもいいと思ってる」

「・・・・そう、なんですか」

 

予想と違う響の評価に戸惑っていたものの。

あちらでも信頼されているということを悟った生徒達は、安堵した笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題(さてさて)

 

 

 

 

 

 

「ここが、先輩達が通っていた教室です」

 

実はここの生徒会長だったマシュに鍵を開けてもらい、中に入る。

モニター型の黒板や、天板を上げれば出てくるタッチパネルなど。

日本にあるような最先端の学校と、変わりない内装だった。

 

「ちょうどそこが、立花先輩の席だったんですよ」

「えっ」

 

内部を見渡しつつ何となく進んでいた未来は、たまたま傍にあった机を見た。

 

「まさにここで勉強してたってか」

「はい、実力は姉さんに並ぶ学年トップクラス。筆記の方も、慣れた頃には50位以内に入っていらっしゃいました」

 

ちょうど真ん中の列の、一番後ろ。

全体を見渡せるその席に、そっと手を触れる。

誇らしげに語るマシュの声を聞きながら、思いにふけっていた未来だったが。

 

「未来さん?」

「・・・・あれ」

 

やがて手に落ちた雫を見て、我に帰る。

机を汚してはいけないと、咄嗟に飛びのき。

乱暴に顔を拭う。

 

「おい、どうした?」

「どう、してだろう、ごめん、ちょっと待って」

 

気遣ったクリスに背中を擦られながら、どうにか涙を止めようと努める。

ヴィヴィオ達は未来を案じて近寄り、マシュは自分の説明がいけなかったのではとおろおろする。

彼らに対し『大丈夫』を繰り返しながら、未来は涙の訳を必死に考えた。

ヴィヴィオ達に何かされたわけでもないし、マシュの解説も実によく分かりやすかった。

悪いところなんて何一つ無く、むしろ響のことをたくさん知れて嬉しいわけであって。

 

(知れて、嬉しい・・・・?)

 

唐突に、すとんと。

答えが湧いて出てきた。

そうだ、自分は。

小日向未来は。

 

「響のこと、何にも知らなかったんだなぁ・・・・」

 

実際。

確信を以って言えるのは、幼い頃の思い出だけだ。

記憶を失った後の響は。

家族と死に別れ。

魔法使いの弟子となり。

今は恋人として隣に立っている『響』については。

びっくりするほど、何にも知らなかった。

責められ続けるあの子を見ていたから、傷つき続けるあの子を見ていたから。

身代わりになることも、ましてや一緒に戦ってやることも出来ない未来は。

ただただ傷を癒してやることしか出来なくて、痛みからあの子を守ることが出来なくて。

それがとてつもなく悔しくて、悲しいのだ。

もちろん知らない原因は、響本人が話してくれないというのが大きい。

だが裏を返せば、響に信用されていないという根拠に十分成り得る。

 

「響・・・・!」

 

ああ、ダメだ。

涙が溢れてとまらない。

悔しくてたまらない、悲しくてたまらない。

胸に広がった後悔に、押しつぶされそうになって。

 

「・・・・わたしは」

 

必死に堪える未来の涙を拭いながら、マシュが笑う。

 

「そちらで過ごしている立花先輩を知りません。だから、あの人があんなに笑えることにびっくりしていて」

 

一昨日自身のデバイスに送られてきた、一通のメール。

見たことが無い、弾ける様な笑顔を思い出しながら、自らの知る『立花響』を語る。

 

「先輩は『強さ』を求めるストイックなお方でしたから、あんなに無邪気な表情を見せることはありませんでした」

 

『鉄仮面』や『能面』というわけではない。

ただ、笑っても物足りなくて。

怒れば常人を遥かに超える威圧を放って。

そんな彼女を、時には恐ろしいとすら思ったこともあった。

 

「あなたについて語る先輩は、とても生き生きしていて」

 

例外はただ一つ。

地球に置いてきた親友(みく)について語る時。

記憶を無くし、無実の確証がない罪過に苛まれた中。

一緒に傷つこうとも、傍に寄り添って笑いかけてくれた、大好きな存在のこと。

未来の名前を口にするときだけは、人間じみた鮮やかな感情を見せてくれたものだ。

 

「だから、実はずっと気になっていたんです。先輩の笑顔を簡単に引き出せるあなたのことが」

「マシュさん・・・・」

 

話を聞いているうちに泣き止み、目元を腫らした未来が名前を呼べば。

マシュは再び笑って応えた。

 

「何も知らないから邪魔だなんてことはないはずです。立花先輩なら、そんなこと絶対に言いません」

 

特にあなた相手なら。

自信を持って、宣言する。

 

「――――よければ、あなたが知っている先輩について、教えてもらえませんか?」

「わたしが?」

「はい、一番傍にいた人から聞きたいんです。ありのままの先輩を」

 

未来は、目元の腫れを取り払うようにこする。

かぶりを振って上げた顔には、後悔も切なさも無かった。

 

「気をつけろー、ノロケがぶっこまれるぞー」

「く、クリス!?」

「あ、やっぱりそういう関係なんですね」

「それじゃあ、コーヒーがおいしいお店にいかなくては」

 

湿っぽい空気に止めを刺すべくクリスが茶化しを入れれば、アインハルトとユミナが同調して頷く。

言うほどのことでもないからと、明言したわけではないのだが。

どうやら感づかれてしまったらしい。

別段隠す気もなかったが、最近やっと羞恥心を乗り越えた未来にはまだハードルが高かった。

顔がみるみる赤くなり、油断すれば湯気が出そうなくらい熱る。

 

「のろけって・・・・」

「つまりコイバナですよね!?」

「わぁーっ!」

 

正直逃げ出したい。

しかし、ヴィヴィオ達小学生組にキラッキラした目を向けられては、逃げ場は無い。

 

「ほら、みなさん」

 

盛り上がる彼女等を嗜めるように、マシュが手を叩いた。

ああ、さすが生徒会長なんて、救い主を見つけた気分で未来は振り向いたが。

 

「あんまりいじってしまうと、聞きたいコイバナを聞けなくなっちゃいますよ」

 

ブルータス、お前もか。

ローマ帝国の英雄にして、『皇帝』の語源にもなったとされる人物の台詞が、頭を過ぎった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「それでは、作戦を決行する」

 

「驕る支配者に、鉄槌を・・・・!」




「」ギュピッギュピッ

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