プロットを確認してみたら、広げた風呂敷の規模に軽く絶望してしまったので、急遽練り直しました。
よって、『三騎士』やら『ヴィヴィオのパパさん』やらはなかったことになってしまっています。
私の至らなさにより、読者の皆々様には大変なご迷惑をおかけしますが。
何卒、拙作をお見守りくださいますようお願い申し上げます。
「――――――あのエースオブエースの故郷に、そんな危険生物が」
ティアナから話を聞いた捜査官は、信じられないと目を見開いた。
元々『管理外第97世界』こと地球は、魔法の無い世界として知られていたのだ。
そこから連想して、魔法を始めとした超常的存在がないと思い込んでいたのなら、驚くのも無理は無い。
「炎や電気と言った『熱』を用いずに炭を生成、しかも人体からとなると、『ノイズ』の可能性も出てきます」
「失礼」
こっくり頷いたティアナに、途中から話を聞いていた別の捜査官が手を上げた。
「確かに『特異災害』のことをご存知なら、その可能性を考えるのも無理は無いでしょう。ですが、あれらは管理外97以外での観測はされていないはずです」
『少なくとも、管理局による観測が始まってからは』、と。
ノイズについて知っていたらしい彼は、そう付け加える。
否定や嫉妬からの意地などではなく、結論を急いて誤ったほうへ行かないための意見。
事件を解決したいと、真摯に望むからこその発言だった。
「問題はそこなんです」
ティアナも、彼の気持ちを十分汲み取った上で、頷く。
「地球固有の特異災害が、何故今になってミッドに現れたのか・・・・そこがどうも引っかかっているんです」
遥からの情報に寄れば、ノイズを居のままに操る手段は実在する。
だがそのためのアイテムは、現地の組織によって厳重に管理されているはずなのだ。
妹弟子の響や、恩師であり上司でもある遥が、一定以上の信頼を置いている人々。
特に遥は、常時無様を晒すような間抜けに力を貸さないことから、相手がそれなりの実力を持っていることは明白。
故に、『手段』が簡単に奪取されたとは考えにくかった。
(この辺りは、師匠に確認を取ってみないと)
思考にふけっていたティアナは、一人頷いた。
◆ ◆ ◆
「ああ、コールブランドさん」
「ごきげんよー!」
未来達一行が校舎内を歩いていると、St.ヒルデの生徒に遭遇した。
二人とも大きな楽器を抱えていることから、どうやら吹奏楽部らしい。
「その人達は?見ない制服だよね?」
ユーフォニアムを抱えた生徒が、珍しそうに未来とクリスを見つめる。
隣のトロンボーンを抱えた生徒も、何度も頷いていた。
二人ともリボンの色が同じことから、マシュと同じ学年のようだ。
「立花先輩のご学友です。ここを見学されたいということで、今案内をしていました」
「え、タチバナって、あのタチバナ!?」
「やだ、うっそー!」
未来が挨拶するよりも早く。
生徒達は身を乗り出し、黄色い声ではしゃいだ。
ヴィヴィオ達のべた褒め具合から何となく察してはいたが、想像以上に響は人気者だったようだ。
「っていうか、先輩帰ってきてるの!?」
「ええ、ランクの昇格試験を受けるために戻っていらっしゃるんです」
戸惑う未来の代わりにアインハルトが答えると、また黄色い声が沸きあがった。
「なんつーか、ここんとこ驚いてばっかだな」
半ば呆れたクリスの声に、未来は黙って頷く。
「あの!そっちのタチバナ先輩って、どんなですか!?」
「やっぱりクールでカッコイイですか!?」
「えっ?」
すっかり興奮した生徒達が、そろって未来に詰め寄った。
別に話すこと自体はやぶさかでもないが、彼女らが口走った『クールでカッコイイ』というフレーズにまた戸惑ってしまう。
だって未来が知っている響は、太陽みたいに明るくて、あったかくて。
傍にいるだけで元気をくれるような人なのだから。
「・・・・端的に言うなら『バカ』だな」
「えっ?」
そんな未来をフォローしたのは、意外なことにクリスだった。
気だるげに出てきた思っても見なかった答えに、今度は生徒達がぎょっとなる。
「スキンシップ激しいし、考えているように見えて結局力技で解決するし、理想論語りまくるし」
「あ、あの」
「けど」
不安げな一同を安心させるように、語気を強めて一旦区切る。
「言ったことはきちんと実行するし、出来ないならできないで、やれることを死ぬ気で成し遂げるし・・・・なんだ」
自分でも何を言いたいか、上手く表現できなくなってしまったのか。
どこか照れくさそうに頭をかきながら、しかし清々しい笑みを浮かべる。
「背中くらいは、預けてやってもいいと思ってる」
「・・・・そう、なんですか」
予想と違う響の評価に戸惑っていたものの。
あちらでも信頼されているということを悟った生徒達は、安堵した笑みを浮かべたのだった。
「ここが、先輩達が通っていた教室です」
実はここの生徒会長だったマシュに鍵を開けてもらい、中に入る。
モニター型の黒板や、天板を上げれば出てくるタッチパネルなど。
日本にあるような最先端の学校と、変わりない内装だった。
「ちょうどそこが、立花先輩の席だったんですよ」
「えっ」
内部を見渡しつつ何となく進んでいた未来は、たまたま傍にあった机を見た。
「まさにここで勉強してたってか」
「はい、実力は姉さんに並ぶ学年トップクラス。筆記の方も、慣れた頃には50位以内に入っていらっしゃいました」
ちょうど真ん中の列の、一番後ろ。
全体を見渡せるその席に、そっと手を触れる。
誇らしげに語るマシュの声を聞きながら、思いにふけっていた未来だったが。
「未来さん?」
「・・・・あれ」
やがて手に落ちた雫を見て、我に帰る。
机を汚してはいけないと、咄嗟に飛びのき。
乱暴に顔を拭う。
「おい、どうした?」
「どう、してだろう、ごめん、ちょっと待って」
気遣ったクリスに背中を擦られながら、どうにか涙を止めようと努める。
ヴィヴィオ達は未来を案じて近寄り、マシュは自分の説明がいけなかったのではとおろおろする。
彼らに対し『大丈夫』を繰り返しながら、未来は涙の訳を必死に考えた。
ヴィヴィオ達に何かされたわけでもないし、マシュの解説も実によく分かりやすかった。
悪いところなんて何一つ無く、むしろ響のことをたくさん知れて嬉しいわけであって。
(知れて、嬉しい・・・・?)
唐突に、すとんと。
答えが湧いて出てきた。
そうだ、自分は。
小日向未来は。
「響のこと、何にも知らなかったんだなぁ・・・・」
実際。
確信を以って言えるのは、幼い頃の思い出だけだ。
記憶を失った後の響は。
家族と死に別れ。
魔法使いの弟子となり。
今は恋人として隣に立っている『響』については。
びっくりするほど、何にも知らなかった。
責められ続けるあの子を見ていたから、傷つき続けるあの子を見ていたから。
身代わりになることも、ましてや一緒に戦ってやることも出来ない未来は。
ただただ傷を癒してやることしか出来なくて、痛みからあの子を守ることが出来なくて。
それがとてつもなく悔しくて、悲しいのだ。
もちろん知らない原因は、響本人が話してくれないというのが大きい。
だが裏を返せば、響に信用されていないという根拠に十分成り得る。
「響・・・・!」
ああ、ダメだ。
涙が溢れてとまらない。
悔しくてたまらない、悲しくてたまらない。
胸に広がった後悔に、押しつぶされそうになって。
「・・・・わたしは」
必死に堪える未来の涙を拭いながら、マシュが笑う。
「そちらで過ごしている立花先輩を知りません。だから、あの人があんなに笑えることにびっくりしていて」
一昨日自身のデバイスに送られてきた、一通のメール。
見たことが無い、弾ける様な笑顔を思い出しながら、自らの知る『立花響』を語る。
「先輩は『強さ』を求めるストイックなお方でしたから、あんなに無邪気な表情を見せることはありませんでした」
『鉄仮面』や『能面』というわけではない。
ただ、笑っても物足りなくて。
怒れば常人を遥かに超える威圧を放って。
そんな彼女を、時には恐ろしいとすら思ったこともあった。
「あなたについて語る先輩は、とても生き生きしていて」
例外はただ一つ。
地球に置いてきた
記憶を無くし、無実の確証がない罪過に苛まれた中。
一緒に傷つこうとも、傍に寄り添って笑いかけてくれた、大好きな存在のこと。
未来の名前を口にするときだけは、人間じみた鮮やかな感情を見せてくれたものだ。
「だから、実はずっと気になっていたんです。先輩の笑顔を簡単に引き出せるあなたのことが」
「マシュさん・・・・」
話を聞いているうちに泣き止み、目元を腫らした未来が名前を呼べば。
マシュは再び笑って応えた。
「何も知らないから邪魔だなんてことはないはずです。立花先輩なら、そんなこと絶対に言いません」
特にあなた相手なら。
自信を持って、宣言する。
「――――よければ、あなたが知っている先輩について、教えてもらえませんか?」
「わたしが?」
「はい、一番傍にいた人から聞きたいんです。ありのままの先輩を」
未来は、目元の腫れを取り払うようにこする。
かぶりを振って上げた顔には、後悔も切なさも無かった。
「気をつけろー、ノロケがぶっこまれるぞー」
「く、クリス!?」
「あ、やっぱりそういう関係なんですね」
「それじゃあ、コーヒーがおいしいお店にいかなくては」
湿っぽい空気に止めを刺すべくクリスが茶化しを入れれば、アインハルトとユミナが同調して頷く。
言うほどのことでもないからと、明言したわけではないのだが。
どうやら感づかれてしまったらしい。
別段隠す気もなかったが、最近やっと羞恥心を乗り越えた未来にはまだハードルが高かった。
顔がみるみる赤くなり、油断すれば湯気が出そうなくらい熱る。
「のろけって・・・・」
「つまりコイバナですよね!?」
「わぁーっ!」
正直逃げ出したい。
しかし、ヴィヴィオ達小学生組にキラッキラした目を向けられては、逃げ場は無い。
「ほら、みなさん」
盛り上がる彼女等を嗜めるように、マシュが手を叩いた。
ああ、さすが生徒会長なんて、救い主を見つけた気分で未来は振り向いたが。
「あんまりいじってしまうと、聞きたいコイバナを聞けなくなっちゃいますよ」
ブルータス、お前もか。
ローマ帝国の英雄にして、『皇帝』の語源にもなったとされる人物の台詞が、頭を過ぎった。
◆ ◆ ◆
「それでは、作戦を決行する」
「驕る支配者に、鉄槌を・・・・!」
「」ギュピッギュピッ