今年もうちのビッキーをどうぞよろしくお願いします。
最悪だと、リーゼ・アリアは舌を打ちそうになる。
特異災害対策機動部二課の司令室。
倒れた弦十郎と、リーゼ・ロッテの応急処置を進めていた。
「アリア、さん・・・・!」
「大丈夫、二人ともここでくたばるようなタマじゃない・・・・くたばらせて、溜まるか・・・・!」
―――――響達がスカイタワーに赴き、未来がリディアンに戻ってきた頃。
突如として、リディアン校舎をノイズの群れが襲撃。
元から発令されていた避難勧告により、人が少なかったことが幸いし。
生徒達の被害はゼロという結果となった。
その成果の下には、自衛隊員数人の犠牲があるが。
今は死を悼んでいる場合ではない。
装者全員が出払ったタイミングでの襲撃を目の当たりにし。
リーゼ達は、遥達魔導師や弦十郎が危惧していた、『黒幕』が動き出したのだと判断。
一目散に地下に向かえば、『内通者』にして今回の全ての騒動の下手人『櫻井了子』が、既に弦十郎と対峙しているところだった。
アリアがダメージを受けた緒川と戦えない未来を引き受け、ロッテが弦十郎と共に了子改め『フィーネ』と名乗った女性と交戦。
魔法による援護もあり、一見こちら側が優勢に見えたが。
フィーネが取り出した『あるモノ』により、戦況は逆転。
弦十郎もまた『了子』の声に動揺した隙を突かれ、腹に風穴を開ける重傷を負った。
当然アリアも戦おうとしたが、フィーネが天井を崩して瓦礫を降らせたために、断念。
負傷者達の救出には成功したが、結果として主犯を取り逃がしてしまったのである。
「わたし達、どうなるんでしょうか・・・・」
重傷者を二人も目の当たりにし、さすがの未来も不安になったらしい。
手当てをしっかり手伝いながらも、震える声でアリアに問いかける。
「・・・・さっき、響に通信は通じてたろ」
アリアの確認に、未来は頷く。
他でもない本人が、ごく短いながらも響と会話したのだ。
当然の反応といえた。
「学校に群がるノイズは、あいつらが何とかしてくれる」
怯えている頭に手を乗せて、少し乱暴に撫で回す。
「あんたらだって、あたしが守ってやるから・・・・!!」
だから、と。
あとは視線に力を込めることで伝えた。
もう、怯えることは無いんだと。
一番頼りになる
とてもじゃないが、すぐに駆けつけるなど不可能だ。
響達も先ほどの通信を受け取ったからには急いでいるだろうが、それでも数分はかかると見ていい。
荒事向きのメンバーのうち、頼れる二人は負傷でダウン。
結果として、アリアや緒川が人一倍尽くさなければならない状況となっていた。
「・・・・ッ」
・・・・だからなんだと、アリアは奥歯を食いしばる。
やることは今までと変わらないじゃないか。
ただいつもよりきついだけ、ただそれだけだ。
大丈夫、大丈夫。
『守る』なんて、四六時中やっていることじゃないか。
言い聞かせたアリアは、自らの両頬を叩く。
さらにかぶりを振って気合を入れたその顔は、迷いなど無かった。
◆ ◆ ◆
「――――――ッ!!!!」
雷光を纏い、瓦礫を撒き散らしながら着地した響。
我武者羅に駆けつけたため、翼やクリスは置いてけぼりにしてしまった。
変わり果てたリディアンの惨状に、喉が引きつるのを感じる。
呆然と、荒廃した校舎を見上げていたが。
「・・・・みく」
やがて我に返り、辺りを見渡し始める。
探すのは大事な親友。
まるで迷子のように忙しなくキョロキョロしたのち、おぼつかない足取りで駆け出す。
「未来?・・・・未来・・・・!?」
名前を呼び、視線をめぐらせ、瓦礫を掻き分ける。
途中ノイズにやられた炭をいくつも見つけ、不安にかられる。
「ッ未来!!未来ゥ!!」
コンクリートを放り投げ、炭を安堵と落胆がない交ぜになった顔で見下ろし。
体中煤だらけになりながら、探して回った。
「未来うううぅ――――――――!!!!!」
最終的には、どこに届けるわけでもなく。
大切で大好きな名前を咆えるだけになった。
「一体、どこに・・・・未来・・・・!」
少し痛む喉で呼吸をしながら、膝から崩れ落ちる。
まだ心は折れていない。
だが、その胸中は大いに荒れていた。
たった一つ残った『宝物』を、たった一つ残った『帰る場所』を。
失くしてしまったかもしれない不安に、体は重たくなった。
つんとなった鼻の奥を押さえようと、乱暴に顔を拭っていたとき。
耳が、小石が動く音を拾う。
「・・・・未来?」
期待と喜びを抱いて見上げれば、校舎の上に了子が佇んでいた。
長い間こちらを見下ろしていたらしい彼女は、小さく鼻を鳴らす。
「・・・・荒々しい狂犬かと思えば、年相応の顔も見せるのだな」
「了子、さん・・・・?」
「――――否、我が名は『櫻井了子』に非ず」
弱々しく呼ばれた名前を、彼女は力強く否定して。
次の瞬間、足元から光を迸らせる。
風に煽られ解き放たれた髪が、光に染め上げられるように色落ちしていく。
服が爆ぜ、一糸纏わぬ肌に黄金の鎧が装備されて。
「・・・・我が名は『フィーネ』、終わりの名を持つ者だ」
目を見開く響の前に、降臨した。
突如として変貌した了子や、目の前に現れたネフシュタンの鎧に、響は一気に混乱する。
「りょ、こさ・・・・まさか敵・・・・いや、でもそんなはずは・・・・だって、だって・・・・!!」
焦燥のままに、身を乗り出す響。
瞳は懇願するように揺れている。
「嘘ですよね?だって、アームドギアのこととか相談に乗ってくれたし、メディカルチェックでいつもお世話になっているし、それに、それに・・・・!!」
何より、『魔法』という隠し事をしていた自分を受け入れてくれた。
嘘をついていたそれまでの響と、魔導師としてのそれからの響を受け入れてくれた一人なのだ。
『敵だ何て、信じられない』というのが本音だったが。
「それらは何もかも、お前と言うモルモットを観察するためにやったことだ。聖遺物との融合症例という、珍しい個体だからな・・・・丁重に扱うのは、当然だろう?」
「そん、な・・・・」
殴られたように、頭が揺れる。
響は深くうなだれ、黙りこくってしまった。
戦意を失ったのかと、見下ろしていたフィーネはそう判断したのだが。
「・・・・あなたの目的は、何ですか?それは、学校をこんなにしてでも叶えたいことなんですか?」
足元の砂利が握り締められたのを見て、即座に違うと改める。
そして、ちょうどいいとほくそ笑みもした。
「何だ?仇を討ちたいのか?」
響のデータは、まだまだ足りない部分がある。
今の自分は、目の前の彼女と同じ融合症例。
加えて、完全聖遺物との融合なのだ。
慢心ではなく、遅れを取るとは思えなかった。
「そうさなぁ、小日向未来の所在は私も知らぬ。もしかしらたらそこらに埋まっているやも知れんしなぁ?」
「――――――」
未来の名前が出た途端、響の全身から稲妻が迸る。
フィーネは目論見が上手くいったことに満足し、笑みを深めながら続ける。
「どうする?私を殺すか?少なくとも今のお前には、その権利があるぞ」
「・・・・いいえ、殺しません」
重ねた挑発に対し返ってきたのは、否定の言葉だった。
雷光を纏いゆっくり立ち上がった響は、敵を見上げる。
「殺さないので、殴らせてください」
「・・・・は」
開ききった瞳孔、張り付いた無表情。
しかしその内に秘めた溢れんばかりの怒りを見抜き、フィーネは嗤う。
「やってみろ、小娘」
閃光が駆け抜けた。
◆ ◆ ◆
リディアン地下。
機能停止した本部にいてもしょうがないと、緒川や藤尭、友里らを伴い、アリア達は移動することになった。
直前に目を覚ましたロッテや弦十郎をそれぞれ支えながら、薄暗い地下道を進む一行。
「まさか了子さんが敵だったなんて・・・・」
アリアと一緒にロッテを支えていた友里が、未だ信じられないような声でこぼす。
「広木防衛大臣の暗殺の手引きに、イチイバルの紛失・・・・他にも疑わしい暗躍はありますね」
「ああ、だが、これまで過ごしてきた時間の全てが、嘘だったとは思えない・・・・」
弦十郎の低い声が響けば、重い空気が蔓延した。
「甘いのは分かっている、性分だ」
「・・・・本当よ、それで足元掬われてちゃ世話無いわ」
そんな雰囲気を自ら払拭しようと続ける弦十郎に、アリアは呆れ顔で突っ込みを入れる。
「はは、手厳しい・・・・」
「けど、まあ、人としては悪くない」
次の言葉に、苦笑いしかけた顔が呆ける。
その顔が面白かったのか、喉を鳴らして笑ったロッテはにやりと笑う。
「ほんと、あんたってうちのご主人サマにそっくり・・・・だからこそ、司令官として不足じゃない人物だって、信じられる」
「・・・・ありがとうございます」
どうやらリーゼ達なりに、フォローを入れてくれたらしい。
弦十郎がはにかめば、二人は薄く笑って受け入れた。
会話をしているうちに、地下シェルターにたどり着いたようだ。
一番近くの扉を開けると、先客がいた。
「未来!?」
「ヒナ!」
「小日向さん!」
「板場さん!寺島さん!安藤さん!」
いつぞや弦十郎達も出会った、響の友人達。
ちょうど逃げ込んだ個室がここだったらしい。
未来達学生が無事を喜び合っている傍で、藤尭達が持ち込んだ端末を繋げていた。
「よかった、こちらの施設は干渉を受けていません!映像、出ます!」
一抹の望みは叶ったようだ。
電源の入った画面に、映像が映し出されて、
『うおおおおおおおおお――――――ッッッッ!!!!!!』
「な、なになに!?」
聞こえてきたのは、雄叫びと殴打の音。
驚いた友人達も含め、一同が画面を覗き込めば。
険しい顔の響と、それを愉しんでいる女性が、激闘を繰り広げていた。
砂埃が薄れ、全身にかすり傷と泥汚れを着けた響の姿が映る。
対する女性は無傷、肩で息する響を前に、笑みを浮かべる余裕すら見せている。
「了子さん・・・・」
「いや、今はフィーネと呼んだほうがいい・・・・残念だけど、あれは敵だ」
まだ何か思うところがあるのだろう。
了子の名を呟いた友里に対し、ロッテが言い聞かせるように断言する。
その間にも状況は進む。
ボロボロながらも戦意を失っていない響が、再び突っ込む。
鞭を避けて懐に飛び込む。
障壁に阻まれてしまったが、響にとって想定内だったようだ。
素早く何度も殴りつけて破壊し、右手を引き絞って、一閃。
捻りを加えた一撃が綺麗に決まり、フィーネが吹き飛ぶ。
地面を転がりながらも、何とか体勢を立て直すフィーネは、再び鞭を伸ばす。
直撃するかと思われたが、響は回避するついでに引っつかむと、思い切り引き寄せる。
さすがのフィーネも、これは予想外だったのだろう。
何より鞭が鎧と一体になっていることもあり、一緒に引っ張られていく。
「ぃよっし!取った!」
「やっちゃえビッキー!」
画面の隅には、やっと追いついたらしい翼とクリスが見える。
フィーネの態勢は完全に崩れ、防御は難しい状態。
誰もが響の優勢を信じて、
『―――――――は』
だからこそ、敵の隠し玉に気づかなかった。
怪しく笑ったフィーネの手元、いつのまにか一振りの槍が握られていて、
響の胸を、骨の刃が貫いた。
『は・・・・が・・・・!?』
戦いを見守っていた面々が、困惑で黙り込む中。
一番混乱していた響は、口から血をこぼしながら胸元を見やる。
最初はまだ事態を飲み込めていないようだったが、やがて何が起こっているのか。
自分がどうなっているのかを理解したらしい。
湧き上がるような苦悶の声を上げ、痛みに悶える。
『・・・・~ッ、司ァッ!!!』
我に返った翼が、咄嗟に響の名を呼ぶが。
状況が好転するわけが無かった。
『驚いたろう?これが何か、お前になら分かるのではないか?』
『ぁ、ぐ・・・・!』
フィーネから、耳元で囁くように問いかけられる響。
同時に凶器が深く差し込まれたため、返事をする余裕は無い。
『司遥の持つゲイボルグは、私の記憶とは余りにもかけ離れていたのでな?探した甲斐があったというものだ』
『まさか、それもゲイボルグだというのか!?では、司女史のは・・・・!?』
『あれもまさしく本物だ。これと同じく《絶対殺害》の能力を発現し、ノイズに対抗しているのがその証拠』
響の鈍い悲鳴をバックに、フィーネは自慢げに続ける。
『だが、お前達も察しているとおり、これほどの聖遺物が二振りも存在するなど、本来なら有得ないこと。故にどちらかが贋作であると疑うのが普通ではあるが・・・・』
『あの人がノイズを倒して見せた、だから確認のためにそいつを取り寄せたってことか・・・・!?』
笑みが深くなる。
それはクリスの言葉を肯定していることに、他ならなかった。
『更に司遥の周辺を探ってみれば・・・・あやつの友人である《アリサ・バニングス》と《月村すずか》、それぞれが経営する会社の物流データに、行き先が偽装されている箇所をいくつも発見した。どちらも日本政府が手を加えたような跡を残してなぁ?』
次に飛び出てきた思いも寄らなかった人名には、シェルターにいた面々も目を丸くした。
「それって・・・・!」
「どっちも一流企業のトップじゃない!?何でここで出てくるのよ!?」
「っていうか、偽装って・・・・!?」
視線が、一番訳知りであろうリーゼ達に集中する。
複数の眼差しが一辺に突き刺さった二人は、息を詰まらせた後、静かにため息をついた。
彼女達が何かを言う前に、
『同じ名前と能力をもつ聖遺物、お前達師弟が操る魔法の力、そして月村とバニングス両名の物流の行方・・・・これらの事柄を吟味して、私は一つの可能性にたどり着いた』
フィーネが答えを口にする。
『――――――お前は、魔導師は、《異世界》と関わりがあるな?』
『・・・・ッ』
響の顔から、苦悶が薄れる。
目を見開いた、呆けた顔。
正直な反応に、フィーネは満足げに笑った。
『そうかそうか、私の予想は当たっていたか』
『しま・・・・あ"ぁ"ッ』
響が失態を嘆く前に、さらに凶器を押し込まれる。
傷口と口元から新たに血が噴き出し、短い悲鳴が上がった。
『我が大願の成就には、犠牲が伴う・・・・今の時点で、
突如として、地面が揺れだした。
当然地下に所在するシェルターも影響を受け、リーゼ達や弦十郎を除いた面々が慌てて机やベッドの下に逃げ込んだ。
『古来より月が不和の象徴とされているのは、何故か。それは月こそが、相互理解を阻害する人類最古の呪い《バラルの呪詛》の要だからだ』
『の、ろい・・・・?』
『月の光は《統一言語》を破壊し、人と人の繋がりを絶った。だから私は月を穿つ!人類の相互理解を取り戻し、再び我が元に集わせるために!!』
状況は変化する。
辛うじて残っていた校舎が吹き飛び、地中から色彩鮮やかな建造物が飛び出した。
『この、《カ=ディンギル》を以ってなぁッ!!!!』
土煙を巻き上げて天を衝く様は、荘厳の一言に尽きたが。
『バラルの呪詛』『統一言語』『人類の相互理解』。
新たなワードが立て続けに並べられ、翼もクリスも、弦十郎達二課の面々や、未来達学生も。
飲み込みに時間がかかった。
『司遥が不在なのが幸いしたな、いくら私とて、あれが相手ではどうなるか分からん。そういう意味では、捻りつぶしやすいお前達に感謝しているよ』
『言ってくれるじゃねぇか、ええ・・・・!?』
フィーネに嘲笑を向けられ、青筋を浮かべるクリス。
翼も、響さえ居なければ即座に標的に斬りかかるような威圧感を纏っている。
今にも戦いが再開されそうな、緊迫した雰囲気。
しかし、
『・・・・ふ、ふふ』
そんな張り詰めた空気に、水を差す笑い声。
『あはは・・・・あははははははははは!!』
フィーネが目を向ければ、響が苦しいながらも笑っていた。
『あははははは!・・・・ごぼッ、ふ・・・・はははは・・・・!』
『・・・・何が可笑しい』
咳き込み血反吐を吐き出しながらもなお笑う響に問いかければ、彼女はフィーネへの嘲笑を向ける。
『だってそれ・・・・師匠がいなくならなきゃ、何にも出来なかったってことじゃないですか』
『・・・・』
黙り込むフィーネ。
図星だと判断した響は、獰猛に笑う。
『この、臆病者』
小さな抵抗の一環として、血の混じった唾を吹きかけてやった。
知人の思いも寄らない暴挙に、ぎょっとなる一同。
反面、逆境に屈さない態度に若干の好感を持ちもしたが。
すぐに、その認識は間違いだったと改める。
『―――――ッ』
『ごがぁ、ぐッ!?』
「響!!!」
フィーネは即座に槍を引き抜くと。
腹に蹴りを加えた上で、柄を使い抱き飛ばす。
響は血を撒き散らしながら、大きな瓦礫に激突。
朦朧とする目が、投擲の構えを取るフィーネを捉える。
何をするのかを察した翼が飛び出したが、時は既に遅く。
『―――――――』
生ものに突き刺さる、鈍い音。
再度心臓を穿たれた響は、一度痙攣する。
そしてそれっきり、動かなくなってしまった。
『つ、司?おい、司・・・・!?』
『なあ、どうしたんだよ?さっきまでの威勢はどうしたよ?何とか言えよ!!バカッ!!!』
翼とクリスが声を張り上げるも、返事は無い。
まさか、そんなはずは。
希望を捨てきれない一同の期待を、裏切るように。
「・・・・ガングニールの反応、途絶」
ギアが、解除される。
後に残っているのは、半開きの目で虚ろを見つめる響だけ。
「・・・・ぁ」
風に吹かれるがまま、ぴくりとも動かない響。
「・・・・あぁ」
未来が恐れていた。
懸念して、怖がって、だから目を逸らしていた悪夢が、今。
現実となってしまった。
「いやああああぁああああぁぁぁあああぁぁぁぁぁ――――――――――ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」
またしても死にかけるビッキー。
と思ったけど本家でも盛大な死亡フラグ立てていたし、大丈夫ですよね?(