意識が浮上する。
ゆっくり目蓋を開けば、朝の澄んだ空気を感じた。
束の間ぼうっと天井を見つめた後、起き上がる。
まだ体にだるさを感じるが、概ね好調な目覚めだ。
噛み殺せないあくびを一つして、ふと、隣に目を遣った。
「・・・・んー・・・・すぅ・・・・・」
響が、静かに寝息を立てていた。
いつもなら一緒に起きるのに、珍しいと思ったが。
そういえば昨日、弦十郎からお休みを言い渡されたと言っていた。
ここ最近はゴタゴタしていたが。
クリスという新しい仲間が加わったことで、二課にも余裕が出来たからだろう。
恩師でもあるアリアとロッテのコンビからも説得され、今日は鍛錬もしないとのことだった。
「・・・・ん」
が、鍛錬も出動もないとはいえ、学校はいつも通りある。
まだまだ余裕はあるものの、遅刻するのは考え物だ。
いつになくぐっすり寝入っている、幸せそうな顔を邪魔するのは憚られたが。
背に腹は抱えられない。
「ひびきー?朝だよー?」
まずは肩に手をかけ、控えめに揺さぶってみる。
響は小さく唸るだけで、起きる様子は無い。
こそばゆそうに眉をひそめ、寝返りをうつ。
「ひびきー?」
再び揺すりながら、今度は耳元で名前を呼んでみる。
もちろん、返事は無かった。
・・・・何となく、むっとなってきた。
「・・・・起きないとちゅーしちゃうよー?」
もう一度、囁いてみる。
相変わらず、無反応。
時間も押している。
これはもはや実行しかあるまい。
・・・・気恥ずかしさは、否定できないが。
しかし、しかしである。
普段はとぼけているように見えて、意外と隙が無い響が。
今はこんな無防備な様をさらしている。
いたずらせずにいられようか、いや、いられまい。
「―――――」
意を決して、瞳を閉じる。
間抜けな寝顔に、顔を近づける。
呼吸を控えたことで分かる、響の気配。
背徳感に後ろ髪を引かれるが、すでに響との距離は数センチ。
引き返すという選択肢は、消えてしまっていた。
とうとう触れた口元。
小さなリップ音がして。
鼻先をついばむだけに終わった。
さすがに唇同士を触れ合わせる度胸は、未来には無かった。
ある種の達成感を感じながら、顔を離した彼女は。
「・・・・~~~~~~~~~ッ!!!!!」
次の瞬間、顔を真っ赤にしてベッドを飛び出した。
一瞬『やばい、響踏んだかも』なんて心配したが、頭いっぱいに溢れる羞恥心がすぐに彼方へ放り投げてしまった。
蛇口を全開にして、ありったけの水で顔を洗うついでに頭も冷やす。
唇に意識が行かないように心がける。
だって、さっき、わたしがやったのは――――――。
「にゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!」
奇声とも唸り声ともつかないような声を上げながら、うなだれる。
さっきから心臓がうるさくて敵わない。
洗面台に寄りかかり、胸と口元を押さえながら。
未来は確信した、してしまった。
(――――――わたし、ひびきがすきだ)
自覚した瞬間から、濁流のように今までが想起される。
綺麗な目元、可愛い鼻先、素敵な笑顔に、優しい手のひら。
ああ、やばい。
わたしったら、何で今更自覚するんだろう。
思えば、アレとかソレとかコレとか。
大分大胆なことやってた気がする。
だけど、その度に響は笑って、喜んでくれて。
人よりも、たくさんたくさん苦労してきた響だから、笑えなかった響だから。
笑ってくれるたびに、未来もまた嬉しくなったのだ。
彼女がまた笑顔になれると、『普通の女の子』として生きていけるのだと。
心の底から安堵できるのだ。
「・・・・は、ぁ・・・・!」
動悸が治まらぬ胸元を握り締める。
ゆっくり顔を上げれば、女の子として色々とアウトな姿が鏡に映っていた。
まずはしっかり水をふき取って、身支度も済ませてしまおう。
響もいい加減起きてくる頃だろうし、朝ごはんも用意しなければ。
いつもの習慣を思い出したことで、ある程度落ち着いてきた。
『そうと決まれば』と、未来は早速行動を開始する。
一方その頃、ベッドに残された響は静かに悶えていた。
◆ ◆ ◆
Z月+日
わたしのしんゆう。
まじてんし。
Z月*日
ちょっとやらかした。
というのも、司令さん達にやった魔法の説明で、言葉が足りないところがあったからだ。
『シンフォギア無しで対抗できるのは師匠だけっすからねー』なんていったら驚かれて、そこで発覚。
『そういう人命の関わる大事なことは、きちんと説明しなさい』と注意されてしまった。
なお、師匠がノイズに対抗できる理由については、ゲイ=ボルグでだいたい理解してもらえた。
能力からして殺る気満々な感じだし、何となくの予想は出来ていたらしい。
ちなみにリーゼさん達については、ノイズ的には人間にカウントされないようだ。
触れたらアウトなのは一緒だけど、向こうから寄ってくることはないとか。
『それはそれで便利だ』と二人とも笑っていたから、わたし達が気にしてもしょうがないだろう。
Z月G日
翼さんからコンサートのチケットを貰った。
近々あるアーティストフェスタに、急遽出演させてもらうことになったらしい。
ほほーぅなんて感心していたけど、未来が何だか浮かない顔をしていた。
聞いてみると、記憶を失う前のわたしが、『響ちゃん』が惨劇に巻き込まれた現場だということだった。
あー、そういえばそんな話してたっけねー、何て思いながら、空気が重くなるのをなんとか阻止。
・・・・わたしはともかく、そこで奏さんを亡くした翼さんを歌わせる主催者ェ。
けど、当の本人はあんまり気にしてる様子は無かったし、むしろ何かを決意しているようだった。
『是非とも、私の歌を聴いて欲しい』と言われては、断る方が野暮でしょう?
あ、でも、事故云々を抜きにしても楽しみかも。
ライブだなんていった記憶がないからなー。
しかも翼さんが出演するとあれば、期待も膨らむって話ですよ!
ひびみくのないシンフォギアなんて、ピーマンがない青椒肉絲。
異論は認めます(