やり方が分からなかったので、この場を借りてお礼を述べさせていただきます。
大変ありがとうございました。
『―――――てなところだ、理解できてるか?お嬢ちゃん』
「おう、やっとこブローチがしゃべってる事態になれてきたとこだ」
「まあ、それが普通の反応だよねぇ」
あの後、元の部屋に戻ったクリスを尋ねてきたのは。
キッチンで料理をしていた女性(『エイミィ』と名乗っていた)と、ものを言う奇怪なブローチ(こちらも『セタンタ』と名乗った)だった。
運ばれてきたベーコンエッグや野菜スープに舌鼓を打ちながら聞かされた説明に、クリスはげんなりとした顔でパンにかぶりつく。
「で、あたしはこれからどうなるんだよ?どっかにつれてかれて、拷問でもされるのか」
「しない!しないって!」
『おめー、うちのマスターを何だと思ってんだ』
ヤケ気味に問いかければ、エイミィは慌てて否定し、セタンタはため息混じりに呆れる。
「――――少なくとも、あなたが出会ってきた大人みたいなことはしないわよ」
ノックとともに、別の声がかかる。
部屋の入り口を見ると、自分を連れ去った女性(確か『ハルカ』と呼ばれていた)が立っていた。
改めて観察すれば、綺麗な人だと思う。
すらっと引き締まった体、腰に届く長い黒髪。
鋭いようでいて、どこか優しい瞳。
「・・・・大丈夫か?」
「本気で心配しないで、そっちの方がダメージくるわ」
・・・・涙目だったり、小刻みに震えていなければ、もっと良かったと思う。
正座のダメージを押し殺しながら歩み寄ったハルカは、しゃがんで視線を合わせてきた。
「分かっていると思うけど、あなたは『飼い主』に捨てられた。で、あたしの性分が許さないから持って帰ってきた」
『オーケィ?』と確認され、ひとまず頷くクリス。
「これからしばらくは、ここがあなたの拠点よ。傷が癒えるまで、好きに過ごしてもらっていいから」
「・・・・本当に何もしなくていいのかよ?お前等にとっても、あたしは重要人物のはずだろ」
クリスの呟きを、ハルカは笑い飛ばす。
「もう大抵は調べがついてるから、どうだっていいのよ」
飛び出た『どうでもいい』に、今度は面食らった。
顔が面白かったのか、小さく笑いながら、ハルカは頭を撫でてくる。
「言ったでしょ?あんたみたいなのをほっとくのは、あたしの性分が許さないの」
何だそれは、と思った。
犬猫拾う感覚で、自分を匿ったのか。
情報を引き出す必要もないのに?
「・・・・変なヤツ」
「よく言われる」
吐き捨てたクリスに、ハルカは苦笑いして答えた。
◆ ◆ ◆
「しかし、とんでもない連中が絡んできましたね」
響が色々と打ち明けた翌日。
残った大人達は、一昨日の戦闘データを整理していた。
その中で、表示された画像を見た藤尭がぼやく。
「魔法使い・・・・彼らは『魔導師』と自称しているのだったかしら」
「我々以外にも、聖遺物を扱う組織があったなんて」
「世界は広いですね・・・・」
呟きを拾った了子に、緒川と友里が感心したように同意。
「この槍も、確か聖遺物なのでしょう?」
「そう考えるのが妥当でしょう。響ちゃんは言葉を濁していたので、実際は違うやもしれませんが」
遥が扱う真紅の槍、『ゲイ=ボルグ』。
シンフォギアに携わっていることもあり、その名は誰もが知っていた。
一突きすれば心臓に必中し、投擲すれば30の楔となって降り注ぐ。
他にも色々能力はあるようだったが、『内通者』を引き合いに出されては、聞き出すのは憚られた。
「で、そんなとんでもの教えを受けている響ちゃんは、さしずめ『魔法使いの弟子』と言ったところですかね」
「お、上手いね、友里さん」
「茶化さないで」
口にした後で、気取った表現が恥ずかしくなったのか。
友里は藤尭の茶々に、気恥ずかしそうに俯いた。
「幸いなのは、あちらに敵対の意思がないことですね」
「全くだわ、響ちゃんの情報が間違っていないのなら、軍隊引っ張ってきても対処できなかったでしょうし」
『鼻歌交じりに地形を変えるくらい』。
遥の強さを問われ、響はそう表現していた。
「地形を変えるって、神代の英雄じゃあるまいし・・・・」
「けど、それを成し得てもおかしくないとされるのが彼女よ」
モニターの遥は、依然楽しそうに翼とじゃれている。
(魔導師、司遥・・・・厄介な奴が横入りしてきた)
彼女は、小さく舌打ちした。
「そういえば、こんな時一緒に頭抱えてるはずの弦十郎くんは?」
「さあ?そういえばさっきから見当たりませんねぇ」
仕切りなおした了子が問いかけても、スタッフ達は首を傾げるばかり。
―――――彼らが上司のデスクで、ビデオ返却で外出する旨のメモを見つけるのは、その少し後だった。
◆ ◆ ◆
雨が降っている。
曇天の下。
傘を差した弦十郎は、ビデオレンタルチェーンの袋を手に帰路に着いている。
・・・・と見せかけて、ある場所を目指していた。
大通りから少し離れる。
喧騒が遠ざかり、静かな住宅地に入る。
見えてきたのは、一件のマンション。
そこそこ立地の良い建物を見上げた彼は、さらに歩みを進めようとして。
「―――――あら、奇遇ですね」
目の前に、女性が立ちはだかる。
傘の陰で、不敵な笑みが浮かんでいる。
「お久しぶりです、風鳴司令?」
遥が、この先は通さないといわんばかりに佇んでいた。
弦十郎もまた目を細め、相手を睨みつける。
一触即発の空気。
最強クラス同士の、ぶつかり合いが始まる。
かと思えば、そうでもなく。
「や、どうもすみませんね。あの子になるべく大人を近づけたくないもんで」
「いえ、こちらも配慮が足らず」
手近な喫茶店に移動した二人。
それぞれコーヒーと紅茶を注文した。
遥が席に座りつつ、乾いた笑みを浮かべれば。
弦十郎もまた、クリスの来歴を知っているが故に、了承の意を唱える。
「・・・・あれから、響はどうですか?」
「響くんですか?少し落ち込んでいたようですが、今はすっかり元気に」
包み隠さず答えれば、遥は心底安堵したため息を吐く。
「よかった・・・・やらかしておいて何なのですが、糾弾されていないか、気になっていたもので」
「何、響くんにも伝えましたが、アレだけ頼もしいお嬢さんを育てた方ですから」
「・・・・ありがとうございます」
信頼がこそばゆかったのだろう。
照れくさそうにはにかみながら、遥はお礼を述べていた。
「今更ですが、あの子には言いふらさないように言い聞かせていたものですから・・・・今後もあまり追及しないでいただけると」
「分かりました。こちらとて、せっかく生まれた信頼を壊したくありません」
大らかに笑う弦十郎に安心を覚えたのか、遥はもう一度はにかんだ。
「では、そろそろ」
ひとしきり笑いあったところで、笑みに獰猛さが加わった。
「お仕事の話、しましょうか?」
「・・・・ッ」
敵意があるわけではないが。
朗らかな雰囲気ではないことを察し、弦十郎もまた気を引き締める。
「っと、そのまえに・・・・セタンタ」
『はいよ』
小声で胸元に話しかけると、ブローチが点滅。
刹那。
何かの『力』が広がったことを、弦十郎は察知する。
「今のは・・・・?」
「結界の一種です、これで盗聴される心配はなくなりました」
「それはまた・・・・便利ですな」
感心した弦十郎が呟くと、
「他に比べて器用なだけですよ。仕事柄、単独行動が多いものですから」
遥は苦笑いしながら答える。
「では改めて・・・・そちらは、どこまでご存知なので?」
弦十郎が問いかければ、遥は少し考えて。
「二課がノイズへの対抗手段を持っていること、クリスを飼っていた黒幕と戦っていること・・・・主だった事柄はこの二つですね」
指を立て示してから、お冷を一口。
口を湿らせてから、『そちらは?』と聞き返す。
「あなた方が所謂『魔法使い』であること、あなたの仕事は我々と同じく、聖遺物の確保であること・・・・こちらも二つ。響くんが教えてくれて、把握した事柄です」
響は、『確信』を上手くはぐらかしたらしい。
遥は安堵しつつも、せっかく出来た信頼できる人々に、隠し事を続けさせる罪悪感が募る。
「司令達は、黒幕について何か掴んでいますか?」
「・・・・目星をつけている人物はいますが、確信には至っておらず」
眉をひそめた彼に、遥は思い当たることがあった。
「それはもしや――――」
少し意地悪かと思いつつ、ある名前を口にする。
それを聞いた弦十郎は、目を見開いた後。
うなだれながら、『やっぱり』とこぼした。
「まあこちらも確信には至っておりません、彼女が傀儡となっている可能性も否定できませんので」
運ばれてきた紅茶を口にした遥は、肩をすくめた。
弦十郎も、苦い顔でコーヒーを飲む。
「で、今後はどうなさる算段で?」
「・・・・ノイズを討伐しつつ、奴等のアジトを探り当てることですかね」
「まあ、妥当でしょう。クリスを飼っていたことから、組織立っているのは明白。根城を潰さないことには何も始まりませんから」
ここで、遥は何かを取り出し、弦十郎に手渡す。
それは、USBメモリだった。
「・・・・これは?」
「関係あるかどうかは不明ですが・・・・ここ数ヶ月の『アメちゃん』の行動記録です」
「・・・・!?」
『アメちゃん』なんて可愛い表現で誤魔化しているが、それがどこの国なのかはさすがに分かった。
手にしたUSBと遥を何度も見比べる顔は、大分困惑している。
「防衛大臣の暗殺容疑に、正社員にカモフラージュした工作員の、数回に渡る来日・・・・疑うなって方がおかしいんですよ」
「・・・・何故、ここまで?」
彼の問いかけに、遥は苦笑いをこぼす。
「いっやぁ、こないだそちらにちょっかいかけた件で、お上からお目玉くらっちゃいまして」
勤めて明るく答え、ことの重大さをどうにか和らげようとしている。
「だから、表立って動きにくくなっちゃったんです」
「・・・・故に、我々の支援は躊躇わないと?」
『そーいうことです』と笑い、遥はもう一度紅茶を口にした。
「ま、だからってあの子を連れ出したことに後悔はありません。言ったでしょう?私、バッドエンドは嫌いなんです」
「・・・・ええ、俺も、大いに同意しますとも」
わざとあくどい声を出す彼女に、弦十郎は笑って首肯する。
前話に感想がどっと来て、ちょっとビビりました。
みなさん大好きなんですね、ケルト勢ww