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まずは大きく飛びのいて、現在地から一気に離れる。
周囲への被害を抑えるというのもあるが、未来を巻き込まないための方が大きい。
近隣の公園に飛び込んだ響は素早く反転し、追ってきたネフシュタンに右ストレート。
首を傾けて避けられたところに、体を捻って本命の蹴りを放つ。
軸を逸らされたため、クリーンヒットとまではいかないが、直撃させられた。
地面を強く踏みしめ、開いた距離を縮める。
鞭が振るわれた。
横っ飛びで回避し、続く二撃目も横転で避ける。
「そぉーらッ!!」
まだ体勢が不安定なところに、エネルギー弾。
普通なら防御が間に合わないところだが、響は先ほどとはまた違う陣を展開することで耐え切った。
すぐに限界を向かえ、爆発する陣。
直前に離脱した響は、再びネフシュタンに殴りかかった。
鞭で受け止められ、そのまま迫り合う。
「さっきのも使うんだな・・・・!」
「使ってるとこ一回見せたし、全力って言い出したのはこっちだからね・・・・!」
「なるほど、潔いこって・・・・!」
「ありがとー・・・・!」
獰猛に笑いあい、お互いを弾き飛ばす。
距離が取れたところで響は、今度は足元に陣を展開する。
「穿て雷光の槍ッ、プラズマランサーッ!」
鋭く詠唱、鏃のような短槍が四つ。
標的に向けて射出。
ネフシュタンは鞭をふるって迎撃し、突撃しようとするが。
「ターンッ!」
「っち・・・・!」
撃ち漏らした二つが、方向転換して迫ってきた。
どうにか体を捻り、前方の拳と背後の雷光を避ける。
「舐めんなッ!!」
しならせていた鞭を固め、槍のように突き出す。
響の肩を浅く切り裂いたが、重傷には至らない。
痛みに一瞬顔をゆがめた響。
それも束の間、口元を引き締めて拳を握る。
雷光を纏ったアッパーが、抉るように肉薄。
ネフシュタンは咄嗟にもう片方の鞭で弾き飛ばし、距離を取った。
「いちーちナムナム唱えなきゃいけないたぁ、ちぃと不便だなぁ?」
「省略できなくもないけど、生憎未熟者でね」
切られた肩の調子を確かめながら、油断無く相手を見据える響。
思ったよりも深い切り傷は、同じく思ったよりも大したことは無かった。
ただ血はけっこう流れているので、気に留めておこうというくらいに結論付ける。
呼吸を整え、一度閉じた目を見開く。
敵は健在、受けたダメージはこちらがわずかに上。
(落ち着いて、落ち着いて・・・・『
師の教えを思い出しながら、再び構える。
悠長に出方を見るような大人しさを持ち合わせていないので、突撃。
断続的に伝わる肩の痛みに、ある種の心地よさを感じながら。
軽く飛び跳ねて、回し蹴りを放つ。
避けたところに、本命のストレート。
拳は胴体の中央を穿ち抜き、吹き飛ばす。
植え込みの木に衝突し、土煙に包まれるネフシュタン。
確かな手ごたえに、響が小さくガッツポーズを取ったときだった。
「ッィリャ!!」
「―――ッ」
油断が命取りになった。
砂埃の中からエネルギー弾が飛び出してくる。
響は咄嗟に陣で防ごうとする。
が、
「あっぐ・・・・!?」
動かしてしまったのは、傷を負った方だった。
素早く動かしたことで痛みが倍に膨れ上がり、本能が動きを止めてしまう。
やばいと思ったときには、もう遅く。
「もってけダブルだッ!!!!!」
「ぐあああぁ!?」
続けて放たれた追撃もモロにくらい、今度は響が吹っ飛ばされた。
「っぶはぁ!・・・・やっぱ油断なんねぇな」
無意識に止めていた息を吐き出し、ネフシュタンは立ち上る土煙を見上げる。
纏っている鎧には皹が入ってしまっているが、痛みを感じないことから深刻なダメージではないと判断。
『あの電流』を浴びなくて良いことに、こっそり安堵したときだった。
「――――――紫電」
ばちん、空気が爆ぜる音。
弾かれたように顔を上げれば、膨らむように避けた砂塵と、稲妻を迸らせる響の姿。
強く、強く、駆け出して。
一気に接近。
睨んだ瞳が、お返しだと言わんばかりにぎらついて、
「―――――一ッッッッ閃ッ!!!!!!」
真っ直ぐ、貫くような正拳突き。
暴力的に見えて、何かを届けるような拳は。
鎧を砕き、再び胴体を打ち抜いた。
―――――それなりのプロが殴ったサンドバッグは、揺れることがないと言う。
今のネフシュタンは、まさにそんな状態だった。
(痛い、痛い、痛い・・・・!!)
衝撃が余すことなく体を駆け巡り、全身の骨と筋肉が悲鳴を上げる。
(痛い・・・・!)
せめてもの抵抗に歯を食いしばるも、効果は微塵も無かった。
(・・・・なのに・・・・・・・・!)
間近にいる、響を見下ろす。
こちらを見上げている彼女の瞳には、何故か敵意が感じられなかった。
叩きつけられた拳だってそうだ。
『痛い』とはまた違う別のものを感じる。
ただ怖いだけじゃない、憎しみや怒りでもない、何か温かいものが響くような気がした。
(――――――何を、バカなことをッ!!!!)
そこまで考えて、ネフシュタンは奥歯に力を込める。
だって、何千年もの時を生きてきた『あの女』だって断言していたのだ。
『人間は、痛みでしか分かり合えない』と、温もりや愛情など、所詮その場しのぎだと。
荒んだ幼少期に加え、刷り込みのように教育されたネフシュタンにとって。
それこそが真実であり、信念だった。
故に、自らの『悲願』も、痛みを以って成就させようとしていた。
それがどうだ。
目の前のこいつは、拳を振るっていながらも、憎悪などの暗い感情を抱いていない。
ネフシュタンにとって、争うための力を持っている連中は皆。
身勝手で、理不尽で、世界で一番大っ嫌いな存在だった。
だからこそ、響のことを受け入れられそうになかった。
『痛み』以外を伝える拳が、気に入らなかった。
「――――――アーマーパージッッッ!!!!!」
「ふぁッ?うっわ!?」
鎧の破片と一緒に、吹き飛んでいく響。
もはや『ネフシュタン』では、こいつを倒しえない。
だから彼女は、歌う。
「Killiter Ichaival tron... !!」
「ッ今の・・・・!?」
きりもみしながら着地した響は、その音色に驚愕する。
「――――――認めてやるよ」
光に包まれる少女の視線が、響を射抜く。
「てめぇは強い、この雪音クリスに、大ッ嫌いな歌を歌わせるぐらいに・・・・!」
「ゆ、きね・・・・?」
名前に疑問を覚える間もなく、少女に、『雪音クリス』に赤い装甲が装着されていく。
「だから・・・・!」
バイザーが取り払われた、意外とあどけない瞳が怒りに歪む。
手甲が変形し、ガトリングの銃口が狙いを定める。
「この場でぶっつぶすッ!!!!!!!!」
咆哮と共に、『火炎』が解き放たれた。
腰のアーマーも展開され、小型のミサイルが何発も迫ってくる。
甲高い音が四方八方から鳴り響き、響の周囲を取り囲む。
「ちょ、ちょちょちょちょちょちょ!?」
突然のことに呆けていた響は、やっとのことで事態を飲み込み、あたふたと後退する。
そしてすぐさま背を向けると、全力疾走で離脱を試みた。
行動が遅かったのが災いとなり、ミサイル群は至近距離で爆発。
熱と金属片が、響に襲い掛かる。
「うっひゃああぁ――――ッ!!?ムリムリムリムリムリタンマタンマタンマタンマあああああああああああ!!!!」
『とっつぁんから逃げてる大泥棒って、きっとこんな気分』なんて場違いなことを考えながら、賑やかに逃げまわる響。
右に飛びのき、左に飛び込み、木を蹴り付けて避け、ミサイルを跳び箱の容量で飛び越し。
しかしそうこうしているうちに、ふと気づく。
(あれ?意外と大したこと無い?)
動きを止めずに、注意深く弾幕を観察する。
クリスは高らかに歌い上げながら、引き金から指を離さず、砲門を閉じず。
響の動きに合わせて移動しながら、ミサイルと鉛玉を絶え間なく撃って来ている。
だが、『それだけ』だ。
結論付けたところで、天啓のようにひらめく。
そうだ、この銃火器の群れはただ『追いかけてくる』だけだ。
師の友人や姉弟子のように、『追い込んでくる』わけじゃない。
(追っかけてくるのもあるけど、機械的なだけまだ余裕だ)
先にあげた彼女等の弾幕なんか、避けたと油断した一瞬にえげつないターンをかましてくる。
無理も無い、
避けることに気をとられている隙に上手く誘導され、本命の一撃を撃ち込まれる。
響はそうやって何度もやられたため、ある程度対応できるようになった今でも弾幕は苦手だ。
(そうとなれば・・・・!)
冷静になったからこそ分かる。
この弾幕は、大したことが無い。
いや、決してクリスが弱いというわけではない。
彼女の構えているガトリングは、一つの銃身に銃口が三つという仕組みの、計四門。
普通なら、数秒引き金を引いただけで腕が吹き飛ぶようなものだ。
シンフォギアをまとっているというのもあるだろうが、細腕で得物を手放さない技量は大したものだと評価すべきである。
だがしかし。
もっとえげつない弾幕を経験している響にとっては、やはりあまりにもイージーモード過ぎた。
勢い良く反転。
迫ってきたミサイルをいなし、弾き飛ばす。
「・・・・っ」
敵の様子が変わったことに気づいたクリスは、目を細める。
その目は、次の瞬間見開かれることになった。
獰猛な笑みを浮かべた響は、片足を強く踏み込む。
「っはぁ!!!!」
地面にめり込んだ足を軸にし、大きく一回転。
発生した暴風が、弾丸とミサイルを吹き飛ばす。
そのまま嵐のように前進し始めた。
クリスはただごとではないと判断し、片方のガトリングをボウガンに変形させる。
つがえた光の矢は、接近する響に襲い掛かるが。
響は徐に圧し折れた枝を引っつかむと、振り回して器用に絡め取り、枝ごと投げ捨てた。
「いぃッ!?」
「さすがに相手が悪かったねッ!!」
あっという間にクリスの懐に戻ってきた響。
足先で練り上げた力を、構えた拳に伝える。
渦巻く力は、螺旋を画いていて。
「わたしを倒したいのならッ、全部マニュアル制御するくらいやってのけろッ!!!!」
ガングニールが、牙を剥く。
「撃ッ、槍ッ!!!」
さらに踏み込み、拳意に力を込める。
狙いは一点。
「――――――螺旋槌ッッッッ!!!!」
衝撃が、胴体を貫く。
「が・・・・・ぁ・・・・・・!」
一度攻撃された箇所と言うこともあり、ダメージは大きい。
一気に意識を抉られたクリスは、最後の抵抗に響の肩を引っつかむ。
しかし、結局気を失ってしまった。
「おっと・・・・いったぁ!」
倒れかけた彼女を咄嗟に抱きかかえる響。
が、再び肩の痛みに苛まれ、思わず声を上げた。
どうにかクリスを支えたまま、ゆっくりゆっくりしゃがみこむ。
(・・・・そういえば)
クリスを見下ろして、響はふと気づいた。
(何話すか、考えてなかった)
別に憎いとか、嫌いだとか、そんな感情を持ち込んで戦ったわけではない。
女性への相談でこぼしたとおり、どうにも敵として見れないからだ。
だからといって、何を伝えたいのか、何を話したいのか。
具体的な内容を、響は何も考えていなかった。
一人苦笑いをこぼし、自分の無計画さを反省する。
(まあ、起きるまでかかるだろうし、それまでに考えればいいや)
静かな寝息を立て始めたクリスを見て、そう決めるのだった。
◆ ◆ ◆
「ネフシュタンの少女、沈黙!」
「イチイバルの反応も無くなりました!」
慌しく動く二課のスタッフ達。
因縁の相手であるネフシュタンの少女改め、雪音クリスとの決着がついたのだ。
回収班と隠蔽工作班の手配に追われ、誰もがてんやわんやしていた。
「雪音クリス・・・・行方不明だった装者候補が、ここで出てくるなんてね」
「ああ・・・・」
了子と弦十郎は、静かにそう会話する。
――――――『雪音クリス』。
翼が聖遺物を起動させたことをきっかけに、二課がマークしていた装者候補の一人。
バイオリニストの父と声楽家の母を持つ音楽界のサラブレッドは、相当なフォニックゲインを保有していると期待されていた。
しかし、そんな期待の卵は、当時紛争が起こっていた『バルベルデ共和国』において行方が分からなくなってしまう。
雪音一家がボランティア活動を行っていた難民キャンプが、戦火に飲み込まれたのだ。
夫妻は死亡し、一人娘であるクリスも生存は絶望的とされた。
状況が変わったのは、国連軍の介入があってから。
死んだと思われていた彼女が、保護されたのである。
戦力の数が乏しかった二課は、当然この好機を逃すつもりはなかった。
親のいないクリスの引き取り先として、名乗りを上げたのである。
ところが、日本に帰国して早々、再び行方が分からなくなってしまった。
何人ものエージェントが彼女を探しに行き、そして誰も帰ってこなかった。
あまりの犠牲の多さに、二課はもう一度捜索を打ち切らねばならなかったのだ。
(今度、こそ・・・・!)
二課が引き取り先に立候補した理由は、指揮官である弦十郎自身が、子どもに対して庇護的であるのが大きい。
常に暗い空気を感じていた幼少期や、意図せずして『風鳴の業』を背負ってしまった姪の姿を見てきた彼にとって。
『子どもを守る』ということは、ある種の信念となっていた。
「・・・・友里、お前も一緒に来てくれ。同性の方が、あの子も落ち着くかもしれない」
「分かりました」
翼に響と、主戦力が未成年であることもあり、二課のスタッフ達も子どもに対して『甘い』面がちらほら見受けられる。
それは、常日頃から彼女達の戦いを見守っているオペレーター達も例外ではなかった。
友里は弦十郎の言葉に力強く頷き、早速出立の準備をと、まずは回収班に合流することにする。
まだ出すべき指示がある弦十郎に、先行して司令室を出て。
喧騒が遠くに聞こえ始めた頃。
「はーい、ちょっとちくっとしますよー」
上から降ってきた声に、抵抗する間もなく意識を刈り取られた。
響「全部マニュアル制御するくらいやってのけろッ!!!!」
魔王「お?」
BONJIN「うん?」
響「」