立花響の中の人   作:数多 命

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ISクロスが行き詰ってしまったので、息抜きに。
暇つぶし程度になればこれ幸い。


少女の中には、異物が紛れている
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つるんと、すべった

 

 

 

 

 

 

 

 

ばあん

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐしゃっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ます。

消毒液の臭い、病院だと判断する。

体が重い、だけど寝たままでは何が何だか分からない。

起き上がる、痛い。

自分の体重と、多分骨折とかで。

全身を痛みが駆け抜ける。

正直泣きそうだけど、助かったんだって思うと、割と我慢できた。

どこの病院なんだろうと、首を動かして。

こっちを凝視している女の子と、ばっちり目が合う。

自分が起きたのがそんなに驚いたのか、ぽかんと口を開けて何度も眼をぱちくりさせて。

 

「――――――ッ」

 

次の瞬間、勢いよく立ち上がった。

が、まだ動揺しているのか、上手く立てないようだった。

おぼつかない手つきでナースコールを押し、こちらに寄ってくる女の子。

 

「だ、大丈夫?」

「・・・・・・ん・・・・・・ッ・・・・・・うんッ」

 

あんまりな慌てっぷりに思わず問いかけると、涙をボロボロこぼしながら何度も頷いてくれる。

こっちが目を覚ましたのが、よっぽど嬉しかったらしい。

心の底から、自分の覚醒を喜んでいるようだった。

思わず差し出したこちらの手にすがり付いて、何度も名前を呼ぶ。

 

「ぃびき・・・・・ひぃき・・・・・ひびきぃ・・・・・!」

 

全く覚えの無い名前を。

こっそりため息をついて、窓を見た。

うっすら映っているベッドの上で、知らない女の子がこちらを見ている。

ついでに言うならば、このむせび泣いている女の子にも覚えが無い。

こんなに可愛い子が、知り合いにいた記憶がなかった。

 

「響・・・・・よかった・・・・・!」

 

握った手を頬に寄せて、涙でぐしゃぐしゃになった笑顔を向ける女の子。

この子に残酷なことを告げなければならないと思うと、胸が痛かったけど。

でも、言わなければならないと思った。

 

「君は、だぁれ?」

「――――――――ぇ」

 

涙が止まる、笑顔が消える。

信じられないといわんばかりの彼女に、わたしはとどめを刺す。

 

「ごめん、わたし・・・・君が分からない」

 

静かに、ゆっくり首を横に振れば。

ぼろぼろと堰を切ったように涙を流す女の子は、悲痛な慟哭を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S月S日

日記帳をもらったので、早速使おうと思う。

三日坊主にならない程度にがんばりたい。

さて、突然だが、わたしはこの世界の人間じゃない。

いや、突拍子も無いことを言っている自覚はあるんだけどさ。

そう思う根拠もあるので、状況を整理するためにも書き出してみることにする。

いわゆる『前世』において、ひよっこ社会人だった自分は、あの日も疲れた体を引きずって帰宅していたはずだ。

それで、途中の横断歩道で運悪くバランスを崩して転倒。

狙い済ましたかのように、自動車が突っ込んできたところまでは覚えている。

『異世界転生』を嗜んでいた身としては、トラックじゃないところに妙なリアリティを感じざるを得ない。

で、目が覚めたと思ったら、別人の中学生になっていた。

な、何を言っているかわからねーと思うがry

とまあ、前世の友人の影響で、使い古されたネタをいえる程度にはサブカル知識に精通もしている。

・・・・・この情報はいらなかったかな。

まあ、いいや。

ここからは『今生』でのわたしについて。

わたしの名前は、『立花響』というらしい。

今年で中学二年生の女の子、前世と同じ性別で助かった。

何で入院していたかというと、ライブ会場で事故に巻き込まれたかららしい。

・・・・・その事故が、わたしがいた世界じゃないと確信した理由なんだが。

『ノイズ』と呼ばれる、クリーチャーがいる。

銃撃を始めとした一切の攻撃手段が通じず、生身で触れれば全身を炭素に分解されて死ぬ。

何の法則性もなく、突然表れて人間を蹂躙しては、忽然と消えていく。

そんな未知の生物が、一万人以上ひしめき合う中に出現してしまったらしい。

で、運悪く真っ只中にいた『立花響』は、運よく助かって『わたし』になっているということのようだ。

・・・・自分でも、何言ってるんだって思うんだけど。

死んだと思ったら他人に憑依していたなんて、ネットノベルじゃあるまいし・・・・。

とにかく、わたしのいた世界とは、ちょっと違う場所らしい。

わたしのことは、一応記憶喪失で片付けられるようだ。

初っ端から人に見せられない内容な上に長くなってしまったが、今日のところはここまでにしようと思う。

なってしまったものはしょうがないし、今は治療に専念することにする。

 

 

 

 

S月*日

目覚めて、一週間が経った。

相変わらずわたしは『立花響』のままだ。

両親が持ってきてくれた本を読みながら暇していると、目覚めたときにいた子がお見舞いに来てくれた。

幼い頃から付き合いのあったらしい『小日向未来』ちゃんのことは、両親から聞いていた。

割と酷いことを言った自覚があったので、どうしたもんかと思っていたんだけど。

こちらが何かを言う前に、向こうが謝ってきた。

曰く、『記憶をなくして大変なのに、困らせてしまった』とか。

現状を見る限り、どうみても悪いのは響を乗っ取っているわたしなので、『こちらこそ期待を裏切って申し訳ない』と謝っておく。

それでも目に見えて落ち込んでいるので、もう一度どうしたもんかと悩んだ結果。

また友達から始めることにした。

お互い名乗って自己紹介して、握手。

なんだか幼稚っぽいやりとりがおかしくって、二人して笑ってしまった。

うん、やっぱり笑ってる方が可愛いよ未来ちゃん。

明日からはリハビリが始まる。

久々の学園生活をあの子と送れるのなら、頑張れそうだと思った。

 

 

 

 

 

S月&日

平日の昼間にも関わらず、お父さんがお見舞いに来た。

『有給を取ったんだ』と笑っていたけど、何だか元気がないように見えた。

後から来たお母さんの話によると、会社のプロジェクトから外されてしまったらしい。

無事を誰よりも喜んでくれたお父さんだが、肝心のわたしが記憶をなくしてしまったため、喧伝するのを自重していたそう。

そしたら、プロジェクトの取引先の御偉いさんが、同じ事故で娘さんを亡くしたことが発覚。

亀裂が生まれる前に、お父さんから願い出る形で離れたそうだ。

あの優しいお父さんのことだから、もし『立花響』が『立花響』のまま快復していたら、あちこちに喧伝してしまっただろう。

そして当然、例のお偉いさんの耳にも入って・・・・。

よくよく考えると、割と穏便な結果では無いだろうか。

後任には兼ねてより目をかけていた後輩さんが抜擢されて、日々頑張っているって話しだし。

いや、居座っている分際で、何を言っているんだって突込みが来そうだけど。

何はともあれ、厄介ごとを避けられたようで一安心だ。

 

 

 

 

 

S月#日

お見舞いにきた未来が教えてくれたのだけど。

最近、ライブ会場の生き残りへの風当たりが強いらしい。

なんでも犠牲者の殆どが、避難路をめぐる闘争で殺される、あるいは動けなくなったところをノイズに・・・・なんていうパターンで亡くなってしまったとか。

さらに被害者遺族のみならず、わたしのような生き残った『加害者』達にも政府から補助金が配布されていることもあり。

マスコミが『税金ドロボー』とはやし立てているらしい。

『響はそんなことしてないよね?』という問いかけは、胸が痛かった。

(一応)記憶が無いだけに、否定しきれないのが辛いところだ。

なので、『未来が信じたわたしを信じて』とお茶を濁しておいた。

・・・・・・本当にやらかしてないだろうな、響ちゃん。

 

 

 

 

 

S月@日

リハビリが思っていたよりも辛い。

でも弱音吐ける立場じゃないので、ひたすら手すりに掴まって歩く。

・・・・リハビリに向かう途中、何人かの人に睨まれた。

多分、わたしが生き残りであることが知れているのだろう。

だから、情け無いところを見せてはいけない。

 

 

 

 

S月Д日

今日、とうとう文句を言われた。

『何でうちの子は死んだんだ』とか、『人を殺しておいてよくのうのうとしてられるな』とか。

後で聞いた話によると、今日文句を言ってきたのは、同じ学校の先輩のお母さんらしい。

サッカーの推薦で期待されていたそうだが、やっぱり例のライブで命を落としていた。

この前未来がぽろっとしてくれた話に寄れば、学校にもそれ関係で怨んでいる連中が何人もいるらしい。

・・・・どうなるの、これ。

 

 

 

 

S月г日

走るのはまだ辛いが、歩く程度ならなんとかなるようになった。

病院の先生としても、びっくりするレベルの回復らしい。

ちょっと引いていたようだったけど、それでも回復を一緒に喜んでくれた。

未来にも話したら、抱きついて同じく喜んでくれた。

我ながら、いい先生と友達に巡り合えたと思う。

もう少し経過を見守ってから、退院になるようだ。

 

 

 

 

S月∬日

とうとう退院でしてよ、奥さん。

未来を驚かせたかったので秘密にしていたら、お見舞いに来た彼女と鉢合わせた。

『退院だぜ、ひゃっふー』と手を振ったら、また抱きついて喜んでくれた。

状況が状況なだけにおおっぴらには騒げないものの、ささやかな退院祝いもやった。

うちだけじゃなく、親交のある小日向家の人達も一緒になって祝ってくれた。

お母さんが作ってくれたおにぎりは、優しい味がした。

なんでも、記憶を失う前のわたしが好きだったものらしい。

オール素材の味な気もしたが、それはそれ。

こういうのがあるのなら、リハビリを頑張った甲斐があるというものだ。

今日は金曜日。

二日休みを挟んだら、いよいよ学校だ。

どうしたもんかと呑気しているのを悩んでいると思われたのか、未来が『何かあったら守ってあげる』と言ってくれた。

君だってわたしの関係者として色々言われているだろうに、頼もしい申し出が嬉しくなったので頭をなでてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

走る、駆ける、逃げる。

汗ばんだ手が滑らないように、痛いくらいしっかり握り締めて。

息を切らしながら駆け抜ける。

 

「・・・・・・ッ」

 

『追跡者』が飛び掛ってきた。

一旦手を離して突き飛ばし、二手に分かれる形で回避する。

上手く受身を取れなくて、全身を擦り剥く。

痛みに悶えている暇はない。

 

「げ、ほ・・・・・ぃびき・・・・!!」

 

突き飛ばした同行者は、倒れ伏してもなおこちらの心配をしてくれる。

―――――優しい子だと思った。

だからこそ、これ以上危険な目にあわせるわけには行かないとも。

 

「アアアアア"ア"■■■■ア"ア"ア"・・・・・!」

 

髪を振り乱した追跡者が、こちらを睨む。

ちらりと同行者を見れば、上手い具合に物陰に隠れていた。

どうやら、追跡者には自分しか見えていないらしい。

好都合だと、思った。

 

「響・・・・!」

 

駆け寄ろうとした同行者を手で制す。

そしてあいつにバレないように、首を横に振った。

 

「大丈夫、いい方法思いついた」

 

独り言のように呟きながら、深呼吸。

震える口元を無理やり引き上げて、笑みを作る。

 

「・・・・?」

「この作戦はね、足が重要なんだ。息が止まっても続けるんだよ」

 

一歩一歩、後ずさって。

呼吸を整える。

相手が構えた。

―――――今ッ!!!!

 

「逃げるンだヨォ――――ッ!!!!!!」

 

『前世』でも出したことが無いだろう大声を上げながら、Uターンの後全力疾走。

今までの流れに意味は無い。

自分を落ち着かせるためというのが一番大きい。

こんな時にまでネタに走るのはいかがなものかと思うが、他に思いつかなかったのだから仕方が無い。

悲痛な声を背中に、チキンレースを再開する。

道路を踏みしめ、側溝を飛び越え、車の前を横切り、階段を飛び降りる。

喉の奥から鉄の臭いがしても、足を止めない。

『もう一回』死ぬなんて、こちらから願い下げだったから。

だから、全力で抵抗するッ・・・・・!!!

 

「が、ぁ・・・・・ぐぁッ・・・・・!!?」

 

もう一段階加速しようとして、つまずく。

空中で一回転し、派手にきりもみしながら地面を転がっていく。

口の中に、土と雑草の味。

辺りはすっかり木々に覆われて、夜空が見えない。

気づかないうちに、大分遠くまで来てしまったようだ。

血と一緒に土と草を吐き捨てて、どうにか立ち上がろうとするけど、体が言うことを聞いてくれない。

膝は大爆笑しているし、背中も浅い切り傷を満遍なく付けられたような痛みが、じくじくと侵食している。

指先には力が入らないし、腕も上手く動いてくれなかった。

追跡者は、振り切れていない。

 

「ア■■■■アア"ア"■■■ア"アアア・・・・・!!!!」

 

猛スピードで駆けてきた奴は、こちらを認めるなり気味の悪い笑みを浮かべた。

大方、追い詰めたとでも思っているのだろう。

搾り出すような、嗤っているような声を上げていた。

 

「・・・・・・ッ」

 

木を支えにして、どうにか立ち上がる。

冗談じゃない。

ここまでやったのに、あっさり終わるのか。

いやだ、いやだ、いやだ。

死にたくない、終わりたくない。

生きたい。

だって、わたしはまだ。

あの子に何も返せていないのだから・・・・!

もう体は動かない。

それでも諦めたくなくて、せめてもの抵抗に、飛び掛ってくる追跡者をめいいっぱい睨みつけて。

 

「―――――ゲイ=ボルグッ!!!!」

 

翻った黒いコートに、庇われた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

##県##市にて、殺人放火事件が発生しました。

 

この事件は、民家に何者かが侵入し、在宅していた住民を殺害した上で。

 

家に火を放ったものです。

 

殺害されたのは、家の住人の立花洸さんと、その妻の美咲さん。

 

そして美咲さんの母親の信子さんです。

 

三人の遺体には、大きな動物に引っかかれたような傷跡があり、それによる出血多量が死因とされています。

 

また、洸さんと美咲さんの一人娘である響さんの行方が分からなくなっており。

 

友人と一緒に、熊の様な大型の動物から逃げている姿を最後に、足取りがつかめていません。

 

警察は、行方不明になる直前、一緒にいた響さんの友人から話を聞くと同時に。

 

最近問題となっている『ツヴァイウィングライブ事件』の被害者への迫害も視野に入れ、響さんの行方を追っています。

 

心当たりのある方は、##署の捜査本部まで、ご一報をお願いします。

 

――――――次のニュースです。




更新はあちら以上に不定期になりそうです。

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