総統が鎮守府に着任しました!   作:ジョニー一等陸佐

78 / 79
78話 闇討ち~弾は前からだけじゃない~

 11月上旬、南シナ海の東部。

 その暗い海中を静かに進む一隻の潜水艦があった。

 そうりゅう型潜水艦四番艦「けんりゅう」はフィリピン、ルソン島のタネイトにその艦首を向けて秘密裏に進んでいた。

 現在はフィリピンをめぐって人類側と深海棲艦側の必死の攻防戦が繰り広げられている。当然ながら、いま「けんりゅう」がいる場所は深海棲艦側の海域であり、もし深海棲艦に見つかれば即撃沈、死を意味する。

 何故、危険を冒してまで「けんりゅう」はこの海域を進んでいるのだろうか?

 その答えは彼らの「積荷」にある。

 

 

 

 「艦長、タネイトまであとどれくらいだ」

 「けんりゅう」発令所で東亜総統特務隊の指揮官、佐藤大輔二等陸佐は「けんりゅう」艦長の二等海佐に尋ねた。艦長がもじゃもじゃの髭を撫でながら答える。

 「そうだな、このまま何もなければ後一日、明日の〇八一〇時には目標海域に浮上し上陸できる。まぁ、安心なさい、とにかく私たちの腕を信じることだ。敵に見つかりなんかせんよ」

 ゲルマニア鎮守府司令にしてドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラー直属の特殊部隊「東亜総統特務隊」――それが「けんりゅう」の「積荷」だった。

 少し前、東亜総統特務隊はある特殊作戦の命令を下された。敵の一大補給・中継地点であるタネイトに潜入し、後方攪乱及び敵の核開発に関する情報を入手せよ――既に部隊の隊員は佐藤とスコルツェニーが懲罰部隊などから調達し編成、武器弾薬等必要なものは全て揃えた。

 問題はどうやって敵地に潜入するか、だった。

 少数の部隊であるため、陸路で密かに進軍するか?しかし敵地の奥深くまでジャングルや山脈を超えて進むのはリスクが高く、部隊の消耗も激しい。空から空挺降下か?しかしタネイトは敵の完全な制空権下にある。敵にとって重要な場所だから防空体制も万全だろう。そんなところに密かに輸送機を送る、というのもリスクが高い。陸と空、どちらもリスクが高い。となると残された手段は――海だ。それも洋上ではなく海中を。

 潜水艦に隊員達を乗せ密かに水路で敵の後方まで忍び寄り上陸させる。

 勿論この方法もリスクは高い。が、それでもほかの方法に比べれば隠密性は高い。水上航路に比べれば、潜水艦が航行していることはバレにくい。空には劣るが陸路よりははるかに早い。元々派遣する部隊員も少ないから別に潜水艦でも十分。 結局、ある程度の危険は承知の上で潜水艦による部隊派遣が決まった。

 そして東亜総統特務隊を乗せ彼らを無事敵地にまで上陸させる任務を負うことになったのがこの「けんりゅう」だった。

 前述したようにこのまま何事もなくいけば明日の明朝〇八一〇時に浮上し上陸する手はずになっている。

 ちなみに同様の任務を負って同型潜水艦の「じんりゅう」も南シナ海を進んでいる。「じんりゅう」に乗っている部隊も上陸した後現地で合流する予定だ。

 

 

 

 

 潜水艦の中は狭い。乗員全員の寝床を確保できるほど広くはない。椅子の中に食料を保存するスペースを確保するぐらいだ。当然のことながら一時の居候であるである東亜総統特務隊の隊員達に提供される寝床は魚雷発射管や魚雷の保管場所の空いたスペースというものであり、そこに毛布を敷いて雑魚寝をするという始末だった。

 上陸の前夜、魚雷発射管室のスペースに集まって隊員達が食事をとっている。その隊員達の中に中村正徳という男がいた。階級は一等陸曹、元々は憲兵隊にいたが横領、恐喝、窃盗、北方棲姫からのクリスマスプレゼントと菱餅の強奪、エジプト王家の墓荒らし、破防法、深海棲艦に対する暴行・強盗、艦娘の覗き・盗撮といった悪の限りを尽くした結果、収監された。が、そのご東亜総統特務隊の編成にあたって恩赦と憲兵隊への復帰と引き換えに指揮官佐藤の副官としてこの部隊に参加することになった。

 当然ながらこんな奴だから素行はあまり良いといえない。現に彼は他の隊員達に対し悪態をついている。

 「あちちっ!貴様、なめとんのか!!」

 「すんません!許してください!」

 フェーゲラインが淹れたてのお茶を配っているとき誤って中村の上にこぼしてしまい、中村はフェーゲラインを小突いていた。

 謝るフェーゲラインを無理やり土下座させ必要以上に蹴ったり殴ったりする。

 「てめぇ、熱い茶をこぼすとか人様をやけどさせる気かこの野郎!大やけど負ったらどうするんだこの馬鹿野郎!」

 BLAM!

 BLAM!

 CRASH!

 中村の蹴りやパンチがフェーゲラインに炸裂しする。

 「すんません許し下さい!何でもしますから!」

 「この野郎!」

 「ちょ、そんぐらいに・・・へぶっ!」

 止めに入った周囲のヘスやヒムラー、青葉や時雨をはじめとする隊員・艦娘もぶん殴られる。

 階級等の立場上、彼らは思うように中村には逆らえない。下手をすれば銃殺だ。その上中村は一応比較的権力のある憲兵隊出身である。

 結果として中村は部隊内でかなり横柄な態度を隊員達に対し取り続け、フェーゲラインや青葉たちは閉口していた。

 「中村!やめろ!」

 不意に部隊指揮官である佐藤の声が響き、中村は動きを止めた。さすがに上官の命令には逆らえない。

 少々の蔑みと呆れのこもった様子で佐藤は中村に言った。

 「そのぐらいにしておけ、中村。第一お前夜が怖くないのか、エエ?」

 「ハァ?」

 佐藤の言葉に首を傾げる中村。

 だがこの場合佐藤の言葉が正しかったことを中村はそう遠くないうちに知る。

 兵はともかく、指揮する立場にある軍人、人の上に立つ立場にある軍人にとって、弾は前だけからくるのではないということを・・・

 

 

 

 上陸前夜ということもあり、その日は全員が早めに就寝した。

 その夜、皆が寝静まった頃。

 「zzz・・・」

 呑気に寝息を立ててぐっすり眠る中村。その様子は全くの無防備で誰かに襲われるなんて夢にも思っていない。

 その背後でいくつもの影が蠢いている。影達の手には棍棒やら、鞭代わりのベルトやら明らかに物騒な人を傷付けるためのものが握られており、殺気立っている。

 「さっきはよくもやってくれたな、こん畜生・・・」

 「憲兵出身だからってふざけるなよ・・・」

 「ヘスおじさんをよくも・・・」

 「青葉のフィルムを壊したツケはおおきいですよ・・・」

 蠢く影の正体は、今まで中村に横柄な態度に日ごろの恨みつらみが溜まっていたフェーゲラインや青葉をはじめとする隊員達だった。

 彼らは今まさに日ごろの恨みを晴らすべく中村に闇討ちを仕掛けようとしていた。

 武器を手に気付かれぬように忍び足で中村を包囲し、そして・・・

 BLAM!

 BUNT!

 BLAM!

 フェーゲライン達は手にした凶器を一挙に振り下ろした。

 「ぐえーーーーーぇっっ!!!」

 「こんにゃろ!こんにゃろ!」

 「お仕置きよ!」

 響く中村の悲鳴。

 フェーゲライン達の罵倒。

 巻き起こるリンチの嵐。

 「・・・」

 そしてそれを水密扉から佐藤はじっと見つめているだけであった・・・

 そして・・・

 

 

 

 〇八一〇時

 「けんりゅう」は気付かれることなく予定地点に到着、浮上し上陸用のボートの用意をしていた。艦内では隊員達が準備に余念がない。

 「いいか、お前達、予定地点に上陸したらまず・・・って中村!お前まだ寝てんのか」

 「うっうっうっ」

 居並ぶ隊員達に訓令をしていた佐藤は向こうで身ぐるみをはがされ縛られ全身傷だらけ痣だらけで放置されている中村を見つけた。

 手足を縛る縄をほどかされるや否や中村はすぐさま訴えた。

 「あいつら自分の寝こみを・・・」

 「まぬけ!最前線なんだ。弾は前からだけじゃない」

 昨夜中村に何があったのか、なぜこんな仕打ちを受ける羽目になったのか全て知っている佐藤は逆に中村を叱責した。

 中村は一瞬フェーゲライン達を睨んだが、フェーゲライン達は「さぁ?何のことだ?」と何も知らないように澄ました様子で目を逸らした。

 兎に角、部下から恨みを買ってはいけないということだ。でないととんでもないしっぺ返しがやってくる。

 佐藤は中村をじろりとにらみながら言った。

 「ここでは俺が掟だ。勝手な真似は許さん。分かったか中村」

 「はいスミマセン」

 有無を言わさぬ佐藤の様子に頭を下げる中村。いずれにせよ指揮官の佐藤には従わねばならない。

 佐藤は腕時計を見ながら指示をした。

 「よし、そろそろ時間だ上陸するぞ、ボートに乗りこめ!」

 梯子を上り、ハッチを出て甲板に出て隊員や艦娘達は次々とゴムボートに乗り込んだ。

 遂にいよいよ敵地に上陸するのだ。

 水平線の向こうにも、青い空にも、敵の姿は見受けられない。カモメが飛び、風が吹き、潮の匂いと波の音がし、いつも通りの平和な海だ。

 が、それでも緊張で心臓が高鳴りのどが鳴る。

 艦長に敬礼し最後に佐藤と中村がボートに乗り込むと同時に「けんりゅう」は再び潜航を開始した。

 ボートはタネイトに向けて進み始めた。

 東亜総統特務隊の戦いが遂に始まった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。