ゲルマニア鎮守府の士官用の寝室。
今日も親衛隊中将ヘルマン・フェーゲラインはいつも通りの変わりない朝を迎えるはずだった。
「う・・・うぅぅん・・・もう、朝か・・・早いな・・・」
目覚ましの音とともにフェーゲラインは目をこすりながらベッドから起き上がろうとした。
「ったく、夏になるとほんと夜が短くてたまったもんじゃ」
眠い頭を覚醒させながら周囲を見渡して、フェーゲラインの独り言が止まる。
フェーゲラインの視線の先には眠い頭を一気に覚醒させるには十分なものがあった。
「・・・なんだ、これ・・・?」
フェーゲラインの隣には青葉が横たわっていた。
それだけならなんてことはない。
ここ最近、青葉に添い寝してもらうこと自体はよくあったからだ。
だが今回は違った。
青葉は寝間着をつけていなかった。素っ裸だった。
フェーゲラインは自分の体を見た。素っ裸だった。
男女二人が素っ裸になってベッドに横たわっている。これの意味することはある程度知識のある人間ならすぐに分かるはずだ。
「・・・え?」
すぐに状況の呑み込めないフェーゲラインは青葉の顔を見る。
彼女も起きたてだったようで目線が合う。
しばらく見つめあっていたが、やがて青葉は叫び声一つ上げることなく顔を赤らめて目を背けるだけだった。ちなみにちょっと涙目になっていた。
「え・・・?マジで・・・?俺まさか青葉と寝たの・・・?襲っちゃったの・・・?え・・・?え・・・?えええええええええ!?」
フェーゲラインは現在の状況をようやく理解し叫び声をあげた。
やばい。この状況はマジでやばい、マジで。
フェーゲラインは自分の日々の行いを振り返る。
そりゃあ、自分はお世辞にも身持ちがいいとは言えなかった。
女癖は悪かったし、結婚した後も愛人作っていたし、死ぬ直前も愛人と一緒にいたところ発見された。
だが。自分はこれでも親衛隊員、軍人である。
少なくとも、変態ではない。どっかの某赤い国の秘密警察の長官と比べれば確実に。
当然、艦娘に対する付き合いもそれなりに節度もあるものになる。
軍人とはいえ、艦娘は立派な少女。心も体も10代の少女とほとんど変わりない、繊細なものだ。しかも、艦娘は貴重な国家の大事戦力である。
それを、相手に断わりもなく襲った?仮にも親衛隊中将の自分が?
「終わった・・・俺マジで終わった・・・」
フェーゲラインは自分がとんでもないことをやらかしたことを理解した。
同時に、この状況をどう打開するか頭をフル回転させる。
どうすればいい?この状況をどうすれば――
フェーゲラインが頭をフル回転させていると寝室のドアが勢いよく開き、MP40を装備した親衛隊員達が続々と入ってきた。朝の目覚まし代わりのデイリー処刑にやってきた連中だ。
「フェーゲライン、デイリーの時間・・・」
親衛隊員の一人がそう言いかけ、フェーゲラインや青葉と目が合う。
「・・・あ」
「・・・え?」
「・・・何やってんだ・・・あんた?」
部屋をどうしようもない沈黙がつつんだ。
ばれた。不祥事が、よりにもよってこんな時ばれた。
フェーゲラインがそのことを理解すると同時に部屋は怒号と悲鳴に包まれた。
数十分後。
総統執務室は殺気立っていた。
幾人もの側近に囲まれ机に座るドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーの目の前には椅子に後ろ手で縛られ拘束されたフェーゲラインの姿があった。
艦娘青葉を襲った不祥事の疑いで総統直々のフェーゲラインに対する尋問が行われていた。
「・・・で?フェーゲライン、死ぬ前に何か言い残すことは?」
「・・・結局死ぬこと前提なの?俺・・・」
「当たり前だ。どうだ、言い訳することはないのか?」
ヒトラーの言葉にフェーゲラインが答える。
「・・・総統閣下、まずは・・・どうしてこんなことになったか思い出させてもらえませんか?」
「いいだろう。説明してみろ」
「あれは、昨晩の居酒屋での飲み会のことだった・・・」
フェーゲラインの回想が始まった。
~フェーゲラインの回想~
ゲルマニア鎮守府の敷地内にある居酒屋鳳翔。そこではいつものように将校や艦娘たちによる飲み会が行われていた。
ブルクドルフが隼鷹のカップに酒を注ぎながら愚痴を言った。
「・・・やっぱりさぁ~~総統はどうかしてるよ、毎日毎日おっぱいのことばかり気にかけてさ、まともなこと言ったと思ったら今度は出来もしないことを言う。総統が装備の開発をすると変なものばかり出てくる。今日の開発で何が出たと思う?キャベツ育成機とTENGAだ。いったい誰が入れたんだよあんなもん・・・」
「あはは~~あんたも苦労してきたんだねぇ~~まぁあたしも空母だったころは色々やりきれないこともあったし、今も苦労してるけどさ、でも慣れりゃもうこっちのもんよ。ほら~どんどん飲みなよ~」
「おお、悪いな・・・」
隼鷹から酒を注いでもらうブルクドルフ。飲み込んだ瞬間、ぶっと吹き出した。
「うえっ!?何だこの酒馬鹿にきついぞ、アルコール度数いくらだ?」
「?えーと・・・80度・・・」
「うわっお前俺を殺す気か?そんなもん飲み続けてたら死んじまうよ」
ブルクドルフがそう文句を言っていると、そこへクレープスが那智をつれて割り込んできた。おぼつかない足取りからするとずいぶん飲んだようだ。
「いよーい、お二人さん元気してるかー?ほら、どんどん飲めよ・・・」
「クレープスか・・・酒臭いな、大丈夫か?なんかふらふらしてるぞ」
「はい、しっかりしています!大丈夫であります」
クレープスの呂律が少しおかしいのに、ブルクドルフが心配になる。こいつ、どれだけ飲んだんだ?
那智がすまなさそうに笑う。
「悪いな提督、クレープスの奴、私が止める間もなくどんどん飲んでいくもんだから、おかげでこうなってしまった・・・私も少し飲みすぎたようだ気分が悪い・・・明日は任務もある、ここらあたりでお開きにしないか?」
ブルクドルフが頷いた。
「そうだな・・・じゃあ俺はぼちぼち宿舎に戻ることにするか。お前も早めに帰ったほうがいいぞ、那智」
「分かってる、クレープスのことは私に任せてくれ」
「ええ~もうお開き?これからじゃない?」
飲み会の解散を考えるブルクドルフと那智に文句を言う隼鷹。
ブルクドルフが仕方ないな、という顔で隼鷹を見る。
「分かった分かった、じゃあ後で二次会やるから・・・他のみんなはどうするんだ?」
ブルクドルフはあたりを見渡した。
「俺もそろそろ帰って、那珂ちゃんとアイドルDVD見ることにする」と、ヨードル。
「私もそろそろ帰って、ポプテピピックを見ます!」とカイテル。
ほかの将校や艦娘も似たり寄ったりで二次会をやる気があるのは少数だった。
「みんな二次会をやる気はないのか・・・まあ明日任務があるから当然か。フェーゲラインは?」
いつも通り青葉と酌を交わしていたフェーゲラインはブルクドルフを見た。
二人ともずいぶん酔っぱらってるようで、特にフェーゲラインは体をふらふらさせていた。
「これからどうするかって?二次会に決まってる、夜店のタンメン屋で!もちろんお代は総統のツケだ」
「後で処刑されても知らんぞ」
こんな調子で居酒屋での飲み会はだんだん終わりを迎えていった。そして・・・
「・・・あの後・・・確か俺は青葉と一緒にタンメン屋に行って二次会をしたんだ・・・総統の悪口言ったり、デイリー任務の苦労を語り合いながら・・・」
フェーゲラインは酒で靄がかかった記憶の海の中を探りながら昨晩の回想をする。
「・・・その時のタンメン屋でのお代は?」
ヒトラーの問いにフェーゲラインは笑いながら答えた。
「そりゃ総統のツケに決まってんだろww」
「KO☆RO☆SU」
ヒトラーがそう言った瞬間、MP40を構えた新鋭隊員が執務室にやってきて、フェーゲラインと青葉、曙に向かって連射した。
「はい死んだ!!」
「なんで青葉もおおおおおおおお!?」
「ちょ、デイリーは二人の任務でってぎゃあああああああ!?」
幾多もの訓練弾の雨にさらされ、三人は倒れた。瞬間、ピロリーン♪という音が響く。
その様子を見ながらヒトラーが言った。
「それで?私のツケで二次会やった後どうしたんだ?」
フェーゲラインが頭を抱えながら回想する。
「あとはもう・・・記憶がはっきりしていないんだが・・・なんとなく・・・そのまま酔った勢いで青葉を寝室に連れ込んだ気が・・・それで気づいたら朝、あんなことに・・・」
ブルクドルフがフェーゲラインの回想に突っ込みを入れる。
「つまりお前は酒に酔った勢いでそのまま青葉を襲い、お寝んねしたってわけか?酒に酔った勢いで不祥事起こすとか、ダサいし!!」
「お前らだって十分酔っぱらって艦娘達といい感じになってたじゃねか!ヨードルに至っては那珂ちゃんと一緒に帰ったぞ!!」
「おい、なに俺も巻き込もうとしているんだ!!」
ヨードルが叫ぶ。
そのままフェーゲラインは弁解の叫びをあげる。
「第一俺が青葉を誘った証拠はあるのか?俺は酒のせいで記憶が曖昧だし、向こうから誘ってきた可能性も・・・」
ヒトラーがパチンと指を鳴らす。
ゲッベルスがタブレット端末を出した。
「フェーゲラインの寝室につながる廊下の監視カメラの映像だ」
フェーゲラインは写真を見た。
暗くて不鮮明だがはっきりとドイツ軍の将校の制服を着た男と青葉と思しき女性二人が写っている。
よく見ると男は青葉を俗に言うお姫様抱っこしてるようだ。
そのままフェーゲラインと思しき男性は女性を連れて部屋に入っていった。
「・・・」
「・・・明らかにお前が部屋に連れ込んでるよな?連れ方からしても襲う目的で」
「い・・・いや!確かに俺が連れこんだとして、そのままコトに及んだとは限らない!少なくとも掘削工事やボーリング調査まではやっていない!最悪地質調査までで終わったはず!な、そうだろ青葉?」
そう言ってフェーゲラインは青葉を見た。
フェーゲラインの記憶では青葉はそこまで酔っていなかった。少なくとも何があったかは覚えているはずだ。
青葉の記憶に望みをかけるフェーゲラインだったが・・・
「・・・///」
顔を赤らめて視線をそらしただけだった。
「なんか言えよおおおおおおおお!!」
フェーゲラインは青葉の肩をつかんで叫んだ。
「青葉が顔赤くするということは・・・」
「やっぱりクロか・・・酔った勢いで艦娘に手を出すとは」
「まったく、どうしてここには変態しかいないんだ」
「総統閣下、あんたも人のこと言えないでしょ」
疑惑の視線が無数に突き刺さる。
終わった。軍人としての俺、終わった。
フェーゲラインが絶望しかけたその瞬間、青葉がぽつっとつぶやいた。
「・・・調査・・・だけ・・・」
「?」
「工事も調査も・・・やってません・・・ただ・・・青葉とヘルマンさんは酔ってたのと暑かったので・・・つい勢いで服を脱いだまんまベッドに入ってしまって・・・」
青葉がぽつりぽつりと告白する。
「・・・本当か?」
フェーゲラインはシロであるという証言にヒトラーが青葉に確認する。
青葉は黙ってそのまま頷いた。
その後いろいろあったが結局フェーゲラインは証拠不十分で無実ということになり結局罰せられることなく二人は解放された。
私室に向かいながらフェーゲラインが青葉に言った。
「助かったよ。お前が証言してくれて。なんてお礼を言ったらいいか・・・一か月ぐらい俺がおごるから」
「いやーもー、青葉もすっごい恥ずかしかったですよ・・・人前で色々聞かれて・・・でもヘルマンさんも悪いんですよ?変に酔っぱらって暑いからって素っ裸でベッドに入るわ、お姫様抱っこはするわ・・・」
「いや、本当に俺が悪かった。今度から気を付けるさ。ほんと、酒は怖いよ・・・」
「それに本当は地質調査も少しされたんですがね・・・」
青葉がボソッとつぶやいた。
「え?なんだって?」
「いえ、何も」
「そうか・・・でもどうして助けてくれたんだ?」
青葉が少し顔を赤くした。
「え?それは、まあ・・・お互いデイリー任務で苦労しますし・・・それにヘルマンさん、かっこいいですから。ルックスとか総統に面と向かって悪口言って処刑されても何度でも立ち向かうところとか」
「それ褒めてんのか?」
「それにまあ・・・反骨なところとか仕事に一生懸命なところとか。色々助けてもらっていますし・・・」
もじもじする青葉に苦笑するフェーゲライン。
「周りからは出世しか考えてないって言われてるけどな。まぁ、その・・・助かったよ。今後ともよろしくな」
「はい!!」
「それじゃあ居酒屋にでも行くか。一段落したし」
「いいですねー!」
鎮守府は今日も平和に一日が過ぎていく。
・・・翌朝・・・
「うぅん・・・ん?」
目覚ましの音ともに目覚めたフェーゲラインは異変に気付いた。
「・・・なんだこれ?」
まずフェーゲラインは素っ裸だった。隣には同じく素っ裸の青葉が。
「ひっく・・・ひっく・・・」
両手で顔抑えて泣いている。
「・・・え?え?」
フェーゲラインは隣を見た。
曙の小さい体があった。同じく素っ裸だった。
「・・・責任・・・取りなさいよ・・・クソ提督・・・」
同じく貌を抑えて泣いていた。
「あ・・・?あ・・・?」
同じベッドに裸の男が一人と裸の女が二人。これの意味するところを考え、フェーゲラインは戦慄した。
「あああああああああああ!?」
フェーゲラインの絶叫が鎮守府中に響いた。
フェーゲラインの受難は今日も続く。